第2話

 職員室へと続く廊下はひんやりと冷たく、響く足元もどことなく硬く感じられる。林田さんはいい人だった。そんなに愛想は良くないが挨拶と最低限の談笑はしてくれるし、美化清掃委員最初の仕事、各掃除場所の掃除用具の点検の分担をどうしようかと相談の場を持った時点ですでに二ヶ所のチェックを終えていた。仕事が早い。

 結局俺の方が点検場所が少なくなってしまったので、せめて点検表の提出はこっちがやるよとB5の藁半紙の端っこを掴んで一人廊下を進む。たまにすれ違う先生達と目が合いたくなくて俯きがちに進んでいると、職員室の扉を前に同じような紙切れを持っている手が目に入った。と、その手の持ち主の体がくるりとこっちを向いたので、どきりとして顔を上げる。

「お前もこれ?」

気さくに声をかけられ咄嗟に言葉が出ず、思わず二度も頷いてしまった。

飯田。飯田先輩。

海馬に染み込んでいた響きがパッと頭いっぱいに広がった。

 俺たち二人が揃って入ってきたのを見て、先生の方から「おー俺の机の上のカゴに入れといてくれー」と離れたところから声をかけられた。

コーヒーの匂いがじんわり流れてくる。

 先輩に続いてカゴにプリントをさっと入れると、紙の端が湿って反り返っていた。それがなんとなく気恥ずかしくて逃げるように先輩の先を行って職員室から逃げ出す。

「失礼しましたー」

やや重い扉をガラガラと後ろ手に閉めると、気を遣ってと言うわけでもなさそうなトーンで先輩が話しかけてきた。

「なー、えーと小野クン?お前今年から草むしりあるとか知ってたか?」

よっぽど草むしりが嫌らしい。

 名札を読んでちゃんと名前を呼ぶという気の配り方に心がほぐれたのか、幾分リラックスして声を出すことができた。

「いや、俺去年も美化委員だったんで、先生の思惑に薄々勘付いてはいたんですけど、まさか今年から導入されるとは思ってなかったっすね」

「ぶはっ思惑に勘付いてってお前…」

俺の言い回しがツボに入ったのか、先輩は右手を鼻先まで持ってきて肩を震わせて笑った。手の向こう側に、薄く開いた口から覗く歯が見え隠れした。一度ツボにはまってしまうと長いタイプらしい。そのうちに先輩のうっすら骨の線が見える手の甲を、細長い指先を、自分でも驚くほどにまじまじと見入ってしまっていることに気がついて、俺は慌てて先輩の笑いに合わせて照れ笑いしながら視線を下げた。

 心臓がまたそわそわ居場所を探している。こそばゆくって、今朝通学路で見かけた、風にゆらゆら揺れるたんぽぽに、自分がなった気がした。

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