第5話

 一週間休みなく降り続ける雨は空気も重くする。全校集会のために息の詰まる体育館にわらわら集められ押し込まれると、より一層空気が重くなったように感じられる。人の声が何重にも重なって耳に蓋をし、そこにキュッキュッと靴が擦れる音が時たま刺さり込んでくる。自分のクラスの列の場所まで流されるように歩いていく間、ほとんど無意識に目が左側へ泳いでいく。

やめろやめろ。

脳からいくら命令を送っても、未練がましい視線は戻ろうとはしてくれない。そのくせ目的の人物を捉えた瞬間に飛ぶように帰ってきた。何やってんだ俺は。

 整列を終えて校長の長い子守唄が始まると、首がだんだん下がってくる。ぼんやりしながら今度は意識的に視線を飛ばす。左側の列と列の間…さっき見かけたあたり…いた。わずかに見える右半身と、気怠そうに後ろ手に組まれた手。大丈夫、手だけならバレない。手を見るだけなら。さっきまでぼうっとなっていた頭は途端に熱を持って回転を始めた。なんでこんなにあの人が気になるのだろう。確かに根が暗い自分は、先輩みたいに分け隔てなく気さくに明るく振る舞える姿は、そう、なんだか顔を見るのが後ろめたいくらいに、眩しくて羨ましいとは思う。俺は先輩みたいになりたいのだろうか。憧れか。でも、あの夢。

 俺の頭はどこかおかしいのかもしれない。急に酷い孤独感と不安感に苛まれて、慌てて思考の糸を切って校長に視線を戻す。校長の話はもうクライマックスを過ぎたようだった。ついに自分の話したいところを終えた校長は、今までの長い長い導入が嘘のように、ごく簡単で短い締めの言葉を口にすると、一歩下がってお辞儀をした。「やっと終わった」という安堵感が場を包み、いそいそとみんなお辞儀を返す。その空気の中で、俺の心許なさだけが浮き彫りにされた気がして、なんだか無性に泣きたくなった。

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