上手くいかない。

2017年11月16日に練習で書いたショートショート。





 一軒家でも建てられそうなスペースのある、三十階建てビルの屋上に、私は立っている。実際は屋上というより、ヘリポートが正しいのだが。


 昼時のくせに太陽は曇天の向こうに隠れっきりで、高所ゆえの強風は、私の肌から少しずつ体温を奪い去っていった。髪のなびきを抑えるのは、ついさっきやめたところだ。


「……さて」 


 柵のない縁へ、私は歩く。足場と遥か下に見える地面の境界線に、足の指が垂直になったところで立ち止まる。そうして、私は眼下に広がった町を一望した。


 見上げる分には随分とご立派に見えた高層ビルだったけれど、こうして見下ろしてみれば、とても陳腐なものに見えて仕方が無い。


 どこを見渡したって全てが人工物で、これを美しいと言える人は、きっと頭がおかしくなってしまった人なのだ。


 夜景のどこが綺麗なんだ? 月の方が数倍綺麗だ。


 夕焼けもまた然り。焼かれた町なんかより、夕日そのものの方が断然美しい。


「……!」


 突如、後方からドアを勢いよく開け放つ大きな音が聞こえる。


 きっと、クラスメイトのマサキ君だろう。


「アミーッ!」


 後ろから叫び声がするが、風のノイズが酷い。


 私は正反対に体を向けて、背中に町の景色を回した。


「何やってんだよ、アミ……」


 向こう端の出入り口からこちらへ駆けてきたらしいマサキ君が、息を荒げながら立っていた。私との間は5メートルほど。詰めてこないのは何故だろう。


「学校は?」


「学校なんて今はどうでもいい。それよりも、アミ。まさかお前、ここから飛び降りる気じゃあないだろうな」


「どうしてそう思うの?」


「そりゃあ思うだろ! 学校も来ないで、こんな危ない場所に一人で突っ立って……アミ、靴はどうしたんだよ。何で裸足なんだ?」


「別の屋上に置いてきた」


 私の言葉に、どうやらマサキ君は絶句したらしい。まさか屋上を点々と回っていたなんて思わなかったのだろう。


「じゃあ私、もう行くから」


 そう告げて再び体の向きを町のほうへ向けた後、私はゆっくり、足を空へと運んだ。


 傾いた体は、重力に従い始める。


 気持ちの悪い浮遊感。


 落ちる。


「待てっ! アミっ!」


 張り上げた声の主の方へ振り返ることもせず、私は体を足場から完全に離す。


 頭を下に、急降下。


 顔面に当たる風が凄まじく、呼吸すらままならない。


 私はようやく上を見上げる気になって、首を無理やり捻った。


 が、そこには、


「――っ!」


 マサキ君が、居た。


 なぜ。どうして。


 あなたは、あなたが死ぬ必要なんてこれっぽっちも無いのに!


 ……ああ。


 結局こうなるのか。


 私は胸に手を当て、願う。


 体が淡く発光するのが分かった。


「私が死ねば、マサキ君が死ななくなると思ったのに……」


 視界が一面の白に染まり、落下の浮遊感は無くなる。


 代わりに、体がほのかに熱を帯びた。


 私は、四日前の朝方へ、三十七回目のタイムリープを開始した。


 マサキ君の死を、回避するために。

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