がさつ委員長
2018年7月13日に練習で書いたショートショート。
「うわっ!」俺は大きくうなだれた。「……やっちまった」
よく部活終わりに、履いていた体育館シューズを袋に入れて、それをぶんぶんと振り回す癖があるのだが、そうするとたまに自分の手を離れてどこかへ飛んでいってしまう。基本地面にどすっと落ちるだけで終わりなのだけれど、今日に限っては体育館の目の前にあるプールの屋根の部分に乗っかってしまったのだ。
背後から他の部員からの嘲笑が投げかけられ、俺は「うるせぇ」と笑いながら声を張った。何人かは手を貸すと言ってくれたが生憎空はもう暗く、最終下校時刻が迫っているためにその申し出をしぶしぶ断った。
まあ、ちょっとフェンスをよじ登って体育館シューズを回収するだけなのだ。大したことではない。
そう思ってフェンスに足を掛けようとしたのだが、
「いっ!?」
少し部活動に精を入れすぎたのか、ふとももに激痛が走って足がまるで上がらない。痛みは一秒ごとにどんどんと増していき、立っていられなくなった俺は唸り声を上げながらその場に足を抱えて座り込んだ。
「どうかしましたか?」
突然の女子生徒の声に思わず顔を上げる。
薄暗くてよく見えないが、少し向こうの正面からこちらへ歩いてくる制服姿が見えた。やがて俺の前にたったその女子生徒は、見上げてみると同じクラスの知った顔だった。
「委員長じゃん。こんな時間まで何やってんの?」
「それはこちらの台詞です。先ほどバスケ部の皆さんがゾロゾロと揃って帰るのを見ましたが、貴方はどうしたんですか?」
俺は軽く事情を説明したところ、委員長は「ぷっ」と軽く吹き出し、すぐに笑いを堪えた震える声で謝罪してくれた。
「確かに馬鹿だったとは思うよ。思うけど、だからってそんなに笑うのはありかよ」
「いや、すいません本当に……。でも、ツボって意外と変なところではまるんですよね」
「いやツボて」
ゴホンと大きく咳払いをした委員長は、突然トンッと拳で胸を叩いた。よく見ると大変誇らしげな表情をしている。
「足が上がらなくなってしまった可哀相な貴方のために、わたくしが力を貸してあげましょう! こう見てもわたくし、運動神経はいいほうなんですからね」
「ほんとかよ。ってか危ないし別にいいって」
「ぜんぜん良くないですよ。明日は体育の授業がありますし、体育館シューズも使うんですからね」
「あれ、そうだっけ……」
「もう進級して2ヶ月経つんですから、いい加減覚えてください」
「学校の時間割ほど覚えられないものは無いって、俺は思ってるんだけど」
委員長は呆れて小さな溜息を吐きつつ、躊躇いなくフェンスに足を掛けた。
「え、ほんとに登んの?」
「あたりまえじゃないですか」
ガシャガシャと騒がしい音を立てながら結構なスピードで登っていく。というよりも、慣れている、と言ったほうが正しい様子だった。
幸い暗かったためスカートの中も当然真っ黒だったが、これが昼間だったりしたら目のやり場に困るなんてレベルではなかっただろう。そういった無神経さこの委員長にはあり、そこが個人的には面白いところでもあるから、どちらかといえば高評価だった。
「ありましたー!」と上で声が聞こえる。
次の瞬間、堅いものが頭に当たる。
「痛ったっ!」
「すいませーん! 落としちゃいましたー!」
ここまでの無神経さは流石に許容できなかったが、助けてもらっている立場上、批判の言葉は喉の奥に押し込めておくことにした。
委員長はある程度の高さまで降りてくると、ジャンプして綺麗に着地してわざとらしくポーズをとった。
「痛かったけど、まあその、ありがとう。助かった」
「ふふん……。面と向かってお礼を言われるのって、何だか気分がいいですね」
シューズ袋を持って立ち上がる。まだ足が少し痛かった。
「委員長さ、なんでこんなにフェンス登るの慣れてんの?」
「あぁ……だってわたくし、よく登ってますからね」
「何で!?」
「好きなんですよ、学校抜け出すの」
「はい、アウトー!」
委員長という肩書きがここまで似合わない女子生徒もなかなかいないだろうと、心の中で感心しつつ、けれどやっぱり相応しくないと叫んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます