お墓参り

2019年2月7日に練習で書いたショートショート。






 久々に白いミニバンの助手席に座ったとき、座席の位置がまた随分と変わっていた。前回は物凄く前へ出ていたけれど、今日はすごく後ろだった。加えて、背もたれもフロントが見えないぐらいには後ろへ倒れていた。今付き合っている彼氏は、きっと偉そうで常に踏ん反り返っているいけ好かないヤツなんだろう、と勝手に予想する。後部座席は相変わらず物で溢れかえっていて、とても人を乗せられる状態ではない。


「姉さん、こないだの彼氏は?」


「ん? 別れた」


「何で?」


「冷めたの」


「何が?」


「恋心が」


「冷めるものなの?」


「アンタにはわかんないわよ」


 僕の住む寮の前まで姉は迎えに来てくれて、乗るときに交わした会話以降、僕らは一度も口を開いていない。タバコ臭い車内はやたら騒がしいBGMとエンジンの振動音ぐらいしか聞こえず、加えるとすれば、たまに聞こえるクラクションぐらいだろうか。世の中短気な人が多いものだ。


 今はバイパスを走っていて、隣の車線を走る車の背面が見えたかと思うと、たちまち正面が見え、体を捻らなければあっと言う間に姿すら確認できなくなる。


 今、一体何キロで走っているのだろう。怖くてメーターは見れないし、姉に聞く気にもなれない。ただ、この調子なら日が暮れる前に目的地につけそうだな、という確信だけが僕の心にはあった。


 バイパスを降りてしばらく走ると、どんどん背の高い建物が消えていき、代わりに平らな畑や田んぼばかりになっていく。田舎はきっと臭いだろうな、という偏見があるから、間違っても窓を開けようとは思えない。でも大抵の場合、車を降りても鼻をつまんだ経験はないから、きっと臭くは無いのだろう。


 見渡す限り平らな場所に、まるで森の一部がここに移植されてきたような、不自然に木が乱立した土地が見えた。目的地はあそこだ。


 数分と経たない内に到着し、その森の裏に砂利の駐車場が用意されていて、そこに車を止めて、僕たちは降りた。


 都会とは違う空気を吸ってみる。おいしい、とは思わない。臭いとも思わなかった。


「お線香持ってる?」


「持ってるよ」


 僕は上着のポケットから数珠と線香の入った箱を除かせて姉に見せた。それを確認するや否や、姉は右手に新聞紙で包んだ花束を持ちながら、スタスタと先へ進んでいってしまう。かといって追いかけるわけでもなく、僕はいつもの歩幅で姉の後を追いかけた。


 砂利を蹴飛ばしながら歩いていくと小さなお寺が見えて、その隣の少し開けたところに、お墓がいくつも並んでいた。そう広くはないが、狭くも無い。


 僕たち以外に人の姿はなく、ただ木の葉の揺れる音と鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。とても穏やかで、静かだ。その新鮮さに僕は思わず見上げ、木々に囲まれた空を拝んだ。


「ほら、早く行くよ」


 姉に急かされ、僕は視線を戻す。姉は既にお墓の方へ歩いていっている。思わず舌打ちしそうになったが、僕は諦めて桶に水を汲みに行った。


 この四角形の土地の、ちょうど右上の角のところに、僕たちが手を合わせるべきお墓がある。姉と二人で墓石の前に立ち、手際よく花やら水やら線香やらの交換をして、あっという間に作業は終わった。


「手、合わせよ」


「姉さん」


「……なに?」


「やっぱり、僕たちもお墓の中に入ったほうがいいんじゃないかな」


 僕の一言に、特に姉は大きな反応をしなかった。したといえば、軽く息を吐いたことぐらいだろう。まるで呆れたように。


「入るべきは、私たちじゃなくてお父さんの方でしょ」


「だから、お父さんも一緒に」


 僕は左に立っている姉を見た。そしたら、姉も僕を見た。


「……それなら、いいかもね」


「じゃあ、父さんを見つけたら連絡する」


「母さんを殺した罪を、いい加減に償わせないとね」


「姉さん、最後に父さんと会ったの、いつ?」


「さあ、覚えてない。でもお金だけは律儀に振り込んでくれるから、別にいいかなって」


 僕は墓石に彫られた母の名を見た。


「よくないよ。そんなんだから、生きてても楽しくないんだ。恋心だってすぐ冷める」


「そうかもね。アンタは大学楽しい?」


「これで楽しいと思えるやつはきっと、とんでもない馬鹿かとんでもない阿呆だと思う」


「言えてる」


 僕と姉は母の墓石の前でゆっくりと膝を折ると、数珠を手にとって、合掌した。


 母さん、父さんと一緒に、もうすぐそちらへ行きます。


 だから、もう少し待っていてください。


 全く同じタイミングで合掌をやめ、僕と姉は立ち上がり、何も言わずに墓の前から立ち去った。


 帰り道は終始無言だった。


 僕の鼻には線香の香りがずっと残っていて、きっとそれは、姉も同じなのだろうと、そう思った。

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