これが色恋、閃いた

2018年10月3日に練習で書いたショートショート。






 明後日の文化祭に備えて、今日の五、六限は準備の時間になっていた。ほとんどお祭り騒ぎみたいな校内は、どこへ行っても間抜けな馬鹿笑いか司令塔のよく通る声が聞こえるばかりで、一緒に準備に参加する先生方さえも、どこか浮かれているように見える。


「全く馬鹿馬鹿しいね。俺らは受験生だ。こんな遊戯に費やす時間はないんだぞ」


 教室の隅で赤本を片手に、俺は言う。


 隣には、和気藹々と準備を進めるクラスメイトらを遠目に見つめる友人が立っていた。


「まあまあ、そう悪態を吐くな、西沢。いくら相棒といえど、その言葉は聞き捨てならない」


「あ? 何だ何だ。お前まさか、この俺に向かって青春を謳歌しろ、なんて戯言を吐くんじゃあないだろうな。それこそ、いくら幼馴染の櫻井といえど、聞き捨てならんな」


「戯言だと……? 果たして本当にそうかな?」


「何が言いたい」


「情報屋兼恋愛マスターの肩書きを有する俺の前で、嘘は通用せんぞ」櫻井はふふんと鼻を鳴らす。「お前どうやら、好きなやつがいるそうじゃないか」


 直後、無意識のうちに肩がビクっと跳ねた。自分の体の癖して制御が効かないなどと、この肉体のあまりの勝手加減に怒りで打ち震えそうになったが、それよりも、櫻井の言葉に脳が焦りを感じ始めるほうが幾分か早く、強かった。


「な、なななな、何のことだ櫻井。お、俺はそんなこと知らんぞ」


「赤本を持つ手が震えているぞ。流石に誤魔化すの下手すぎないか」


「根拠レスにも程がある。虚言を吐くのも大概にしろ。度が過ぎれば絶交も考える」


「それは悪かった……と、言いたいところだが、どうやらお目当ての女子が来たようだぞ、西沢」


「は?」


 俺は思わず赤本から顔を上げ、教室の方に目をやる。


 直後、心臓が一人でに飛び跳ね、顔は唐突に発熱し、視線ががっちりと固定される。なんだ、これは一体どういう症状なのだ。まさか俺は病気か?


 隣で「ははっ」と笑い声が聞こえると、同時に体が元に戻った。一体なんだったのだ。


「いやー全く、相変わらず面白いな君は。そこまで露骨に反応されると、笑いを堪えきれない」


「なんだと!?」


「彼女、結城アカリは、このクラスの室長にして、西沢に次ぐ成績上位者だ。ルックスの良さもあり、学年問わず評判が高い。どうやら性格もいいと聞くが、まあここは不明瞭な部分といえる。……ああなるほど、あの控えめな態度と艶々の黒髪に皆やられるのか」


 ペラペラと喋る櫻井に腹が立って抗議しようとしたが、結城が声を張って話し始めたのが原因か、俺の動きは止まってしまった。


「買出しに行く予定なんですけど、誰か手が空いている人いますかー? ちょっと一人じゃ大変なのでー!」


 普段、結城の声はとてもか細いから、こうやって腹から声を出しているところを見るのは新鮮だった。それでも大きな声とは言いがたいボリュームだが、皆を振り向かせるには十分な音量だ。


 結城の呼びかけに作業の手を止めたクラスメイト達は、各々の状況などを確認したりして話し合っているようだが、なかなか決まらないようだ。


「室長、コイツが空いてますよ」


 と、唐突に。


 櫻井は俺の手を掴んで上へ持ち上げた。


「……へ?」


 素っ頓狂な声が出る。


「あ、そうなんだ。西沢くん、一緒についてきてくれる?」


「どうした。鳩が豆鉄砲食らった顔で俺の方なんか見て。どうせ見るなら結城にしたらどうだ?」


 櫻井は俺の手を離すと、呆然とする俺の背中を思い切り押して結城の方へ近づけた。


「後で覚えていろよ、櫻井。お前を絶対に許さないからな」


「口角、上がってるぞ」


「えっと……もしかして忙しかった?」


「え? あ、いや、そんなことはないです、全然……大丈夫」


 まるで舌が回らない。というより、頭すら回っていない。こんなのは自分ではないと心の内で叫びながら、しかし原因が分からないと混乱している。


 背後で「ブッ」と吹き出した声を聞きながら、俺は彼女の後ろをついていった。


 


 何故か分からないが、不思議と足が軽かった。さっきまで拳を握っていたというのに。いや、正確には今も拳に力が入っているのだが、その根幹の部分が先ほどとはまるで違うように思えた。これは何だろうか……焦りか? いやまさか。何に焦るというのか。


 今は学校からそう遠くないホームセンターに来ていた。使わないダンボールをもらいにきたのだ。


「そういえば、西沢くんっていつも成績トップにいるよね。私、いつも勝てないなぁって思ってたの」


「へあっ!? あ、あぁ、そうだね。ま、まあ勉強ぐらいしかやることないし……」


 俺は間抜けか!? 「へあっ!?」って何の冗談だ! これでは結城さんの俺に対するイメージが下がるばかりではないか。気の利いたことが言えない自分が不甲斐ない。


「いやいや、すごいことだよ。もっと誇っていいと思う。何かコツとかってあるの?」


 なるべく平常心を保ちながら、普段やっている勉強方法を語る。独り善がりな態度にならないよう気をつけながら、冷静を以って口を動かした。


「なるほどね……」


 結城さんはふむふむと顎に手を当てて何度も頷いている。これは良いの反応と捉えていいのだろうか。イマイチ判断基準が分からない。


「やっぱり、すごいね。私、ずっと成績が横ばいなのを室長で忙しいからって言い訳してきたけど、もうやめる。今の話のおかげでこの状態から抜け出せるかも。ありがとう」


「い、いや、俺は何も……」


「西沢くんのことは、今までずっと追いつけない、上に居る人って覚えてた。でもこれからはライバルとして、一つの目標にしようと思う。これから、よろしくね」


 結城さんはそう言って、微笑んだ。おしとやかで優しい表情だ。


 全細胞が暴れだし、熱くなる。


「あ、やっと笑った」


 と、結城さんはそう言いながら、微笑みを笑顔へ進化させた。


 その瞬間、内側で何かが弾け、知らない温かさが全身に波の様に伝播する。


 櫻井の前に立つときの自分と、結城さんの前に立つとき自分が、何故違うのか、その原因は何なのか。たった今体中を満たしている温かさが全てを教えてくれた。


「……どうしたの?」


 立ち尽くす俺を不思議に思ったのか、結城さんが声を掛けてくれた。


「えっと、ごめん! 少しだけ電話させてください!」


 謎の敬語と共に俺はその場を駆けながら去り、ある程度いったところでスマホを取り出し電話をかけた。数コールを経て繋がったそれに、俺はとにかく口を動かしたくなった。


「櫻井、俺、分かったぞ、全部分かった。お前の言う通りだった。たった今気付いた。俺は……俺は、結城さんのことが、す、好きなのかもれしないってことに……」


 衝動に身を任せ、勢いだけで放った言葉。恥ずかしいが、これは本心なのだ。


 次の瞬間、櫻井の大爆笑を、俺は生まれて初めて聞くことになった。

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落書きとか練習で書いたやつ、を集めたやつ。 ぴくるすん @pikurusun4410

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