落書きとか練習で書いたやつ、を集めたやつ。

ぴくるすん

善行を積むと願いが叶う町

2017年7月6日に練習として書いたショートショート。 長編の冒頭みたいなものなので、SSとは言えないかも。




 目を疑ったのは、俺だけでは無かった。その場にいた全員が、揃いも揃って目を見開いてまん丸に、その光景を凝視していた。それも、口をポカンと開けたまま。


 ボランティアが交差点近くの歩道の花壇に花を植えているところ、突然一人の女子高生が乱入し、あろうことか花壇へ足を踏み入れて、たった今植えたばかりの花たちを、ものの見事に蹴散らして見せたのである。


 皆、唖然。


 その女子高生は狐の面をかぶっており、素顔は全く分からない。花壇の上で舞い踊るたび、ポニーテールが喜々として揺れていた。


 俺だって、もちろん驚いた。口を開けていた。しかし。


 ――口角は、上がっていた。


 強い衝撃を受けたのだ。


 彼女はもしかしたら、俺と同じかもしれない。そう思ったから。


 面の女子高生は存分に花壇を踏み荒らした後、踊るようにその場から走り去っていった。


 気付けば自分の足も、彼女と同じように動いていた。


 惹きつけられるように、吸い込まれるように。


 俺は彼女が駆けて行った方角へ、脱兎の如く走り始めた。


 


   ***


 


 十年に一度、最も善行を積んだ者には神によって何でも一つ、願いが叶えられるという。


 そんな伝説を抱えた町に生まれてこなければ、俺はこんな話、到底信じることはなかっただろう。


 今から百年前に起き始めたというこの現象は、十年ごとに欠かさず一人の願いを叶え続け、この町の住民は伝説を認め、信じざるを得なくなったのである。


 それからというものの、願い目当てに善行をする輩が発生し、それは爆発的に数を増やした。他県や遠い地から遥々この町へやってくる人も少なくないし、メディアにこの町の情報を発信されてしまっている以上、それは無理も無い話だ。


 まあ、そのおかげで犯罪率が極めて低いという結果に繋がってはいる。それについていえば、善行を積んで褒美が受けられるのと逆に、最も悪行を積んだものには罰が待っている、という理由もあるから、余計にこの町は犯罪が少ない。


 けれど、それで「偽善者」が増えるのは堪ったものではない。街中を歩いているだけでそこらかしこで誰かが誰かに親切を働いているという状況。気味が悪いことこの上ない。


 たった今目の前でも、横断歩道を渡る年配の方へ一人の女性が親切に付き添っている。


 俺はそれを横目に流しながら二人を追い越し横断を渡りきると、足早に帰路を進んだ。


 住宅街から少々浮くようにして、立派な自宅が堂々と佇んでいる。門を開けて一直線に進み、それから大きな扉を力よく押し開ける。


「あら、おかえり」


 乱暴に靴を脱ぎ捨てると、母の出迎えを無視してスタスタと自室へ向かった。


 階段を上がって自室の扉を開ける。


「ちょっと、ただいまぐらい言いなさい!」


 下から飛んでぐる声をシャットアウトしようと、雑に扉を閉めた。


 肩に掛けたカバンを床に放り投げ、ベッドに身を投じる。仰向けになって天井を視界に収め、「はぁ」と一つ、ため息をこぼした。


 ――反抗期、というヤツなんだろうか。


 高校に入ってからというものの、親の言動一つ一つに腹が立つようになった。もとより両親のことは好いていなかったから、それに一層の拍車が掛かったのだ。


 自宅での居心地の悪さといったら、これを超えるものはそうそうに無いとすら思える。


 しばらくゴロゴロしていたら眠ってしまったようで、下から母に夕飯だと大きな声で告げられて目が覚めた。


 億劫だが、リビングに行かねばならない。


 一階へ下りると、いつの間にか帰っていた父がおり、母とそろって机の前に腰掛けていた。「おかえり」なんて言わないのは当たり前だから、それについての言及は一切無い。


 カレーライスの置かれた食卓を三人揃って無言で囲む。


 ふと、壁に掛けられた写真に目をやる。両親をセンターにして、近所の人がそれを囲むようにして大勢で写っている。これだけでもう、腹が立ってしょうがない。


 父と母は、たった十人しかいない「願いを叶えた人」の中の二人なのだ。奇跡の夫婦とか、そんな馬鹿馬鹿しい呼ばれ方をされて、チヤホヤされていた時期がどうもあるらしい。


 そんな二人の間に生まれた息子は、注目の的であり、期待の星でもあった。なんせトップクラスの善行者の子供である。さぞかし立派な子なのだろうと、誰もが思っていた。


 俺はそんな地域からの圧力と、そして何より両親の圧力に耐えうる器などではなかった。


 拒み続け、いつからか、家族と呼ぶにはいささか無理のある、大きくそして深い溝が出来上がってしまったというわけだ。


 即刻カレーを食べ終えて、食器を流しへ持っていく。こんな空間、とっとおさらばだ。


「善行は、やってるのか」


 去ろうとした途端、父親が口を開いた。一体一日に何度それを聞けば気が済むんだ。毎日毎日、父はそれしか口にしない。


 俺はそれを無視すると、ドスドスと自室へ戻った。


「何が善行だ……」


 この町の人間は、何かに憑りつかれているみたいにそれを行なう。全く持って馬鹿馬鹿しい。自分の願いを叶えるためだというのに、一体どこが善行なのか。


 たまには、それに反対する人間にも出会ったみたいにものだ。


 そう思ったところで睡魔がドッと押し寄せて来る。


 気付けば、目蓋が閉じていた。




 そして翌朝。


 俺は花壇で、狐の面の女子高生の悪行を、目にすることになる。


 


 それが、運命を左右する出会いであることなど、一寸でさえも思いもせずに。

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