一対多数の喧嘩
2017年10月18日に一対多数の喧嘩の練習として書いたショートショート。
「おい兄ちゃん。いいとこで飯食ってんだなぁ。羨ましいなぁ」
「俺ら見ての通り貧乏でさぁ~。兄ちゃんみたいにそんな真っ白なスーツなんて持ってないわけよ……」
「きっとたくさん金持ってんだろうなぁ~。それだけありゃ、誰かに寄付する気にならないもんかなぁ~」
「ならないもんかなぁ~。って、しかもこいつイケメンだし。っくぅ、腹立つ!」
めんどくさい奴らに絡まれてしまった……。
父が取り締まる企業とは敵対する企業の娘さんと、最高に美味い上に穴場であるレストランで、現地集合現地解散のいわゆるお忍びデートを済ませた直後のこと。
小汚い四人組に声を掛けられたと思ったら、逃げ場を潰すように素早く囲まれてしまったのだ。
確かに穴場と呼ばれるからには、人気もなく目立たないところにある店なのだろうと思ってはいたが、なるほど、こういう意味での穴場でもあったか。
まあそもそも、日も落ちきって薄暗い、今の時間帯がいけなかったとも言えるのだが。
「なぁにだんまり決め込んじゃってるわけぇ? 無視ぃ?」
「しかもなにその呆れた表情。金持ってるだけで俺らみたいなの下に見てるんだろ?」
「っはあ~。いいとこに生まれたってだけでお偉ぶっちゃうお坊ちゃんかよ」
「これは俺らから直々に説教してやる必要があるなぁ。ちょっと兄ちゃん、こっち来ようか」
正直言って、彼ら四人を区別しろといってもできそうにない。それぐらい特徴が似通っていて、あまりに凡人めいている。いいや、こんな下衆でどうしようもない奴らなんて、凡人とすら呼べやしない。
全く以って馬鹿馬鹿しい。
走って逃げるか。
男の一人が背中に手を回し、三人並べる幅もない、細い路地裏へ連れ込もうとしている。
腹に一発かましてやろうかと考えた。
――が、やめた。もっと重要なことが頭に湧いたからだ。
俺がこんな目に遭っているのなら、彼女の方だって危ないということになる。何かあったら大変だし、ついでにお忍びデートもばれることだろう。
けれど、今逃げて彼女の元へ駆けつけたところで、きっとこいつらも追ってくる……。
と、思索していたらいつの間にかジメジメとした路地裏をずんずん進んでいた。
ある程度のところまで歩き、男たちが立ち止まる。唸りを上げる室外機が所々喧しい。
彼らはニヤニヤと俺を壁際に追いやると、逃走できないよう、半円を描くように俺を取り囲んだ。
「……全く、頭まで回らんとはどうしようもないな」
俺は嘆息と一緒に呟きを漏らした。
「なんだとっ!?」
左端にいた男が過敏に反応し、高らかに叫びながら拳を突き出してくる。それを屈んで避けた後、たった今殴りかかってきた男の右隣にいる男へ、低い体勢のまま、その腹目がけて肘を突き立てる。
くの字になった男を壁に押し付けると、そのまた右隣の男が蹴りを放った。それを両腕で防ぐものの、衝撃で路地のさらに奥へと飛ばされる。が、尻餅なんぞは着かない。
一人だけが地面に蹲り、残りの三人が俺の前に縦に並ぶ。
あそこで蹴られるとは思わなかったが、これで予想通りだ。
やはりこいつ等、頭が全く働いていないらしい。
細い通路で縦に並べば、否が応でも一対一だ。
対峙した一人目が殴りかかってくるのを右へ軽々と避け、左手で相手の顎を上へ突き上げる。倒れた体を踏みつけて、フィニッシュ。
二人目が汗を垂らしながら、一人目と全く同じように飛び掛ってくるので、今度は左にそれを避け、突き出した右腕によってがら空きになった脇腹を、拳骨を作って一発打ち込んでやる。呻き声を上げて倒れ込み動かなくなるのを見届ける。
その直後、最初に倒した男が往生際の悪いことに、俺の脚に掴みかかろうとしていたものだから、そのまま回避しその手を踏んづけた。その男は力尽きたのか、動かなくなった。
残った一人に視線を向けるとひどく怯えた表情で、膝が笑っているのが窺える。
俺は別に鬼じゃないし、無抵抗な人間を痛めつける真似をするような人間でもない。
「この辺りに、君たちみたいな他にもたくさん居たりする?」
俺はなるべく爽やかな声音と紳士的な口調で、そう訊ねた。
「い、います。たくさんいます!」
何故か気をつけの体勢で上を見上げる男に、
「ありがとう」
と礼を言った後、俺は男の脇を通り過ぎて路地裏を抜け、彼女が歩いていった方向へ全速力で駆け出した。
息が切れるほど走ったところで、数人の人だかりが見えた。人々は路地裏を覗く様にしている。そのうちの老婆に声を掛けた。
「何があったんですか?」
「なんかね、この先でえらいべっぴんさんとゴロツキどもが一緒にいるみたいなんよ……ってあらまぁ、あんた、いい男だねぇ!」
老婆はこちらの顔を見ると、両手を合わせてしわがれた声を放った。
俺は礼を言うや否や、野次を押しのけ路地裏へと入る。
俺を止めようとする声が後ろから降りかかるが、誰も直接止めに来ようとはしなかった。
それが俺の不安を煽る。
彼女は、大丈夫だろうか。
途中、右に折れる箇所が現れる。きっとここを曲がったところだろう。
俺は恐る恐る、野次馬みたく覗くように右に折れた先を窺った。
が。
「……え?」
派手な真っ赤なドレスの女性が、両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
間違いない、彼女である。そこまではいい。
しかし、問題はその先だった。
彼女の向こうにある光景は、六人ほどの男がバタバタと倒れているという、なかなかに戦慄するものだったのだ。
「お、おーい」
「あっ! 助けに来るの遅すぎー。もう終わっちゃったよ」
「えっと……これ全部、君がやったのかい?」
「もちろんっ!」
満開の笑みで高らかにピースを掲げる彼女は、どうやら俺が思うよりも、もしかしたら俺自身よりも、相当な手練れやもしれない。
なんて女性なんだ……。
「かくいう君だって、戦ってきたんじゃないの? いやー、白のスーツは失敗だったね」
どうして分かるんだと言おうとしたが、彼女の視線で気がついた。俺の真っ白なスーツに付着する、赤い斑点。言うまでもない、血だ。
……なるほど、これは分かりやすい証拠だ。
ともかく、彼女が無事……というより元気そうで良かった。一先ずは万歳だろう。
しかしまあ、このスーツの汚れは、間違いなく父に叱られるだろうとも思う。
これからの帰路が、大変憂鬱である。
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