6
「今日、父さんと食事だから」と嘯きバスに乗ると、いくつか先のバス亭で降りて駆け足で自宅へ向かう。劉生の家は区画こそ違うが近所であり、この姿を見られたくなかった。
息を切らせて自宅へ入ると、明々と光が灯るリビングのドアを少しだけ空け、
「帰ったから。夕食は、後で……」
などと声だけを入室させたのだが、想定外に、ドアが引かれた。
「勇ちゃん、お帰り。少し、話をしましょう」
母は無感情な人形のような顔付きで、勇次を引き留めた。
「っと、今日は、研究室の課題が……」
「ええ。その事で、話しましょう」
感情が無いような口調。
長年息子をしている勇次は、この様子に膠着した。
手を引かれるままにリビングに入り、椅子に着座させられ、夕食など何も用意されていない机に熱い紅茶を置かれた。
想定はしていた。
「法医学ゼミって、どういう事なの? 勇ちゃん」
沈黙した。
それしか手段も無かった。
「勇ちゃんは、お医者様になるのよ? ママ、調べたのよ。法医学って、警察のお仕事じゃないの?」
口は開かない。
いつかは突き止められると思っていたが、早すぎた。ゼミの申し込みをして、数日しか経過していない。
「えっと……ママ、医学にも色々あって」
「お医者様になるのよ」
「……だから」
母は猛烈に机を叩いた。紅茶カップが揺れ、零れた。
「警察なんて、勇ちゃんには無理なの! パパにできなかった事が、できるはずが無いじゃない!」
怒鳴り散らしたと思うと、顔に両手を当てて泣き始めた。
「ママを困らせないで。勇ちゃんは、劉生君とは違うの。無理なのよ……。親子揃って、ママに恥ばかりかかせないで……。お願いだから……」
泣き崩れる母の前で、沈黙した。
数分、何も言わず座して、静かに立ち上がり呟く。
「うん」
零れた紅茶を片付け、部屋へ戻った。
自室へ戻ると鍵を閉め、勉強机に座るとむしゃくしゃと頭を掻きむしり、外へ漏れない程度に発狂した。
「うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ」
百回、二百回と呟き、のどが渇くと鞄から飲みかけのペットボトルを取り出し喉を戻す。
蓋を閉めないまま床にペットボトルを投げつけ、ベッドに横たわった。
「ったく、これだから、凡人は……」
枕に顔を埋め、「あああああ!」と発狂した。
何度目かの発狂を終え、部屋は漸く沈黙した。
なんとか心を押さえつけた時だった。
携帯電話が、無機質な音を鳴らした。
ベッドから体を起こし、大きく溜息を吐く。何度も繰り返して冷静になると「おし。大丈夫」我に返って携帯電話を見た。
ショートメールだった。
「会いたい」
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