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「今日、父さんと食事だから」と嘯きバスに乗ると、いくつか先のバス亭で降りて駆け足で自宅へ向かう。劉生の家は区画こそ違うが近所であり、この姿を見られたくなかった。


 息を切らせて自宅へ入ると、明々と光が灯るリビングのドアを少しだけ空け、


「帰ったから。夕食は、後で……」


 などと声だけを入室させたのだが、想定外に、ドアが引かれた。


「勇ちゃん、お帰り。少し、話をしましょう」


 母は無感情な人形のような顔付きで、勇次を引き留めた。


「っと、今日は、研究室の課題が……」


「ええ。その事で、話しましょう」


 感情が無いような口調。


 長年息子をしている勇次は、この様子に膠着した。


 手を引かれるままにリビングに入り、椅子に着座させられ、夕食など何も用意されていない机に熱い紅茶を置かれた。


 想定はしていた。


「法医学ゼミって、どういう事なの? 勇ちゃん」


 沈黙した。


 それしか手段も無かった。


「勇ちゃんは、お医者様になるのよ? ママ、調べたのよ。法医学って、警察のお仕事じゃないの?」


 口は開かない。


 いつかは突き止められると思っていたが、早すぎた。ゼミの申し込みをして、数日しか経過していない。


「えっと……ママ、医学にも色々あって」


「お医者様になるのよ」


「……だから」


 母は猛烈に机を叩いた。紅茶カップが揺れ、零れた。


「警察なんて、勇ちゃんには無理なの! パパにできなかった事が、できるはずが無いじゃない!」


 怒鳴り散らしたと思うと、顔に両手を当てて泣き始めた。


「ママを困らせないで。勇ちゃんは、劉生君とは違うの。無理なのよ……。親子揃って、ママに恥ばかりかかせないで……。お願いだから……」


 泣き崩れる母の前で、沈黙した。


 数分、何も言わず座して、静かに立ち上がり呟く。


「うん」


 零れた紅茶を片付け、部屋へ戻った。


 自室へ戻ると鍵を閉め、勉強机に座るとむしゃくしゃと頭を掻きむしり、外へ漏れない程度に発狂した。


「うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ」


 百回、二百回と呟き、のどが渇くと鞄から飲みかけのペットボトルを取り出し喉を戻す。

 蓋を閉めないまま床にペットボトルを投げつけ、ベッドに横たわった。


「ったく、これだから、凡人は……」


 枕に顔を埋め、「あああああ!」と発狂した。


 何度目かの発狂を終え、部屋は漸く沈黙した。

 なんとか心を押さえつけた時だった。


 携帯電話が、無機質な音を鳴らした。


 ベッドから体を起こし、大きく溜息を吐く。何度も繰り返して冷静になると「おし。大丈夫」我に返って携帯電話を見た。


 ショートメールだった。


「会いたい」


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