神の目から零れた聖者

水谷 遥

その革命の日に

 前章譚

 赤地に三日月、一つの星。


 国旗が議事堂の屋上ではためいた時、広場を埋め尽くす昂奮に満ちた民衆は大いに騒ぎ立てた。


 歓声とも罵声とも呼べぬ雑言の数々を背に、茶色いスーツを纏った髪の薄い頭の中年男が屋上へと昇り出て、凛々しい面持ちで頷いた。


 男が片手を上げると、若い男達が数人走り寄り、国旗を固定、手に持った黄色いペンキで旗に何かを書き足す。


 黄色い星が、二つ足された。


 たったこれだけのパフォーマンスに、民衆の猛りは最高潮に到達する。

 マイクを手に持ち、拡声スピーカーを足元に置き、男は言った。


「三つの星に、意味を見出そう。

 かつてここプロズテリックは、三つの国が凌ぎを削り、一つに統一された歴史を持つ。

 しかし時は流れ、再び国は二つ、三つ……いやそれ以上の国々による統治支配を受けてきた。

 三千年の時を経て、今、我等プロズテリック人の手により、この地を奪還する時が来た!


 三つの星の加護の元、必ずや、この地は赤く猛る炎となり、世界に存在を示すであろう! 


 今ここに、新生プロズテリック共和国の新政府樹立を宣言する!」


 大喝采が巻き起こり、花火が上がり、花吹雪が舞う。

 議事堂のあちらこちらの窓が開き、シャンパンを広場に向かって噴射した。

 口笛が交わされ、国家の大合唱。



 記念すべき祭典を、三人はテレビの前で剣呑に眺めていた。

 白いワンピースを着た金髪の少女は、テレビの前に置かれたテーブルにだらしなく上半身を寝そべらせ、欠伸がてらに呟いた。


「三つの星なのにぃ、意味は一つなんだねぇ。ばかだねぇ」


 背後のベッドで足の爪を切っていた黒い軍服を着た少女が、淡々と反応した。


「もう、あんなのしか残ってないんだから仕方ない。というか、あの三つって、私達の事でしょ? 頼りすぎ。自分で何かをしようとか微塵も思ってない。くず野郎」


 金髪少女はアメを口に入れ、顔までテーブルに横たわらせた。


「ベルがやれば良かったのぉ。ハゲチャビンがベルの傀儡なんてぇ、みんな分かってるのぉ」


 軍服の少女も首肯し、顔を向けた。


「そうだよ。どうせ全部、ベルが仕込んでたんでしょ。初めから」


 ベルと呼ばれた女性は、窓際に頬杖をして、薄茶色い髪を風に靡かせ、窓の外から見える海岸を鳥瞰していた。


 波打ち際には、死体の山が累積していた。


「まだ、終わってないから」


 金髪少女が、含んだばかりのアメをペっと吐きだし、人差し指で弄ぶ。

「王室の大豚ちゃんは、テルが殺ったんでしょぉ? まだなのぉ?」


 軍服少女は眉間に皴を寄せた。

「食べ物で遊ぶな、ネル。殺すぞ」


「いやぁ」


 テルは拳銃を抜き、ネルの弄ぶアメ玉を撃ち抜いた。


「大豚は三日前にやった。むしろ、お前の仕事が遅延している。娘の拿捕は?」

「売ったぁ。昨日」

「勝手に売るな。仮にも王女だぞ」

「買いたい人がいたぁ。買った奴がわるいぃ。あたしゃ、しらぁん」


 テルは舌打ちし、ベルに嘆息した。

「まぁ、そういう事だから、戦争自体は終わってる。国家承認は今からだけど、むしろその辺りはベルが大統領をやれば、瞬殺なんじゃないの? ロシアが先か、中国か先か……挙って貢物を持ってくる」


 ベルは小さく嘆息し、二人に顔を向けた。

「むしろ、今からが始まりよ」


 戸口に向かって彼女は歩き、ドアを開け、振り帰らずに片手を上げた。



「じゃ、また会いましょう。人生の終わりにでも」



 ベルは消えた。

 ネルが瞳孔を広げてテルへと振り返り、テルは影も残らぬ速さで廊下へ飛び出した。

 ベルの姿は消えていた。


「どゆこと? テル」

 のっそり廊下へ出てきたネルは首を傾げ、

「知るかよ」

 テルは、掌に溢れる尋常ではない汗をズボンで拭った。



 後に、国連軍の再度の進行により、『革命』は完膚なきまでに潰された。

 その、三ヵ月ほどの前の出来事であった。

 ベルの姿は、終ぞ、誰の目にも触れる事はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る