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 幾らか会話をして発散できたのか、やや穏やかになった聖は一つ欠伸をしてから部屋のドアを開く。マンションの扉のような鉄製扉。


 おまけに、この部屋には廊下側に窓が一つも無い。


 言われて初めて、この違和感に気づいた。


 せっかく会話で吐き出した悪玉だったが、扉を開けて数歩歩いたところで再度、発作的にそれは始まった。


 中には数人、既に部員が集まっていた。そしてなにやら、絵を書いていた。


「あ、モンタージュか。もうやってるんだ」


 勇次は呑気に呟いた。


 三枚の少女の写真をもとに、この三人の五年後の顔を創造する。

 その三人の似顔絵を、一人の似顔絵にし、よく張り紙などで見る指名手配似顔絵モンタージュにする。

 

 顔絵を一枚にする理由は、これ一枚で多くの情報を得られるようにする為である。複数枚の絵で描かれるより、一枚にまとめていた方が効率は良く、また相当不自然であっても、特徴だけをピックアップした似顔絵の方がより情報が得やすい。

 (口はAさん、鼻はBさん、目はCさん、とすれば一枚の写真で三人分の情報提供が見込める)


 こうした手配書の似顔絵にはピカソが描いたような不気味でアンバランスなものが多いが、これは、合理的に計算された不気味似顔絵である。


 そう、昨日説明したのは聖であり、この似顔絵作成を部員に依頼したのも彼女。三人の少女の写真を渡したのも彼女。

 「三人の少女」とは、同人誌即売会にて出版企画されている彼女の新作に登場する少女達だ。


 昨日言われて、今日の夕方には既に一枚作り上げている部員に何も非は無い。

 優秀すぎるとさえ言える。


 出来上がった一枚の絵はホワイトボードに張られていたが、聖はこれを見るなり走り寄り、握りつぶすように紙を剥がして、破り捨てた。


「……えっ」


 部員達は、唖然とした。


 鎮まる部屋で、聖は荒い息を吐き、パーテーションで区切られた奥の部屋へと行ってしまった。

 聖が居なくなると、女性の部長、野儀正子のぎまさこが勇次に嘆息した。


「何? また、下手こいたの?」

「俺? ですか……」 

「そりゃあ、そうでしょ。同じ学年、同じ学部、一応、彼女から話しかける数少ない人間。精神管理は君の責任なわけ」

「……はぁ」


 正子は椅子から立ち上がり、勇次の背中に回り込むと、力強く押した。


「ほら。さっさと行動する。これ描くのに18時間も掛かってるんだからね! なんとかしてこい!」


 その役回りは、いつも勇次だった。自称、他称、実質的に勇次は聖の彼氏とされていた。


 パーテーションの簡素なアルミドアを開け、その中に入る。

 ここに入るのが許されているのも、また彼だけだった。


 木製の長い机にいくつかパソコンが置かれ、殴り書かれたメモが散乱している中、聖は机に頭をつけて伏していた。


「隣、いい?」


 優しく声をかけ、何も返答は無いが、隣に座る。

 そのまま何もせず、彼女を見守る。

 数分もすると聖は体を起こし、肩を下げて、一度勇次を上目で見つめると、顔を伏し、彼の胸に顔を埋めてきた。


「……ごめん」


 勇次はゆっくりと抱きしめ、聖の頭をさすった。


「うん。大丈夫。みんな、怒ってないから」


「……嘘」

「本当だよ」


 チラっと顔を上げ、潤んだ瞳で見つめてくる。

「本当?」


「うん、大丈夫。もう一回、戻ろ? みんな、待ってるから」

 顔を伏し、


「うん」


 と言った。


 彼女の性格は、非常なほどに極端だった。機嫌が良ければ朝まででも話をしているが、虫の居所が少しでも悪ければ今のようになる。

 すぐに落ち込むし、ちゃんとフォローをしてあげれば、すぐに戻る。


 部員のいる部屋に戻ると、聖はすぐに頭を深々と下げた。


「ごめん、なさい」


 正子は聖の前に駆け寄り、頭を撫でた。

「いいのいいの。女子って、そういう生き物じゃん。何か気に入らなかった? 教えてよ。私、これでも警察庁志望だから、後世の役に立つかもだし」


 聖はもじもじと人差し指を合わせ、


「えっと……、厳しい事言う、かも」

「OKOK! じゃあ、もっかい最初からやろう」

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