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部員達は止めた。
「危ないって! そういうのは止めろって、今発表があっただろ」
聖は首を横に振った。
「逃走犯に近づくわけじゃない。世間の流れを、考察してみるだけ。こんな機会、人生に一度あるかないか、だから」
聖の好奇心は、この場、このサークルにおいては当然に発生するものだった。
彼女が椅子を立った瞬間から、学生達は次々と自身の考察を話し始める。日本最高学府であるここの生徒達もまた、天才的に頭は切れるのだ。
勢いづく雰囲気に、勇次も活性化された。
「あの、俺は……」
見解を述べようとした時、腕の袖が引かれた。
勇次の真横に来ていた聖は、袖を握りつぶすように掴んで力強く戸口へと引きずった。
「ちょ、っと」
「行こう」
聖が鉄扉を開けたところで、正子が勇次に言った。
「聖、暴走しないでね。勇次君も、ちゃんと見張ってるのよ」
勝手に保護者にされた。
「大丈夫」
聖は平然と答えて廊下へ出た。廊下に出ても手を放さず、勇次を引っ張る。
「ね、ねぇ、聖」
「勇次君の部屋、行きたいんだけど」
「……は、ぁ? なんで? うちは関係ない!」
聖の足が止まった。
「関係ない……。って、どういう事?」
真っ黒な瞳が振り返り、鋭利な刃と化した視線が勇次に振り替える。
一歩足を引き、たじろいだ。
「……別に。うちに来たって、その、意味ないんじゃないかな」
「何の意味? 私が、何の意図を持って勇次君の部屋に行こうとしているか、推測できているの? だとすれば、それは何?」
「いや……」
小柄な聖の顔が、ゆっくり近づいてくる。鼻が擦れるほどに近づいた。でも、吐息が全くない。
怖かった。
「い、いいから! 今、散らかってるから来て欲しくないんだよ!」
聖を突き飛ばし、強制的に腕を振りほどいた。
どんな力で握りしめていたのか? シャツの袖が千切れた。
破れたシャツの端を握りゆっくり確認した聖は、パッと手を開いて破片を宙にそよがせた。
「じゃあ、掃除をしないとね。私、悪魔祓いも、できるから」
バレている。
これは、絶対にバレている。
と、同時に、勇次は思った。
お前は、恋人じゃない。
彼女は、度々甘えた素振りで幻惑する。ボディタッチも多く、顔を胸に埋めてきたり、手を握ってきたりもする。
でも、キスはおろか、何もやらせてはくれない。
美人には違い無いが、陰鬱オタクのような喋り方で、髪の手入れも化粧も雑。背丈も小さく、寸胴で、胸も無い。
完成された美紀を抱いた今、これは、そこらの中高生と大差が無い。
そういうところだ。そういうところが、能力主義の天才と、カリスマ的権力者の根源的な違いなのだ。
能力というカテゴリーにおいて、実績、学力、知識の幅など、見た目やコミュニケーション能力という本能的に作用する価値観の前では、無力である。
もう、今更、聖の保護者をする必要もない。
「あのさ、聖」
言ってしまおうと思った。
目の前の小娘が、田舎の猪にでも見えていた。
その時だった。
廊下の先の階段から、大きな足音が聞こえてくる。思い足音。体重がある。女性のものではない。踏み込む力が尋常じゃなく強い。まるで、柔道家の踏み込みのような音。
とてつもない速さで上がってきたそれは、二人を見るなり声を張った。
「聖! どこに行ってた!」
余計な時に、余計な人間が現れた。
自称、美紀の彼氏だ。
流石に、彼を前に交際事実を発言するわけにはいかない。
女に手を上げるような輩だ。
男の勇次に、ましてや、彼女を寝取った男には容赦が無いだろう。彼には、時期を見て言うべきだ。
「何? 劉生、慌てて」
余裕を醸し出した。
「ん、あぁ、勇次か。どうした」
劉生は、まるで今勇次が目に入ったとばかりに顔を向けた。
「え、いや……、用事かな、って」
「あぁ」
劉生は一寸呆然となり、聖に顔を向けた。
聖がこれに頷き、勇次に言った。
「時間も無いし、単刀直入に言う。警察の情報を得たい。目的は犯人逮捕。どうする? 勇次君」
「どう、って」
唐突に言われても、
「駄目、だって。今、会見してただろ」
そう答えるしかない。
即座に聖は首肯した。まるで、予想していた通りと言わんばかりに。
「分かった。じゃあいい。劉生、行くよ。時間が無い」
劉生は唖然としたままだったが、「あ、あぁ」などと言って首肯する。
なんだ?
どういう事だ?
勇次の心を読んだかの如く、聖が言った。
「私達は、犯人を追う。さっき校門で劉生にそう言ったら、彼は即答だった。勇次君は、違う。そういう事なんだよ、全部」
聖は踵を返して廊下を進もうとする。
瞬間的に、脳が熱く燃え滾った。
「行くよ! 勝手に決めんな! 俺だって、警察官の息子なんだよ! やるに決まってんだろ!」
聖は顔だけ振り返らせ、笑顔を見せた。
「うん。そう言うと、思ってた」
途端に逆上した熱は、一瞬で冷めていく。ものの数秒の出来事にも関わらず、取り返しの付かない言葉を吐いてしまったと後悔した。
これは、誘導尋問だった。
うまく乗せられてしまったと、心の底から後悔した。
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