第5話
病院の事務方というのは実際のところ限られた人数で回していて、何度か異動を繰り返すうちに大方のメンバーとは顔見知りになってしまうものだ。
しかし、四十歳を目前にして戻った管理課には、見知った顔はなかった。噂話や、あの塚の神様の祟りの話を、聞きたくもないのに聞かせてくれたおばちゃんは結構前に二人揃って定年退職したというし、なんだか管理課にも派遣社員が増えていて、聞けば全体の半分は派遣社員が占めているらしい。
私の係にも部下として正規職員と派遣社員が二人ずつ配置されていたが、派遣の子たちは育児中だから残業はなしという契約で入っているそうで、彼女たちに頼めない仕事は正規職員二人と、もちろん、私が担うこととなった。
この歳になるまで結婚も出産もしていない私には、幼い子供を抱えながら働いている派遣の子が眩しく映ったし、女性活躍を謳うのであれば彼女たちの働き方は容認して然るべきだという一応の理解もあるつもりだったが、それでも、なんとなく割り切れないものは残った。
派遣社員が増えたからか、それ以外のことも含めた、端的に言えば時代の流れなのか、お茶当番は廃止されていた。それでも、あの頃設えられていた神棚は今も健在で、榊は変わらず供えられていた。多分、浄めてもらったとかいうお酒も。
榊の面倒を誰が見ているのか、それとなく訊いてみたところ、神棚に一番近い席に座った人がやることになっているのだとかで、ここ二年ほど榊の係になっているという清水くんは、そもそも神棚の由縁を知らないらしかった。私も、川戸さんたちのような趣味の悪いおばちゃんをやりたくはなかったから、神棚や、それに関係しているらしい神様のことについて教えることは敢えてしなかった。
知らなくても良いことというのはあるものだし――なんていう鷹揚な気持ちもあってのことだったが、この態度は宜しくなかったかもしれない。そう後悔させられることになる局面が、やがてやって来ることとなる。
二人分も三人分も仕事を抱えているような状態がやっと落ち着き、うまく回せるようになる頃には秋を迎えようとしていた。
なんとなくの流れで、課長と係長だけが揃って職員食堂で昼食を摂ることになった折に、ふと思いついて、塚にまつわる神事のことについて切り出したのは私だった。
最近は職場の中で持ち出してはいけないとされる話題が多岐にわたり、そうした中で当たり障りのない話題を考えるのが面倒だった。職場の行事のことならばまだ無難な部類の話ではないかと踏んだのである。
二十代の頃は聞かされただけで震え上がった「塚の神様の祟り」の話だったが、恐怖心は随分薄れて、心底怯えながら榊の水替えをしていた当時を思い返すと、あんな与太を信じた私も若かったし馬鹿だったよな、と笑えるような心境になっていた。
今の私は怖い話をいちいち真に受けて怖がらない、成長したのだ――そう思っていた。
「もうすぐあの、塚の神事の季節ですよね。あの、神主さんを呼ぶっていう」
「野口さん、よく知ってるね」
私とそう歳が変わらない、若い課長は少し意外そうだった。昔ちょっとここにいた時期があったんです、当時はヒラでしたが、と答える。
「課長もやっぱり、参加されるんですか?」
水を向けると、課長は半笑いを浮かべた。
「え? なんで? 行かないよ僕は」
「そう……なんですか? でも、ちゃんとしないと祟るって……」
確かに私は、今ではもうあの「祟り」の話を恐れてはいない。しかし、それはそれとして神事にはきちんと参加しなければ駄目なのでは、という思いがある。「祟り」の話自体は恐れていないのに何故そう感じるのか、それはうまく説明できないが、こと神様とか霊とかに関しては、ちゃんとしなければいけない、馬鹿にしてはいけないことというものもあって、塚の神事はそれにあたるのでは――そんな気がする。
だから私は、半笑いを崩さない課長に真面目に問うたのだが、課長ははっきりと言い切った。
「祟りなんてあるわけないじゃない。誰が言い出したの、そんなこと。馬鹿馬鹿しい。だいたい、忙しいのにそんなのに付き合っていられないよ」
恐怖の対象ではなくなっていた――少なくともそのつもりだった――「祟り」の話を、改めて思い出す。
当時の課長が神事でいいかげんなことをしたから、係長が順番に病気で倒れた――のだった。
今、目の前にいる何も知らない課長は、その「祟り」の時以上のことをすると公言しているようなものだ。今からでも、「祟り」が本当にあったのだと教えるべきだろうか。いや――この様子では、話したところで信じてもらえないだろう。
係長席の配置は、今もまだ変わっていない。
祟りが、あるのなら。
私は、三番目に――
七塚の祟り 金糸雀 @canary16_sing
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