第3話

 私は怖い話が苦手だ。とにかく真に受けて怖がってしまうからだ。


 「海に転落した人の、たまたま落ちた瞬間にシャッターが切られた写真を現像したら、そこには海面から伸び上がる無数の白い手が」


 みたいなあからさまな与太話ですら怖いのだから我ながら重症だ。しかも、それがまさに「怖いもの見たさ」というものなのか、怖いとわかっているのにわざわざ読みに行ってしまうようなところがある。最近も、よせば良いのに2ちゃんねるの「洒落にならない怖い話」のスレにアクセスしてしまい、たっぷり怖い話を読んでしまい、後悔したものだ。


 明らかに作り事であっても怖いのだから、現実に直結する怪談話はなおのこと避けたいところなのだが――それを言うなら、怪談話の宝庫である病院で働くことに憧れを抱いている自分は、どこか矛盾しているのではないかという話だが――川戸さんともう一人、医薬契約係の係長をしているという、こちらも中年女性というよりおばちゃんという風情の人が暇さえあれば噂話に興じていて、あの神棚にまつわることも聞こえてきてしまった。私はもちろんそんな話は聞かないように意識しながら仕事に集中しているつもりだったのだが、おばちゃん二人の声が大きすぎて、どうにもならなかった。


 おばちゃんたちの話によると、神棚は大学構内にある塚に関係するものらしい。聞こえてきてしまった話をざっくりまとめると、こんな感じになる。ディテールにはっきりしない点が多いのは、所詮聞きかじった話だし、じっくり聞きたい話ではなかったから敢えて右から左に流したからでもある。



 C大学医学部構内には、七つの塚がある。それは北斗七星の形に配置されていて、誰が何のためにつくったものなのかについては諸説あるが、C大学ができる遥か前からあるものであることは確かだ。七つの塚は何かの神様を祀っているもので、C大学医学部の事務方は、毎年秋になると塚のあるところ――七つの塚のうち、どれがあるところなのかはわからない――で、神主さんを呼んで神事を執り行い、そうすることで、神様に祟られないようにしている。 

 神棚はその塚の神様を祀るためのもので、C大学医学部の主だった部署には必ずある。各部署では神棚の榊を切らさないようにしているだけではなく、神事の時に浄めてもらうか何かしたお酒も供えられている。



 怪談話としては、よくあるパターンではあるのだろう。病院の怪談といえば、どちらかというと病室に出る血まみれの患者の幽霊譚などが連想されるものだから、敷地内の塚が何かをする、というのは切り口としては変化球かもしれないが。


 「塚の神様が祟るなんて、そんな話あるわけない」

 誰もがそう思いながらも、習慣として神事を執り行い、神棚にお酒やら榊やらをお供えしているのだろう。そうに違いない。常識的に考えて祟りなどあるはずがないし、あってもらっては困るのだから。


 しかし、川戸さんは知っているのだという。

 以前、この部屋――C大学医学部管理課――に祟りがあった時のことを。

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