第4話

 川戸さんは十二年、この部署にいるのだそうだ。

 この歳で、ずっとヒラのままで、十二年何をしていたのか、ずっとしゃべくり倒していたのか、という突っ込みはここでは措いておこう。


 ともかく――十二年この部署にいた中で、一度、この部屋のトップである管理課長が神事で何かいいかげんなことをした結果、祟りが起こったのだという。「いいかげんなこと」の程度についてはわからない。とんでもない禁忌に触れたのか、あるいは、ちょっと不真面目な態度で臨んだくらいのことなのか。


 さて。神事でいいかげんなことをした結果、何が起こったのか。

 

 神棚に近い席の係長から順に、病気で倒れた――のだそうだ。



 先に話した通り、この部屋には四つの係があり、室内のデスクは係ごとに四つの島に分かれている。各係長の席は、いわゆるお誕生日席のように並んでいる。神棚に近い方から、医薬契約係、用度係、経理係、統括係。



 その並び順は、当時も今も変わりはないそうなのだが、三年前の神事の後、まず医薬契約係の係長――川戸さんと仲の良いおばちゃんで、相原さんという――が健康診断で要精検となり、再検査の結果、大腸がんと診断された。そして、手術に抗がん剤、放射線とフルコースの治療を受けたそうだ。本人はあの時はハゲちゃって大変だったわよぉなどとけらけら笑っているが、病状が深刻だったのであろうことは治療内容の徹底具合から容易に想像が付く。


 次に、用度係の係長が脳卒中で倒れた。一命を取り留めたが障害が残り、まだ定年まで数年を残していたが、そのまま退職の運びになったそうだ。ちなみに、彼女たちは自分から年齢を暴露するようなトークを始めるようなところがあるから知っているのだが、大腸がんの相原さんも五十代半ばらしい。


 そして、前経理係長――石井さんの前任者である――は、まだ三十代だったそうだが、猛暑の中、何かの現場の立ち会いに出たところ熱中症で倒れて、一時は勤務先であるC大学附属病院のICUに入る事態に陥り、復帰まで二週間を要したのだそうだ。

 大腸がん、脳卒中ときて熱中症、というとスケールダウンした感は否めないが、「病気で倒れた」ことには違いないし、熱中症でICU入りとは大変な事態である。


 三人の係長が病に襲われた時期は、神事が行われた直後からその翌年の夏にかけての、約半年間に集中していた。具体的には、神事が行われた年の十二月、翌年四月、八月だった。

 

 さて、ここまで来たら最後は統括係の係長の番――のはずだが、ここで話は尻つぼみとなる。

 いつ倒れるかと本人も周りも戦々恐々としながら日々を過ごしていたところ、ちょうど十月――神事の時期――となり、前年疎かにした分まで熱心に神事に臨んだところ、それで祟りは止んだ――のだそうだ。


 「ウチのところまで来なくて、ホントに良かったわぁ」


 そう言う川戸さんにおばちゃんらしい無神経さを見て、係長が三人倒れたのは確かなんだから、自分のところの係長が無事だったからってはしゃぐんじゃないよ、ていうかあんたその頃も今もヒラなんだからどっちみち他人事だろ、と心の中で軽く悪態をつき。


 しかし、川戸さんから話を聞いてしまうと、確かに、「祟り」と言われればそうかもしれないという程度の事象は起こっていることを認めないわけにはいかなかった。

 

 理詰めで考えるならば、係長職に就く人はそれなりの年齢に達していて、病気にだって罹りやすい。たまたま同じようなタイミングで神棚に近い順から病気に罹って倒れた。それだけのことだ。そうに決まっている。

 それを言うなら、熱中症で倒れた当時三十代の経理係長の存在が浮いてしまうのだが、まぁ――熱中症は、きっと条件が重なれば若くてもなるし。倒れるし。熱中症は熱中症だ。祟りで倒れたのとは、違う。


 祟りなんてないと自分に言い聞かせるうち、混乱してくるのを自覚する。


 「祟りで死ぬ」というのは、どのような死に方なのか。狂死とか悶死とか言われるような、何かわかりやすいような死に方をするものなのだろうか。熱中症だって、いや――大腸がんだって脳卒中だって、本当のところは、「祟りによって」のかも、しれないではないか。


 

 尤もらしい祟りの話を聞かされ、理詰めで考えて消化するのにも失敗した私は、もう駄目だった。塚の神様を祀っているという神棚が、見に迫った恐怖の対象となってしまったのだ。

 用事がない限りは極力神棚に近付かないようにしたし、お茶当番の日は、怖くて触りたくない気持ちを堪えて、名前もわからない神様に心の中で「祟らないでください、どうか祟らないでください」とお願いしながら榊の容器をそっと持ち、恐る恐る水替えをした。

 

 私が聞いた祟りの話は、「神棚の榊をないがしろにした結果祟られた」話ではなかったのだが、それでも「神棚の神様の祟りが本当にあったらしい」という事実そのものが恐ろしくてたまらなくて、だから、そんなふうになってしまったのだのだと思う。



 私はきっちり三年で管理課から離れた。課長が真面目な気持ちで神事に臨んだからなのか、私の在籍中に「祟り」と思しき事象が起こることはなかった。なくて良かったと思う。あったら、恐ろしさのあまり職を辞していたことだろう。


 


 そして、二十代だったあの頃から随分月日が経ち、四十代に差し掛かる頃、再び管理課への辞令が下った。

 

 今度は、ヒラではない。

 管理課経理係の係長として――である。

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