おいしいアメ屋さん

向日葵椎

みかんとれもん味

 朝の公園。通勤や通学の時間帯だ。

 本日晴天、なめらかな青色。舐めたらどんな味がするだろうか。

 キッチンカーから空を見上げる。そよ風が吹いてキャップをかぶりなおす。

 今日もおいしいアメを食べてもらおう。


「すみません」


 今日一人目のお客さんがやってきた。近くの高校の制服を着た女の子。きっと登校ついでに学校で食べるようのアメを買いにきてくれたのだろう。


「いらっしゃい。どんな味にしますか。新作はボルシチ味ですけど」左にあるアメのフレーバーのメニューを指さす。

「ボルシチはいいです。えっと、じゃあミカンとレモンのをください」

「あいよ、味は混ぜるかい」指をくるくる回す。

「はい。あ、混ぜたのと混ざってないの、両方ください。三個ずつ」

「あいよ、全部で九個ね。ちょいお待ちを」


 窓口横にある機械のボタンをポチポチ操作する。そうすると機械下の受け口にアメがコロコロと出てくるので、透明の袋でラッピングする。ミカン味とレモン味にミックス味。

 それから――


「はいお待ち。ボルシチ味一個オマケね。気に入ったら買ってください」

「……ありがとうございます。お代です」袋とお代を交換する。

「はーい、ありがとうございます、またどうぞー」


 女の子は袋を空にかざして少し振って見た。ボルシチ味を見てるのかな。考えていたら食べたくなったので、機械からボルシチ味を一個出して食べる。

 最高傑作だな。


 こうしてアメを舐めながら、アメを売って過ごしている。ひどい日は自分で食べたアメの方が売れた数より多くなるけど、まあ、なんとかなっているのである。


 そして今日も、昼寝をしたりしなかったり、お客さんが来たりしばらく来なかったりして夕方になる。

 そろそろ閉めるか。キッチンカーから空を見上げる。手前側がパープルで遠くの方がオレンジ。

 ……そうだ。ラベンダー味とパパイア味を混ぜてみよう。機械を操作してミックス味のアメを一個出し、空を見ながら食べる。

 まあまあ、かな。


「すみません」


 声がして前を向く。

 今朝のオレンジ味とレモン味の子がそこにいた。


「――おや、今朝の。どうだったボルシチ。イケるでしょ?」

「えっと、実はそれ、先輩が食べちゃったんですよ。お一つどうぞって渡したんですけど、ボルシチがあるって注意するのを忘れていて」

「そっか、で、どうだった?」

「おいしいって言ってました。それで、あの、また今度もらってもいいかなって、言ってもらえたんです」ちょっと照れている。


 きっと好意を持っている先輩だったから、嬉しくて私にも教えてくれたのだろう。その先輩はボルシチを味わった初めてのお客さんだ。


「よかった。じゃあ明日もここにいるからさ、朝寄ってくといいよ」

「じゃあまた来ますね、明日」

「そうだ、ちょっと待ってて――」


 機械を操作する。

 アメを一個出して女の子にあげる。


「キミはボルシチ食べ損なったんだったね、明日も来てくれるお礼でタダだよ」

「……ありがとうございます。いただきます」さっそく口に含む。

「どう?」

「ボルシチ、って感じがします」

「おいしい?」

「……先輩も同じもので『おいしい』って思ったのしょうか」


 首を傾げている。お気に召さなかったらしい。


「キミと同じ気持ちだったのかもね」

「そうだと、嬉しいのですが」


 女の子は笑った。その先輩の中では、この子はボルシチ味のアメを好んで食べていることになっているのだろう。


「でも、明日も買っていってくれるんだよね?」

「明日はミカンとレモン味だけでいいです」


 決めた。明日もオマケをつけてあげよう。

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