第六章:粗忽者と慎重者
【主では無い登場人物&登場邪神】
1
時は少し戻る。二巡目の世界線。
「おせち料理~、温かい雑煮~、そして親戚たちと楽しく酒飲み~のはずが~♪ なんで俺はこんなところで馬鹿げた事に巻き込まれちょるがや! 糞が! こんなんなら、『ガキ使』観た後『新春おもしろ荘』観て、新しい年は
誰にともなく、ボヤきながら光田は懐中電灯を手に、魔神館の屋根裏をさまよっていた。ホコリと蜘蛛の巣だらけだ。鼻にホコリが入りクシャミが出そうで出ないという、嫌な感覚を味わっている。まるで昔読んだ
一巡目の世界線。あの首無し死体が発見される、少し前の時間。二〇一一年、十二月三十日の二十時過ぎ、光田は自分の部屋に戻った。鍵をかけ、ベッドまで行くと、ノートパソコンを開く。USBメモリを刺し込み、これからどうするかと迷っていた時だった。
突然部屋の中に巨大な光が放たれ、これまた光田の倍以上はある巨大な鉄くずロボットが目の前に出現した。そして、胸の開口部が開いたと思うと、煙がシュワァリと出てきた。その中に人影が一人。その人影は段々濃くなり、輪郭がはっきりと見えてきた。その人物は、
「やぁ! 私の名前はドクター中松、こと
「ふむ、二〇一一年、十二月三十日、午後二十時六分五十三秒。徳島と高知の県境、笛吹峠に建つ魔神館の一室。
握手を求めてきたので、とりあえず応じる。ニコリと笑ったその顔は、妖しい新教宗教の教祖にも見えれば、腹黒い政治家の顔にも見える。一か所、目がいったのは、額の広さだ。髪の毛は白髪で後ろにポマードで撫でつけている。ヨレヨレのYシャツに、だらしなく締めた黒いネクタイ。その上に白衣を着ている。白衣の胸部分には名札がついていた。
――カブトガニの生まれ変わり見たいなデコ持つ人やな。
何故か光田は冷静だった。今度はSFか。マッドサイエンティストのお出ましか? 中松は光田の冷めた顔を見て逆に驚いていた。
「ふぅむ、順応性がある性格だと思ったが、ここまでとは。おぉ、光田君、よく聞いてくれ。この巨大なロボットの様な機械は、私が開発した人型のタイムマシンだ。私は未来からやってきた。あの魔神、否、時を操る邪神である十文字豪太、真理夫妻のせいで時間軸と座標軸がブレにブレまくっている。そこで君に協力を仰ぎたいのだよ」
中松は一気に捲し立てた。
「へぇ、中松さん言いましたかねぇ。俺に協力て、俺はただの一般人ですよ?」
「いいや、聞いてくれ。君はまだ一巡目の世界線にいる人間だ。まだ十文字夫妻の転生は行われていない。これから一度目の転生が行われた二巡目の世界にこのマシンで飛ぶ。一種のパラレルワールドというやつだ」
――こういうのは、会社のあの先輩の方が詳しいんやけんどもなぁ……。
光田は会社のSF好きの先輩の顔を思い浮かべる。綺麗に反り上げたスキンヘッド、不摂生がたたったのか、目の下のクマが出来ていた。机の下に寝袋で寝ている尊敬するキャラクター班チーフ。仕様書変更と納期締めに追われる毎日。しかしそれこそが光田にとっての日常だった。
――果たしてここまで来て、あの普通の日常に戻れるんかねぇ。正月明けまでには帰りたいんやけんどもなぁ……。
そう思ったのもつかの間、自分のノートパソコンとUSBメモリを持ったまま、中松に手を引っ張られると、タイムマシンに乗せられた。中はコンセント群がタコ足のようになっており、パソコンのキーボードや妙なレバーが、所せましと並んでいた。なんとなく自分の仕事先を思い出した。
「さて、世界を救いに出発するぞ!」
中松はそう叫んで、時間と場所を決めると思われる装置にキーボード入力し、タイムマシンを作動させた。
キィィィイーンと言う音が聞こえる。マシンの中に一か所だけあった窓にせん光が走り、光田は目を瞑った。そして静かになる、その場。次に聞こえてきたのは雨と雷の音だった。
確かに胡散臭く、半信半疑だった光田も、声には出さなかったが、この世界線に来て驚きはした。魔神館の前。横には今にも崩れそうな崖が剃り立っており、雨が降り注ぐマシンの小さな窓から、館の入り口が見える。そしてそこに立っているのは、天水と自分自身の姿だった。
二巡目の世界。この世界に光田寿という存在が二人いるとなると、大騒ぎになる。しかし十文字豪太、真理夫妻のこの場に置いて『有罪』となる野望は止めなくてはいけない、という理由を中松から早口言葉の様に説明された。
「特に君自身に合ってはいけないし、触れ合うなど
そして光田は雨の中、ノートパソコンだけを持ち、誰にも見つからないよう注意しながら、一人で魔神館の倉庫に向かい、梯子と懐中電灯を取ってくると、暴風雨の中、愚痴りながら一階の屋根部分まで上った。屋根の上までレンガ造りという訳では無いが、コケが生えており、雨と横風で滑りやすくなっている。
だが屋根の奥、館の一階と二階を繋ぐ壁にポッカリと穴が開いていた。それこそが屋根裏へと続く道であり、入って来て今ここでボヤいているというのが現状だ。
だがせめて一階で何が起こっているのか、また何が起ころうとしているのかという様子だけは知りたかった。
「ほんっま、なんで俺がこんな目に!」
と、屋根裏を抜き足差し足で進んでいると、ホコリを被った、巨大な歯車群と、
――危っぶね! なんでこんなもんがあんねん。なんやねん、このからくり屋敷!
この時の光田は三巡目の世界線で、このギロチン刃が重要な役割を果たすことになろうとは、まだ知らない。
――とりあえず様子見やわな、下の様子は見れんけんども。しかしこの世から消失、消失ねぇ……。
考えているうちに光田の頭の中に一つのアイデアが思い浮かんだ。
2
二巡目の世界線。天水の謎解きはまだ始まっていない。首無し死体が密室の中で見つかったところであった。
「とりあえず、ここは連絡が取れるようになり、
食堂のホール。天水が審判を下す神の様に、その場の全員に告げる。しかし思考は既に真実を掴んだのか、顎を摩る手の動きが早くなっていた。
「そうそう! 全員集まっていた方が良いと思います」
愛が同調し、声高々に言う。
「せやなぁ、お互いがお互いを監視してられるし……」
江戸賀もあとにつづいた。
十文字豪太と真理夫妻は、何故かドッと疲れたように天水を見ている。まるで何百年という時空を生きてきたようだ。
光田はこの辺りで、ある変化をつける事に決めた。何故そんな思いが胸中に飛来したのかも分からない。立ち上がると全員に聞こえる様に叫ぶ。
「全員で集まって寝るだぁ~~。黒井さんの首切った、残虐殺人犯がこの中におるかもしれがやのにか? 俺は嫌やね、部屋に籠らしてもらわぁ。絶対誰も入ってくんなよ! 鍵かけちょくきにのぉ!」
そう言うと光田は自分の部屋に戻る決意をし、食堂ホールを出た。赤い絨毯と壁の廊下を速足で歩き、自分の部屋に入った。ドアを閉め、当然鍵もかけた。
――さて、どう出てくるかいねぇ。
光田はニヤリと笑うと衝撃を感じた。
3
ガタガタガタと、鉄格子の向こうの窓が揺れる。嵐が激しくなって来た様だ。
一巡目の光田は胸中で祈る。指には刺し傷、目の前には首無し死体がある。ドアが壊れているという事は既に、何かがあった後なのだ。
「全く、いつまでも天井裏なんかにおれるかい。ハウスダストになるやろがい」
愚痴を言いながら通路に出る。赤い廊下と壁は深夜の常闇に支配され、不気味な影を作っている。食堂ホールに行く。誰もいない。時計を確認すると針は午前四時を指している。
――とりあえず、十文字夫妻に気をつけちょかんとなぁ。気配を察知されたら終わりやがな。
持ってきていたUSBメモリ付きノートパソコンの表面を撫でる。
――頼むぞぉ、上手ぉいってくれよぉ。
と祈りながら起動させる。
ブィーーーーンという音と共に画面が表示された。
* *
二巡目の世界線。
十文字夫妻の寝室。真理は先ほどから妙な「気」が館のどこかで、生きたり死んだりしているのに気が付いた。この「気」は人間特有のものだ。
――なんなの、これは。
まだ感じる、と思えば次に消える。
奇怪だ。やはり十傑の生き残りが混じっていたいうのか。
――まぁいい。その時は探り出して、夫と一緒に喰うだけだ。
そう思うと力を使ってせいか、途端に眠くなってきた。
4
三巡目の世界線。
「おいっ、天水! あっこに光が見えるわぇ!」
五十メートルほど向こう、冬木立の中に立っていた、天水に向かって光田は叫んだ。
日産マーチを降り、何時間も森の中を歩き回った。大晦日も迫ったこの様な年の瀬にハイキングなどとはと自分で考えて情けなくなる。
――まぁ、俺が誘ったがやけんども。
「分かった! 今すぐそちらに行くので、待っていてくれたまえ!」
山の中、獣道の中を天水が歩いてきながら返答する。この季節、暴風雨の山の中をあてどもなく、歩いてきたせいか、手袋が雨水を吸収し、皮膚がかじかんでいる。足の感覚は歩き過ぎたのか既に無くなっていた。
――さて、後は――作戦通りいきゃええけんどもねぇ……。暖かいところー暖かいところー。そう魔神館!
彼は胸中でそう呟くと、合流した天水と共に、その館へ向かって歩き始めた。
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