第十章:道化と少女

【主では無い登場人物、登場邪神3】

林ミヤ――ブンガク少女(16)


 * *


 ――また失恋しちまったぁ。嗚呼、俺のプレパラートのハートがパリン。

 光田は目の前でチュルチュルと消失していった十文字真理の残像に、想いを馳せていた。やがて真理という女の名前も光田の記憶からは消えていく事だろう。

「光田君、よくやってくれた! 世界はこれで守られたのだ」

 中松がタイムマシンの中から言ってくる。すっかり崩壊し、瓦礫と化した魔神館の中庭へと着陸する。ガタンっと地に足が着き、重力が戻った快感を覚えた。タイムマシンは邪神との闘いでボロボロになってしまった。あちらこちらに傷が出来ている。

「中松博士、これちゃんと未来へ帰れるがぁ? 大丈夫なん?」

 いらぬ心配をしてしまうが、失恋の方が今の光田には大きかった。

「大丈夫だ! この時代の部品で少々強化すれば、まだ動く事が出来る!」

 力強く言う、マッドサイエンティストの元を離れ、瓦礫の山の方へ歩いて行ってみた。

 そこに――、


 一人の少女がいた。


「あぁっ! ブンガク少女!」

 それは数か月前、名刺にも書いておいた、光田がアルバイトとして通うコンビニ、フェアリーププラ東平駅前北店ひがしだいらえきまえきたてんで見かけた、空想の中に生きる少女だった。相変わらず髪の毛は腰まであり、前髪は綺麗に揃えて切られている。どこか白魚のような顔は真理に似ていた。が、その前に聞いておかなくてはならない。

「なんでここにおるがや!」

「私も……一人だからですよ」

 言っている意味が光田には理解が出来ない。

「私も、あの十文字豪太から生み出された――増殖された一人なのです。いえ、一匹の妖魔です」

 何を言っているのか? ブラフか? 速攻で光田は考えた。いいや違う、目の前の少女が異様な化物に見えてくる。妖気だ。

「現に光田様、貴方が様々な罠とハッタリを噛まし、消失させたお二方。あの十文字豪太、真理夫妻の記憶はまだ心の中に残っているのでは無くて?」

 確かに光田の中で、ナイアルラトホテップ――魔神との闘いの記憶は消失していない。しかし目の前のブンガク少女が、あの触覚から分離し、増殖したモノだったとは。

「私は嫌ですが、私の許嫁いいなずけである天水様を、魔神館の瓦礫の中――永劫の時間の檻に閉じ込めておく事は出来ません」

「天水が許嫁ぇ、うそぉん、マジでか!」

 再び光田は驚き、目の前にいる、ブンガク少女の方を向いて叫んだ。表情が一切変わっていない。そういえば自分には、将来嫁にもらう、十六歳の彼女がいると苦虫をかみつぶしたような顔で言っていた事を思い出した。犯罪だろ。ブンガク少女が続ける。

「それに私は全ての文学を想像するブンガク少女です。現実の殺人事件なんて懲り懲りです。ただ前もコンビニで言いましたが、事件自体を未然に防ぐためにはどの様にすれば良いか? 簡単な話です。この殺人事件自体をにすれば良い事です。時間軸と座標軸を操り、全てを無かった事にすれば良いのです。そうすれば事件自体が闇に葬られる。十文字夫妻を抜きにして」

 それは有難い。あんな闘いをまた繰り広げるなんて御免だ。もう、こちらには手札のカードが一枚も残っていないのだから。陰陽十傑と幻の一人、合計十一人の平安時代からの闘いに想いを馳せて、光田は気が狂いそうになった。

「ただしい世界の想像、いいえ、創造は構築であり、また創作でもあります。貴方の大好きな創作ですよ」

「だーかーらー俺は一製作者であって、創作者……って、えぇ! 世界の創造って、究極の創作しちょるな……」

 と言い、完璧な一人の人間を作り出したある狂人の事を思い出した。あの人物も目の前の少女と同じ様に完璧な創作、否、想像を夢見ていたのだ。奇しくも光田は今回、その人物が生み出した『もの』に助けられている。

 時間軸、座標軸、未来、過去、そして三つの世界線。様々な並行世界で、自分を殺してきた。殺された自分は何を思っただろうか? この記憶だけは消失したくても出来ないだろう。ゴミ袋を被りナイフを背中から刺す。嫌な感触だ。一滴でも血が体に飛び散ったら終わりだった。その時点で同じ時空にいる、光田寿という存在は消失してしまうのだから。

 ――えぇい、ままよっ!

 と殺した。一巡目の世界線で、甲ノ浦警部にこの作戦を話した時、

「おんシゃぁ、ほんな事出来るがか!」

 と驚かれた。当たり前だ。しかしやるしかなかった。たった一人の不可能犯罪計画。あの自分の首無し死体を見た時、部屋の中には入れなかった。血を踏んだら、それこそチュルチュルと全員の前で消失してしまうのだから。

 ――……。

 あの呟きは本物だった。自分自身の前世、別世界で『有罪』と証明される悪事。

 自分が犯した殺人をもう一度思い返す。刺して殺し、首を切断して、自分の指を針で少し傷つけ血を出す。その自分の血一滴だけ、自分の首の上に落ち、収束するようにチュルチュルと消失していく。顔全体の皮が剥がれ、頭蓋骨と真っ赤な筋肉が露わになり一つへと収束していく。二巡目と三巡目で二回見た、あの光景は何度見ても忘れない。現実世界の時間ではたった三日間だが、光田の体感時間はそれをはるかにオーバーしていた。だから強がりでは無いが目の前の少女に対し、こうい言い返してやる。

「分ぁーった、分ぁーーった、あの詭弁家糞野郎の事はそっちに任すわ。俺はもう帰る! 正月早々疲れた! 実家帰って雑煮とおせち料理食いながら『爆笑ヒットパレード』観て笑って寝る! ほんっま、疲れたっ! 糞がっ!」

 ふと向こうを見る。すっかり乾いた土砂の上で、中松博士と陰陽十傑――甲ノ浦警部含む――が手を振っているのが見えた。その背後では皆既日食がすっかり明けた、初日の出が山と山の間から見える。

「おい、お嬢ちゃん、自分邪神の一部なんやったら、十傑のおっちゃん共に見られたらやばいがやないの?」

「あっ、そうでした。それでは私はこれで。でも――腐れ縁というのですか? それは切れそうにもありませんね、光田様」

 その声だけを残して、目の前の少女は、スゥっと森の中に消えていった。光田は夢でも見ていたのじゃないかと、目を擦る。だが夢では無い。今まで少女がいた空間だけをボーッと見ていた。すると瓦礫の裏側から聞き覚えのある声たちが聞こえた。

「なんやったいうねん一体、ホールにおったら急に家潰れよったで」

 江戸賀がホコリだらけで出てくる。

「あーもう最悪!」「あの地震といい何だったのだろうな?」

 つづいて、愛と笛田。こちらも全身汚れている。

「うぅむ、これは一体」

 と執事の辺見が蝶ネクタイを治しながら首を傾げている。

 そして――。


「おーい、光田君。どこにいたのかね? 早速、事件だ。連絡が入ってきた。高知に戻るぞ」

 最後にあの男。


 ――はぁ、腐れ縁ね。名探偵はどの舞台立っても名探偵というわけか。

 ――いつか殺してやる。


 <了>




【参考:引用文献2】


〇ロバート・ゼメキス『バックトゥ・ザ・フューチャー』シリーズ。(ユニバーサルスタジオ)

〇ピーター・ハイアムズ『タイムコップ』(ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ)。

〇ヴィクター・サルヴァ『ジーパーズ・クリーパーズ』(20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン)

〇ヴィクター・サルヴァ『ヒューマン・キャッチャー』(20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン)

〇『キイハンター BEST SELECTION BOX』(東映)

〇広井王子『サクラ大戦』シリーズ。(月刊少年マガジンコミックス)

〇藤巻忠俊『黒子のバスケ』(集英社ジャンプコミックス)


〇ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(岩波文庫)

〇中田耕治『淫蕩なる貴婦人の生涯―ブランヴィリエ侯爵夫人』(集英社)

〇殊能将之『殊能将之読書日記』(講談社)

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魔神転生 光田寿 @mitsuda

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