魔神転生
光田寿
第一章:名探偵と助手
【参考:引用文献】
〇光田寿「マスターアップ」
〇光田寿「メキシコ翡翠の謎」
〇光田寿「消失感」
〇光田寿「疾走当時の服装は」
〇光田寿「クトゥルフ陰陽捕物帳」
〇光田寿「週刊雑誌なんていらない」
* *
「二人のチェス指しの出会いは偶然だったと皆が信じていた」
――ハーバート・クエイン『迷宮の神』
* *
【主な登場人物】
* *
話はすべて
阿波より高知の
妖魔に喰われるより、誰も皆、
朝廷、
(
* *
大丈夫だ。この計画は失敗することはあるまい。全てをこのために用意してきた。館で起こる全ての惨劇は、皆、手のうちだ。全員が
全てこの時、この場にて行われる儀式。
――もはや我々を止められる人間など、どこにも存在しないのだ。
――そう、この計画を止められぬ人間など誰もいない。誰にも止められぬ。
1
「うぉ! 止まらん!
小水が尿道を通り放出される。汚い水滴は綺麗な放物線を描き、徳島の山々の間から、遠くに太平洋が見える風景をぶち壊していた。ジワジワとその威力が弱まってくる。が、最後に踏ん張り、もう一度徳島の山々は、彼の黄金水によって汚された。二〇一一年、十二月三十日。
「君はどこにいても下品極まりないな」
光田の愛車にのっている、『名探偵』
「
愚痴を言いながら、彼は再び運転席に座るとシートベルトをして、発進させた。
「どうかね、光田君。よく似ていて、見ても区別がつかない表紙の遊びをしよう」
「お前なぁ、今のこの状況を考えてちょるがか。えーと……。
光田はハンドルを切った。タイヤとコンクリートが
「
愛車の助手席に腰掛けている天水が答えた。
「あっ! お前、それはこすいんちゃうの? あの講談社ノベルスの表紙、能面みたいな顔がぐんにゃぁ~~曲がっちゅぅやつやろが。アレ、どっちも同じようなもんやからね。
「それを聞くと、
返答が少し遅れる。質問の意味が分からなかったという意味では無い。危うく崖下に落ちそうになったからである。そこだけガードレールが無かったのだ。ここはどこだろう? 日本における道路のうち、国が管理する一般道の五十五番目、簡単に言うと高知県と徳島県を海側で繋ぐ国道55号線では無いという事は確かだ。麓の町から県道に入った。最初の方は田園地帯が左右に見えていたが、運転している途中から妖しくなった。特に電灯がついていない真っ暗なトンネルを抜けてから、左右は切り立った崖になっている。
光田はブレーキとアクセルを、全身に酒がまわり震えが止まらない、アルコール中毒者が踊るタップダンスのように使い分けながら答えた。
「ほれいうちょったら、ロスマクや
「それは意外だ。角川の
流水の表紙は確かに意外だ。心中でそう思いつつ返答する。この男に賛同するのは嫌だからである。
「いいや、ちゃうな。角川文庫で
『落石注意』の標識が目に入る。もし石に意思があれば――駄洒落にしか聞こえないが、あんなものは落ちてくる石の気分次第なのだから、こちらが注意していてもどうしようも無いではないか。故にあの看板は矛盾が生じていると、またまた胸中で愚痴る。すると木々の中に少し開けている、石垣の上にある小さな田園が確認できた。冬日なので、そこだけ日が差しているのか、少し眩しい。とその田園の中央、草を刈っている老人がいた。
光田は車を止め、老人を呼ぶと、
「すんませんが、十文字さんの家はこの辺ですか?
「まだずぅっと先じゃけ。しかし、おんシゃらぁ、あん家に行くんけ? やめんけ……。あん家にゃぁ化け
「おう、天水。お前いつから予告状出すような名探偵になったんや」
「それは
「北ぁ~のぉぉん~酒場通りにはぁ~♪」
「それは細川たかしだ」
光田の軽快なボケに天水が突っ込みを入れる。
「ほいたらぁ、ナイナイの矢部っちの相方やけに」
「ほれは
……と突っ込み、光田は絶句した。さきほどの老人が自身のボケに乗っかってきたのである。
――このジジイ、なかなかやりよるな……。
こちらを見、したり顔をしながらニヤリと笑った老人の顔が光田の脳裏に張り付いた。しかし気になるところがある。
「しかし、へぇ、化物? それはどんな?」
「魔神……時を操り、様々な増殖するものよ。儂もよぉ知っちゅうけ……しかしのぉ、若いしよ、今に彼奴らにも審判が下る。そう審判じゃけ」
「おじいさん、実にユニークな話をありがとう。ただね、僕には
天水が横でニヤリと笑いながら言い、光田が
「審判が……下るぞぃ」
老人がそう呟いた言葉はエンジン音にかき消された。
2
一時間後、散々に
玄関口にはガーゴイルの石像が立っており、歯をこちらに向けて、口を開けている。その石像もコケまみれである。
――うーわ、口臭ヤバそうやな。
思わずそんな事を考えてしまった。そう、十文字豪太の別荘は、一言でいえば、ゴシック様式の館だった。固定資産税が大変そうである。
「ほれにしたって、ようこんな山奥にどでかい家建てたもんやん。
ソフトモヒカンの頭をボリボリ
――そうや、正月休み明けで早々、仕様書の変更と、次の素材に必要なテクスチャ取材を言われちょったなぁ……。
ゲームデザイナーの彼は現場の苦労を一番目の当たりにしている人間なので、下請け業者の心配をした。そんな彼の思いを後目に、天水は玄関の扉を叩いた。
ドンドンドン。
「すみません、依頼を受けた
本格論理研究所! 光田は吹き出しそうになった。この男はどこまでミステリにインしているのだと。しかし湿気がすごい。冬だというのに、額や腋の下に汗が溜まってきた。
「はい、今開けます」
と言った女性の声が聞こえてきた時、光田は助かった気持ちになった。その重々しい扉がぎぃぃぃと開く。そこには、白い肌に白魚を思わせる顔つき。幸の薄そうなその顔付きの女性がいた。美人である。光田は内心興奮した。
「あっ、天水様ですか。夫が依頼をされた、確か探偵さん」
「探偵ではありません、名探偵です」
光田はまた吹き出しそうになるが、寸前のところで抑え込んだ。なるほど、この女性が、
「はぁ、名探偵の天水様。そしてそちらの方は……」
とこちらを向いてきたので、単なる運転手ですと紹介した。今はまだ良い。後から天水には、たんまり恥をかかせてやる。光田は心中でそう思った。
「夫はまだ書斎にいますので、食堂のホールでお待ちください。今執事を呼びますので」
そういうと真理は奥へ下がってしまった。
「ふむ、なかなか美しい女性ではないかね?」
「おぅ、刺身醤油が合いそうやな」
この返答に天水は刺身醤油が合いそうな、生け作りにされた鯛のように口をパクパクさせたいた。
3
しばらくすると、黒スーツに、蝶ネクタイをしめた男が出てきた。細い体に、こけた頬。第一印象は、プラスドライバーに似ていると光田は感じた。
「初めまして、当館の執事の
と光田を見てきたので、
「あぁ、光田と言います。自分はただの運転手ですわ。この名探偵様の」と言った。すると辺見は「そうですか、では今日はお帰りになるのでしょうか?」と聞いてきた。
「そうですねぇ、でも泊めてくれるいうんなら、泊めてもらいたいんですけんどもね! こんな豪華な屋敷で現実逃避するのも良いものなんで」
「分かりました、どうも、今日から空模様が崩れるようで……
とやり取りがあった。
――怪しい館に、執事! これはほんまもんやな。
光田が思っているうちに、執事が魔神館の案内を始める。ゴシック建築の中の廊下は真っ赤な絨毯をひいた廊下だった。それだけでは無い。壁も深紅の壁紙が貼ってあり、軽い眩暈を覚える。そんな壁のところどころには絵画が飾ってある。冬場のためか、どこか乾燥しているため、油絵の具が乾いている。
――外は外で湿っちょったんに、館の中は乾燥か。冬場の窓の
案内されていくうちに、光田はその様な事を考えていた。と、同時に、廊下の奥の間に行きつく。
「食堂ホールでございます」
それだけ言うと、辺見はガチャリとドアを開けた。食堂には数人の客が先に来ていた。
「おぉ、やっとこさ到着かいな! 最後のお客さん」
ソファに座っていた太った男が関西弁で叫んだ。
「江戸賀様、申し訳ありません。私がこの館を案内していたものですから。天水様と光田様、あちらが
「おぅ、兄ちゃん方、よろしゅうな。特に名探偵さんの話が聞けるちゅうことで、面白かったらうちから本として出したるわ!」
ガハハと笑うと、「実は俺は編集者をやっとってなぁ、一般人の話でも面白いネタがあったら本としてまとめとるねん」
と言った。民間人の中から、新人を発掘しデビューさせる。まるで、トリュフを探す豚だ。
「じゃぁ、私の民俗学の本も出してくださいよ」
太った豚の隣に座っていた男が口を挟んだ。こちらは逆に細い。白髪を頭に撫でつけていて、顔は細面だが目は窪み、鼻筋が強調されている。一言でいえば濃い顔付きである。正面から見ると『傘』という漢字の形に似ていると光田は思った。
「あぁ、初めまして。
笛田が天水と光田を珍しそうに眺めながら自己紹介をした。
「あっ、笛田さんずるい! 江戸賀さんに本を出してもらうのは私が先なのに! あっ、二人とも初めまして!
透き通った声で答えてきた女性の顔に光田は驚いた。知っている顔だったのだ。人気女性声優の村瀬愛。
――あの愛ぽんが、何でこんなとこにおるんや……。
代表作に『謎解け!フェル子さん』の
美人だ。真理が白魚の様な美人だとすると、こちらはボーイッシュな健康的な美人である。しかし服装のデザインが最悪だ。少しクオリティの低い塗り絵の様な絵が描かれたシャツを着ていた。
――私服はダサいっての噂通りやったな。
「ままま、村瀬さん。ここは穏便に」
その愛の正面に座っている男。背は低く、頭はハゲ上がっており、あごは逆に剛毛地帯だ。顔を逆にすると、泣き顔になる騙し絵を思い出した。
「初めまして、
「あぁ、キイハンターの
光田が叫ぶのと、天水が頭を抱えたのが同時だった。
「い、いや、黒『井』ですが」
「あぁ、すんません。一文字違いで、でも丹波哲郎良いですよね。自分大好きなんですわ! 『キイハンター』で共演した
「光田君!」
「え、なんで止めるんや?」
光田が周囲を見ると、その場にいる全員がポカンとしていた。
――アレ? 俺何か変な事言うたかな?
とその時、天水と光田の後ろのドアが開いた。
「あっ、旦那様、奥様も。今迎えに行こうとしていたところでしたのに、申し訳ありません」
執事の辺見が答えた。という事はこの男がかの十文字財閥の長、十文字豪太なのだろう。
「いや、良い。客人が全員揃ったようじゃな」
その風貌は体は筋肉質。頭は黒井とは別の意味で剃り上げており、一本だけ髪の毛が生えていた。姿かたちから無人島に一本だけあるヤシの木を連想させた。光田は日曜日の夕方に放映されている、国民的人気アニメの頑固親父を思い出し笑いそうになるのをクっとこらえた。
この男こそ、バイオテクノロジー関連のベンチャー企業『DAGON』の社長にして、一代で十文字財閥を気づき上げた起業家なのだ。投資家の顔も持っており、アメリカ、フランスなどに有数の支社を持っている。
「この方が天水様、そして運転手の光田様でいらっしゃいます。本日は天水様の事件譚を聴く講演会という名目で参られました」
辺見が説明すると、天水がずぃっと前に出た。
「こういう者です」
一同が介した、食堂の場で天水は自身の名刺を皆に配った。
『本格論理研究所 名探偵 天水周一郎』。
「きゃー名探偵さん! 格好良い~」
愛がはしゃいでいる。それにしても、名刺の肩書きに『名探偵』。光田は何度見ても笑いそうになる。仕方がないので自分の名刺もその場にいる人間に配る。ボケにツッコミは入れてやらない。更なるボケ倒しで封殺してしまうのが一番だ。
『株式会社ヴァンダム正社員3D背景班チーフアシスタント兼、ジャスコ
光田の名刺は天水とは違い、コピー用紙を切り取った薄っぺらい紙にボールペンで書かれていた。まるで肩書が並び、自己顕示欲をそこだけに圧縮したような名刺である。
得意満面の笑みで天水の方を見た。その顔は、どやぁ? 俺の方が肩書きは多いんやぞ、と、語っているように見えたらしい。全く誇らしくない事を本人は気付けていない。天水は頭を抱えていた。
「まぁねぇ~名刺にも書かれちょる通り、俺はゲームクリエイター、あ、もう一度言いますね。ゲームクリエイターやっちょりましてねぇ! えぇ! うぅ~ん、クリエーターですよクリエイター! かっこええ響きでしょぉ」
ここまで話した時点で、天水が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ただ、やっぱり安月給なもんで、土日の早朝と深夜だけバイトやっちょるんですね。あ、これ一応会社には内緒ですよ。十文字さんの会社はでかいですからねぇ~チクられでもせんか、心配やわぁ」
ここまで語った時点で、江戸賀が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ま、ま、でも俺が働らっきょる会社には可愛い子おらんがですよ。うちの女上司なんてもう、最悪で! この間なんか、
ここまで暗唱した時点で、十文字豪太、真里夫妻が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ぶっちゃけちゃうとねぇ、ジャスコの水産部の方が可愛い女の子おるんですわ~! うぅ~ん、ええなぁ。この間、ちょっと告白したいなぁ思いまして、でもほら、俺って寡黙な上に、
ここまで来てその場の全員が額に手をやり、顔全体を覆い隠していた。
「ほいたらどうされたと思います? なんと本部通告ですわ! 彼女、家帰って、ネットで本部のメッセージボックスでチクりやがったんですわ! チーフからえっらい
かくして光田は語りを締め切り、一人で飴を嘗め尽くしたような、にたぁとなった顔をして見せた。前を見ると、十文字夫妻は口をポカンと開けていた。その他の人物も頭を抱えていた。横の天水の顔は、こちらを見る目が、いつものギリシア彫刻から仁王像の顔に彫られ直されている。外来彫刻も仏像も全く興味が無い光田は、変な事を言ったかな? とこれまたポカンとした。
「あれ? なんすか? なんか妙な事、言うたかなぁ?」
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