第八章:悪党とおまわり
* *
西暦二〇一二年の元旦。
皆既日食が始まろうとしている。太陽にちょうど月がかかった。
「己、貴様らぁぁあああ!」
もはや人の声では無い、憤怒の声を出した、十文字豪太は手をタイムマシンの方に向けた。周囲の空気がゆらぁりと揺れ、
「うぅむ、あそこだけ熱が異様に高くなっておる! これは……」
中松が後ろで喋っている。
「光田君! 伏せるのだ! 衝撃派だ!」
と、同時に紫の光がタイムマシンの窓に光として映った。十文字が放った衝撃がタイムマシンを襲う。怪しい紫の色がぼやぁりと光っているのが見えた。が、次の瞬間、ガタガタガタと、機械の全体が揺れ動き、光田が気づいた時には、浮遊感しか無かった。
「どうやら、上空に飛ばされたようだ!」
中松が後ろで叫ぶ。人の形を止めた十文字が、恐ろしい目でこちらを見ている。憤怒の表情。
――目を合わしちょったらあかんっ!
光田は咄嗟に目を瞑ると、第二波が襲ってきた。
「ぐぅぅ!」
もう一度浮遊感。上空に浮かんでいる、陰陽十傑たちが用意した、魔神館を中心とした、半径五百メートルの護符の塊にぶち当たる。
――護符で何とかもっちょるみたいやな。だが次、さっきの衝撃をやられちゃったら終わりやぞ。
そんな光田の考えを見越してか、
「大丈夫だ、このタイムマシンは飛行能力もついておる!」
中松が言い、何かのボタンを押し、キーボードを弄った。と同時にドドドドドと、炎を噴射する様な音が光田の耳にも届く。
「よっしゃぁ~!」
叫びながらタイムマシンは魔神館の中庭上空で一時停止した。体に圧が一瞬だけだが弱まるが、今度はタイムマシン自体の浮遊力で、重力が逆さまになったような感覚が体を襲った。
「ぐぅうぅううっ!」
タイムマシンについている唯一の小さな窓から太陽の光が、月で少し隠され影になっているところがチラリと見えた。一瞬、幻想的な瞬間だと思ったが、闘いの執念場だと光田は頭を切り替えた。人間対邪神の騙くらかし合い。第一戦目、ここからが序曲だ。さて、まずは第一の切り札とブラフ――はったり攻撃がどこまで通じるか。
機械の操作は全て中松に任せて、作戦を脳内で組み立てる。大丈夫、仕事と同じようなものだ。仕様書通りにやれば必ず納期までには間に合う、いや間に合わせないといけない。
――つくづく下請けは辛いのぉ!
胸中で愚痴りながらも、最初の一発目。上昇は止まり、やがて自然下降に移る。遥か下には魔神館の中庭にいる、真っ黒な皮膚、触手や羽を持つ、十文字豪太の姿。崩れた崖、そこから流れ出した土砂の上に立っている。
「ターゲットロックオン! いつでも行けるぞ、光田君!」
モニターを見ていた中松が叫んだ。
――まずは一発目ぇ!
「じゃぁぁぁぁま、すぅぅるでぇぇええええええっ!!」
光田が叫ぶ。中松はタイムマシンロボットを操りながら、もはや巨大な化物と化した、十文字に鋭いチョップを与える構えに入る。空中から最大限のボケだ。
「きぃぃさまぁらぁっ、まだ我々の邪魔をするならぁぁ、
もはや人間の声では無い。重く常闇よりも暗い、十文字の答えが返ってきた。ずっと上空にいるのに、しかも四方を鉄で囲まれた中にいるのに、ここまで声が聞こえてくる。タイムマシンの中が少しだけ震える。最高のボケに乗っかるにはここしかない。
「おぉぉぉう、じゃぁぁましぃぃたのぉぉぉおお!」からの、ここで空中一回転、「ってなぁんでやねぇーーーーーんっっ!!」
光田がタイムマシンの手の部分を操作するレバーを握った。
ガタガタガタガタ――。
振動が激しくなる。後は中松の援助に頼むしかない。機械の手の部分に持っていた、反瑞という陰陽師から預かったという、護符を十文字の繰り出した手に貼り付けた。バチンッという最大のツッコミが入った瞬間である。
「がぁぁぁああぁぁっ!」
十文字が苦しんでいる。手がジュワジュワジュワという焼け筋肉や中の組織が見えている。だが、次の瞬間、
――まずいがなっ!
護符が剥がれシュウという音が聴こえた。手の組織が再生を始めている。黒い邪神がニヤリと笑う。
――ヤバいかなぁ~こりゃ。
「かかかかかかかか――」
とても人間であった時の声とは言えない笑い声が、光田の耳に入ってくる。笑いながら、手の先から触手をタイムマシンまで伸ばしてきた。ちょうど、右足に当たる部分を絡めとられた。
「ぐぅう」
中松が背後で声を上げたのが分かる。タイムマシン自体が転倒したのだ。
「貴様らぁ、許さへんでぇ!」
十文字が方言を使っている。終わりか。光田が目を瞑った。
「ふふん、止まれぃ、時――ッ」
だが、ここで十文字の声が途切れた。時間を止めようとした技は妙な格好のままタイムマシンの前で停止している。
「ぐぬっ!」
巨大な護符が一枚、十文字の右肩に張り付いているのが、小窓から見えた。
「がーーがっがっがっがっがぁ!」
喉を鳴らすようなその声に、十文字は光田と中松が降り立った、人型タイムマシン――と言う名の鉄くずロボットとの闘いを取りやめ、その人物の方を見た。
「き、貴様ぁ!」
とすっかり変わり果てた邪神、十文字豪太と、
「
と光田が叫んだ声が同時に重なった。
「ほぉよぇ~俺よぇ!
黒井鉄也は一昨日まで喋っていた普段の堅苦しい標準語とは思えない、コテコテの土佐弁でまくし立てている。着ているハイネックシャツは一昨日のままだが、土砂の影に隠れていたため所々土で汚れている。後頭部に少しだけ残る針葉樹林が、雨で濡れオールバックになっている。顎の剛毛が風に揺らぐ。
「貴様! 貴様は確かに、どの世界線でも……。我の一部が、刺し殺し首を切ったはず! まさか貴様も生きている時分、あの機器で、時を超えてきたというのか!」
「がっがっがっが、まぁほんな事はどうでもええがやないかが! 今の俺は反瑞の爺さん共と、十年前に平安時代から引っ越して来たんじゃ、ボケカスアホンダラぁ。俺の直観能力と操りの能力を持ってすりゃぁ、ちょぃちょぃ~と小マン、あぁ、今の部下やが、そいつら共を操って、たった十年の間に警察に身を潜めて、警部に昇進する事など簡単よぇ。おぅ光田寿よぉ、一昨日は世話んなったのぉ!」
こちらを向かず、喋っている。
「ありゃぁ、スパイとして潜りこんみょったきに、どうしても正体は明かせんかったがよぇ。ほやけどのぉ、今やったら改めて言えるぞぉ! 陰陽十傑キセキの世代! 黒子として影から、十人を支えてきた、幻のイレブンマン! 現代の世の中では高知県
黒井鉄也こと、甲ノ浦文雄警部は、光田の方を観ながら歌舞伎役者さながらの構えを取った。その右手には警察手帳が握られている。こちらのカードの手札がまた一つ増えた。そんな光田の考えを他所に甲ノ浦警部は再び
「さてさて、こっからはおまわりさんの仕事開始じゃ! 十文字豪太、こんな日食で真っ暗な時になにやっちょるがかのぉ~、ちょっと身分証明書でも見せてもらいましょうかねっ!」
言い終わるのと、甲ノ浦警部が護符を投げたのが同時だった。その護符は十文字の腹に張り付き、じゅわぁりという音を立てた。
「ぐあぁぁぁあああぁ!」
十文字が何度目かの叫び声をあげる。
「反瑞の爺さんにもろうた、さっきよりももっと強力なやつじゃ、痛かろうが! がっがっがっが! 行くぞぉ、ボケカスアホンダラァ!」
甲ノ浦警部が再び護符を手に、十文字に近づいた。が、十文字も目を充血させ、もはや原型を留めていない顔から、タコの様な触手の先を黒き刃に変え、何本もの手で、甲ノ浦警部に襲い掛かった。が、彼はそれをヒョイヒョイと直感だけで避けていく。そして
バチィ!
「ぎぎッギギギいギいぃいいぃい!」
肉の焦げる臭気が、タイムマシンの中にいる光田の所まで届いてくる。甲ノ浦警部は柄に護符を貼った長い刀を腰から取り出した。
「斬っ!」
そう叫ぶと、十文字の人間がまだ残っている、腹の真ん中部分を切った、が完全には切れていない。
「おぅおぅおぅおぅ、完全に切ってしまちょったら、二つに分裂して、また増殖するきにのぉ、浅めやが痛かろうが」
「ぐぅぅぅうううう、まだぁ、まだまだだぁ!」
邪神、十文字豪太の叫び声が聞こえた。が、甲ノ浦警部は臆することなく、再び懐に潜り込むと、今度は刀を十文字の喉元に突き立てた。光田たちの方からは、剣道でいうところの突きの形に見える。
ドゥッ!
と、崖が崩れ、土砂が流れ出している部分へ突っ込んだ。
「ぎギぎぎぃ――――」
嫌な悲鳴、鳴き声――。驚き、苦痛、恐怖、憤怒の全ての感情。その全てが妖魔、十文字の口から発せられる。だが魔神共は刀で切れば増殖するらしい。厄介だ。
――全てを押し潰せるような、何か重しみたいなもんがありゃぁな……。
光田はポケットに手をやる。愛のサインと自分の名刺が入ったプリント用紙と、そのプリント用紙に沁み込ませているある『物』。これはまだだ、最後のカード。持っているノートパソコンのUSBに入っている『物』、これもまた今はまだ使い所では無い。全てを封じ込めれる物。この時、光田は魔神館の屋根裏で見たギロチン装置を思い出した。第三の、この世界線で使われたと天水が推理していた装置。
――アレを使やぁ、いけるんちゃうがか?
謎の確信を持ち、甲ノ浦警部に向かって叫ぶ。
「甲ノ浦警部! 館にゃぁこいつらが作った、でかいギロチンがありますわ! 封じる重しくらいにはなるんとちゃいますかねぇ!」
「おーーぅ! よっしゃぁ、ほいたらぁやってみよかぁ!」
そう叫ぶと、通信機らしきものを取り出し、どこかに連絡している。警察の携帯無線の様だが、光田たちの方からは見えない。
「あーーあーー反瑞の爺さんよぉ、聞こえるかぇ?
仲間と連絡を取っている。
「よいしゃぁ、やってくれるやとぉ、光田ぁ、中松博士ぇ! 試してみようがだぁ!」
無線を切ると同時に、中庭や駐車場を含める魔神館全てが揺れ出した。巨大な地震だ。そして、そのゴシックで守られていた邪神の要塞は変貌を遂げる。あの目がチカチカした赤い廊下がまず見えた。が、直角に曲がっていた廊下とは思えぬほど奇妙な形に曲げられていく。
次に壁が空中へ浮かび上がっていき塊となる。食堂のホール、ガーゴイルの銅像などが全てが、おもちゃの様に
大破壊と崩壊が同時に訪れるが如く、十文字夫妻が気づき上げた場、邪神共のラビリンスが崩れていく。歯車や機械類が落ち、中から出てきたのは、巨大なギロチンの刃だけであった。ギラリと光を帯びたその刃を、甲ノ浦警部はサっと取ると、片腕だけで持ち上げる。
「がーがっがっがっがっがっ! 激正のおっさんありがとうよぇ。行くどい、十文字ぃ!」
そう言うと、ギロチンの刃を平面で持ち替え、切る、というよは押すという形で十文字に叩きつけた。いつの間にか刃には大量の護符が貼ってある。シュウシュウと腐った肉が焼ける臭いがこちらまで伝わってきた。刃の下では十文字が悲鳴とも言えない『音』を口から発しながら、唸っている。
ボコン!
刃の平面が膨らむ。内側から十文字が殴ったらしい。
ボコッ、ボコンッ!
暴れている。赤ん坊が駄々をこねる姿を光田は想像した。
やがて重しとなった刃の下にいる『それ』は暴れるのを止めた。そして、しゅわぁりと溶けると、常闇の中に消滅していった。
「がーがっがっがっがっがっが!」
喉を鳴らすような声と、無線で仲間に連絡を入れる甲ノ浦警部の姿が目に入った。
だが、まだ光田の方にも伏せているカードがまだ残っている。これはもう一人の魔神、そう十文字真理へ全てを話す宣戦布告のカードなのである。
* *
館が崩壊する直前、真理は窓から飛び出した。人の姿をしていない。何度も転生を繰り返した、妖魔としての十文字真理だ。羽が生え、着ていた服がビリビリと敗れていく。
――おのれ、人間共め。
高速で外で飛び出した真理を待っていたのは、巨大な刃に押しつぶされ溶けて消滅してしまった、自らの夫の姿だった。
「がっがっがっがっ!」
と笑っている男。黒井鉄也。
――馬鹿な! 生きていたというの!
いいえ、と考え直す。一巡目の世界線、あの首無し死体は確かに、彼の死体だったはず。人間共が放つ特有の「気」も消えていた。集まった人数の中から一人が死んだのだ。考えている暇はない。唯一愛した男を殺された。
幸い笑っている黒井はこちらに気付いていないようだ。秒速で近づく。
「がっが、がぁ!?」
気づいたようだがもう遅い。その時、真理は黒井と思わしき男のスーツをつかむと、投げ技の要領で土砂の中に掘り込んだ。
「ぐぅぅ、十文字真理ぃ!」
男の手足は妙な方向に曲がり、悔しそうにこちらを見ている。ざまぁない。次に崖の方向にある人型の巨大な機器――鉄を集めて作ったロボットに見える――に攻撃を開始した。
と同時に、中から声が聞こえた。
「光田君、上昇するぞぉぉおお!」
「はい!」
光田寿があの中にいるらしい。空は陰陽十傑が張り巡らした護符でいっぱいだった。
――くっ、結界か!
が、かすかな希望も見える。太陽の光が完全に月に覆われて隠れているのだ。
皆既日食の日という事は一月一日。元旦の日だと即座に彼女は認識した。
魔神館の残骸の上空、百メートルの地点で、最後の闘いが始まろうとしていた。
* *
【主では無い登場人物、登場邪神3】
黒井鉄也、改め甲ノ
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