第九話
客が帰ったあと、道満は一息ついて再び休憩しようとすると。
静寂に包まれた休憩室に、温かな雰囲気が漂った。
「お客さまが帰られたみたいですね、道満さま」
微笑んだ、声が響く。
軽やかな風が心地よく吹き込み、気配が。
「一番、嫌なお客さまのご来店。歓迎いたします」
返す。
すると光が差し込み、洗練された黒い執事服を着た。神秘的でありながらも人々を惹きつける存在感が姿を現した。
「
「主もあなたのご先祖さまと一緒で、流行りモノが好きな方ですから」
黒い執事服を着こなした身長は一八○センチを超え、引き締まった体格でありながも、しなやかさ。
肩にかかる赤い髪は、光を浴びて美しく輝き揺れ燃える広がる。
鋭い金色の瞳が優しく部屋を見渡すと。
「道満さまが心を込めた、お茶を飲みたいのですが。ダメです?」
「僕、俺のお茶は高いぞ」
「ええ、存じております」
倶利伽羅はそれを全く気にせず、明るい笑顔で返す。
「茶葉も茶菓子も俺が、勝手に選ぶからな」
言葉には、少しだけ意地悪さが込められている。
しかし、
この子供のような態度、まさに我が主の弟子。
「おまかせします」
道満は思わず苦笑いし、
「お師匠さまに、こき使われてきたからな」
棚から新しい硝子のティーポットを取り出した。
透明なガラス越しに茶葉が踊る様子が見えるのが、このポットの魅力。
「ついでに、新しいブレンドの試飲を頼む」
いくつかの異なる茶葉を絶妙に混ざり合わせ、独自の感性から生み出される香りの芸術作品。
前の世界でその名を轟かせた著名な調香師であり、業界に革命をもたらした存在だった。
手がける香水は世界中で愛されていた。
それとは別に茶葉など香りにまつわるあらゆる商品も展開しており、その優れた感性と技巧で、多くのファンを魅了していた。
ブランドは、上質さを追求する顧客にとって憧れの的であり、
道満がブレンドしたハーブティーは、香り豊かで特別な場で提供されることが多く、一杯飲むだけで洗練された世界に引き込まれると言われるほどに人を魅了した。
類いまれなセンスで、数々の賞を受賞するほどであった。
その結果、道満は“香りの
「この異世界でも、貴方の香りが高く評価されていることを嬉しく想います」
「ああ。
ティーポットに茶葉を入れ。
硝子のポットにお湯を注ぐと、茶葉がゆっくりと膨らみ、ガラス越しに美しく漂い始め。
色は徐々に変わり、透き通った淡い緑がポット全体に広がっていく。
倶利伽羅がその様子をじっと見つめ、
「今回のブレンドは、どんな味なのですか?」
と、興味津々に尋ねた。
「金長さんのお店、ぶんぶく茶釜の
「な、なんですって!?」
倶利伽羅は目を輝かせ、期待に満ちた視線を道満に向けた。
「ぉ、お、オ、落ち着け」
お師匠さまの式神である倶利伽羅龍王は、見た目に反して大の甘党。
平安時代。
倶利伽羅が大の甘党になった
初代は新しいものを追い求める性格で。そのときに、
そして初代の旦那になった人物が、料理上手で入手した食材を使って人外魔境たちに振る舞ったことで、ひっきりなしに屋敷に出入りしているところを目撃され、有名になってしまった。
――悪の陰陽師、蘆屋道満と。
ご先祖さま、もう少し子孫のことを考えて行動してください。
倶利伽羅は、道満が準備した胡麻団子をじっと見つめ、その目には子供のような好奇心と期待が浮かんでいた。
そっと一つ団子をつまみ、鼻先で軽く香りを楽しり、にっこりと笑った。
「これは……こしあんです、ね。白胡麻の香ばしさがいい」
団子を口に運び、サクッとした外側の食感を楽しみながら、内側からなめらかで甘いこしあんがとろけるように広がるのを感じていた。
美味しいさが自然と満足げな表情にさせていた。
「つぎ、わ。っと!」
黒胡麻で覆われた団子を手に取る。
黒胡麻の独特な香りが立ち上り、口に入れると、さらに濃厚な風味が広がる。
「白胡麻とまた違う、黒胡麻ならではの味わい」
目を閉じ、じっくりと甘美を味蕾に。
「果物ですか? 道満さま」
「そうそう。ドライフルーツをペースト状にして、白餡と混ぜ合わせたヤツ」
口にしたのは、フルーツ胡麻団子だった。
甘酸っぱい果実の味が、白餡と喧嘩することなく。また違った爽やかさを口の中に運んできた。
「発想は、フルーツ大福ですか?」
「ぉ! 気づくか。さすが甘党さん」
「褒めてもなにも、出ませんよ。道満さま」
「ぅん、知ってる。俺の方が出してるから」
倶利伽羅は手に持った胡麻団子を頬張り、もぐ、もぐ、と満足げに味わいながら、
「初代は本当に
少し皮肉を込めて放った。
口の端を上げて、どこかいたずらっぽい表情を浮かべ。
道満は目を細めながら、軽く肩をすくめ、
「ふーん、豪気ね。金遣い荒くて――あの
鋭い返しに、倶利伽羅は……口に含んでいた、胡麻団子が喉に!?
「んぐっ! ……ぐっ、ぐるっ…………」
目を見開き、胸に手を当て、体を小刻みに揺らしながら、何とか飲み込もうとするが、なかなか喉を通らない。
「ちょい、ちょい、ちょい」
急いで手元のティーポットからお茶を注ぎ、倶利伽羅の前へ。
「これで流し込め、はやく!」
必死にティーカップを掴み、ゴク、ゴクと一気に流し込む。
ちょうどいい暖かいお茶が団子を押し流し、グッと喉を通り抜ける感覚、
「ふーうーぅー……た、たすかりました。危うく死ぬところでした、よ、道満さま」
顔を上げて、やや申し訳なさそうに道満を見やった。
「はーあーぁー。俺を殺人犯にするのやめて、くれへん、ほんま」
道満は呆れたように眉を寄せ、口調には関西なまりが混じっていた。
「道満さま……関西弁になってますけど?」
倶利伽羅はじっと見つめながら、何か言いたげにわずかに首をかしげていた。
はっと気づいた。
自然と関西弁になっていたことに。
舌打ちをし、
「うっかり出てもうた、わ。
奈良弁、大阪弁、京都弁の複合関西弁でお説教されるからな。
そもそも、お師匠さまの出生地は
癖って伝染るんやな」
「そういえば。初代も何かを強調したり、感情が高ぶったときに関西弁で話されていました」
と、柔らかな声で続ける。
「初代は
と、ため息をつき。
「ところで、倶利伽羅。お茶しに来たのか?」
お茶を楽しんでいた倶利伽羅は、慌ててカップを置く。
彼の笑顔は消え、真剣な表情。
「おっと、そうでした。我が主より道満さまに、お仕事のご依頼内容を伝えに来たのでした」
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