第八話

 店内は賑やかで、食事を楽しむ雰囲気に包まれていた。

 が、

 個室は微妙……。


 助っ人、登場!


 守鶴しゅかくが微笑みながら、

「ご注文をお伺いします」

 と、柔らかい声で言った。


「じゃあ、アワビのオイスターソース煮をお願いします、守鶴さん」

(アワビは確かに美味しいけど、それ相応の値段がするんだよね。でも、コリコリした食感に、濃厚なオイスターソースのコクが絡んで――まさに豪華な一皿。……ぁれ? 僕が支払うんだった。武士たけし、もう少し財布のことを気にしてくれ)


龍井ロンジン蝦仁ハーヤンをお願いします」

勘兵衛かんべえ、相変わらず通な選択だな。龍井茶を使ったこの料理、さっぱりした香りがエビの甘みを引き立てる。そして、エビのプリ、プリが絶品なんだよねーぇー)


「では、金華ハムの蒸し物を」

(金華ハムか……さすが里見さとみ先生。金華ハムはそのままでも十分に風味が豊かだけど、蒸すことでさらに柔らかくなって、噛むたびに豊かな味わいが広がる。シンプルだからこそ、素材の良さを最大限に引き出す難しい料理)


紅焼ホンシャオ獅子頭シーヅトウを大盛り、で!」

ぜんねぇー、肉団子好きだよね。外はカリッと香ばしく、中はジューシーで、肉汁が口の中であふれ出す――まさに肉団子のエース!)


「守鶴さん、よだれどり!」

みょうねぇー、渋いところを攻めてくるなぁ。ピリ辛のタレが決め手で、これが鶏肉の甘味と絶妙に絡み合うんだよね。これ、箸が止まらなくなるヤツ)


道満どうまんちゃんは?」

三鮮さんせん餃子。肉三鮮と素三鮮をお願いします」

(ぶんぶく茶釜の餃子は、すごい! 肉三鮮は豚肉、鶏肉、牛肉のトリプルコンボ。素三鮮は干し貝柱、干しエビ、そして隠し味に干しのどぐろが入っていることで。肉三鮮を超える存在になるんだ、な)


 全員の注文を聞き終えると、守鶴は再度メニューを確認し。

「皆さん、飲み物は?」


「オレンジスカッシュで」

(爽やかオレンジと炭酸の泡が弾けて、喉を潤す。武士らしい)


「烏龍茶をください」

(やっぱり中華料理には、欠かせないよね。勘兵衛)


紹興酒しょうこうしゅで」

(里見先生。このあと、診察しないでください、よ)


「ミルクセーキ、フレンチスタイル」

(善ねぇー。甘いものに目がないからな。フレンチスタイルは濃厚で、デザートを飲んでるみたいなもんだから、カロリーが……。あとで、た、い、じゅ、が…………)


「クラフトコーラ!」

(クラフトはスパイスとハーブの風味が独特で、普通のコーラとは一味違う奥深さがあるからな。まぁ、流行りモノ好きな、妙ねぇーらしい)


「僕はミックスジュース、関西で」

(ミックスジュースと言えば、関西。マンゴー、バナナ、リンゴにミルクが絡んで、しっかりとした甘さが口のなかに残る――関東と違って!)




 注文が一通り終わった。

 静寂が戻ってきた個室には、張り詰めた空気が漂っていた。外の賑やかさとは裏腹に、この部屋だけが別の時間を過ごしているようだった。


「ぇーっと。お集まりの皆さんに、お話があります」


 しろどもどろに、道満は会話を始める。

 それに対し、誰もが気を抜いた様子で、それぞれの席に身を沈めている。

 これから道満が話す内容は、面倒くさい人物からの命令であることを知っていたからだ。


 武士は椅子にもたれかかり、机に並べられたメニューをぼんやりと眺めながら。

「理事長からの仕事依頼なんだろ? 道満」

「わかる」

 道満の事情を理解している武士は、同級生である道満からの頼みごとを断ることは簡単だった。しかし、道満の師匠であり学園の理事長からの頼みごとを断ることには、決していいことがないことも知っていた。


 勘兵衛は、腕を組みながら目を閉じ。

「――して」

「委員長じゃなかった、勘兵衛! 協力してくれるの?」

「協力する、する!」

 面倒くさい依頼だと理解しているが、道満に名前で呼ばれることで嬉しさが勝ったしまった、つい。でも、道満に貸しを作っておくのは、恋心の進捗状況を進ませる、チャンスでも、あった。


 大口おおぐち里見は軽く頭を振りながら、

「理事長は、いつも論理的にことを動かされますから。反対理由はありません、協力させてもらいます」

 と、大人の余裕。


 善は表情を変えず。

「まあ、仕方ない。弟の師匠の頼みだからな」

「善ねぇー」

「後始末に関しては全部、道満だから問題ない」

「そんなーぁー」


 妙は興味津々の顔で、

「それで、今回はどんな無茶を言ってきたの?」




「ちょっと待ってて、指示を確認するから」

 道満はお師匠さまから受け取った指示内容を確認しようと、スマホを取り出す。


「失礼しまーあーぁーすーぅー!」

 と、いう声と共に、守鶴が笑顔で入室してきた。

 その後ろには、料理を乗せたトレイをしっかりと持っている少年。


「どうまん、せんぱい!」


 衛門三郎えもんさぶろうが、元気よく声を掛けた。


 守鶴は静かに、落ち着いた動作で色とりどりの料理をテーブルに一つ一つ丁寧に料理を並べていた。

 対照的に、衛門三郎は道満にまっすぐ向かい、無邪気な笑顔を浮かべて近寄る。

 彼の小さな体は、背筋を伸ばして自信に満ちた姿勢を保ちながらも、ふわふわの茶色い髪が柔らかく揺れ、愛らしさを引き立てている。大きなキラ、キラとした瞳は、道満の心を掴もうとするかのように輝き、向かうにつれてその無邪気さがより一層際立つ。


 近づくにつれ、愛らしさがますます際立っていく。

 少し前かがみになり、髪の毛がふわりと顔にかかる様子は、まるで小動物のような無邪気さを演出している。柔らかな肌は少し日焼けした健康的な色合いで、丸みを帯びた輪郭が笑顔を引き立てている。


 わざとゆっくりと飲み物を道満の前に置いた。

 その仕草には、明らかに“見て”というあざとさが感じられたのであった。

「ぼくも、せんぱいのお手伝いします、ね」

 と、少し上目遣いで甘えた声を出しながら近づいた。

 無邪気な表情を装いつつ、その動きや仕草には、注意を引こうとすることが、隠しきれていないどころか丸見え。


 テーブルの上では、守鶴が無言で料理を並べ続けていた。

 その姿はどこか職人のような手際で、一切無駄のない動きだ。一方で、衛門三郎は守鶴を手伝うふりをしながらも、道満の反応をちら、ちらと確認している。その視線には、関心を一手に引きたいという独占欲が滲み出ていた。


 料理の香りが部屋中に広がると、道満は取り出したポケットにスマホを戻し、運ばれてきた料理に目を向けた。が、その間も衛門三郎は道満の様子を見逃すことなく観察していた。

 行動はどこかコミカルでありながら、その裏には執着が見え隠れ……いや、隠す気がなかった。


 守鶴はそんな二人の様子に気づいているようでありながらも、一言も発せず、自分の役割に専念していた。

 道満は思わずため息をつき、心の中で、

(あなたの御子息の行動、なんとかしてほしいですけど)

 と、願うのであった。


 金長きんちょう衛門三郎えもんさぶろう

 この少年も、道満たちに匹敵する――の一人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る