第七話

 蘆屋あしや姉弟はある場所に足を運んでいた。

 この街にある繁華へ。

 人が集まれば自然と共同社会コミュニティーが形成される。それは、人だけではない。この世界の全てのあらゆる存在は、自動的に共同社会の一部に組み込まれてしまう。そうしないと弱肉強食という輪が完成することなく、崩壊するからだ。

 特殊なケースは除く。




 活気のある商店街の中には、各種専門店が多く立ち並んでいた。その中に一軒の飲食店があった。

 デカ、デカとで、【ぶんぶく茶釜】と達筆な行書体ぎょうしょたいで書かれた看板が掲げられたお店である。

 蘆屋姉弟や宿直とのい武士たけし島田しまだ勘兵衛かんべえ大口おおぐち里見さとみたち。前の世界である、もとから転移して来た人外魔境のメンツなら、普通に""、と、読める……当たり前なのだが……。

 この世界の住人たちには、この看板に書かれている文字は文字としての認識はなく、ピクトグラム絵文字のようなものとして見方されていた。

 自国の文字ですら学ぶことをしなければ、だだの図形にしか見えないのは、明白なことである。

 そして。

 それが、より意図的に、この世界に転移させられたことを証明していた。

 この世界に転移して来たときから、この世界の言語を理解できていたからだ。前の世界ですら、誕生して耳で言葉を聞き覚え、学校で読み書きを習うことで初めて、生まれた国の言語を使用できるようになる。

 同じ国のなかですら、隣の県に移動するだけで、言語は大きく差が生じる。ましてや、文化風習を含めて言語は誕生する。

 それが。

 ご丁寧に、ちゃんと、かい、けつ、済み。

 それは作為的としか、言いようがなかった。そのじつ、顔を合わせた人外魔境たちは、口を揃えて、と。

 ――断言していた。

 

 な、と。

 そんなことを頭のなかで思い返しながら、道満は看板を見上げながら。

 

(そういえば、第三者が関与しているって、言ってたけど。誰一人、一言も、という言葉…………なかった…………)


 看板を見つめている瞳からヴァイタリティが、スーッと幽体離脱するように抜けていく。




「いらっしゃい、ませー!」


 優しい声音ながも、しっかりと一音、一音、が、ここに来る者たちを歓迎する。

 メイド喫茶の各店舗オリジナルの衣装としてのメイド服ではなく。本当に給仕をするための姿、メイド服に割烹着、大正たいしょう浪漫ろまん時代を意識させる。

 既婚者であり、三人の子持ち。

 人外魔境のモノたちから、彼女は人としての有向量ベクタが、違い過ぎる。と言わしめる人物。


 ――金長きんちょう守鶴しゅかく

 ぜんみょう、宿直武士、島田勘兵衛、大口里見、宮比みやびのかんざしに、決して勝るとも劣らないほどの人外魔境の力を秘めた者。


 ――ではなく。

 

 彼女こそ正真正銘に、異世界転移に巻き込まれただけの人物である。

 

 彼女がある意味では、本当に異世界に転移してしまった被害者なのだが。結婚した相手が相手だけに、度量が凄いのか? 天然なのか? 定かではないが、この異世界での生活を満喫していた。

 金長大和やまと

 道満たちの奥さん。




「予約した。蘆屋道満どうまんです」

「はーい。予約のお客さま、蘆屋道満さま。ご来店です!」


 大繁盛している店内をかいくぐり、奥の一室へ向かう。


「相変わらず、繁盛してるな」

「美味しもんね、大和さんの料理」

「いま、ふっと思ったんだけどさ。僕の名前で予約しているってことは……支払い、僕?」


 姉弟の善と妙は、顔をそむけ室内へ。


「ぁー」


 道満は心のなかで、涙した。


(前の世界よりも、僕のあつかい、ひどくない。お師匠さま)

 と、気にしたが。

 触らぬ神に祟りなし、なので触れないようにすることにした。




 足を踏み入れると、豪華な照明から優しい光が降り注ぎ、部屋全体を温かく照らす。

 壁は深い赤色で、手彫りの龍や鳳凰の模様が見え。置かれてある屏風に描かれた、風景や花鳥が美しさ。

 大きなテーブルは精緻な木彫りの脚が特徴で、磨き上げられた黒檀の天板。上には料理を引き立てる、色とりどりな食器。

 椅子の背もたれに刺繍がある贅沢さ、座り心地も良い。

 この場所は、単なる食事の場を超え、洗練された空間で特別なひとときを提供する。


 はずなのだが……。


「もう、やだ」

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