第四話
(どうしよう~)
その言葉が頭のなかで、浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返した。
はっきりいって、いろんな意味で身がもたない。自分の姉である、
これまでだってややこしいことに巻き込まれて来ていたが、ある一文で、ギリギリのラインを保っていた。
が!
この異世界では、その一文は彼ら彼女ら、そして自分もだが、力を正当に行使しても良いと言っていることになる。
なんせ。
剣や魔法や
いっそう、転移するなら並行世界に転移したかった。そうすれば、概念の差異が少なくてすみ、一文の意味に少しでも抵触すれば、最悪の事態だけは避けれた……かもしれない……。
道満が木の机にへばりつけている顔をペリペリと剥がし、顔をひっくり返しながら。
「人外魔境の力を
と呟き。
机に再度、顔をへばりつけと、また、暗い顔になった。
泥沼に片足を突っ込ませるどころか、もう、身体の半分は沈んでいる。
「虎を
ポツリと口にした言葉に。
「僕たちのことを言っているのですか?
返事がなされた。
慌てて道満は、声が聞こえてきた方向に首を振る。
――脳細胞が停止したが、脊髄反射から自動的に目が丸くなった。
道満の反応と対照的に、声をかけた人物は爽やか笑顔で。
「相席しても」
ため息をつくと。
向かいの席に、道満は手を差し出しながら。
「どうぞ、
「ありがとう、蘆屋くん」
道満が口にした先生という単語が正しく使われているのなら、道満よりも年上であり敬意を払うべき人物なのは確か、だが。口にしたどうぞと態度で道満にとっては敬意を払う必要がない、それどろこか、厄介な――人物。
「あー……、気苦労が絶えないって顔してますね。
生徒を心配する先生の優しい笑みと口調で、大口が道満に尋ねる。
道満も、自分のことを心配してくれいる、大口先生に感謝の気持ちを込めて、精一杯の笑顔で。
「前の世界に帰ってくれます」
相談された養護教諭は、首を
「無理だね」
道満は聞こえなかった。
「すみません。もう、一度、言ってもらっていいですか?」
「む! り!」
一音、一音、聞き漏らさないように強調して答えられた。
一度、聞くことを拒否した、かいがなかった。
「蘆屋くん。その表情は、先生にしていい表情じゃ、ありませんよ」
道満は大口の眼前で、明確に
「そうそう、先ほど。
――――ガン!
「ちょっと! 蘆屋くん!」
道満のなかで何かが壊れる音がした、というようりも壊された。不安というなの的が。
「ちょっと、額、切れてしまってますね」
大口が、道満の前髪を挙げて切れた額を診察していた。
「診たところ木の破片は入っていないですね。軽度の擦過傷ですね、消毒と止血効果のある塗り薬で、大丈夫でしょう」
「すみません。ご迷惑おかけします」
――何をしているのだろう。
反省しながら、大口に指示されたように前髪を自分で持ち挙げて、治療を受ける。一切の無駄を省いた洗練された動きだった。大口が自分の革製の頑丈そうな鞄から治療に必要な道具を机のうえに並べていく。
並べられた一つの小瓶の栓を開けると鼻を刺激する臭いが。その臭いがする液体を清潔な柔らかい布に染み込ませ切れた額に当て、また、別の清潔な箇所に液体を染み込ませて切れた額に当てるを繰り返しながら、傷の状態を確認していた。
「傷が浅いので、もう、血は止まってますね」
「ありがとうございます」
「あとは、自然治癒でと、言いたいところですが。破傷風が怖いので、僕、特性の塗り薬を塗っておきますね」
「ありがとうございます、大口先生」
大口は表情をゆるませると。
机のうえに並べて置いてる別の小瓶を取って、栓を抜き、利き手の人差し指に、粘度の高いドロッとした緑色の物質を垂らし、傷を塞ぐように塗っていく。
消毒のときと違って、ツーンとした鼻を刺激する臭いではなく。心身ともにリラックスさせる、ハーブの心地よい香り。
「はい、治療、終わりましたよ。前髪、下ろしても問題ないですよ」
「ほんとうに、ありがとうございました。大口先生」
深々と道満は頭を下げた。
大口は穏やかな表情をしながら、首を左右に振りながら。
「気にしないでください。前払いだと思えば、安いものです」
「な!? なにの、です……」
「迷惑料」
「……、……」
「蘆屋くん。その表情は、治療してくれた人にしていい表情じゃ、ありませんよ」
物腰柔らかく教職員や生徒からも高い信頼を得ている。顔立ちや体つきなどは、一般的な男性の平均値である。
独身。
あえて特色を述べるのであれば、医者をしていたことぐらいだろう。
それが。
――
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