第三話

 澄んだ第三者の声が、二人の会話を鋭く切り裂くと。


「「委員長いいんちょう!!」」

 

 蘆屋あしや道満どうまん宿直とのい武士たけしは、ハモった。

 足音ひとつ立てない無音歩行に、気が抜けていたとは言え気配を悟らせさせることもなく、なんなく二人の間合いに入り。

 仁王立ちし。

 心のなかで怒りに炎を燃え上がらせ、二人に委員長と呼ばれた人物。

 ――只者ではなかった。


「ぃ、ぃたいんですけど……」


 ぷにっとした頬肉を力いっぱい引っ張られてるのが、どうして自分だけなのか? という抗議を道満は、委員長にした。


「活き活きと狩りをしているって、話してた」


 ぷにっとした頬肉を力いっぱい引っ張っている委員長と呼ばれた人物は、より、力を込めて言った。


「ぼ、ぼくじゃー、ないよぉー。武士たけしが言ったんだよぉー」


 増していく痛さに反射的に道満は、降参とばかりに白旗の代用として両手を高々と掲げた。

 そのころ問題発言をした人物である、宿直とのい武士たけしはというと、冒険者ギルドの天井を見上げていた。


「たけしーぃー!」


 道満の救難信号を受信した武士は、知らぬ存ぜぬで冒険者ギルドの天井を突き破る勢いで見えない宇宙そらを見上げいた。


 ぽよんと効果音が聞こえたあと。

 頬肉を力いっぱい引っ張っていた人物こと委員長が、だんっと勢いよく道満の座っている席の右隣に陣取った。


勘兵衛かんべえの愛情表現は、屈折してるねぇー」


 道満の正面に座っている武士が茶化ちゃかすと。

 勘兵衛は無言で、左手を左斜め前に出しながら中指を立てていた。


「キングオブ委員長とは思えない態度だね、島田しまだ勘兵衛かんべえちゃん」


 中指を立てられた武士は、アイドル顔負けのにっと白い歯を見せながら。逆鱗に触れる。


「うわ、ちっと! ストップ、ストップ!」


 道満は慌てて仲裁に入った。

 島田しまだ勘兵衛かんべいと呼ばれた少女。

 分厚い黒縁眼鏡に三編み姿という、一昔前の委員長をイメージさせる髪型と装いなのだが。

 委員長と呼ばれるには相応しくないくれない色の髪に、驚くほど大きな日本刀を机により掛けていた。

 『大太刀おおだち』、長大な日本刀の総称である。

 別名として『野太刀のだち』と呼ばれたり、携帯する際に背中に背負うことから『背負い太刀』とも呼ばれる、特別大きな太刀のことである。

 近年では、『斬馬刀ざんばとう』とも呼ばれることもある。

 日本刀の一つである。

 服装は道満や武士と同じで西洋ファンタジーのおとぎ話に出てくる、典型的な冒険者の恰好をしていた。

 年齢も道満や武士と同じ一五、六歳の少女。

 それが、島田しまだ勘兵衛かんべいという名の少女である。

 道満の前に座っている男を美少年と世間せけんは呼ぶように。

 分厚い黒縁眼鏡を外して三編みを解けば、自分の隣の席に座っている少女も、美少女と世間は呼ぶだろう。

 ただし、いま、自分の眼前に座っている人物と右隣に座っている人物には、唯一無二の欠点があった。それは自分の姉、二人に、決して勝るとも劣らないほどの人外魔境の力を秘めた者たちだということだ。


「で、委員長はどんな感じ?」

「学校じゃない」


 分厚い黒縁眼鏡の奥に隠された瞳がギラッと道満を睨みつける。


「島田さんは――」

「道満、名前で」


 と、諭すように武士は道満に声をかけた。

 武士の瞳はキラキラとしており、どう見てもナニか? を期待していることだけは道満にも理解できた。

 が。 

 ナニ? を武士が期待しているのか? は理解できなかった。


勘兵衛かんべいは、どんな感じ?」


 下の名前を呼ぶと、驚いたように勘兵衛の身体が反応した。

 そして、めらめらと瞳に怒りの炎を宿していたのが、嘘のように借りてきた猫のように乙女ぽい仕草をし始めた。

 不思議そうな表情をしながら、勘兵衛を見つめる道満の視線をみながら。クス、クス、クス、と笑いを必死に堪えている武士だった。

 あまりにも笑いを堪えることに必死になりすぎてしまい、酸欠になったのだろう。

 武士は一呼吸したあと、ついでに、ため息を一つし。


「どんかん」


 道満に投げかけるが、道満の頭上に疑問符が浮かぶだけだった。


「で、勘兵衛の方はどう」


 武士が美少年だけができる女殺しの微笑を浮かべながら、勘兵衛に状況を尋ねると。


「お前には、名前で呼んでいいとは、言っていないぞ!」


 荒っぽい言葉遣いで、次に下の名前で呼んだら分かっているな! と。言わんばかりに、分厚い黒縁眼鏡の奥の瞳が再発火していた。

 武士は大げさに大きく手を横に振ると。


「委員長じゃなかった――島田さんは」


 尋ねられた質問に、島田勘兵衛は興味なさげな顔をしたあと。左隣に座っている人物に顔を向けた。


「えーっと。委員長じゃなかった――島田さんでもなかった――勘兵衛はどんな感じなのかな?」


 メラメラと、再発火したいた瞳は沈静化すると。また、借りてきた猫のようになると、一旦視線を下に向け引き上げると。

 モジモジと手を遊ばせながら。


「ゴブリンをいっぱい殺してた」

「へぇー、で。何匹ぐらい、かな?」

「後半は数えるのが面倒くさくなってきちゃって、数えてないんだけど。たぶん、千匹以上は殺した」

「…………、…………」


 それを聞いた道満は肩をすくめるのだった。

 武士は、あっさりとその話の内容を受け流すのだった。 


 こうしてはたから見ていると自分たちの存在した世界の方が、自分たちにとっては異世界だったのかもしれないなと思えてしまった。

 三メートル近い体躯をした犬の姿をし、口から炎を吐けるバケモノを二人の女性、もとい、姉、二人が容易く駆逐し。

 オーガと呼ばれるこの世界でも、強い分類に属しているはずのモンスターをたった、一人で始末してしまう美少年。

 人間の子どもぐらいの体格ながらも、獰猛かつ狡猾な性格をした嫌われ者として有名なモンスターのゴブリンを百人斬りならぬ千人斬りする、分厚い黒縁眼鏡の三編み少女。

 

 万葉集まんようしゅうに僧侶が読んだ歌がある。


白玉しらたまひとらえず らずともよし らずとも われれらば らずともよし』


 現代語訳すると。

 白玉しらたまとは真珠しんじゅのことであり、才能を意味する。

 貝の中にひそむ真珠=才能は人に知られることはない。べつに、知られなくてもいい。

 だれにも自分の才能が知られなくても、自分の価値=才能は自分さえ知っていれば、それでいい。

 と。

 自負を誇張しながらも、同時に他人に評価してもらっていないという悔しさが、にじみ出ている歌である。

 俗世ぞくせを捨てた僧侶でありながら、所詮しょせんは自分も人の子という、人間らしい味のある一首いっしゅなのだが……。

 

 道満の周囲に存在するモノたち人外にとって、この歌は危険そのものだったのだ。


 人間たちに自分たちの存在が理解されることはない、わからなくてあたりまえ、馬鹿だから。それに人たちに自分たちの力の凄さがわからなくても、別に問題ない、下等生物だから。

 自分自身が力のあるモノだと知っていれば、それでいいのだ、支配者だから。

 なにが! 霊長類最強とか調子に乗るな! 人間ども!


 と。


 ジャイアニズム的な解釈をしてしまっているのである。

 それも、道満が存在していた世界で、最強クラスと呼ばれる面々めんめん、一同がだ。

 そんな自分が存在した世界で、最強クラスと呼ばれる人外が。異世界に来て、傍若無人とまではとは言わないが……。

 楽しんでいるという現状を目の当たりにすると、不安という二文字しか思い浮かばなかつた。

 しかも、冒険者たちの風の噂によれば、明らかに自分が知っている人外たちが、あちらこちらで、やらかしているらしい。

 巻き込まれる立ち位置の道満としては、巻き込まれるにしても被害は最小限に抑えたいのが本音である。

 のだが!

 現実はそんなに甘くはなかったの……だった……。



 道満の肉体へ、視線がこれでもかと凝集していた。


「気になることでも……」


 道満が勘兵衛に口を開くと。


「わたしも吸いたい」


 分厚い黒縁眼鏡の少女のピンクの唇から欲望が弾けた。


「僕は口から吸わせてもらったよ。美味だったなぁー」


 すっと二人の会話に武士が入ってくる。


 分厚い黒縁眼鏡の少女こと、島田しまだ勘兵衛かんべいは、美少年である、宿直とのい武士たけしの冗談を冗談として受け取らなかった。

 

 眼球に差し込まれる光景に、想像を絶する頭痛が道満を侵食していく。

 冗談が冗談にならなかったことを言った、蜘蛛野郎に蜘蛛専用の殺虫スプレーを一ダース見舞ってやろうか心底思った。

 冗談が通じなかった。

 勘兵衛が分厚い黒縁眼鏡の瞳を閉じながら、頬を赤らめてながら艶のある桃色の唇を差し出してきていたからだ。

 道満は顔面蒼白どころか、一瞬で頭のなかが蒼白になってしまった。


 次の瞬間、アホな呟き声が聞こえた。


「ひどいなぁー。女の子が頑張ってアピールしてるのに、無視するなんて男として。さ・い・て・い」


 小さくため息をついてから、武士は道満を見下ろしていた。


「てぇ――」


 武士に苦情を言わんとしたとき。

 道満の額からみるみううちに、汗が滝のように流れ始めた。

 右隣に座っている黒縁眼鏡の少女が、急かすような視線を投げかけてきていた。

 慌てて視線を道満が外すと。

 かあっと顔を強く赤らめながらも、抑揚のない口調で。


「は、はやく」


 道満の鼓膜が微動し、振り向くと。

 息のかかるほどの距離に自ら縮めてきていたのだ。目の前でちゃんと見ると、くりっとした可愛らしい瞳に、整った顔立ちに加えて、インパクトとのある紅色の髪。あくまでも、分厚い黒縁眼鏡と三編みという一昔前の女学生の装いをしているから、第一印象で損をしているだけの美少女。

 それが、島田勘兵衛。


「ひゅー、だいたい」


 武士が冷やかしの声をあげた。


 驚く暇もなく道満の唇に、柔らかくて温かい唇の感触と、女の子のいい匂い。自分の頭を固定している細くて長い指。

 まさか、まさか、の女の子から唇を奪われてしまうことに……なって……しまうとは……。

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