神神の微笑。異世界でも勇者たち
八五三(はちごさん)
第一話
「ちょ――」
深夜の森のなかを無数の小枝を掻き分けて走る。衣服から露出している皮膚に、枝が擦れ痛みで。
「ヘルプ・ミー!」
と、叫び声が出た。
が、まったくいってその叫び声は、深夜の森のなかに吸い込まれていくだけで、意味をなさなかった。
救難信号ならぬ救難音声を発しながら、深夜の森のなかを全力疾走している少年。
年齢は一五、六歳だった。
ただ、気弱な性格も相まってなのか、年齢よりも幼く見える容姿。ふわ、ふわ、とした黒髪短髪が子犬の毛並みのように動くため、より、一層幼く見せている。一般的な年齢よりもは、幼く見えるが。ごく、地球の日本にいる男子高校生の一人だった。
例外があるとすれば、服装ぐらいだろうか。
よく、ゲームやアニメや小説などで登場する冒険者と呼ばれる者たちが着ている服装をしていること、と。なぜ、深夜の森のなかを必死に助けを求め叫び声をあげながら全力疾走をしていることぐらいだろう。
しかし。
この少年が逃げまどう姿は、どうしてなのか? ユーモラスを感じさせた。当事者として死活問題であったとしてもだ。
地球の日本、いや、地球が存在する世界なら。誰が見たとしても、怯えるようなモノが逃げている少年の後方から闇に紛れるように追いかけてきていた。
不意に後方に視線を向けると。
道満の黒目には、はっきりと視えていた。
――赤い無数の輝く瞳。
深夜の森のなかでも、爛々と火の灯った瞳だった。姿は犬だが、巨大だった。三メートル近い体躯の犬が数十匹で、群れながら追いかけてきたら恐怖でしかない。ましてや、デカイだけでも十分な圧を感じさせているにも関わらず。その圧を増すために追加された装飾が、また、凄い!
闇と同化した体毛からでも見てとれる皮膚を突き破る勢いで盛り上がっている筋肉。威厳というよりも魔性に満ちた、目が合っただけでも魂が喰い殺されてしまう顔に肉食動物であることを誇示する二本の刃のごとき鋭い牙。
口からは生臭い吐息が漏れるのではなく、鉄程度なら融解させてしまう高温の吐息が漏れていた。
間違いなくこの生物が地球という星でジュラ紀に存在していたら、闊歩していた恐竜たちでも、闘争ではく逃走を選択するだろう。
――魔獣とはそういう存在。
普通の男子高校生なら、どれだけ抵抗しようが。魔獣に肉体を食い荒らされて胃の中に入っているだろう。
だが、この少年こと――蘆屋道満は。
――
「はりぃーあっぷぅー!
それはもう、叫んでいる内容からして少年の必死っぷりが理解できる。のだが、まったくもって、そんな心からの叫びは、いまの状況を打破する解決策にはならなかった。
再度、チラ、ッと――後方確認すると。
自分と捕食者との距離が縮まってきていた。
「ち、ちか、近づいて、き、きてるよぉー!」
道満は声をあげる。
その生きの良い声に反応したのか、真っ白い鋭い獰猛な牙から唾液が滴っていた。
無意識に捕食者のただならぬ食欲を感じ、冷たいものが道満の背筋を流れた。
「
二人の名前を叫びながら、両手両足を
が、距離は離れるどころか、縮まっていくだけだった。
普通の人間なら絶体絶命。
だか、この少年は陰陽師を生業にしている人間である。ということは、この手の怪物に対してのなにかしらの抵抗ないし対抗手段のひとつやふたつ持っているのが、お約束である。
「きこえてるー! きこえてるよねぇー!」
涙目になり叫びながら、深夜の森のなかを。ただ、ただ、全力疾走するだけだった。
……訂正しておく必要がある。
この少年こと蘆屋道満は、陰陽師でありながら。
いまは、まったくもって、背後から追いかけてきている怪物に抵抗ないし対抗することが、できそうになかった。
少年の頭上を黒い大きな物体が飛び越えた。
魔獣が跳躍したのだ。
巨大な図体が嘘のような身軽さで、少年の前方に回り込んだのだった。
「おいしくないよ、おいしくないよ、ぼく」
驚くひまがなかったのか、それともあまりにも驚きすぎて、一周して冷静になってしまったのか。
魔獣に話しかけるという意味不明なことを道満はしていた。
顎が開く。
真っ赤で熱い長い舌が口のなかから垂れ、熱気混じりの異臭を放つ。
「……、……」
目を見開いた先には。
粘度の高い
「わぁー!」
両手を前に出し振りながら、食べないでと頑張ってアピールする道満でした。
「そいつ喰っても、美味くないぞ」
涎を垂らしている魔獣の後方から抑揚のない声が聞こえてきた。
道満よりも、頭ひとつ高く。魔獣の毛並みよりも、闇に溶け込む漆黒の腰まで伸びた髪を
「うにゃ、わからないよぉー。案外、食べると美味しいかもしれない、かも、かも」
道満の後方を囲んでいる魔獣たちのさらに、後方から陽気な声が聞こえてきた。
最初に姿を現した美少女に匹敵する美少女がスキップしながら登場した。
髪は凛とした美少女と同質の漆黒の髪でベリーショート。身長は道満よりも、頭ひとつ高く。
「
「走るから追いかけてくるんだ」
「え!?」
「そうだよ! 逆に食べちゃうぞぉー! って感じで向かってイケばよかったんだよ」
「……、……」
絶句。
自分の姉たちの人間性に。
取り囲んでいる捕食者たちのほうが。も、もしか、して、性格というよりも本能という意味では、まともな行動をしていると思えた。
姉たちは矛盾したことを、いま、言ってきているから、だ。
「そ、それって、
姉、二人に道満は訴えると。
「ぁ、そう言えば囮になれって言ったな」
長髪の姉は、確かに囮の意味がないな。と弟の訴えに関心して頷いた。
「そうだ、そうだったよ。向かっていったら囮にならいもんねぇー」
短髪の姉は、一瞬、不思議そうな表情をしたあと。弟が訴えている意味を理解すると、関心して頷いた。
姉たちの答えに、声もでなかった。が、道満にとっては通常運転なので、このままことを進めることにした。
獲物が一匹から二匹に増えて、計、三匹になったことに魔獣たちは、警戒と悦びに唸り声をあげた。
そして、追いかけていた獲物から増えた二匹の獲物に狙いを変更し、身を
巨体を軽々と跳躍させる圧倒的な脚力は、二匹の獲物との間合いを一秒足らずで、己の牙が届く距離まで近づかせた。
人が出せない悲鳴が深夜の森のなかに反響した。
獲物である二匹に襲い掛かった、魔獣、二匹が獲物になっていた。
一匹は、外部から強烈な衝撃を受け。その衝撃は魔獣の強靭な肉体でも、受け止めきれなかった。
そのため、肉体は突き破られた。
もう、一匹は。
背中の上に乗られ。か弱そうな細い腕によって、首を絞められたことによる呼吸困難で。情けなく真っ赤に染まったベロをだらしなく口から出し、
残りの魔獣たちは野生の本能で自分たちは、狩る側から狩られる側になったと悟った。
生存本能から
――見せてしまった。
――弱いということを。
まるでいたずらする子どもの無邪気な顔をした二匹のいや二人の人物に。
「ご愁傷さま」
口にしている言葉とは裏腹に、道満の瞳は深夜の森の闇なかで輝いていた。
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