大罪ベストナイン

濱ノ海亀二郎

 

 九つも? 大きな罪が?

 一つでもやっちゃ駄目なのに、多すぎるでしょ。これは誰でも思うよね、多すぎるって。過多だよ、過多。一つにつき懲役二十年だとして、合計百八十年だよ? アメリカンサイズの懲役刑だろ。大罪のメガ盛りじゃん。それを、いや、それらをもっさんがやっちゃったっていうの?

 いや、わかるよ。誠実で真面目で善良な市民だったもっさんのことだ、何か理由があってのことだろ。これはおれともっさんの関係性だ、罪を憎んで人を憎まずじゃないけど、まあ、九つも大きな罪を犯せば人を憎まずどころの騒ぎじゃないけど、もっさんも、おれだから打ち明けてくれたんだよな。三十三歳で出会って七年、生涯の友として誓い合った仲だ、おこがましいかもしれないけど、おれはもっさんのことをよく理解している。百八十年の懲役だから、ヘタしたらその間に三回死んでるかもしれないけど、何度生まれ変わっても受け皿になってやるよ。当たり前だろ。おれがもっさんを信じてやらなくて、誰が信じるんだ。重くのしかかった九つの、いや、やっぱ九つって多いな、多すぎだわ、多すぎてドン引きとかパニックとかないもん、妙に冷静でいられる自分がいる、これが一つや二つとかだったらまたちがうかもしれないけど……で、何だっけ。もとい、九つの大きな罪を犯した大馬鹿野郎の、重くてドス黒い気持ちを、ほんの少しでも解放してやろうじゃないのって話だ。でもさ、いまそれ言う?

 もっとこうシチュエーションを選んでほしかったな、受け皿サイドとしては。恋を告白するには体育館裏が打ってつけみたいにさ、九つの大罪をコクるベスポジが、こんな某ハンバーガーチェーン店ではなくあるでしょうに。どこって? キョトン顔するなよ。九つの大罪でいっぱいいっぱいで思考停止してるんじゃないの? 仕方ないな、言ってやるよ。

 崖だよ、崖。

 な? わかるだろ? 言われてみればそうだなってなったでしょ? ひねりナシだよ。二時間サスペンスそのまんま。九つの大罪を告白するには絶体絶命の断崖絶壁が打ってつけ。告白じゃなくて、もはや自白だよ。崖の先っちょでもっさんがぽつぽつと自白するんだな、九つも。それでおれは何も言わず頷いて、もっさんの肩に手を回してパトカーに乗り込むと。あ、おれ、刑事じゃないわ。ただの会社員だわ。まあ、そのあとのことは考えてなかったけど、人生に一度あるかないかのことなんだからさ、立ち会わせてほしかったな、崖に。もっさんがトチ狂って崖から飛び降りるパターンもあるけど、そうはさせないよ。死んだらいやだし、十個目になっちゃうからさ、大罪が。十個の大罪に更新しなくちゃならないからさ。十個目ともなると、その十個を「じっこ」とか言っちゃったりしてな。古い言い回し知ってますアピールをここで出してくる厚かましさね。まだよかったよ、九つで留まってて。迂闊に大罪をもうワンチャンいってたら、じっこの大罪になりかねなかったからな。もっさんの口から「じっこの大罪を犯してしまったんだ」と聞く日が来るとは。「九つの大罪を犯してしまったんだ」てのも、だいぶおかしいけどね。大罪なんて言葉、普通は出ないもん。九つもでっけえ罪をやっちゃったら「九つの大罪を犯してしまったんだ」って言うんだって、ちょっと思った。急に神妙な面持ちでかしこまっちゃって「九つの大罪を犯してしまったんだ」だって。あれでしょ? 七つの大罪に引っかけたんでしょ? 知ってるよ。おれ、大卒だぜ? 七つの大罪が何なのかは、一つも知らないけど。

 逆に最も駄目なシチュエーションは、道の駅だな。「え?」じゃねえよ、道の駅だよ。車停めてトイレ行って名物のソフトクリーム舐めて「でさあ」じゃねえよな。旅行気分が台無しだよ。「さ、行こっか」って、運転はもっさんだろ? 恐怖だよ。道連れにさせる気満々だよ。また出たよ、じっこ目の大罪が。じっこの大罪待ったなしだな。じっこの大罪カウントダウンがもうすでに始まっちゃってるよ。数え直してみたらまだ八つとか、ない? ちゃんと九つそろってる? 崖に行く途中で道の駅に寄ることもあるだろうよ。小を済ませるもよし、大を済ませるもよし、名物のソフトクリームは御法度だ。でも、ついつい舐めちゃうよな。もっさんも舐めてたっていうか、もっさんが教えてくれたじゃん。「ここの道の駅名物のソフトクリームを舐めないとバチが当たる」って。あれ、うまかったよな。もう、バニラが濃厚でさ、牛の乳舐めてるーって感じでさ。うん、決めた。また行こうや、温泉。年に一回は舐めないと、バチが当たるな。

 そうなってくると、この某ハンバーガーチェーン店はどうだ。おれはシェイク、もっさんはコーヒーをブラックでだ。まあ、苦み走るわな。誤解するなよ、おれも最初にそれ聞いてたら、ソフトクリームに寄せたシェイクなんか頼まないよ。苦み走るわな。救いはもうすでに飲み終えたことだ。重苦しい話の合間にゾゾゾーッてやってたら、エチケット違反だろ。おれにだってデリカシーはありますよ。九つの大罪を聞く態度ではないことぐらい、わかってますよ。その証拠に、崖の上でシェイクをゾゾゾーッてやる発想なんて、さらさらないもん。右手にもっさんの肩、左手にシェイクの容器なんて、誰も考えつかないよ。「どっかに捨てるとこないかな?」じゃねえよ。もしもおれが刑事だとして「あれ? どこやったっけ?」ってパトカーの床をシェイクの容器がコロコロ転がっているって、カーブを曲がるたびに容器が右往左往するって、もっさん手錠されているから容器を足で止めるって、部下のヤスに「おう、サンキューな」って言われるって、そんな世界観どこにありますかって。崖が駄目なのかシェイクが駄目なのかと問われたら、言わずもがな後者だよな。ちょっと待てよ。崖の上で突っ立ったまま初耳を九つも聞かされるのは、きついよな。おれ、刑事じゃないし、ましてや探偵でもないから、調べ上げてからの九つなら、もっさんのコンディション次第では「やりました」の五文字で片がつくけど、一から聞くのを九セットやるわけでしょ。きついな、それ。真夏は暑いし真冬は寒いし、ここなら空調が効いていて季節に左右されず快適だし、椅子もあるし、もう遅いけどコーヒーで苦み走れるし、その点ではナイス判断だな。時間的にも夕方四時半という学生がワーキャーする雑多な空間と化していて、これが少しでも静かな時間帯だったなら非常に話しづらい、もしくは口にすることさえなかったろうけど、たまさか学生の耳に入っても、何言ってんだあのおっさんたちですぐさま自分たちのバカ話に戻る、おっさんの言葉に聞く耳を持たない習性を十二分に活かしたTPOが無意識下に成り立っていたというわけか。もっさん、よかったよ、ここにしてくれて。もっさん、グッジョブだ。もう金輪際、崖の上だなんて言わないよ。おれが刑事か探偵か片平なぎさかの前提がなければ、崖はただの高望みでしかないことに気づかされたよ。崖は下から見上げる崖でしかないんだ、おれには。素人が無闇に手を出しちゃいけない。今後、そういうやつが現れたら、おれが止めるよ。崖はやめとけ、と。草の根運動で啓蒙していくよ。おれがオピニオンリーダーになっていくよ。反崖派として有識者フォーラムに出席するよ。その時には、協力してほしい。もしもまた崖に傾いたら、ぶん殴って目を覚まさせてほしい。その拳は暴力によるものではない、友情の証しだ。だから心配するな、じっこ目にはカウントしない。約束するよ。

 え? 聞くよ? うん、九つの大罪、聞く聞く。真剣に向き合ってるよ、受け皿としてシチュエーションまで提案してさ。決して無駄ではなかったと思うぜ、巡り巡ってスタート地点に戻ったとしてもさ。崖が不向きだということがわかっただけでも大収穫だよ。ピンチのあとにチャンスありだ。それはちがうか。ちがうな。

 もっさんはとりわけ話し下手というわけではないから心配はしていないんだけども、九つの大罪をどう料理していくか、つまりどうプレゼンしていくかが今後の鍵を握ると思うんだ。あ、いま、イラッとした? 待てよもっさん。これは本当に大事なことなんだ。さっき崖に立った時、ピンと来たんだ。心の崖の上でひらめいたんだよ。

 まず第一に、一気にバーッと羅列していく方法。いわば口頭の箇条書きだね。九つの大罪が丸わかりでいいっちゃあいいんだけど、受け皿サイドになってもみろよ。経験したことのない衝撃が一気に押し寄せるんだぜ? もっさんにとっては一つ一つの積み重ねかもしんないけど、九つの衝撃が一つの塊となってドスンとやって来るわけだ。耐えられるかな、おれ。ほら、おれ、メンタル強いほうじゃん? それを見越した上でのご指名だとは重々わかるし、おれも快く引き受けている現状だ。いや、まだいいんだ、ドスンと来る分には。なんだかんだで全部聞くんだから、結果は同じだよ。ただ問題はその逆に、九つ最後まで言い切ったあとに、笑ってしまいそうな自分がいる。笑いとは無縁で不釣り合いであればあるほどの極限状況で、つい吹き出してしまうやつ。しかもそれが最初のうちはうんうん頷いているだけが、リズムよくタンタンターンと挙げられて、途中から「ハッ」「ヨイショ」「それからどした」なんて合いの手を入れた日には、笑いの質も量も倍増だ。やっちゃいそうでこわい。言ってるってことは、やる可能性が高いってことだからね。もしもやらずに笑いを我慢しても、言い切ったあとにドヤ顔されたらアウトだから。乗りがいい分、慎重に事を進めなければいけないよ。リズムに酔いしれていたら、痛い目に遭う。双方にとって悲劇だよ。真面目に打ち明けてくれてるのにね。聞いてるほうが笑ってるんだもん。こっちもそんな笑いは願い下げだよ。

 とまあ、いまのは実は崖の上で編み出した方法の真逆で、さっきちょっと言ったけど、こっちを想定してのことなんだよね。それは何かと申しますと、一つずつエピソードを交えながら列挙していく方法ね。崖の上で九つ一気にバーッとはならないじゃん。一つ聞いて次、一つ聞いて次になると思うんだ。これなら一つ一つくわしく聞けるし、先入観が排除されるよね。先に結果だけバーッて聞いて、これはさほど大罪ではないのでは、ていう観念が生まれる余地が孕むと、否定に走ってもっさんの言いたいことや思っていることの純度が薄くなるおそれがあるよね。それを回避できるという寸法だ。理に適っているし、自然なトーク術だとは思うんだけど、ふと立ち止まって考えてみ? 非常に時間がかかるんだよ、九つってやつはよ。一大罪につき十分だとしても、一時間半だぞ。本来ならワンテーマで三、四時間はほしいところをギュッと十分間に詰め込んでも、二時間サスペンスのコマーシャルを考慮したら自白だけで終わっちゃうんだぜ。しかも、崖の上でな。代わり映えしない背景でな。空高く舞うカモメとか荒波を往く漁船とかインサートしないと場がもたないぞ。しまいには、片平なぎさもしゃがみ込んでな。船越英一郎もストレッチしながら聞いたりしてな。ま、崖の上でもドラマ出演者でもないし、そもそも六時にもっさんと呑む予定だったから時間の都合が悪いってわけじゃないからいいけど、非効率的ではあるよと言っておく。それに、一時間を経過したあたりで「ごめん、四つ目のやつ、何だっけ?」って忘れてしまいそうになることも言っておく。「ごめん」だって。こっちが謝ってるのな。おかしな構図になってるのな。

 あせるなよもっさん。まだ方法はあるから。でも、これが最後な。最後の最後に禁じ手だよ。最後の最後の邪道の邪道に「何だと思う?」ってクイズ形式にするやつ。九つも大きな罪を犯してるくせにエンタメ感を打ち出すなよって。聞き手を巻き込んで参加型にしてるんじゃねえよって。当たったら当たったで悲惨だよ。こんなにうれしくない正解がこの世にあるのかよ。パーフェクト達成した暁には副賞としてグアムのリゾートで頭をリセットさせてほしいわ。グアムをガム、ドバイをデュバイね。いまのは言いたかっただけね。

 しかしだな、「何だと思う?」と問われれば、何だろうかなと思うのも確たる事実。射幸心を煽られてではないけれど、素朴な疑問として大きな罪って何だべかと思うには思う。改めて考えさせられると、大きな罪とは何だろうな。あれ? 何これ? 言い出しっぺがハマってるパターン? ちがうちがう、クイズ形式に乗ってるわけではないよ。あぶねえあぶねえ。エンタメ気分を出すとこだった。新聞でいえば日曜版の付録みたいなやつではなく、ゴリゴリの社会欄なんだから。一面トップに躍り出てもおかしくないんだから。

 もっさんと最後に会ったのって、ちょうど一か月前だよね。でも、まだ捕まってないよね。一大罪でも三十日あればとっくに捕まってるところを、九大罪でまだお縄になっていないのか。もっさん、すげえな。賞賛に値するよ。え? やめろって? 照れるなよ、いまの時代は防犯カメラがいっぱいあるんだから、その中で一か月ものうのうとしてるんだから、そりゃアナタ、素直にすげえなって言葉も出……そっちじゃない? 単位? ああ、一大罪とか九大罪の大罪のことね。使いやすいんだよ、大罪。自然に出るってことは単位として有能なんだよ。もっさんも使っていいよ。著作権の半分はもっさんに譲るからさ。わかる時が来るよ、この文脈ではサラッと出るなって。単位としての大罪をNGワードにされたら、話しづらくなるな。無理しては使わないから、大罪の言葉狩りは勘弁してくれよ。

 で、一か月前はそんな話、一切なかったよな。てことは、すべてこの一か月に起こった出来事なんだろ。おい、もっさん、一週間に二大罪ペースじゃねえかよ。ちがうって、いまの大罪は無理くりねじ込んでないって。本当にスッとくっついてきたんだから。ニヤけてないよ、もともとこんな顔なの。むしろおれはいま怒ってるんだから。そうだよ、説教だよ。何やってるんだよ、十日に三大罪ペースって。勢いとしては現在進行形じゃねえかよ。じっこ目がもう間近に迫ってるじゃねえかよ。カッカッカッカ! 腹痛てえ。ひさしぶりにこんなに笑ったわ。ちがうちがう、感情の昂りでこうなったの。いままでに経験したことのない局面続きだからさ、感情が一時的にバカになっちゃったの。もしかしたらもっさんもこうなるかもしれないよ。気分を害したようなら謝る。目を見れば真実かどうかわかるだろ。あ、やっぱやめて。いま敏感になってるから。やめてやめて。全部ツボっちゃう。そういうことじゃない、笑うところじゃないよもっさん。

 真面目な話、どういうつもりでこの一か月を生きてきたのか、おれには想像がつかないな。会社も行ってたんでしょ、何食わぬ顔して。通勤してさ、残業してさ、昼休みにはランチしてさ。その間にやることといったら、会社の金をちょろまかしたり、他人のパソコンを不正ログインしたり、インサイダー取引、パワハラ、セクハラ、解雇されてもおかしくないことでしょ。実際にやってないとしても、イメージとしてはそうなんだけど、ちゃんと仕事をこなして給料をもらっているわけだ。たまには一つ一つ増えていく大きな罪を思いながら、八時間ないしは十時間を週五日、過ごしてきたわけだ。休みの日には掃除したり、洗濯したり、散歩したり。早めに街に出たらバッタリ会って茶でもするかってなったけど、きょうは何してたの? 映画? もっさん映画好きだもんな。やっぱり映画観るんだ、九つの大罪を犯しても。そりゃ観ますよって踏ん反り返られてもさ、ちがうわけよ。パチンコ、競馬、風俗、昼間から酒、こういった類のを期待するわけよ、こっちは。映画も恋愛モノとかSFとかじゃないよ。任侠モノか警察モノよ。「おれだったらこうするね」って目で観てくんないとさ、こまるわけよ。ちなみに何を観たの? 単館系の言ってもわからないやつ、ですか。シャレオツぶっこいてるな。おじさんほとほとこまっちゃうな。おれ? そりゃ言えませんよ、映画と昼間から酒以外は全制覇だなんて。言い訳ではないけど、でもおれは何もやっていないからね。健全な四十路の市民をそんな目で見ないでください。休日ともなるとそれってわけではないですからね。たまたまですから、たまたま。財布もサッパリ、体もサッパリですよ、ええ。汚いものを見る目はやめろって。でも、そういうことでしょ、想像の域を脱してないのよ。それほど想像がつかないって言ってるの。旧来型のイメージでは追いつかないところまでもっさんは行っちゃってるの。自分が恥ずかしいよ、墓穴も掘るしさ。かといって、人が変わっちゃったふうにも見えないしさ。もう何なの、自分の趣味まで謳歌して、呑みの誘いも二つ返事でOKして。

 あれだろ、四つ目あたりからマヒしてるんだろ? 二度あることは三度ある、三度目の正直、もうそれを越えたら一気にエスカレートだ。「俗にいう七つの大罪まであと一つ」甲子園を目指す高校球児みたいに目標を立てたりな。習字で壁に貼っちゃって。思っていたよりやりやすい大罪でサクッと稼いだりな。七つ達成、いざ夢の舞台へ。俗にいう七つの大罪のジャンルがすべて当てはまったとして、オリジナルの大罪が二つもあるじゃねえか。ジャンルの重複を許可すれば、のべだともっとやってたりな。掛け2、掛け3表記があるぞって。この辺でやめとこう、あいつに「じっこの大罪」って言われるぞ。また一つ大罪が増えても、九つって言っておこう。いまに至る。どうせそんなとこだろ、九つの大罪を犯した逸材っていうのは。マヒしてなきゃ、やってらんないよって。実際の心理なんか知らないよ。一つもやったことないもん、四つ目からの大罪ハイなんて。また新しい用語が出たよ。大罪ハイ。九つの大罪は新語の宝庫だな。まだまだディグる価値ありだな。

 もっさん、考えすぎなんじゃないの? おめえがだよって? おれじゃなくて、もっさん、話は盛らないけど気にするとこあるじゃん。変なこと言ったかなって落ち込むもっさん、よく見てきたぜ。思い当たるふしはあるでしょ。それが人一倍なの、もっさんは。だから、変なこと言ってないよっておれも人一倍言ってるの。他人の一生分は言ってると思うよ、お互いに。いや、おれはいいんだ。もっさんだよ。そんなもっさんゆえに、罪が大きく見えてるんだよ。そう考えると、気が楽にならない? おれはなる。だったらいいなとも思う。街を歩いていると、大きい人を見かけるでしょ。背が高い。大きいね。太っている。これまた大きい。女性の割に背が高い。百七十ぐらいのね。大きいけど、もっと大きい男はザラにいるよね。鼻の下のホクロがでがい。気にはなる。ものすごく気にはなる。だけど、後ろ姿だけでは鼻の下のホクロのでかさに気づかない。ただの中肉中背で、気にも留めないよね。おっぱいがでかい。だけど、おじさんみたいな顔をしている。おっぱいの大きさはどこかに飛んで行っちゃうよね。おじさんみたいなおばさんとかさ、おばさんみたいなおじさんっているよね。角刈りだけど、おばさん? 妙に艶っぽいけど、おじさん?だからさ、罪がおじさんに見えたりおばさんに見えたりしてるわけよ。ん? おじさんに見えたりおばさんに見えたり? 何言ってるんだ、おれ。靴のサイズの大きさは、机の下ではわからないってことよ。キマったね。外国のことわざみたいだね。靴のサイズの大きさは、机の下ではわからない。靴がミソだね。西洋の暮らしぶりが垣間見える。畳ではないな。西洋人の足のでかさもまざまざと目に浮かぶ。いやそれ、結局、でけえんじゃん。ちがう、もっさんに靴を履かせよう。サイズは? 五半? よしよし、でかくないぞ。で、足がでかいと思い込んでると。言ってみ? 足がでかいんだよねって。言わない、べつにでかくないから言わない。仕方ないな、実力行使だ。あー、前にもっさんが足がでかいんだよねって言ってなかったっけなあ。どれだけでかいのかなあ。見てみようっと。もっさんもっさん、あぐら掻くな。足を下ろして。早く、いいから早く。頭に血が上るだろ。殺す気か。死んだらもっさんのせいだからね。そうそう、いいよいいよ。ん? もっさん、べつに足でかくないじゃーん。五半ぐらいでしょ? 五ゼロでも遜色ないよ。見ようによっては四半まで見えてくるよ。魚の目がでかい? 知らねえよー、靴下履いてるんだもーん。な? このように、思ったよりは罪もでかくない。でかい。ものすごくでかい。うーん、言い張りますなあ。

 信号無視。やっちゃうよね。黄色になってるのに突き進んでね。まあいいでしょうって、明らかに赤なのに行っちゃったりね。え? 車じゃないよ? おれ、ペーパーだし。お、おう、歩行者としての話ね。中央分離帯がないような短いところ。それもOK? 話して大丈夫? フランス人は行けそうだったら赤信号でも行くんだってね。国が定めたものなのか暗黙のルールなのかは知らないけど、フランス国民の間では議題にも上らないことなんだろうね。でも、ここは日本だし、よろしくないこととして根づいてるし、人の目もあるから毎回はやらないね。とくに子どもがいる前ではやらないな、おれは。

 万引き。万引きは駄目だよね、盗みといっしょだもん。おい、何をハッとしてるんだよ。こいつ、やってるな? 中学生の時に一回だけ? 駄目だろうが、思春期の衝動でもよ。おれはやったことないぞ。免許の色、見せてみろよ。不意を突かれた顔してるんじゃないよ。車の中に置いてある? 飲酒運転する気満々じゃねえかよ。マンションの駐車場に停めてある車の中? 誤解を招く言い回しするんじゃないよ。いちいち注釈をつけないとわからないだろ。意味合いがちがってきてるんだよ。いわゆる軽犯罪とそれに対して大罪を比較して見てみようと思ったんだよ。大罪と比べたらかわいいもんだね、信号無視や万引きは大罪とは呼べないねってディスカッションを交わそうとしたら、ちょいちょいやってるんだもん。駐禁を一回だけ? 弁解したつもりになってるんじゃないよ。警察にデータを提供してるじゃないの。そりゃね、そういう人、いっぱい知ってるよ。普通の社会人として生活を送ってるよ。でもさ、もっさんのケースは、凡人とはかけ離れてるの。ケタがまったく外れてるのよ。大罪というボーナスが九つも乗っかっちゃってるんだよ。警察がマークせざるを得ない札を手元にそろえてるんだよ。

 あ、わかった。警察に追われるようなことではないんだ。大罪大罪言ってるけど、逮捕されるようないわゆる重い犯罪ではないんだ。何だよ、先に言ってくれよ。ホッとしたよ、このあと警察に同行するもんだと思っていたよ。てことは、比喩? では、ない。実際に、やった。考えすぎでもない。それが九つ。もっさん、エグいな。刑法にも載っていない大きい罪を九つも成し遂げるなんて、対人だとしても対物だとしても、一つも想像がつかないな。おかげさまで一般的な大罪ならいくつか頭の中で思い浮かべられるようになったけど。あれ? もしかしたら、九つ挙げられるかもしれないぞ。九つか。野球ができるな。もっさんはもちろん知ってることだけど、おれって、野球バカじゃん? おれぐらいともなると、苗字や地名だけでもオーダーが組めるのよ。だからさ、ちょっと時間をくれないか。大罪でオーダーを組ませてくれよ。大罪ベストナインを決めるから。五分だけでいい。五分あれば勝てるチームをつくれるから。呑み? 行かないよ。まだもっさんの九つの大罪を聞いてないだろ。どだい一時間半では収まらない長丁場になるんだから、酒呑んでたら忘れちゃうだろ。苦み走らせろよ。コーヒー注文してきてよ。紙とペンはあるからさ、その間に書き上げられるからさ。金? もっさんのおごりだよ。聞き役代だと思えば安いもんだろ。


 1(中)逃走

 2(二)窃盗

 3(右)強盗

 4(三)殺人

 5(左)テロ

 6(一)暴行

 7(遊)薬物

 8(捕)詐欺

 9(投)誘拐


 一番センター逃走

 一度捕まっている上に逃げ回る俊足リードオフマン。どんなに高いフェンスもよじ登り守備でもファンを魅了する。


 二番セカンド窃盗

 瞬発力に定評があり器用な手先で隠し球を得意とするクセ者。選手の用具がフリマアプリに売られているのはなぜ……?


 三番ライト強盗

 一発があって足もある上位打線の中心的存在。チームプレーに徹してさらに能力を発揮する高給取り。


 四番サード殺人

 言わずと知れたミスター犯罪。レジェンドのプレーは永遠に語り継がれる。


 五番レフトテロ

 破壊力抜群の助っ人外国人。全世界のスカウトが彼を狙っている。


 六番ファースト暴行

 一皮むければ花開く次期四番候補。若手が一目置く番長は乱闘騒ぎにイの一番でベンチから飛び出す。


 七番ショート薬物

 国際試合の経験豊かな何度でも蘇る奇想天外のムードメーカー。キマればハマる集中力で天才的プレーを連発。


 八番キャッチャー詐欺

 チーム一の頭脳派はささやき戦術で巧みに撹乱。当たってないのにデッドボールと嘘をつく珍プレーの常連。晩年は代打オレオレでおなじみに。


 九番ピッチャー誘拐

 思わず手が出る誘い球と消える魔球で打者を仕留める変幻自在の投球術。電話を用いた契約更改はシーズンオフの風物詩。


 な? 組めただろ? チームの顔を四番に置いたら、あとはおのずと決まってくるから。よどみがないよね、この打線。バランスもいいし。守備はちょっと未知数なきらいがあるけど、玄人好みのバッテリーがしっかりしてるから問題ないでしょ。DH制であれば外国人を打席に専念させたいところだけど、十人になっちゃうからね。趣旨が変わってくるから、そうしちゃうと。

 もう変わってるって? ちゃんと九人で組めたでしょ。一人も欠けることなく能力の高い九人がここに集結したでしょ。我ながら強力なベストナインをパパッと選出したもんだと思うぜ。ほれぼれするよ。自分がこわい。自分の才能がこわい。それを趣旨ちがいだなんて、心外だな。イチャモンもいいところだよ。野球をわかっていない人の的外れな意見だな。これだから素人はこまるよな。趣旨を理解していないんじゃないの? 何よ。大罪ベストナインじゃなくて? いまここにいる趣旨? あ、本当だ。何やってるんだ、おれ。もっさんの九つの大罪を聞くんだった。最低じゃん。何だよ、大罪ベストナインって。こんなのでオーダー組むなよ。何をほれぼれしてるんだよ。うっとりしている場合じゃねえよ。すまん、場を荒らしてしまったようだな。やりづらいかもしれないけど、では、話してくれ……いや、待って。どう話すの? こっちも心の準備というものが必要だからさ、いきなり一気にバーッと来られたら、ほら、笑っちゃうかもしれないんだよ。さっき言ったろ? かといって、一つずつっていうのもデメリットがあるって言ったよね? クイズは論外だ。一つもわからないし。この大罪ベストナインみたいのを想定してたからさ。最悪、もっさんを殺人者に仕立て上げていたから。テロリストとか、薬物中毒者とか。

 そうか、失敗は成功のもとじゃないけど、これがいいんじゃない? ベストナイン形式だよ。もちろん、打順とか守備位置とかは考えなくていいからさ、九つの大罪を箇条書きにして一言エピソードを添えるのはどうよ。これなら可視化できるから、何だっけって忘れることはないし、概要を知ることができるわけだ。まただよ。崖に続いて、決して無駄ではなかったんだよ。だろ? これがおれではなかったら、厄介なことになってたと思うぜ。よかったね、話し相手がこのおれで。持つべきは生涯を誓い合った友ということよ。おれたちは最高だ。ほら、ペン。見ないから。書いたら言ってね。ん? この紙? 雇用契約書の本人控えの裏。いいんだよ、ほかに使い道なんかないんだから。書いたら言ってよ。ちゃんと手で両目を隠してるから。見てないって、指の隙間から見てない。わかったよ、後ろ向くよ。書いたら言ってよ。ゆっくりでいいから、待ってるよ。

 ああ、夕陽がきれいだな。時が止まればいいのになあ。

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大罪ベストナイン 濱ノ海亀二郎 @noni

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