特別読切短編「ホワイトライトを閉じこめて」



 すっきりと澄んだ青色の空だった。そこに雲が幾重にも重なってゆっくりと流れている。

 ぼくはヤカンと名付けた蒸気自動車のボンネットに上がってあぐらをかいていた。直角に近いフロントガラスは背もたれにちょうど良い。一日の大半を運転して過ごしているから、休憩のときまで車内にいたんじゃ息が詰まるし、今朝まで降っていた雨のせいで地面はぬかるんでいて、シートを広げたってくつろぐには気が休まらない。ボンネットに敷き布を広げれば、ちょっとした休憩スペースになる。

 スベアと呼ばれるこの世界の小型バーナーの上には、ぼくの世界のチタン製のカップが載っていて、湯気が立ち上がり始めている。グローブをはめてカップを取り、湯気を吹いてひと口啜った。

「ほっ……」

 ただのお湯だから味はないけれども、熱い液体が喉を通ってお腹をじんわりと温める感覚は良いものだ。

 太陽の光もまた、暑すぎず、寒すぎず、日向ぼっこにはちょうどよく、半袖のシャツで過ごせる。

 カップを傍らに置いてフロントガラスにもたれ、ぼくはあぐらの中で広げていた手帳に目を戻した。

 丁寧に書かれた食事のイラストと、ぼくには読めない文字が連なっているそれは、ヤカンを修理してくれたヴァンダイクさんの奥さんのものである。文字は読めなくても絵はあるし、手持ち無沙汰に空を眺めているよりは意味がある気がした。外国の雑誌を眺めているようなものだと思えばいい。ぼくはページをめくる。かれこれ一時間近くはそうしているだろうか。

 視線をあげれば、白い砂丘の上にイーゼルを立て、絵筆を動かす小柄な姿が見えた。時折、風に乗る雲が流れるような速さで長い銀髪がふわりと揺れる。その度に、ちょこんと尖った耳が見える。

 初めて会ったとき、彼女は自分をハーフエルフだと言った。けれどぼくにはハーフエルフと人間の違いというものがわからない。銀色の糸を束ねたような長髪と、光が透き通るような白い肌と、わずかに尖った耳が特徴的なわけだけれど、そのどれがハーフエルフの個性なのか判別ができない。

 ぼくにとって、ここは異世界だ。見るもの全てが目新しい。だからハーフエルフだからどうとか、そんな感情はなにもなくて、ぼくにとってニトはニトでしかなくて、外見的特徴なんてものは些末なことでしかなかった。

 ニトという女の子はまったく個性豊かだ。

 まず、彼女は絵を描くことを生きがいにしている。素晴らしい景色や、はっと息を呑む景色を見つけるとすぐさま画材を抱えて走りだし、一度腰を据えてしまえばあとは呼び掛けても気付かないような集中力で絵を描き続ける。

 そうなってしまうと、ぼくにはもうどうしようもない。

 こうしてお湯を沸かし、運転の疲れを回復しながらぼんやりと時間をつぶすことになるわけだ。

 手帳をたたみ、ぼくは目を閉じた。陽光が肌を温めている。まぶたがオレンジ色に明るい。ああ、太陽、ああ自然。前髪をくすぐる風が心地良い。

 そうして、少しだけうとうととしていたらしい。

 名前を呼ばれて目を開くと、いつの間にやら、イーゼルを手にしたニトが立っていた。眉尻をさげた目でぼくを見上げる。

「ごめんなさい。退屈でしたよね。お待たせしました」

「なんのことか分からないな。ぼくはちょっと思索にふけっていたんだ」

「寝てましたよね?」

「滅びかけたこの世界において、人の自由とはどうあるべきかについて、考えることはあまりに多くて」

「むにゃむにゃって言ってました。ケースケって、本当にむにゃむにゃって言うんですね」

「自由……それは眠たいときに寝て、むにゃむにゃと言う権利があることさ」

「やっぱり寝てたんじゃないですか。なんですか、人の自由を思索って。ジェルベンスキですか」

「誰? ジェルベンスキって」

「昔の思想家の人です。人間と獣人の自由の在り方についての本を書いて、有名になりました」

 ニトはさらりと言って、イーゼルをヤカンの後部座席にしまいこむ。

 彼女は幼いころはベッドに寝たきりで、ずっと絵を描いたり読書をしたりしていたという。だからとても博識だ。見た目はぼくよりずっと年下の、たぶん十二、三歳くらいじゃないかと思うのだけれど、その歳で思想家の著書を読んでいることに驚かされる。

 ニトが戻ってきたので、ぼくはボンネットから降りて荷物を片付けた。運転席に乗り込み、助手席にニトが腰を落ち着けたのを確認してハンドルを握った。

 並んだ丸メーターの数値を確認する。蒸気自動車であるヤカンにとっての大事な燃料である水がいささか減っているが、すぐの補給というほどではない。水を沸かすボイラーには熱が入っている。問題なし。

 スロットルレバーをゆっくりと押し上げた。ピストンが動き出し、圧縮された空気が抜ける、シュシュシュという音がだんだんと早く、力強くなる。ヤカンが静かに前に進み始める。やがて速度は上がっていく。景色が流れていく。

 空に浮かんだ雲を追いかけるように、ぼくらはこの滅びた世界でまだ旅を続けていた。明日がどこにあるかも分からないままに。

 

   φ


「実は昔、この世界には竜がいたんですよ」

 と、ニトが言った。

「竜って、どんなの? やっぱり大きいの?」

「それが諸説ありまして……」

「眉唾だなあ」

「仕方ないですよ、魔術の時代……二百五十年前だって、すでに伝説の存在と言われていたんですから」

「じゃあもう、それは御伽噺なんじゃないの?」

 ぼくらで言うところのネッシーとか、ツチノコとか、そういう類じゃないだろうか。

 ニトは「それが違うんです!」と声を高くした。眉をきりりと吊り上げ、頰が紅潮している。

「不思議なことに、あちこちで竜の伝説が残ってるんですよ。霊山には竜を祀る伝承や、一部の地域では何年も竜奉殿を守って生きていた一族もあるんです。人の生活に竜という存在への信仰が根付いていた証なんです!」

「ふうん」

 となると、未確認生物というよりは、恐竜みたいなものだろうか。生きている姿を誰も見たことはないけれど、実在していたことは確からしい、的な。

「化石とか出てるの?」

「えっ」

 ニトが目を丸くした。

「竜が住んでいたところが分かってるなら、ほら、竜の骨とか、爪とか牙とか、発見されてるんじゃないの?」

「……聞いたことは、ないです」

「ええ……やっぱりいないんじゃ」

「いえ! 竜はいます!」

 ぐっと握り拳を作ってニトが言った。

「竜は死を予期すると今までの住処から姿を消すと言われているんです。竜の墓場があって、自らそこに向かうのだとか!」

「野良猫じゃあるまいし……どこか分かってないんでしょ、その墓場っていうのも」

「それを発見しようと、今まで多くの考古学者が研究に取り組んでいたんです」

 ふんふんとニトは鼻息も荒い。尖った耳をぴこぴこと動かしている。

「……そういう浪漫のある話、好きなんだね」

「ケースケはわくわくしませんか? 竜ですよ? 伝説の存在ですよ?」

「そりゃ、まあ」

 ただ、ぼくからすればこの世界自体がファンタジーなわけで。いまさら竜がいますと言われたって、まあそうでしょうね、としか言えないのだ。ニトとは前提が違う。ティラノサウルスの生きている姿を見るような感じかな、と想像だけはしてみた。

「じゃあ、ハヴラッドっていう山にも竜が棲んでたの?」

「と、言われていますけど」

 ニトは自信なさげに答えた。膝に広げた手帳に目を落とす。それはニトのお母さんが遺した旅の記録で、中には旅先で描かれた絵と、わずかな文章が記されていた。

 開かれたページには暗闇にそびえる山が描かれている。今のぼくらの目的地だ。

「あそこはいろいろと複雑な場所なんです」

「じゃ、ニト先生の解説を聞こう」

 先生じゃないです、とニトはぼくをひと睨みした。

「もともとは古くからティサと呼ばれる一族が住んでいて、霊山として扱われていたそうです。ですが、あるとき、ハヴラッドに貴重な鉱物が眠っていることが知られて、権利問題になったとかで」

「待って。めちゃくちゃ現実的なんですけど。話が」

「……そうですけど?」

 竜という超ファンタジーな単語と、鉱山の利権争いという超現実的な話題に、ぼくの感覚がちょっと付いていけなかった。けれどもそれは、ぼくがこの世界の人間でないからこそ感じるものだ。この世界にはもちろんこの世界の現実があって、それは当然のことだ。ぼくは意識を改めて続きを促した。

「それで結局は、国がハヴラッドを鉱山として開発することを決定して、ティサ族から山を購入するという形にしたんです……いろいろと問題はあったそうですが……それから開発のために他の土地から多くの人が移り住んだり、霊山として入山を禁止していたティサ族がいなくなったことで登山者が増えたりして、麓には立派な観光地ができたそうです」

「ロマンをビジネスが飲み込んじゃったのか……ちょっと切ないな……」

 しみじみと言ったぼくへの答えは、突然のニトの歓声だった。

 シートから身を乗り出してフロントガラスの向こうを見つめている。

 視線の先を追って、ぼくも思わず声を漏らした。

 厚い雲がかかっていて、今の今まで気付かなかった。風に押し流されることで雲が晴れ、丘のずっと向こうにそびえる真っ白な雪冠の頂、ハヴラッドが見えたのだ。

 あんな形をした山を見るのは初めてだった。山頂が切り立つようにえぐれて、まるで竜の嘴みたいに曲がり、先は鋭くなっている。

「すごいですね! きれいですね!」

 とニトが手をぱたぱたと振った。ニトにとっては本の中で読み、お母さんの遺した手帳の中の絵を見るしかなかった景色が目の前にあるのだから、感動もひとしおなんだろう。

 ぼくは微笑ましく思いながらスロットルレバーをさらに押し上げた。ぐん、と速度がました。

 お母さんたちはどこから見たのかな……と呟きながらニトは手帳を取りあげ、そこに描かれた山の絵と、目の前の実物とを何度も比べた。ぼくも運転の傍らにちらと覗き見る。

 目標が目に見えて近づいたことでニトは元気にあふれている。ぼくとしても、運転の疲れを忘れることができた。目に見えない場所を目指すことは、精神的によろしくない。しかし今度はわかりやすいシンボルであるハヴラッドが見えていて、それは時間が立つごとに着実に近づいていく。

 ただ、思ったよりも距離があった。ハヴラッドを眼前に控える場所まで来る頃には、辺りは日暮れが始まっていた。ハヴラッドの切り立った崖のような横顔を夕日が赤く焦がしている。正面から差し込む光に目を細めながら、この辺りで野営かな、と算段を立てた。

 というのも、波打つようにゆるやかな登りと下りを繰り返していた道が、いつからか坂道になっていた。道にはごつごつとした石や岩が増えてきている。

 どうやら山岳地帯が近づいたことで、道の様相も変わってきたのだろう。もしかすると、このまま山道に突入するのかもしれない。夜にはあまり近づくべきじゃない。

「今日はこの辺りで停まっておこうか」

 提案すると、ニトは片頰をぷくっとふくらませた。むむむ、と難しそうな顔をする。

 気持ちはすぐにでも向かいたい。しかし夜の山道を無理に進むことが危険なのも分かる……というせめぎ合いが起きているんだろうな、とニトの内心を予想できるようになったのは、ふたりきりで過ごす旅を続けた成果だろう。

 ニトはぷすっ、と膨らませた頰から息を抜くと、仕方あるまい、と頷いた。

 ぼくは苦笑しながら、ニトの気持ちをなだめるように言う。

「山は逃げないし、時間もたっぷりあるし、まあゆっく」

 途中で言葉を止めたのは、それが見間違いだろうかと思ったからだった。

 海底から見上げたように雲の隙間から光が注ぐ景色に、ちらちらと夕日に赤く照らされるものが見える。それは風に乗ってぼくらのところへやってきて、フロントガラスにぴたりと張り付いた。結晶はほろりと溶ける。

 雪だった。

 ニトが、わっと声をあげた。

「……夏、だよな?」

 ぼくがこの世界に来たころ、雪こそ見なかったけれど季節はやけに寒くて、そのまま春らしい陽気がやってきて、今では半袖になれるくらいの温暖な気候だった。おそらく、冬から夏へ変動していたと思う。

 しかしフロントガラスには次から次へと牡丹雪が降りつけている。ニトは窓に鼻を押し付けて見入っていた。

「……ニト、もしかしてこの世界だと夏に雪が降ったりする?」

「雪ですよ! ケースケ! 雪です! 本当に白くて溶けるんですねっ」

「ああ、うん。あとでまた訊き直すね」

 振り返って答えてくれたのは嬉しいが、望んでいた答えではなかった。いまはそれどころではないくらい興奮しているらしい。どうやらニトは今まで雪を見たことがなかったようだ。となると、季節はさておき、どこにでも降るものじゃないのだろう。

 雪がぽつりぽつりと降る中で、ヤカンがゆるい坂道を登っていく。雪避けができそうな野営場所を探すけれど、どこも吹きさらしの岩場しかない。

 不意に助手席からどっと冷たい風が吹き込んできて、肩が震え上がった。こちとら半袖である。むき出しの二の腕にぞわっと鳥肌が立った。

「なんで窓開けてるかな!?」

 ニトは両手でドアに取り付けられた小ぶりのハンドルをぐるぐると回していた。窓が下がっていく。比例して吹き込む風も増す。

「ケースケ、すごいですね、寒いですね! こんなに冷えた空気は初めてです!」

 と、前髪を風にまくられたために丸いおでこをさらしながら、瞳を無垢に煌めかせて言うものだから、ぼくとしては「寒いから閉めて」とは言えなかった。男には我慢が必要なときもあるのだ。

 降る雪に心を弾ませ、空気が冷たいというだけでここまではしゃぐニトの感受性を、ぼくもいつかは持っていたはずだ。それを失ってしまったことを惜しむべきなのではないだろうか。ぼくはニトの楽しげな様子に微笑んで、寒さを受け入れ……やっぱ寒いわ。

「寒いから閉めてくんない?」

「もうちょっと」

「……もういい?」

「もうちょっと」

「ほら、ニトも寒いでしょ。風邪引いちゃうから」

「もうちょっと」

 まあ、言ったからその通りに閉めてくれるとは限らないわけだ。

 ニトは窓から顔を覗かせるようにして、冷たい風を味わっている。冷えた空気のせいで柔らかな頰と尖った耳がすっかり紅くなっている。けれどちっとも気にした様子はない。おでこや鼻に雪が張りつくたびに、「ひゃっ」と声をあげてはくすくすと笑っている。

 仕方ないな、とぼくはひとりで苦笑を浮かべ、後部座席に手を伸ばした。休憩の時に使った敷き布をひっぱりだし、ニトの膝にかけておいた。

 季節外れの雪を運んできた空はゆっくりと色模様を変えつつあった。いつの間にか何層も重なりあった雲がハヴラッドの頂を隠してしまっている。空の端からは深い藍色の染みが広がり始めていた。

 いっそ、このまま進んで、ハヴラッドの麓に作られた観光街とやらまで行くべきかと迷う。心配なのは、土地勘も外灯も目標もない山道の運転は危ないことだ。

 かといって、降り始めた雪のために、簡単に野営をしようと決めるのも難しい。寝袋はあるけれど、雪山を控えた夜ともなれば、気温が何度まで下がるか予想もできない。防寒用の装備も心許ないし。

 びゅうびゅうと吹き込む風と、ニトのご機嫌な鼻歌を聞きながら、ぼくとしてはわりと真剣に迷っていた。

 以前、陥没した道路に気付かずに突っ込んでしまって、ヤカンが動けない状態になったことがある。あの時は外で寝たって平気な気温だったし、幸運にも助けてくれる人がいた。けれどここは雪山に足をかけるような場所だ。もし、ガレ場で横転したとか、タイヤがパンクしたとかで動けなくなってしまえば、それはもう遭難である。わりと、マジで、命がかかっている。舐めるな雪山。

 よし、ここは風雪がない場所まで引き返そう。明日また登り直せばいい。焦る必要はどこにもない。

「というわけでニト、ぼくらはここで撤退することにした」

「というわけの部分をまるで聞いていないんですけど、あれ、誰かいるんじゃないでしょうか」

 またまたご冗談を、と指差すほうをみやれば、山の青い影に覆われた道の先で、かすかに揺らめく光が見えた。正確な距離は分からない。ただ、その色合いは誰かがランタンを灯しているようである。

 ぼくはスロットレバーを下げてゆっくりとヤカンを停車させた。

「こんな山道に、人?」

「わたしたちと同じで、ハヴラッドを観に来たのかもしれません」

 ニトはようやく寒いという感情を思い出したらしく、子犬のようにぶるりと身体を震わせると、急いでハンドルを回して窓を閉めた。膝にかけた布に気づき、首元まで引き上げた。

「あ、この布、ありがとうございます。あったかいです」

「とりあえず今は、あの灯りを見てしまったぼくらがどうすべきかを検討しよう。それぼくにも半分貸してくれない?」

「さっきから動かないですね。あそこで野営をするのではないでしょうか。すみません、もう定員なんです」

 ニトはもぞもぞと動きながら毛布を背中やお尻の下にまでまわして、すっかりミノムシのようになった。これは渡さぬという強い意志を感じる。

 布は諦めることにして、ぼくは道の先にゆらめく光を見つめた。この先はゆるやかにカーブをしながらも、その勾配はキツくなっている。風除けになりようなものも無さそうだし、一夜を過ごすにはあまり相応しくない場所だ。

「なにかあって立ち往生でもしてるかもしれない」

 かと言って、あそこまで行って確認するのも、少し厄介だ。すっかり宵に包まれるだろう。

「ライトを点けてください」

 ニトが言った。

 たしかにもう暗いのでライトはあった方がいい。メーター横の点灯レバーを上げると、ヤカンの前面が強く照らされた。雪が通り過ぎるたびに細長い影ができた。

「消してください」

「……なんで?」

「試したいので」

「……なにを?」

「理由ばっかり知りたがる人はモテないですよ」

「人生で最高に胸に刺さる言葉をありがとう」

 ぼくは胸を押さえつつライトを消した。

「点けてください」

 ぼくは何も訊かずに明かりを付けた。

「消して」

 途端、鋭く言われて、ぼくは慌ててライトを消した。

 ニトは身を乗り出してじっと道の先を見つめている。

 首を傾げつつもニトの視線を追うと、彼女が集中しているものがわかった。さっきまではただ灯っているだけだった光が、今は短く何度も点滅したり、長く間を置いたり、どうやら同じパターンを繰り返しているようだ。

「ケースケ、困ってるみたいです。助けにいきましょう」

「今ので分かったの?」

 ライトをつけて、スロットルレバーを押し上げた。坂道での発進のために、ブレーキを話すとヤカンはわずかに後退したが、出力をあげると力強い排気音と共に登り始める。

「回光通信というやり方で、光で信号を送って簡単な会話ができるんです」

「きみはウィキペディアか」

「うぃき? ケースケの世界の偉人かなにかですか?」

「……百科事典かな? それで、助けて欲しいって?」

「短い点滅が三回、長い点滅が三回、また短い点滅が三回。これで救援求むの意味です。冒険小説だと定番ですよ。光は遠くからでも視認できますから」

 ニトはやけに嬉しそうに言う。

「……楽しんでるね?」

「そ、そんなことないです。決して、小説で読んだことが現実でも役に立つんだなとか思ってないです」

 つんと澄ました顔を取り繕ってはいるものの、ニトの耳はご機嫌にぴくぴくと動いていた。尖った耳は感情を表現する機能も備わっているらしい。

 ライトを点けていても道の視界は悪い。少しずつ量を増している雪のせいもあるだろう。道の真ん中に転がっている大きな石や、スプーンで掬ったみたいな窪地が突然に光の中に浮かび上がる。だから速度は控えめにして、慎重にハンドルを操作した。

 救難信号を送った主のもとまでたどり着いたころには、どれくらい経っていただろう。道のど真ん中で一台の車が傾いていて、運転席から丸々と着膨れた人が降りてきた。

「ちょっと出てくるね。待ってて」

 念のためニトに言って、ぼくはヤカンから降りてドアを閉めた。

 風雪はまるで吹雪のようになりかけていて、横殴りの雪が尾を引くように視界を埋めている。立っているだけで体温がぐっと冷えるほどの寒さだ。

「なんやあんた、正気か! 半袖なんて信じれんなあ!」

 近づいてきたその人が明るい声音で言った。細目と立派な鼻髭が特徴的なおじさんが、にこにこと笑っていた。

「急に降ってきたもんですから。大丈夫ですか?」

 ぼくは両手で体を抱きしめて、足踏みしながら訊いた。とてもじっとはしていられなかった。

「んなことは後でええから、まずは服を着ぃや兄ちゃん、死んでまうで」

 わっはっは、と底が抜けたみたいによく響く笑い声だった。

 寒さは尋常でなかった。言葉に甘えて後部座席を開けて、服を引っ張り出して着込む。

「……大丈夫そうですか?」

 と心配げに見るニトに頷いて、またドアを閉めた。首元までチャックを上げてフードを被ると、ようやく少しは落ち着ける。

「えらいペラい服やな。大丈夫かいな?」

「大丈夫です、ゴアテックスなんで」

 おじさんは首を傾げた。そりゃこの世界にゴアテックスなんて素材はないから当たり前か。見た目は薄くて軽いけれど、風は通さないし防水加工という、登山ウェアによく使われる素材なのだ。まさにこういう環境で力を発揮するのである。

「タイヤがはまったんですか?」

「暗くて道選びを間違えてしもてな。荷物を積みすぎて車体も重いし、無理して動かしゃ車軸がいかれそうや。ほんで往生しとったときに兄ちゃんのライトが助けに来てくれたんや」

 いや、まさに聖女の施しやな、とおじさんはまた笑った。

「どやろか、抜け出すのに車で引っ張ってもらえんか」

 ぼくはもちろん頷いた。

 車に戻ってヤカンを動かし、おじさんの車の前に付ける。

 後部座席からバックパックを手繰り寄せ、サイドポケットに入れてあるパラコードの束を取り出して外に出た。

 おじさんは自分の車の屋根に山積みにした荷物を見上げ、髭をつまんで捻っていた。

「やっぱ荷物下ろさなあかんやろなあ。繋いだロープがもたんやろ」

「パラコードなんで、たぶん大丈夫ですよ」

「なんや、そのほっそいロープのことか?」

「丈夫なんです、これ」

 と渡すと、おじさんはロープを捻ったり引っ張ったりして、はぁんと感心したように鼻を鳴らした。

「初めて見るわこんなもん。ま、兄ちゃんが言うならやってみよか」

 おじさんの車体とヤカンの後部をパラコードで結び、長さの許す限り厳重に重ねて、ヤカンに戻る。

 おじさんもまた車に戻り、ライトが点滅された。準備良しの合図なのはすぐに分かったので、ゆっくりとスロットルレバーを押し上げた。ゆるりと動いた車体はある地点でぐっと背後に引かれて動かなくなった。

「……大丈夫そうですか?」

 ニトがいくらかの不安を宿した瞳でぼくを見上げた。

「もちろん」

 と答えつつも、残念ながら断言はできない。なにしろ初めての経験だ。ただ、ヤカンを修理してもらったとき、蒸気工場の主であるヴァンダイクさんから運転のコツを教えてもらっていた。それを実行してみるしかない。

 やってはいけないのは、急に出力をあげることだ。ハンドルは手でしっかりと固定して、タイヤはまっすぐに向ける。ゆっくり、ゆっくりとスロットルレバーを押し上げていく。後ろでおじさんの車も同じようにしているはずだ。ハマったタイヤが動くたびに、ヤカンもまた前後に揺れた。力が拮抗しているのだ。

 揺れる動きでリズムを図りながら、ぐいと前に体重が移ったとき、さらにレバーを押し上げた。ボンネットの下でピストンがかつてないほど激しく動き、排煙菅から白い煙が吐き出された。ぐっ、と一瞬の静止があって、車が急に加速した。

 ふあっ、とニトが悲鳴をあげるのと、ぼくがスロットルレバーを下げるのと、どっちが早かったろう。ブレーキを踏んでヤカンを停めて、サイドミラーを確認する。ライトが何度も点滅していた。おじさんが喜びを表現しているらしくて、ぼくは思わず苦笑した。

「ほら、うまくいったでしょ」

 助手席を見ると、布を巻き付けたミノムシ状態のニトがほとんどシートに寝転んでいるような状態でうらめしそうにぼくを見ていた。ヤカンの急発進と急停止の勢いでずり落ちたらしい。

「……車にシートベルトは必要だね」

「……なんですか、それ」

「あと五十年もすれば知ってたと思う」

 サイドミラーに、片手をぶんぶんと回しながら駆け寄ってくるおじさんが見えた。あっはっは、と、笑い声が響いてくる。

 車を降りると、おじさんはぼくの肩をばしばしと力強く叩いた。

「いや助かったわ! ほんま兄ちゃんが通ってくれてよかったよかった! こんな時分にここにおるっちゅうことは、あれか、兄ちゃんもチェルヴィーノホテルか!」

 おじさんの言葉に心当たりはもちろんなかった。ぼくは首を振る。

「なんや、知らんで来とるんか。でもま、雪も降り出したし、早めに屋根のあるとこに入らんとな、凍死や。ついてきや!」

 おじさんは小走りで車に戻っていった。

 今更ながらに、おじさんの方言を混ぜ合わせたような話し方はどういうことなんだろう。と首を傾げつつも、ぼくも車に戻る。おじさんがゆっくりと進む後ろに付いていく。

「どこへ行くんですか?」

 すっかりシートに座り直したニトが言った。

「おじさんに寝床の心当たりがあるみたい。ついて来いってさ」

「……これじゃ、外でご飯も食べられませんもんね」

 お腹を押さえながら、ニトは窓の外をみやった。雪は窓に張り付き、その視界を真っ白に埋め始めていた。ワイパーがフロントガラスの雪を拭ってくれるが、吹きつける量に少しずつ負け始めている。

 山肌に沿うように曲がる道を過ぎた時、視界の先に明かりが見えた。それはおじさんが灯していたランタンのようなか弱いものではなくて、煌々と強く、大きく光っている。

「ケースケ、あれ、建物ですよ!」

 とニトが指差した。

 夜に明かりを灯す人工物を見るのは、随分と久しぶりだった。吹く雪の残影の隙間からその姿がよく見えた。四角いシルエットの前面には、円柱を縦に半分に割ったように飛び出した部分があった。側面がガラス張りになっていて、屋内の明かりが灯台のようにぼくらにその存在を教えてくれていたのだ。

「……誰か住んでるってことかな」

 おじさんの車は間違いなくあの明かりを目指していた。

 山道の傾斜は緩やかになり、建物がすぐそこの距離まで来ると、この一帯だけが平地になっていた。だから三階建ての建造物を建てられたのだろう。

 おじさんは、建物の玄関前に駐車した。ぼくもそれに倣って停める。上には張り出した屋根があって、雪も風も途端に止んだ。それだけでも、ほっと息をつくことができる。

「運転、お疲れさまでした」

「どうもどうも。ありがとうございます」

 ニトがぽんぽんとぼくの肩をたたいて労ってくれた。

 玄関は大きな木製の扉になっていて、上部には竜が口を開く姿が飾りとなって取り付けられていた。

 おじさんが降りて、小走りで玄関へと向かっていく。

 ぼくとニトは顔を見合わせてから、二人して玄関横の細窓から明かりの漏れる光景を眺めた。

「……ホテル?」

「……旅館?」

 どちらに近いのかはさておき、宿泊施設なのは間違いないと思った。お洒落で、他人行儀な顔をしていて、見ているだけでちょっとわくわくするような、そういう独特の雰囲気があったのだ。

 と、正面の扉が開いて、黄色い光があふれた。そこには小柄な姿があった。メイド服だった。

「え、メイド服?」

「使用人の方が住んでいるんでしょうか」

 ニトが言った。使用人が住んでいる、という事実も驚きだけれども、そもそもぼくにとってメイド服というのはコスプレという分類にされるイメージだった。それが平然とこうして目の前に現れると、なんともいえないギャップ感に脳が混乱するのである。あれは本物のメイドさんということだろうか。

 おじさんがぼくを振り返り、手招きをした。

「呼んでるみたいだ。ちょっと行ってくるね」

 と降りて小走りに向かう。

 おじさんはぼくを指差しながら、メイド服の女の子に話しかけていた。

「いや、ほんまよかった。まだ生きっとたんやな。わしとこの兄ちゃんと、泊まらせてもらえるかいな?」

「はい、もちろんです。お客様はいつでも歓迎ですよ」

 女の子は胸の前で手を合わせて笑う。駆け寄ってきたぼくを見て、

「花凍えの雪の中、ようこそいらっしゃいました。ぎりぎりでしたね」

 と一礼した。

「ぎりぎり? なにかあるんですか?」

「この雪です。花凍えの雪は一晩止みません」

「やあ、ほんま危なかったわ。こんな雪ん中で放り出されたら死んでまうからな」

 あっはっは、とおじさんが笑う。うふふ、とメイド服の女の子が笑う。ぼくは笑えない。

 そんな話聞いてないですけど……という気持ちでいっぱいである。

 それは例えば、知らないうちにかなり危険なタイミングで山道に入ってしまったこととか、その花凍えの雪が降り始めるぎりぎりの命の危機だったこととか。

 しかしまったく楽しげに笑い合うおじさんと女の子を見ていると、ぼくもまあ、がんばって苦笑いくらいは浮かべておこうかな、という気持ちだった。……へへっ。

 あっ、と女の子が気づいたように声をあげた。

「こんなところで立ち話を失礼しました。お疲れでしょう? お部屋まで案内いたします!」

「お、そんならお願いしよかな。荷物を持ってくるわ」

「……じゃあ、ぼくもそうします」

 ヤカンに戻ってニトに今の話を説明すると、途端にきらきらと瞳を輝かせた。耳をぴくぴくと上下させて、「素敵ですねっ」と鼻息も荒い。

「今日は雪の中でここに閉じ込められるんだよ?」

「わくわくします!」

「……そっか」

 ぼくの心配はまったく杞憂だったようだ。ニトはにんまり笑顔を浮かべたまま、後部座席を漁って荷物の準備を始めた。

 もともと、旅をしている身である。荷物は多くない。ホテルとなれば寝具があるから、テントや寝袋は置いていけるし、必要なものがあればまた取りにくれば良いだけだ。着替えや貴重品だけをバックパックに詰めてドアを閉じた。

「準備できた?」

「はい!」

 と元気よく返事をしたニトは、着替えと画材を詰めたことが一眼でわかるくらい膨れ上がったバッグを背負い、愛用の木製イーゼルを抱えていた。

「……イーゼル、いるかな?」

「必要です!」

「……そっか、それならいいんだけども」

 ニトが満足気だから、たぶん必要なんだろう。

「持とうか?」

「大丈夫ですっ」

 ふんふんと歩いていくニトの跡を追う。玄関にはすでにおじさんが待っていて、やって来たニトを見て、にかりと笑った。

「おうおう、なんや可愛い嬢ちゃんもおったんか」

 ニトはびくっと肩をあげて、すすす……とぼくの背後に回り込んだ。顔だけを覗かせるようにして、

「……ニト、です」

 と自己紹介をした。

「わしはミルドックや。よろしゅうな。兄ちゃんは?」

「ぼくはケースケです。よろしくお願いします」

「おう! なにしろ嫌でもここで一緒に過ごすわけや。仲良くしようや! ファラの嬢ちゃんもな」

「えっ、あ、はい! お願いいたします!」

 メイド服の女の子はファラというらしかった。彼女は玄関を背にして姿勢を正し、深くお辞儀をした。

「改めまして、モン・ハヴラッドの麓に建つ由緒正しき展望ホテル・チェルヴィーノへようこそ」


   φ

 

 案内された部屋は二階の一室だった。中にはベッドと、窓際には書き物机に椅子があるくらいの質素なものだけれど、手入れの行き届いた部屋は居心地がよさそうだ。

 天井にはガラスに囲われた照明があって、わずかにオレンジがかった暖色の光が室内を照らしていた。夜でも明るい室内というだけのことに感動してしまう。

「明るいってだけで嬉しいな」

 ベッドにバックパックを置いて、その横に座った。ベッドは柔らかく体を受け止めてくれる。

 以前、ニトと同じ部屋で寝起きしたこともあったけれど、今日は隣の部屋である。個室が当然のことではあるのだけれど、少しばかりの寂しさを感じてしまうのは、旅のほとんどを一緒に過ごしているからだろう。雪の降る音さえ聞こえそうなくらいの部屋の静けさも一因かもしれない。

 荷物を整理したり、窓から景色を眺めたり、ベッドに寝てみたりといろいろやってはみたものの、退屈さばかりが襲ってくる。ニトがいない時間の過ごし方に慣れていないのだ。

 ドアがノックされた。誰かに部屋を叩かれるという当たり前のことに、ぼくは飛び上がるほどに驚いてしまった。そんな自分に小さく笑いつつ、席を立って扉を開ける。そこにはメイド服の少女が背筋を伸ばして立っている。

「お食事の準備が整いましたので、よろしければ食堂までお越しください」

 ぼくは頷き、ニトに声をかけてから一緒に行くと答えた。ファラは一礼して歩いていく。背中を見送りながら、ぼくは今更ながらにこの状況のおかしさに考えが至る。

 雪山のホテルに、メイド服の少女がひとり。さながらぼくらは迷い込んだ旅人だ。童話やホラー小説ならぼくらは被害者だし、ミステリーとなれば事件が起きるような状況だった。まるで物語のような……なんて表現は陳腐だけれど、実際にそういう状況になると、ちょっと面白い。

 ぼくは部屋を出て、隣の扉をノックして声をかけた。返事からちょっとして、ニトが顔をのぞかせた。食事だと伝えて、一緒に廊下を歩いて食堂に向かう。

 廊下もまた明るく、足元は茶色い絨毯が敷いてあって、歩くたびにふかふかと柔らかい。本当に、滅びつつある世界とは思えない光景だった。それこそぼくの世界のどこかにもこういうホテルはあるはずだ。

 突き当たりに扉があった。開くと、暖かな空気が流れ出した。どういうわけか暖房が効いているようだ。

 ひょいと中を覗くと、そこは古い洋画でしか観たことのない洒落たレストランになっていた。いくつものテーブルと椅子が並び、壁には酒瓶の並んだカウンターバーがある。なにより、前面がガラス張りになっていて、雪の吹きつける光景がはっきりと見えている。ぼくらが山道でみた円柱形の出っ張りはここだったようだ。

「おう、兄ちゃん、こっちやこっち!」

 と、窓際に立っていたミルドックさんが手を振った。ニトはぼくの背後に隠れてしまう。

「こっち座りや、これで宿泊客が勢揃いってわけやな」

 にこやかに話すミルドックさんの前に、三脚が立っていた。そこには長方形の黒い箱がついている。

「それって、カメラですか?」

 ミルドックさんはにっこりと頷き、ぼくに見えるように一歩脇に寄った。近づいて見させてもらう。ぼくの知っているカメラとは形が少し違うようだ。ビデオカメラのように長方形の短い面にレンズがついていて、いまは窓の外に向けられている。右面には大小のくるくると回すハンドルレバーがあって、上面には小さな箱が飛び出すようについていた。

「覗いてみいな」

 どうやらこの小さな箱を覗くものらしい。お辞儀をするように腰をかがめて目を寄せる。

「……おっ」

 その光景に、ぼくは思わず声を漏らした。想像よりもずっと鮮明で、浮き上がるように立体的な光景がそこにあった。正方形に区切られた視界には、窓の外ではなく、ぼくらが映っている。真っ暗な窓に室内の景色が反射しているのだ。カメラを覗くぼくと、その横で笑うミルドッグさんと、好奇心を隠せずそわそわしているニトである。

「……良いですね」

 顔を上げ、ミルドッグさんに言う。彼は髭に唇が隠れるような笑みを浮かべてた。

「良いやろ。このな、カメラを覗くって動作がな、ぐっとくるんや」

 ぐっとくる。

 なるほど、たしかに、ぐっとくるという表現がぴったりかもしれない。

 スマホにはカメラが標準でついているし、ボタンひとつで綺麗な写真を撮ることができた。そんなスマホになくて、この古めかしいカメラにあるのは、小さな暗箱に切り取られた世界を覗き込むという動作だ。

「写真家さんだったんですね」

 ニトがおずおずと言った。

 ミルドッグさんはちょっとばかしの照れを笑い飛ばして髭をこすった。

「なれるもんならなりたかったんやけどなあ。どうも才能はなかったみたいなんや。好きだから撮ってるだけや。下手の横好きちゅうたらそれまでなんやけどな」

 ニトは首を振って答えた。

「好きで撮り続けてるなら、写真家さんです。誰かの許可はいらないと思います」

 まっすぐすぎるほどまっすぐで、あまりに単純明快な言葉に、ミルドッグさんは呆気に取られた顔を見せた。けれどすぐに声をあげて笑い出した。

「せや、せや、たしかになあ! 名乗るのに許可なんかいらんわな、わしは今日から写真家や。お嬢ちゃんは?」

「わたしは絵描きですっ。あと、行商人と旅人を少々」

 誇らしげに胸を張ってニトが宣言する。ミルドッグさんはまた笑い、そらええな、と大きく頷いた。

「兄ちゃんは?」

 と訊かれて、ぼくは曖昧に笑い返して頰を掻いた。

「ぼくにもそういう何かがあれば良かったんですけど……」

「なんや、趣味も生きがいもまだ見つかっとらんのか」

「ええ、そうなんです。自分でも困ってまして」

 ニトが夢中で絵を描いているときなんかは、自分の手が空っぽなことに余計に気づかされたりするものだ。

「そらもう、なんでも試してみるしかないで……ちゅうて、こんな世の中じゃようやらんか」

 ミルドッグさんとぼくは苦笑をかわした。

 言葉にせずとも事情はすっかり分かっていて、その共通の境遇が、出会ったばかりのぼくらに奇妙な共同感をもたらしている。こんな世界で、こんな環境で、こんな場所でなければ、ぼくらはきっと出会うことも話すことも笑い合うこともなく過ごしていたはずだった。

 そのとき、がらがらと車輪が絨毯を噛む音と、金属がこすれる響きがあった。奥の通路からファラがやってきた。キッチンワゴンを押しながらテーブルの前に着くと、ぼくらに一礼した。

「皆様、改めましてようこそいらっしゃいました。こうしてお客様をお迎えするのは久しぶりで、とっても嬉しいです」

「いやいや、嬉しいのはこっちの方や。まさか雪が降るとは思ってもみんかったわ。嬢ちゃんがおらんかったら死んどったかもしれん」

 ミルドッグさんが答えた。

「ここがわたしの家ですので。本当はシェフがお食事を用意するのですが……料理もわたしが担当させていただきます。至らない点がありましたら申し訳ありません」

「細かいことは気にせんでええ。そういう状況やないのはみんな分かっとる。なあ?」

 とミルドックさんがニトに明るい声で言う。

 ニトはその親密さにちょっとばかし戸惑いながらも頷いている。

「……温かい食事がいただけるだけで、すごく嬉しいです」

「そう言っていただけると幸いです。では、配膳させていただきますね」

 ファラはそれぞれの席についたぼくたちへ丁寧に配膳した。それは湯気を立てる乳白色のスープだった。真ん中に、半球状の黄色いドームが浮島のように顔を出している。

「シャグランタンスープでございます」

 と、ファラの言葉に合わせて、各々がスプーンを取った。

 ぼくも「いただきます」と小声で呟いて、スープを口に運ぶ。それはミルクをベースにしたものだった。熱くて濃い味わいは初めて食べるものだ。ほのかな甘みはあるが、かなり強い独特のクセがある。ううん、ちょっと、口に合わないかも。

「ケースケ」

 つんつん、と肘をつつかれた。

 ニトが口元に手を当てて顔をあげるので、ぼくは耳を寄せた。

「シャグランタンは甘みの強い芋のことです。真ん中の塊を溶かしながら飲むんですよ」

「あらやだ」

「……なんですかそれは」

「教えてくれてありがとね」

 ちょっとお高いレストランに来たは良いもののマナーを知らなくて恥をかいた人の気分だ。そんな食べ方だったとは。

 丸い塊にスプーンを差し込むと、ほろりとした感触で崩れた。ポテトサラダのようにも見えるが、これを溶かして飲むということだろうか。

 ニトの皿をちらっと見ると、たしかに、少しずつ溶かして飲んでいるようだ。ニトは背筋を伸ばした姿勢のまま、音も立てずにスプーンでひと混ぜして掬うと、片手で髪を抑えてわずかに身を乗り出し、すっと口に運んだ。

「……なにをじっと見ているんですか?」

「いや、綺麗に飲むなと思って」

 その所作は無理がなく自然だった。気取っているとか、知っている通りにやっているとかではなくて、身体にすっかり馴染んだ動きに見えた。

「……あんまりこっちを見ないでください」

 頰を赤くしたニトに「むっ」とにらまれた。

 そりゃ食事シーンをまじまじと見るのはマナー違反だった。ぼくも見られたくない。一言謝ってから、ニトを真似てシャグランタンを溶かし、改めて口に運ぶ。

「おっ」

 スープは熱々なのに、シャグランタンは冷やしてあるらしい。混ぜることでほどよい温度になった。芋が溶けたスープはわずかにとろみがついていて、それが舌にしっかりとした味わいを感じさせてくれる。シャグランタンそのものはデザートにも通じる濃厚な甘みなのに、ミルクスープが後味を驚くほどさっぱりさせていた。さっきは臭みに感じられた味わいなのに、この芋の強い甘みと混じると、それが濃厚さを増すためのアクセントになっている。

「……美味しい」

「本当ですか? よかった」

 思わず漏れた呟きに、ファラの返事があった。

「繊細な味がする。混ぜて飲むって面白いなあ」

 料理はそれから、サラダ、グラタン、肉料理、デザートを続いた。食材はもちろん缶詰や冷凍のものだろうけれど、今までに食べたことがないほど豪華で、もちろん美味しかった。

 食後には熱い紅茶が出された。それぞれに小さな器が二種類、添えられている。それをスプーンで掬って紅茶に溶かしたり、ちょっとずつ舐めるようにして飲むのだ。

 横でニトが「んーっ!」とこっそり身悶えている。ニトは甘いものが大好きなのだ。しかし、日頃の探索では甘いものはあまり見つからない。誰もが早々に食べてしまうのだと思う。こういうジャムやお菓子は貴重なのだ。

 せっかくなので、器を二つともニトの方に押しやった。

 きょとんとした顔がぼくを見返している。

「食べていいよ。ぼくはもうお腹いっぱいだから」

 ニトは「ぱあ」っと顔を明るくしたが、次の瞬間には緩んだ口元にぐっと力を入れた。

「……う、うそです。ケースケはわたしに気をつかってます。ちゃんと食べてください」

「そっか。ニトがいらないなら仕方ない。無理して食べようかな」

 と、手を伸ばすと、ニトは俊敏な動きで器を引き寄せた。

「いらないとは言ってないです。ケースケが無理して食べるなら、わたしが美味しく食べます。しかたないですね」

 にこにこ笑顔でスプーンを握るニトに、ぼくは思わず吹き出しそうになった。幸せそうでなによりだ。

 ぼくらがすっかりお腹いっぱいになるのを、ファラはにこにこと眺めていた。

「今はひとりでここに?」

 ぼくが訊くと、ファラは頷いた。その表情に寂しさはあっても、悲壮感のようなものは感じられない。

「他のみんなは故郷を目指してすっかり出て行ってしまいました。でもわたしはこのホテルで育ったので、ここが生まれ故郷のようなものなんです」

「ここで育った……?」

 ニトが首を傾げた。

「はい。五歳くらいから」

「じゃあ、ご両親もこのホテルで働いてたとか」

「いえ、母だけです。父は出稼ぎに行ったきりで」

「……あー、ごめん」

 いえ、とファラは首を振る。うっかり繊細な問題に踏み込んでしまった。

「お嬢ちゃんは、その父親のことを覚えとるんか」

 ぼくが遠慮したのに、隣のミルドッグさんが土足でがっつりと踏み込んでいた。目を丸くしたのはぼくとニトで、ファラは苦笑さえ浮かべて首を振った。

「いえ、それがさっぱり。顔も思い出せないんです。母からよく、話は聞いていたんですけど」

「……憎んどるか?」

「まさか! 数年前から手紙が来ていたんです。わたしが返事を送り返したら、それにまた返事がきて。手紙でしかお父さんを知らないなんて不思議ですけど、でも、憎んでなんかいませんよ。せめてひと目、会いたかったなあとは思いますけど」

 気恥ずかしかったように小さく笑って、ファラは空の食器をワゴンに載せた。

 実はな、と、ミルドッグさんが切り出した。

 懐から小さな木の板を取りだした。それは二つ折りになっていて、ミルドッグさんの手で開かれたその中には、一枚の白黒の写真が挟んであった。

 ファラはきょとんとした顔でそれを見下ろし、ミルドッグさんの顔をうかがった。

「こいつが、ケラウェイや」

 ファラが目を丸くし、口をぽかんと開いた。

 写真にはひとりの男性が映っていた。長身で、癖のある前髪をなでつけて、歯を見せて笑っていた。

「……おとう、さん?」

 ぽつりとファラが言う。

 ミルドッグさんが頷いた。穏やかな声音で言う。

「古い知り合いなんや。ハヴラッドのホテルに家族がおるっちゅう話を何度も聞いたわ。大事な娘がおるっちゅうてな……そんで、まあ、世界がこうなったやろ。急にこいつから手紙が届いてな。わしが撮った写真を、娘に届けてほしいちゅうて」

「……そう、だったんですか」

「本当はな、あいつも自分で会いに来たいと言うとった。それは本当や。ずっと嬢ちゃんのことを想っとった。でもな、どうにもならん事情もあったんや」

 ミルドッグさんが差し出した写真を、ファラはおずおずと受け取った。見つめる瞳にどんな感情があるのかは、推測もできなかった。喜ぶにも、悲しむにも、難しい。確かなのは、そこに映る人は、もうこの世にはいないということなのだから。

「あの、父の話を聞いても?」

「もちろんや。わしはそれを伝えるために来たんやからな」

 ちょいちょいと袖を引かれた。見やれば、ニトが少しばかり居心地悪そうにしていた。それはぼくも同じだった。ひどく個人的な話を盗み聞きするようなものだ。

 ぼくらは小さく頷き合って席を立って、食堂をあとにした。

 

   φ


 翌朝の窓の外は一面に白く染まっていたが、雪は止んで青天がひろがっている。窓に触れるとキンと冷たい。景色も気温も冬のものなのに、高く澄んだ空ばかりは夏のそれだった。

 控えめなノックが響いた。返事をすると、静かに開けられた扉の隙間からニトが顔を覗かせた。長い髪を首元でひとつ結びにしている。

「おはようございます」

「おはよう。髪型、珍しいね」

 ああ、これは、いえ、と、ニトはぱたぱたと手をはためかせてから、慣れない様子で首元に触れた。

「その、首に触れる髪が冷たくて……似合わない、でしょうか?」

「とんでもない。よく似合ってるよ」

 事実、髪を結んだニトは活発的な印象を感じさせる。新たな一面が見えて、新鮮な気持ちだ。だから素直に答えたのだけれど、それはいささか、直球すぎたのかもしれない。

 ニトは「もっ」と詰まった声をあげた。むうと眉間にシワを寄せ、ほっぺたを膨らませてぼくを睨んだ。それが照れ隠しの表情だと分かったのは付き合いの時間の長さのおかげではなく、頰がすっかり赤かったからだ。

 ニトが口を開けた。こういう場合、ニトは豊富な語彙でぼくを罵るのだ。分かってる。

「なんや、ふたりとも早起きやな」

「ぴゃっ!?」

 ニトは猫のように飛び上がった。慌てながらも俊敏に駆け出し、ぼくの背後に回り込んだ。

「あれ、ミルドッグさん。おはようございます。どうされたんですか」

「歳とるとな、朝にすぐ目が覚めるねんや。そんでま、散歩ついでにこれを持ってきたんやわ」

 言って掲げるのは、昨日のカメラと三脚だった。

 ミルドッグさんはちょっと部屋に踏み入って、そこに三脚を据えた。カメラのレンズがぼくらを見ている。

「ちょっとな、写真を撮らせてほしいねん」

「はあ……べつにいいですけども」

「そかそか! それはよかった。ふたりで並んでくれるか」

 機嫌も良さそうに笑って、ミルドッグさんがカメラを覗き込んだ。レンズのリングを調整している。

「しゃ、写真、ですか」

 ニトがぼそりと言った。

「苦手?」

「……始めてです。どうせなら、もっとお洒落をしたかったです」

 そういうところはやっぱり女の子だなあ、と微笑ましくなる。

「大丈夫。可愛いよ」

 と精一杯褒めてみたのだけれど、ニトは平然と首を振った。

「いえ、そういうことではなくて。写真に撮ってもらう機会は一生に一度なんてこともあるんです。ですから精一杯にお洒落をするのが普通なんです」

 どうやらぼくは根本的に写真に対する価値観が違っていたらしい。そりゃそうか。誰でもカメラを持っていて、気軽に自分の写真が撮れるような時代じゃないのだ、ここは。

「まあ、まあ、気軽にしてや。楽しまな損やで。ほれ、もうちょっとくっつきや」

 言われてニトの方に身を寄せる。肩が触れ合って、ニトが身を硬くしたのが伝わる。ちらりと見れば、レンズを見るニトの表情は硬くて、背筋はいつも以上にぴんと伸びていた。そんな様子が微笑ましい。

 ぼくはその気持ちのままにレンズを見つめた。べつに笑う必要はないだろう。柔らかい表情をしていることが、自分でよく分かる。

「よっしゃ、撮るで」

 ミルドッグさんがシャッターボタンを押した。

 ぱしゃこん。

 と、軽快な音がした。それでたぶん、ぼくとニトの写真が、その小さな箱の中に写し撮られたはずだった。

 隣でニトがふう、と息を吐いた。

「緊張してたね」

「……誰だってするものです。ケースケがにぶちんなんですっ」

 ぼくらのやりとりにミルドッグさんが笑った。それからぼくを手招きする。

 近寄ると、ミルドッグさんはカメラのあちこちを指差しながら、役割や操作方法をひとつずつ説明し始めた。突然のことに戸惑いながらも頷いて聞く。設定画面なんてものはないから、デジカメよりはもちろんシンプルなんだろうけれど、ひとつひとつの操作にまるで作法のように明確な手順があった。

「それじゃ、やってみい」

 と言われて、ぼくはおずおずとカメラに手を伸ばす。冬の温度に冷え切った金属に触れた指がぴりっと痺れる。

 腰をかがめて覗き込むと、こちらをきょとんと見つめ返すニトがいる。ピントを調整する必要もないので、ぼくはシャッターボタンに手をかけた。押し込む瞬間にニトが気付いて俊敏な動きでしゃがんでしまったために、誰もいない窓際の光景に向けてぱしゃこんと響き、画面が暗転した。

「なんで避けちゃうかな」

「い、いきなり撮るのは卑怯です! 心の準備があるんですよ!?」

「自然なニトを撮りたかったんだ。緊張しなかったでしょ」

「からかってます!?」

 詰め寄るニトに、ぼくはつい笑ってしまって、それでまたニトがむくれてしまう。

「上等や。フィルムの替え方はあとで教えたるわ。まずは残った分を撮りきらんとな」

 ミルドッグさんはぽんぽんとカメラを叩いた。

「これ、兄ちゃんにやるわ」

「……はい?」

「なにしろ命の恩人やからな。楽しいで、写真っちゅうのは。世界を見る目が一個増えるようなもんや」

「いや、そりゃ楽しそうですけど、貰えませんよ、大事なものでしょう?」

「カメラはぎょうさん車に積んどるわ。気にせんでええて」

 わっはっは、とミルドッグさんは笑う。

「この世界の景色、悪くないやろ? 異世界っちゅうとこと比べても」

 何気ない一言に、ぼくは目を見開いた。まったく、どこで分かったのだろう。

 ミルドッグさんは続けて、ニトに顔を向けた。

「嬢ちゃんもおおきにな。気付いたのに黙っててくれたやろ」

 ニトの返事を待たず、ミルドッグさんは部屋を出て行った。目の前には三脚に乗ったカメラが残されていて、ぼくはそれを見つめるばかりである。

「……気付いたのにって、何のこと?」

 ニトは逡巡して、わずかに視線を落とした。

「あの、ファラさんのお父さんの写真、です」

「……それが?」

 何の変哲もない写真だったように思う。

「写真は普通、誰かと撮るものなんです。家族とか、大勢で。でもひとりだけで撮る写真というのもあって」

 ニトは言い出しにくい言葉のざらつきを誤魔化すように、ひとつに結んだ髪を掴み、胸の前にさらりと流した。

「……刑務所で、重犯罪人は、ああしてひとりきりで写真を撮られるそうです。逃げ出した時に手配書に使えるように」

 ぼくは返事に詰まった。

「それは、となると……」

 出稼ぎに出たきり、ファラのお父さんが戻ってこなかった理由は、つまり、そういうことなのだろう。そしてその人の写真を撮ったのがミルドッグさんだとすれば、どうして二人が知り合いだったのか、いくらかの推測はできた。

「そっか」

 と、ぼくは頷きを返す。

 推測は、たしかにできた。けれどそれは写真で切り取った景色のように、断片的な事実の一部ということでしかない。どんな事情があったのかなんてことを、ぼくらが知ることはできない。写真に写る人は笑みを浮かべているだけだ。それ以上を語りかけることはない。

 刑務所。それはきっと、閉じられた世界なんだろう。広い世界の中で、もっとも狭い場所かもしれない。ずっとそこにいるしかない人たちと、その人たちの写真を撮る人。そんな人生を、ぼくは考えたこともなかった。

「……写真って、不思議です」とニトが言った。「人や、物や、景色や、光を閉じ込めて、時間も場所も違う場所で、それを見られるんですから」

「そうだね。本当に、不思議だ」

 目の前のカメラに手を伸ばす。

 この小さな箱の中で光景は時間を止めて、ずっとそのままに残るのだ。それは人の記憶よりも長く、思い出よりも色鮮やかに。それがいつか誰かに届いて、何かを語りかけることもあるのかは、分からないけれど。ずっとこの場所で生きていた女の子に、父の姿を見せることはできる。

 ミルドッグさんに教えられた通りに、ぼくはカメラを操作する。小さなハンドルを回してフィルムを装填し、腰をかがめて覗き込む。レンズのリングを回してピントを少し調整すれば、窓から溢れた朝日の中に立つニトがいる。真っ白な光があふれている。

 その光を、いつまでも閉じ込めておこうとぼくは思った。やがてすべてが消えてしまっても、この瞬間の光はこの中に残るのだ。ぼくがこうして見つめた光が。

「一枚、撮っていい?」

 声をかけると、ニトは唇を尖らせて、それでも小さく頷いた。両手を後ろに回して気恥ずかしげに視線を逸らせるその表情に、ぼくはシャッターを切った。

 

 

 

 了

 

 



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