昔読んだ本、発掘記
石束
一冊目 『富豪刑事』
捜索対象:筒井康隆著『富豪刑事』
わたしは、昔読んだ文庫本を段ボールに詰めて自室の隅に積んでいます。
本棚のキャパを越えた故に講じた方策でしたが、しょせんはその場しのぎ。すこし時間がたつとどの箱に何が入っているのかわからなくなりました。
では、そのあたりにありそうな本が、読みたくなったらどうしていたのか?
正直自分で探すよりも、近所の公立図書館に行った方が早いので、借りにいってました。
ところが昨今の状況で図書館が閉館になってしまったのです。読みたい本がすぐ読めません。少々困りました。いつまで現在の状況が続くかも、わかりません。
そこで、これを機会に本の整理をして、もう少し探しやすくしようと思い立ちました。
現在のところの『捜索対象』は『骨』『復活の日』(小松左京著)『富豪刑事』『俺の血は他人の血』(筒井康隆著)『山の上の交響楽』(中井紀夫著)『妄想銀行』『ボッコちゃん』(星新一著)『ふるさとは水の星』(森下一仁著)『虹色の地獄』『ドルロイの嵐』(高千穂遥著)
見事に古いSFばっかりです。 ……どれも何べんも読み返してだいたいオチも知っているのに、いざ読めないとなると気になって仕方ない。ラノベとか、歴史小説とか時代小説、伊坂ミステリーとかガリレオシリーズとかはどこにあるかわかっているのにそっちの方には気が向かないのです。
なぜか、見当たらない本ばかり気になってしかありません。
――そんなわけでゴールデンウイークの貴重な半日を費やして。
最初に見つかったのは、この春、『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』のタイトルで、アニメ化された筒井康隆さんの『富豪刑事』でした。
正直、アニメを見た時は、
「こんな話だっけか?」
と思いました。
葉巻吸ってるイメージしか一致するところがありません。
あの葉巻、一本、8500円するんですよね。今ならいくらなんだろう? 高くなってるのか安くなってるのか(笑) 1ドル200円の時代で42.5ドルなら、今は4500円くらい? コイーバ(※)のすっごく高いのならそのくらいするらしいけど……ん? いや、ちがうか。通販で買えるのってひと箱の値段だよな。
あれはキューバにたばこ畑かなんか持ってて、プライベートで作らせてるとかいうレベルやんな。
そんなどうでもいい所ばっかり気になりつつ(笑)、文庫本を必死に探すことになりました。とはいえ。ミステリのあらすじを未読の沢山の人に向けて拡散するとか鬼畜の所業に他ならないので、其の脇のお話しか書けないのです。
つまりは、これはそういう非常に縛りの多い、エッセイというか感想文だったりします。
また、これを日記ではなく、エッセイとして上げさせていただいたのは、このあたりの小説を読む人、読んだ人がカクヨム界隈のどのくらいおられるのかと思ったのです。
もしも、現在捜索中の小説のいずれかが琴線に触れたりして、「いやいや、自分ならコレを読むよ。コレを読んだらいいと思うよ」などと思われたのなら、私の文章への感想なんぞすっぱり捨てていただいて、思い出された「おススメ」をおしえていただけると嬉しいです。
むしろその方がうれしいです。
※葉巻というか「コイーバ」については『ギャラリーフェイク』のとあるエピソードで知ってるだけです。
◇◆◇
主人公「神戸大助」は、大富豪・神戸喜久右衛門の息子でありながら、公務員の警察官(刑事)。タイトルの「富豪刑事」はあまりに常人離れした金銭感覚から署内でついたあだ名。普通に好青年で常識人であるが、金銭感覚だけがおかしい。財産を惜しげもなく使った捜査を提案し、難事件を解決に導く。
と四行で書くとこんな感じのお話です。
『富豪刑事』が発表されたのは、1975年から1977年のことです。
筒井先生の仮想敵(笑)が、同時代の警察小説か、テレビドラマだったのかはわかりません。
ですが、簡潔で明快で、セリフのニュアンスと肩書だけで人物像を構築して進行の「スピード感」を上げる手法は、ミステリーというよりは日本SFの手法です。
情報提供者たる上司や同僚の刑事たちの描写は極限まで絞り込まれていて、むしろ二時間ドラマをテレビで見ているような気がします。
まあ、個人的には、おじいちゃんと鈴江さんの描写だけ濃かったらいいので、これで何の不都合もありません。
さて。
小説発表当時、テレビの「刑事もの」といえば、『太陽にほえろ!』。
七曲署にテキサスとかスコッチがいた頃です。
刑事ものの双璧たる『特捜最前線』は、1977年開始です。
その後、刑事もののドラマはめんめんと作られ続けました。
『ジャングル』(太陽にほえろ!の後番組)1987年2月27日から12月25日
『西部警察』が、1979年10月から1984年10月
『私鉄沿線97分署』は、1984年10月28日から1986年9月14日
『京都殺人案内』が1979年から
『あぶない刑事』は1986年10月から
『はぐれ刑事純情派』は1988年
『刑事貴族』は、1990年4月13日から
『警部補古畑任三郎』が1994年4月13日
『はみだし刑事情熱系』は1996年
『踊る大捜査線』は1997年
『科捜研の女シリーズ』1999年
『相棒』は、2000年開始
大雑把に拾ってみました。ほかにも映画とか二時間ドラマとかも複雑に絡んできそうですが、刑事ドラマ観というか、警察ドラマ像みたいなものがずいぶん変遷しています。
そのように、刑事ものが個性と差別化と目指して多様化、あるいは専門化したり複雑化したりする中、
2005年1月13日についに、深田恭子さん主演の『富豪刑事』が、そして、その後『富豪刑事デラックス』が制作されるわけです。
狭い範囲ですが、私の見た限り『富豪刑事』最初の映像化。これもまた、多様化した刑事ものの一つとしてのドラマ化だったのじゃないかと思います。時期的にバブル景気の最後あたりなのは、世相に対しての反省と皮肉の両方を含んでいるような気がします。
さて。
今回富豪刑事はアニメになるのですが、刑事や警官が主役のアニメというはいつ頃から出てきたのだろうかと、ふと気になりました。
そらもう。遡ったら『8マン』や『ロボット刑事』とかまで行ってしまうような気がしますが、ちょっと方向性が違うような気がします。近いところでは『未来警察ウラシマン』が1983年。
……わかってますよ。
『なにを寄り道しているんだ』っておっしゃるんでしょう? 書きますとも。
『機動警察パトレイバー』1988年、初期OVAリリース。
『機動警察パトレイバー the Movie』1989年 公開。
『機動警察パトレイバー』(TVシリーズ)は1989年10月11日~1990年9月26日放映
以後OVA第二シリーズ展開開始。
『機動警察パトレイバー2 the Movie』公開が 1993年
『WXIII 機動警察パトレイバー』は2002年
パトレイバーが刑事ものであるかといえば、同じ警察組織の一員といえど、主人公たちの所属は「警備部特車二課」で、「事件」が彼らのもとにたどり着くときは、どうしようもなく大事になっているか終わっているかです。アニメでもコミックの方でも、立地条件と組織図の両方の観点で事件現場から遠く離れた彼らをどうやって犯罪事件に絡ませるか、というところがパトレイバーのストーリー上のハードルでした。
(そこをクリアして王道を実現しているからこそ『the Movie』は今なお揺るぎない傑作なのだと思います)
この点でいえば、事件現場に駆けつけて真相めがけて事件を追う「刑事もの」とは本来違いますが、警察もののアニメとしてはターニングポイントといってよいかと。
この流れで、アニメの方の『刑事もの』の流れを追ってみます。
パトレイバーが一息ついた1990年代にも警察を舞台にしたアニメが放映されます。
『逮捕しちゃうぞ』(1996年秋TV 94年にOVAあり)も「交通課」ですが、これも警察を舞台としたアニメとしては避けて通れません。今は上げられていない勝鬨橋を上げる話は劇場版の『逮捕しちゃうぞ the Movie』です。
勝鬨橋を上げる話は、漫画だと他に『こち亀』の連載700回記念回(1990年)があります。こち亀の最初のアニメ化もやはり1996年です。こっちも最初のTVシリーズで勝鬨橋を上げてたような気がします。
東京が舞台の警察アニメだと一回ぐらい上げておかねば、という伝統が生まれそうな気がします。
(『パトレイバー』では爆撃して壊してましたが)
こうしてみると、テレビドラマの刑事ものが専門家集団になり分業化しリアル指向になるのに合わせて、「正義の味方」的な、ある意味ファンタジーな警察観がアニメに引っ越してきた来たような気さえしてきます(笑)
◆◇◆
主人公が警察組織の一員であるというアニメも2000年ころから増えてきます。
もともとバイプレーヤーとしての警察はアニメは不可欠です。
『ルパン三世』『名探偵コナン』『金田一少年の事件簿』とか、サポート組織とか敵対組織としての警察をどう関連付けたらいいかわからなかったので触れませんでしたが、アニメにおける警察とか犯罪捜査もののイメージを確立するうえでは大きな割合をしめているとおもいます。
さらに現在では背広か制服姿で、調査をして真実に迫るという刑事像もアニメの中で存在感を増してきました。
『秘密 ~The Revelation~』(2008年4月8日)
『PSYCHO-PASS サイコパス』(2012年)以降 刑事ものも新作アニメにラインナップされるようになりました。
『攻殻機動隊』は『GHOST IN THE SHELL』は1995年秋ですが群像劇としての色が濃くなる『STAND ALONE COMPLEX』は2002年秋。
これも現在の警察組織対犯罪組織をテーマとするアニメに与えた影響は大きいでしょう。
こうした積み重ねの上で、アニメの「刑事もの」は受け入れられてきたのだと思います。
アニメ側に刑事ものを作る技術や知識が蓄えられ、作られたものを受け入れる市場が生まれ。
見ている側にも「ああ、刑事ものだ」と無理なく安心して受け取る準備ができた。
それでいて、どことなく「太陽にほえろ!」の頃の、現在のTVドラマの刑事ものがどこかに置き忘れてきた無謀な真っすぐさも、今のアニメの「刑事もの」中には残されているようにも感じます。
そして。小説『富豪刑事』は、そんなアスファルトの上を全力疾走する若い刑事が、逃げる犯人にとびかかっていた時代に生まれた物語です。
そうでありながら、全速力で走る背中を冷めた目で、皮肉な視線で眺める物語でもあります。
そう思ってあらためて読み返すと、小説の中の『神戸大助』は無茶苦茶な資産と金銭感覚を持つ以外は極めて常識的で優秀な新米警察官です。ただし、走ってとびかかるようなマネをしない上に、いつも醒めているあたりは、筒井作品らしく時代に背く異端だったのだろうと思います。
刑事もののイメージが変わってきたように、『お金持ち』のイメージも様変わりしました。
大金と聞いて思い浮かべる金額もケタが違います。
そして無限の富がもたらす力の使い方も変わりました。
令和時代に復活した富豪刑事はアニメになりました。その『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』がどんなお話になるかは現時点ではわかりません。何が残るのか何が増えるのか、どこで踏みとどまりどこを越えていくのか。
莫大な財力を背景にすべてのしがらみを超越し、それゆえに最適解に最短でたどり着く神戸は、しかし、その力に価値を見出していない。
過去の傷に苦しみながら、拠り所を警察官の理想に求めながら、その理想にすら縛られながら、答えにたどり着けずにもがく、オリジナルキャラクター、加藤。
アニメ版富豪刑事が仮想敵とするのは、今の時代のどんな『刑事像』『警察観』なのか?
本当に楽しみです。(令和二年五月四日)
さて。考えていたことを吐き出して満足したので、次の本を探します。
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