二冊目 『妄想銀行』他

 捜索対象:星新一著『妄想銀行』


 昔読んだ本、捜索二日目(五月五日)。

 午前中、うっかり『スローカーブを、もう一球 』( 山際 淳司著 角川文庫)を見つけてしまって、作業が止まる。


 ……だって、スポーツ・ノンフィクションの傑作だよ? 表題作もいいけど、なんといってもこれには『江夏の21球』が載っているんです! 

 YouTubeで当時の動画探すやん! 動画の音流しながら読みますやん!(不変の真理のように、断言)


 ――実際のところ。

 日本シリーズは毎年やっているわけで、これ以降も劇的な試合はあるわけです。中継見ているだけでは選手の内心やら監督の思考やらはわからないわけで、内幕とかが知れるものなら知りたいというのは一回二回ではありません。

 たとえば最近再放送していましたが、「2007日本シリーズ 夢の“完全試合”V」(『夢』というプラスの言葉ではあっても座りの悪い言葉を頭につけているのは、『幻の』と付けてしまうと試合の内容や監督や選手を非難しているように見えるからではないか、と邪推)。名将落合監督の指揮下で中日ドラゴンズが強かった時代。特徴的な采配で色々物議を醸していた中でも、特に異彩を放つゲームが『コレ』です。土壇場の最終回、一体何がどうして、なんであんなことになったのか、誰か教えてくれないかと切実におもっ(長くなりそうだったので自重)


 とにかく、どんな名勝負であれ、数限りなくある試合の記憶の中の一つに過ぎないわけです。


 にもかかわらず、あの近鉄広島の日本シリーズ最終戦が伝説になった理由は、名将同士の知力を尽くした激突だったり、両チームがタレントぞろいだったり、江夏豊という不世出のストッパーだったりといっぱいありますが、なによりも山際淳司さんがこの一編を書いてくださったからだとおもいます。そうでなければ、野球とかスポーツの分野を越えて今も記憶に刻まれる一大決戦にはならなかったのじゃないかと思います。

 また「これほどに複雑で濃厚な人間ドラマが、たったあれだけの時間と場所に存在しているんだ」とスポーツを見る目を一変させたというか、あらたな視点を開いたのじゃないかと思うのです。


 ネットで当時の動画を見る事もできますし、選手のプロフィールやこの年の成績もわかります。できれば最終回までの流れやそこまでのシリーズの経過もみたりしつつ読んでいただけると楽しんじゃないかと。

 昔のノンフェクションを読む時の面倒と快楽は表裏一体(笑)ですので、この際、思いっきり深みにハマっていただいた方がより面白いと思います。


「なんかいいノンフィクションみたいなー」と思われたら、ぜひこの機会に一読をお進めします。


 ……とかくも見事に脱線したのですが。その後、ぼちぼちと捜索を続けた結果。


 開いた段ボールから『ちぐはぐな部品』『ごたごた気流』が出てきて、

「ああ、出てきた出てきた♪」と、

順番に下の方に進んでいくと(創元版の『銀河英雄伝説』※とか出てきて深みにはまりそうになりつつも)ようやく『妄想銀行』が出てきました。


『ちぐはぐな部品』『ごたごた気流』そして『妄想銀行』は星新一さんのショートショート集です。


※ 結局我慢できなくて『 ダゴン星域会戦記』だけ読んだ。


 ◇◆◇


 ショートショート、という分野はべつにSFに限ったものではありません。

 特に読者人口が若い人を中心に増え続けている現在、気楽に読めて満足度の高い短編集があちこちで編まれています。

 特にミステリーの分野では活躍中の作家さんがいっぱい書いてくださっていて、思いつくままに上げてみれば――

 東野圭吾、伊坂幸太郎、歌野晶午、乙一、米澤穂信(以上敬称略でごめんなさい)もう、キリがない。


 この辺をまとめて七冊ばかり借りてくれば、お家時間なんぞ「へ」でもありません。


 ――だがしかし。


 今、わたしの魂が求めているのは、この方々ではないのです。もっともっと、からっからに乾いた、ぎりぎりまでキャラクターも情感も背景もそぎ落とした、言葉だけで紡がれるゾクゾクなのです!


 そこで、それゆえに、『星新一』!

 わたしは今こそ、あの人の『ショートショート』が読みたい。


 ◇◆◇


 とはいえ。ショートショートのあらすじを未読の沢山の人に向かって公開するとか、鬼畜の所業にほかならないので(またか)、脇道の話しか書けないのですが。


 星新一さんは、ご存じの方にはいわずもがなですが、現代日本SF黎明期の作家さんのうちのおひとり。

 1001編のショートショートを書かれた掌編小説の神様です。

 SFの、SF御三家の、とはいうものの、必ずしもサイエンス・フィクションなわけでもなく、日常と非日常の間を行ったり来たりする「少し不思議」な世界観で、読み終わった後で、ため息をついたり唸ったりと、人生や社会や未来について色んなことが浮かんでくるお話が多いです。

 SFを自分の分野として活動されたきっかけはレイ・ブラッドベリの『火星年代記』を読んで感銘を受けたからだったそうです。この影響でわたしも高校時代『火星年代記』を持って歩いてました。今でも個人的に、男子が持っていても恥ずかしくない文庫本ナンバーワンだと思ってます。

 皮肉がキイていてブラックでナンセンスで、なんて批評を聞いたりします。実際に読んだ後で何とも言えないもやもやした感慨が残る話もありますが、それだけでもありません。

 人情噺的というわけではありませんが、欲望には報いがあり、善意には善果が帰りと、起承転結だけではなく、情緒というか善悪の価値観という分野できちんと落ちるべきところでオチていて、一話ごとに完成されています。

 その上で、何か刺さると感じるのであれば、それは読んでいるわたし達が常日頃感じていながら目をそらしていることを、的確に、そして容赦なく抉ってくるからでしょう。

 今なお普遍的な価値をこれらの小説が持っているのは、星新一という作家が人と社会の、時代を越えて変わらない本質をとらえて、最後まで逃さなかったという事なのだと思います。


 また、ショートショートを読むたび惹かれてやまないのが、その文章。

 丹念に組み上げられた文章は一部の隙もないモザイクのようで、短いからこそ、一字一句をゆるがせにしない。執念すらも感じます。


 ネット小説が最盛期というか戦国期というか爛熟期というか頽廃期というか、そんな時代を迎えつつある現在。

 カクヨムに集っている人々はその渦中、あるいは最先端にいるわけですが、そこにある「夢」というか目指す目標の中に、書籍化→コミカライズ→アニメ化というものがあります。

 キーボードを叩き、積み上げた小説をネットに上げて、沢山の人に見てもらって面白いと思ってもらって、賞をとったりして出版されて、コミカライズされて、さらにアニメ化されて。

 まさに、アニメ化を目指さずんば、ラノベ書きにあらず!といわんばかり。

 ……それは大げさで誰もがとまではいわずとも、多くの書き手が夢見る未来です。

 また、そこまでいかなくても、お金とか仕事とかいう以前に、自分の小説に絵をつけてもらいたい、という渇望は文字書きならだれしも持っているものです。

 ……わたしも自キャラを視覚化したくてillustrator覚えたし(黒歴史)


 そのような現在のカクヨムの流れからすると想像しずらいかもしれませんが。

 星新一さんのショートショートは実に『映像化』しがたいのです。


 これは実写化不可能とか、アニメ化無理、という話ではありません。

 読んでいる人間の脳裏にすら、小説の風景が思い浮かべられない、とかいうレベルです。

 ……作品にもよりますよ。でも頭の中に浮かんだ情景すら「邪魔」と感じるお話が時々、ある。

 漫画でもアニメでも実写でも、小説以外の何かにコンバートしようとした瞬間、余計なものが混じる。それくらい、映像を必要としない純粋な小説なのです。

 もう、星新一さんのショートショートの世界を、小説以外の別媒体で純粋に楽しみたいのなら、朗読が限界なんじゃないかとさえ思います(極論)


 ◇◆◇


 探していたのが『妄想銀行』だったところで、もしかして石束が何を読みたかったのか、バレているのではないかとおもいますが。


 石束がもう一度読みたくて探していたのは、『鍵』というお話です。


 好きなお話はいっぱいあるんですよ。


 表題の『妄想銀行』だってどんな面白いか。この銀行を角川書店で設立してカクヨムのトップページにリンク貼ったら、絶対大きなビジネスになるとおもうのに(笑)


 でも。 


『星新一のショートショートだったら、何が一番好きか?』


という話になれば、やはり『鍵』が来ます。


 ……どこにでもいる、特に幸福でも不幸でもない、普通の男が道端で一個の『鍵』を拾った。


 こんな場面から始まるこの物語を、わたしがどんなに好きか。

 ラストシーンなんかもう、声に出して読みたいくらい。というか読んでます。


 それだけにお話の内容を説明して、引用しながら感想を言えないのがつらい。

 面白いから読んでみてとしかいえないのがもどかしい(笑)


 ああ、でも。 よかった。たのしかった。見つかってよかった。

 そう思った後で、よみがえる昔の記憶。


 仕事で同僚を自分の車に乗せていった帰りの喫茶店でこんな会話をしました。


「面白いですね ○○さん(石束の本名)のキーホルダーって『鍵』なんですねえ。どっち使うか迷ったりしません?」

「間違いませんよ。この鍵、ぜったいに合う鍵穴がない、『鍵』なので」


 この会話をしたいためだけに、当時、鍵型のキーホルダーを使っていた――なんてことは、墓場まで持っていく秘密です。


 さて。ちょっと黒歴史まじりの思い出を語ったところで、次の本を探し始めることにします。



 

 


 

 

 

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