【本編ネタバレ】祝祭――Side. テオドール
「あれだけでよろしいのですか?」
迎賓館の主君の寝室の前に控えたメイドたちの長が、その男に問いかけた。
メイドたちにとっても見知った人物。むしろ、どんなときも忘れてはならない相手だ。
主君の兄君として、かつて主君と同じ最敬礼でもって接した相手であるのだから。
アンジェリカの兄君、テオドールはゆるゆると首を振った。
「充分だ。協力に感謝する。しかし、わたしはむしろ、あなた方に姿を見せた時点で殺されていてもおかしくはないと思っていたのだが……」
「わたくしどもは、陛下の悲しむような真似は致しません」
メイド長が即座に断言する。テオドールは苦笑した。
「君たちのアンジェリカ至上主義は相変わらずだね」
テオドールがウェルト・ノッテにいるのは偶然ではない。アンジェリカがこの時期に訪れることを知っていて、随分前から王宮に入り込む工作に奔走していた。たった一目、女王となった妹を間近に見るために。
それが、どうやって彼女の傍まで行こうかと思案しながら周囲をうろうろしているうちに、メイドたちにあっさり気付かれてしまったのだ。万事休すかと思ったが、メイドたちはまるでテオドールがこの場にいることなど初めから織り込み済みでしたと言わんばかりの手際の良さで、彼がアンジェリカに接触する機会をお膳立てしてくれた。
「あなた様の妹君への愛情に比べましたら、大したことはございません」
メイド長はしれっと言い返してくる。
「ウェルト・ノッテは、陛下にとっても因縁のある土地。陛下のご心労も殊更であろうと、手を差し伸べるつもりでおいでだったのでしょう? あなた様はかつてもアンジェリカ様を第一に思い、決断され、動かれた」
「昔の話はやめてくれないか。わたしはあの子にすべてを押しつけて逃げ出した、貧弱な兄だ。結局、目的も達成できずに敗走した」
「盛大な兄弟げんかでございましたね」
冗談のつもりなのか、メイド長の仮面のように動かない無表情からは推し量れない。
「我が主君は世界の危機を救い、そして兄君も救われた。偉大なお方です」
その言葉に、テオドールは自嘲するように弱々しく笑った。
「小鳥のように可憐だった王女が、いまや大空を照らす太陽となった。陛下は、王国で最高の威光を誇る女王になられるだろう。どうかわたしの分まで陛下を頼む」
「残念ながら」
と、メイド長は静かに返答する。
「わたくしどもでは、恐れ多くもあなた様の代わりになることはできません。あなた様も王族の血を引くご自覚がいまもおありなのでしたら、太陽と並び立つことはできなくとも、太陽の居ぬまの夜を照らす月となることもできましょう」
そして、テオドールを囲むメイド全員が、彼の前に片膝を折る。
「どうぞこれより後も、我らが陛下のことをくれぐれも見守りくださいますよう、平にお願い申し上げます」
テオドールはメイド長のその言葉に返答することなく、かすかに頷いてから踵を返すと、音もなく立ち去っていった。
ウェルト・ノッテ小話集 とや @toya
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