第8話 レジーナとネフェリーの大掃除
その日、ウチは生まれ故郷であるバオクリエアの夢を見て――うなされてもぅた。
体を起こすと、寝汗をびっしょりかいとった。
「……ヤな夢、見てしもたな」
最悪な気分で体を起こすと、枕の下に昨日脱いだパンツが潜り込んどった。
……これのせいかいな? 悪夢を見たんは。
雑然とした室内を見渡す。
年頃女子の住んどる部屋やないで、ホンマ。
一度読んで用済みになった書物類が散乱して、使ったままの食器が無造作に置かれた床。
閉めっぱなしの木窓。ホコリの積もった棚。
ほんで極めつけがあっちこっちに散らばった脱ぎっぱなしの服、下着。
微かなパンチラに心血を注ぐ思春期男子かてドン引きするレベルやな、これは。
「そのうち、室内にマンドラゴラが自生してまいそうやな」
とはいえ、片付けなんかするつもりもあらへん。
どうせウチ以外、誰も入らへん部屋や。
眠る場所さえあれば、それで充分。な~んも困らへんわ。
やな夢見たし、も一回寝たろ。寝直しや。
どーせ、何か予定があるわけでもあらへんし。
「ごめんくださーい!」
店のドアがノックされ、誰かの声が店の外から聞こえてくる。
……あぁ、そういうたら、『店を開ける』っちゅう予定があるんやったっけなぁ。
しゃーないなぁ……
「心を鬼にして、無視や」
やな夢見たし、も一回寝たろ。寝直しや。
どーせ、何か予定があるわけでも――
「ごめんくださーい!」
……残念やなぁ。ウチの店、『ごめん』なんて薬置いてへんねん。
せやからあげられへんわ。諦めて帰ってんか。
「ほな、おやすみ」
やな夢見たし、も一回寝……
「ごーめーん、くーだーさーいー!」
どんどんと、ドアがノックされる。
結構な力強さや。
これはあれかぃな? ウチが起きる結構前から店の前におったっちゅうことかいな? 鬱憤の蓄積が感じられるな。
かなんなぁ。
せやけど、この声、どっかで聞いたことあるような……
「もういいや。勝手に入っちゃお」
ん?
あれ?
ウチまた鍵かけ忘れたんかいな?
……あぁ、そういや、昨日はお客はん一っ人もおらへんかって、だらっだら過ごしとったさかいなぁ……あぁうん、鍵閉めてへんわ。
鍵が開いてるっちゅうんに、律儀に店の外で待っとってくれとったお客はんが、今度は店の中から声をかけてくる。
「レジーナ、いるー?」
「おらへーん」
よし、これで諦めて帰るやろ。
あぁ~、お布団最高や。
「こら、レジーナ。さっさと起きなさいよ。もうお昼過ぎだ……よっと!」
「うひゃぁあ!?」
突然布団を剥ぎ取られ、全身ぞくぞくぅっとしてもぅた。
あかん、寒い寒い。ウチ、寝起きは肌寒いなぁって感じるタイプやねん。
「ほら、窓も閉めっぱなし! 開けるよ」
カコンッと木の窓が押し開けられ、風と共に眩しい日光が部屋へと入り込んでくる。
眩しさにしぱしぱする目ぇで闖入者を見上げると、そこには仁王立ちのニワトリはんが立っとった。
なんや、あんさんやったんかいな。
かなんなぁ。
「ウチのしどけない寝姿、お高いで?」
「こんなゴミに埋もれた部屋で言われても、色気もムードもまったくないわよ」
ゴミとは失敬な。
ウチの可愛いおパンツたちが散乱しとるっちゅうのに。
「むしろ、お宝やん?」
「なら、大切にしまっておきなさいよ……」
「ウチ、富は独占せぇへんタイプやねん」
「……配り歩く気? パンツ」
ん~、それはなんか自分を安売りしとるみたいでイヤやなぁ……
「せや、ゴミ回収ギルドに高ぅで売ったろ!」
「ダメに決まってるでしょ!? ……買いそうだから、ヤシロ」
居た堪れへんように顔を背け、ニワトリはんはため息を漏らす。
まぁ、実際売れそうではあるけどなぁ…………いやいや、買わへんやろ、さすがに。
「ほんで、こないなところになんの用なん? 特におもろいもんとかないで?」
「あなた、自分がお店やってるってこと忘れてない? 買い物に来たのよ」
「メンズをはぁはぁさせる怪しい薬やったら、たしか右の棚に……」
「そんな変な薬買いに来ません~っ!」
「布に染み込ませて相手の口と鼻を塞いだら殿方であろうと一瞬で眠りに落とせるシャイな乙女用の睡眠薬やったら、たしか右の棚に……」
「そんな危険な薬使うシャイな乙女なんかいないわよ!?」
「体が火照って眠られへん、そんな時に役立つお薬が右の棚に……」
「もう右の棚燃やしちゃえば!? 害しかないから!」
そんなことあらへんのに。
使い方さえ間違えへんかったら、それはそれはめくるめく……
「重曹を買いに来たのよ」
「えっ!? 重曹でどんなエロいことを!?」
「エロいことになんか使いません~っ! お掃除に使うと水周りがピッカピカになるってヤシロに聞いたの!」
「あ~、そういうことかいな」
確かに、重曹を使えば水垢が綺麗に落ちて水周りが綺麗になるやろうなぁ。
「水周りをカッピカピにしたいんやね!」
「ピッカピカにしたいの! カッピカピにはしないの!」
もう! もう! と、いちいち腕を振り下ろして抗議するニワトリはんは、女のウチから見ても可愛らし~ぃ見えるわ。
メンズは、こういう女子がお好みなんやろうなぁ。
「ニワトリはんは可愛らしいなぁ」
「な、なに、急に?」
「女子力
「や、やだもう。そんなことないよぅ」
「エッロ」
「それは違うと思うな!? 女子力高いのとエッチなのは別だもん!」
「そんなことあらへんって。おっぱい『ぶりぃ~ん!』放り出してんのが一番女子力高いやん?」
「その発言、女子力ゼロだよ!? ううん、マイナス! どこに捨ててきちゃったの、レジーナの女子力!?」
はて?
そないなもん、ついぞ見たことあらへんけどなぁ。
「こんな部屋に住んでるから、そんなことになっちゃうんだよ」
「ほな、検証も兼ねてミリィちゃんと同棲してみよ!」
「やめて! ミリィをソッチ側に引き擦り込まないで!」
失敬やなぁ。
まるでウチが感染するみたいに。ばばちぃ物扱いかいな、ウチ。
「穢れなきもんを汚す瞬間って、ぞくぞくするやんな?」
「同意を求めないで。私には理解出来ない世界だから」
ふふふ……
ろくに男と付き合ぅたこともない乙女はんには、まだちょっと理解出来へんのかもな。
……まぁ、ウチかて、メンズと付き合ぅたことなんかないけども。
「とにかく、この部屋汚過ぎるから掃除しなさいね」
「限界超えたらな」
「もう超えてるじゃない!? 惨状だよ、これはもはや!?」
「な~んのなんの。まだ床見えたぁるやん」
「こ~んな小さな面積、見えてるうちに入らないよ!」
「ほっほ~ぅ、言ぅたな? ほならミニスカ穿いて椅子に座った時、正面からちらりと覗く小さなデルタゾーンのパンチラは見えたうちに入らへんのやな!? 見放題やな!?」
「何と比べてるのよ!? いいから掃除しなさい!」
「ウチ、祖母の遺言で、部屋の掃除だけはしたらアカンって……」
「あからさまな嘘吐かないの!」
吐いてへんやん。
「したらアカンって……」までしか言ぅてへんのやし。まだ嘘にはなってへんわ。
「も~う、しょうがないなぁ」
腰に手を当て、これ見よがしにため息を吐いて、ニワトリはんがウチに向こうて言う。
「手伝ってあげるから、一緒に片付けよう」
「ほなら、パンツの数数えるさかいに、ちょっと待っとって」
「盗らないわよ!?」
ぷんぷんと可愛らしく怒って、ニワトリはんがウチを強制的に起立させる。
そして、おもむろにウチのパジャマを捲り上げた。
「ほらほら、さっさと着替えて…………きゃぁあ!?」
ウチのパジャマはボタンのないサテン地のワンピースで、楽さと着心地を気に入り愛用しとるものやから、捲り上げられると上も下も『御開帳~』状態になるんや。
ほんでもって……
「な、なんで下着つけてないのよ!?」
「いや、肌触りえぇから、全身で堪能したいやん?」
「『やん?』じゃないわよ! い、いいから、早く何か着て!」
自分で脱がせといて、随分な言い草やないか。
いっそ、今日は一日この姿でおったろかな?
「いぃ…………っきしっ!」
あ、アカンわ。
ウチ、寝起きは肌寒いなぁって感じるタイプやった。
「ほらぁ、早く何か着ないと風邪引くわよ?」
「ほなら、この中から比較的綺麗なパンツを……」
「新しいの出しなさいよ!? もういい! 私が用意する! クローゼット勝手に開けるからね!」
そう言ぅて、クローゼットやキャビンを開けてウチの服をさささーっと用意してくれはるニワトリはん。
わぁ、こらえぇわ。
「ニワトリはん、嫁に欲しい」
「嫁じゃなくて母親の間違いじゃない?」
確かに。
母親やったら甘えたい放題やな。
「おか~ちゃ~ん」
「やめて……こんな自堕落な娘、泣きたくなってくるから」
ニワトリはんは、子供のしつけとか結構厳しくしそうやな。
ウチには無理やなぁ。
口やかましい母親とか、絶対同居無理やもん。
「ウチ、立派に独り立ちしてみせるわ!」
「独り立ちした結果、全然立派じゃないから心入れ替えてね」
「辛辣やなぁ~。パンツの使い回しくらい、みんなやってはるで?」
「やってま・せ・ん!」
ウチの着替えが終わるまで、背中を向けててくれたニワトリはん。
ホンマ、気遣いの出来るえぇ娘やなぁ。
「ウチのフルヌード見たん、血縁者以外ではニワトリはんが初めてやで」
「えぇ……ヤダ、その初めて」
「言ぅたかて、犬耳店員はんとかトラの娘こはんとかの真っ裸も見とるんやろ?」
「まぁ、あの辺の娘は、一緒にお風呂とか入ったことあるし」
「はぁ~、楽しそうでえぇなぁ」
「じゃあ、今度レジーナも一緒にお泊まりしてお風呂入る?」
「イヤやわ、ウチ……恥ずかしい……」
「私がここに来てから現在までの行動をもう一度よく思い返して、同じことが言える?」
呆れ顔で散らばったパンツを手早く集めるニワトリはん。
「用法用量を守って、正しく使ぅてな?」
「薬か!?」
あはは。
ニワトリはんも、随分影響されとるみたいやなぁ。
ツッコミ方がおっぱい魔神はんそっくりや。
「それじゃあ、私が洗濯してきてあげるから、レジーナは――」
「二度寝しとくな」
「必要な書類をまとめて棚に戻し、食器を炊事場へ運んだ後、大きなゴミを拾っておいて!」
「無理やわ、そんなぎょーさん!?」
「一個一個やっていけばいいでしょ」
「せやかてウチ、使用済みパンツよりエロいもん持ったことないし……」
「『箸より重い物』よ、それを言うなら!? それともなに、ソレ以上にエロい物だらけなの、この部屋は!? だとしたら私もちょっとお手伝い躊躇っちゃうけど!?」
人のパンツを抱えて大騒ぎしてはるニワトリはん。
持ち前の女子力が現状のせいでプラマイゼロくらいになっとるなぁ。
「いいわね? ちゃんとやっとくのよ」
「へいへいほー」
「……なまけてたら、これ、ゴミ回収ギルドに売却するからね?」
「自分で不許可にしたもん持ち出して脅迫とは、節操のない御人やなぁ」
へいへい。
分かりましたって。
やったらえぇんやろ、やったら。
ホンマ、かなわんなぁ。
「……ふふ」
アカン。
なんや笑けてくるわ。
なんなんやろうなぁ。
ウチみたいなどーしょーもない女、放っといたらえぇのに、わざわざ上がりこんで、お節介して……ふふ。なんなんやろうなぁ、この気持ち。
「うん。今寝たらいい夢見れそうや! 二度寝しよ!」
「させないからね!?」
まだ洗い場に行ってへんかったニワトリはんがダッシュで戻ってきて、ウチの首根っこ『ぎゅーん!』掴んだ。
……かなわんなぁ。
それからしばらくして、ウチの部屋は見違えるほど綺麗になった。
まだ途中やいぅことやけど、もうこれで十分なんちゃう?
ほうきで掃いて、雑巾掛けして、棚の上のホコリまで『さっさっさーっ』や。
ホコリちゃんが一人もおらへんようになってもぅた。
「……アカン。寂しゅうて泣きそうや」
「なんでよ!?」
「親友のホコリちゃんが……ウチの唯一のお友達が……」
「レジーナと友達のつもりでいる私を前に、よくホコリ相手に泣けるわね、あなた……」
ニワトリはんのトサカがぷるぷる震える。
あんまりぷるんぷるんさせとったら、おっぱい魔神はんに狙われるで?
あん御人、ぷるんぷるんしたもの大好きやさかいに。
「はぁ、しょうがないなぁ……じゃあこれ、あげる」
ニワトリはんがポッケから小さくて黄色い何かを取り出し、ウチの手ぇに握らせた。
ふわふわとした……なんやのん、これ?
「私が作ったヒヨコちゃんよ」
「子作りしたんかいな!?」
「子作りじゃない! お裁縫! ヒヨコのぬいぐるみ!」
いやぁ、「私が作った」とか言ぅからやなぁ。うっかり早とちりしてしもたわ。
「ほぇ~……よぅこんなんまで作れるなぁ」
「まぁ、まだ練習中なんだけどね。ちょっと失敗しちゃってるし」
「いやいや、大したもんやで。ヒヨコ作り名人、いや、ニワトリの子作り名人、えぇい略して子作り名人やね」
「悪意! 悪意による言葉の誘導を垣間見たよ!?」
なんでも、これはこの後陽だまり亭に持って行って店長はんに添削してもらう予定なんやて。
「ほなら貰われへんわ」
「いいのいいの。まだ他にもあるから」
言ぅて、ニワトリはんはポッケから『わっさぁ~』ぬいぐるみを取り出しはった。
持ち過ぎや!?
「だから、それはあげる。ホコリの代わりに、お友達にしてあげて」
「ウチ、今は友達よりお母ちゃんが欲しい気分やわぁ。見張っててもらわな、また自堕落な生活に戻りそうやし」
「じゃあお母さんでいいよ。そのヒヨコちゃんをお母さんだと思って、大切にしてね」
「ヒヨコやのに母親って……性の低年齢化が深刻なんやな」
「なんでそう捻くれた考え方しか出来ないの、レジーナは!?」
「よし決めた、この子の名前は『ロリビッチ』や!」
「やめたげて! もっと可愛い名前をつけたげて!」
「『メス豚』」
「ヒヨコだよ!?」
う~む、ウチのボキャブラリーを総動員して考えてみたんやけど、結局えぇ名前は思い付かへんかった。
カァカァと、黒い魔獣が巣へと帰るころ、ウチの家の大掃除は完了した。
「はぁ~ぁ……疲れたぁ」
「ホンマ、綺麗なったなぁ」
寝室をちょこちょこっと片付けて終わるもんやとばかり思ぅとったのに、途中からニワトリはんの変なスイッチが入ってもぅて、「ここが綺麗なのにこっちが綺麗になってないのって気持ち悪い!」とか言ぅて、結局隅々まで掃除することになってもぅたわけや。
折角やから重曹の効果も試してみよか~っちゅうことで、水周りもピッカピカや。
というか、そもそもなんでこんなことになったんやっけなぁ……
「なぁ、ニワトリはん」
「な~に?」
にこにこと、綺麗になった部屋にお手製のぬいぐるみを並べて遊んでるニワトリはん。
「なんでここまでしてくれたん?」
「え? …………あっ、ごめん!」
途端に顔色を変えて、姿勢を正してこちらへ向き直るニワトリはん。
ほんで、両手をもじもじさせて焦ったように言う。
「そうだよね。レジーナって、あんまり他人と関わるの好きじゃないのに……私ったら、また勝手にお節介焼いて……迷惑、だった、よね?」
なんでそうなんの?
「いやいや。迷惑やなんてこれっぽっちしか思てへんで?」
「これっぽっちは思ってるんだ!?」
冗談やがな。
「逆にや。ウチみたいな、陰気で気味の悪い女の家なんか、よぅ上がりこんだなって。ほんで、こんな長い時間ウチなんかと一緒にいて苦痛やったんちゃうんかなぁ~って」
「そんなわけないじゃない」
あははと、軽ぅ~笑い飛ばされた。
「だって、レジーナは照れ屋なだけで陰気じゃないし、気味が悪いなんて思ったこともないし。……まぁ、ちょっとその言動はどうかなって思うような卑猥なところは多々あるけどさ」
「えっ、ウチが卑猥!?」
「そこは驚かずに素直に受け入れてよ!? そこ無自覚だとしたら、私たち全員お手上げだからね!?」
アホやなぁ。
冗談くらい言うに決まってるやん。
さっきの言葉……めっちゃ嬉しいんやから。
「せやかて、寝てる時に上がりこんできて、『掃除しろー』言われるとは思わへんかったわ」
ウチがどこで野垂れ死のうが、だぁ~っれも気にも留めへんと思ぅてたのに。
そこまでしてくれはる人がおるんやなぁって。それも、おっぱい魔神はんとか領主はんみたいな、ウチの面倒を見なしゃーない立場の人やのぅて、自ら好んで接触する必要がない人がや。
なんや、今日はウチのラッキーデイかいな?
ガラにもなく、ウチがちょっとそわそわした気分でおると、ニワトリはんはずどーんと沈んだ表情になって肩を落とした。
「そうだよね……私って、本っっっ当ぉぉぉ~にっ、お節介」
えぇっ!?
なんでなんでなんで!?
なんでそうなるん!?
「ちゃうやん、ちゃうやん! そこはほら、『あんたがだらしないからやないか、ボケェ~!』言ぅて、スパーンと頭叩くところやん!」
「違うの! 私、昔っからずっと言われてるの……『お前はお節介だ』『小さな親切大きなお世話』『口うるさいんだよ』って……」
「え? 誰がそんなん言ぅたん?」
お節介は、まぁ百歩譲って、えぇわ。
小さな親切大きなお世話?
大きゅう世話になっとるんやったら、素直に感謝せぇっちゅうねん!
……ごめん。ホンマごめん。一番出来てへんの、ウチやわ。
けど、寄せてもろぅた厚意にイチャモンつけるようなことはしてへんで、ウチは! ……たぶん。
えぇ……してへん、やんなぁ? ……ん~……?
「私ね、小さい頃、近所の男の子たちによくからかわれてたんだ……『オトコ女』って」
獣人族は、男性ほど獣特徴が顕著に現れ、女性はあまり獣特徴が見られへん。
ニワトリはんみたいに顔がまるごとニワトリっちゅうんは、獣人族の中ではとても男性的やとみなされる。
小っちゃい子ぉらは、そういうこと、大した考えもなく平気で口にするからなぁ……
言われた方は、結構本気で傷付くっちゅうのに。
「だからね、絶対女の子らしくなろうって、誰よりも女の子らしい女の子になってやろうって、ずっと努力してきたの」
「その努力の結果は、よぅ出とるな。ウチの知る限り、自分より女の子っぽい女の子はそうおらへんで」
「ほんと?」
「ホンマ、ホンマ。仕草に、おしゃれに、プロポーション。気遣いまで出来て、はなまる、満点や」
「うわぁ、嫌なこと言われた。よっしゃ、ほなら自分を変えたろ!」って、奮起出来る人間はホンマ強い。
実行させてみせられる人間は、こらもう尊敬に値するわ。
ウチは……逃げ出してしもたからなぁ。
「でも、そのせいでお節介焼きになっちゃってさ……もしかしたら私って、『私、女の子らしいでしょ』って自己満足を押しつけちゃってるのかなって……悩んじゃって……」
「そんなことあらへんがな」
「けど……」
「自分、この街好きなんやろ? ここに住んどる人らぁ、好っきゃねんやろ?」
「え……うん。好き、だけど?」
ほんなら話は早い。
「その人らぁは、相手の欠点を見て見ぬふりして、本人のおらんとこでこそこそ悪口言ぅようなしょーもない人間なんか?」
「そんなことないよ! みんな……すごくいい人だし」
「ほんなら、面と向こぅて『迷惑や』言われてへんのやったら、だ~っれも迷惑や思ぅてへんっちゅうこっちゃ。自分の好きな人らぁ、信じたったらえぇねんて」
あぁ、ホンマや。
せやんなぁ。
自分で言ぅて、自分に刺さっとるわ。
こ~んなウチのこと、見捨てもせんとちょこちょこ様子見に来てくれる人が結構おるんやもんな。
ウチも、この街に受け入れてもろてんねんなぁ。はは、こそばゆいわ。
「ま、まぁ、あれやな。過去になんと言われとってもや、今見返したってんねんから自分の勝ちやで」
アカン。
らしくないことした。顔赤ぁなっとるわ。
「……レジーナが、慰めてくれた」
「なんやのんな、その『えっ、あの有名人がついにヌードに!?』みたいな顔は」
「そんな顔してません~っ!」
「ウチかて……、友達を慰めるくらいは、することあるんやで」
「友達……」
そう呟いて、ニワトリはんの顔から表情が消えてもた。
あれぇ?
さっき友達思ぅてるって言ぅてくれた気ぃしてたんやけど?
キャンセルかいな?
「あはっ。レジーナにそう言ってもらえると、なんかすごく嬉しいね」
「さ……さよか」
めっちゃ笑顔やん!?
なんで?
え、ウチってレアキャラ?
そうなん?
付加価値めっちゃ付いとんのん?
「こら、ウチのヌード画、めっちゃ高ぅ売れそうやな!」
「友達として忠告するね。そういう発言やめてくれる? 同類と思われたくないから」
笑顔、めっちゃ怖っ!?
アカン。ニワトリはん、友達やのぅて、やっぱお母ちゃんや。
「レジーナって、本当に自分に自信たっぷりだよね。美人で頭もいいし、コンプレックスなんかなさそう」
「そんなことあらへんわな」
「まぁ、確かに、ちょっと卑猥だもんね……」
「そこは最大の長所やん」
「考えを改めた方がいいよ?」
真顔やなぁ。
冗談やのにぃ。
……ふふ、せやな。そろそろ冗談にしてまわなアカンよな。
いつまでも、夢に見て嫌な気分になって……昔のことやのに、しょーもない。
過去のことなんか笑い飛ばしたらなアカンわな。
「ウチも、えっぐいあだ名付けられとってんで?」
「『露出狂』とか?」
「わぁ、今日一で傷付いたわ」
露出はしとらへん。もったいない。
「『歩く性教育』とか? あ、『卑猥大全集?』」
「う~ん、悪意なさそうな顔で言われてんのが堪えるなぁ……」
そんな目ぇで見られとんのやろか?
まぁ、概ねそんな目ぇで見られとるんやろうなぁ、ウチ。
けど、そんなおもろいあだ名やったら笑い飛ばせたんやけど、そうやなかったからなぁ。
「『災厄の魔女』や」
「『最悪な痴女』?」
「ちゃうわ!? 災いっちゅう意味の災厄や。『災い転じて福となす』の災いや」
「『きわどい感じの服を着る』?」
「露出狂疑惑消えへんなぁ、なかなか!?」
おかしいなぁ。
ニワトリはんは、比較的まともな分類やと思ぅとったんやけどなぁ。
たぶん、全部おっぱい魔神はんが悪いんやろうな。悪影響与え過ぎやで。
「なんでレジーナがそんな呼ばれ方しなきゃいけないの? 酷くない? 酷いよね」
「まぁ、自分の脅威になるもんは早ぅ潰したかったんやろうね」
ウチは、才能を発揮し過ぎた。
自分の手足となって働いとるうちはよかったんやけど、頭上を跳び越していってまいそうになった時、心底焦ったんやろうなぁ、お偉いさん方が。
それだけのことや。
「もし、ウチとニワトリはんが同じ人を好きやったとするやろ?」
「ふぇっ!?」
誰を思い出したんか知らんけど、顔、赤ぁなっとるで。けけけ。
「で、ウチがそのメンズの周りをうろちょろして、あまつさえめっちゃメンズの気を引くようなことをして、それが功を奏しとったらどうや? ……潰したぁなるやろ? そんな感じや」
目障りなもんは排除する。
そうせな、自分の立ち位置が不安で仕方ない連中がぎょーさんおるんや。
しょーもない話やなぁ。
「私なら、自分を奮起させるけどな」
「……へ?」
「だって、レジーナの方が一歩も二歩もリードしてるんでしょ? 負けてられないじゃない。自分を磨いて、もっと積極的にアプローチして、『私を見て! 私の方があなたのこと好きなんだよ』って『私の方がいいよ』って見せつけて、そして――」
ぴしっと、ニワトリはんの指がウチの鼻先に突きつけられる。
「――正々堂々勝負して、私が奪っちゃうんだから」
気ぃ抜いたら、うっかりときめいてしまいそうな、パーフェクトなウィンクをもろた。
女子力、高っかぁ~。
「こらアカンわ。そないな女子力見せつけられたら、尻尾巻いて逃げるしかあらへんなぁ」
「そんなことないでしょ? 自分に自信があるレジーナだもん。きっともっと可愛くなると思うなぁ」
「ウチが男のために? あらへんあらへん。考えられへんわ」
「え~、頑張ってよぉ。友達で恋敵なんて、ちょっと素敵じゃない?」
素敵なんやろか? ウチにはよぅ分からへんわ。
「もしそうなったら、負けないからね、レジーナ」
けど、一個だけ、アホなウチにも分かることがある。
こんだけまっすぐに向けられた厚意に、尻向けて砂かけるような真似は出来へん。したらアカン。
ちゃんと向かい合ぅて、返事したらな。
「お手柔らかに頼むで、――ネフェリー」
「えっ!?」
んっ!
アカン!
めっちゃ恥ずい!
「ねぇねぇねぇ、レジーナ! もう一回! もう一回言って!」
「アカン、無理! やっぱニワトリはん呼びでえぇ? 獣特徴揶揄するつもり全然あらへんし! な、それでえぇやんな?」
「やだやだやだ!」
「そや言ぅたかて、無理なもんは無理やし!」
「じゃあ、もう一回言ってくれたら好きに呼んでいいから」
「『むだ毛処理忘れちゃん』でも?」
「えっ!? ど、どこ!? ……って、忘れてないもん!」
「ぷぷぷ、ほな『むっちゃん』、今後ともよろしゅうにな」
「れじぃ~なぁ~……っ! もう! もう一回ネフェリーって呼ぶまで許さないんだから! こらー!」
すたこらさっさーと、店内を通り抜けて外へ逃げ出すと、腕を振り上げたニワトリはんがウチを追いかけてきた。
はは、何やっとんねんやろ、ウチ?
お友達と追いかけっこやて。アホらし。
けど、めっちゃ笑けてくんなぁ。
「こっちやで~、むっちゃ~ん!」
「『むっちゃん』言うなぁー!」
翌日、全身の筋肉痛にうなされて「はしゃぎ過ぎはアカンなぁ」って後悔することになるやなんて、この時のウチには知る由もなかったんや。
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