第2話 ヒューイット家のお家騒動?
「ほ~ら、あんたたち! さっさと並ぶですよ!」
「「「「は~い!」」」」
元気よく弟たちが返事をするです。
現在、ここ、ヒューイット家本館裏庭には、数名の妹と無数の弟が群れを成しているです。
今日は、あたしと年中~年長の妹たちで弟たちを一斉にお風呂に入れる日なんです。
陽だまり亭を午前だけで上がらせてもらって、午後から一気に全弟妹を洗い上げるです。
普段は川で水浴びしたり、タライにお湯を張って自分で拭いたりしているですけど、小さい子はちゃんと見ててあげないと洗えてないことが多々あるです。
特に弟は水浴びが水遊びになって細かいところをちゃんと洗わないです!
不潔はイクないです!
陽だまり亭のメインメンバーであるあたしの弟として、それはあるまじき事態です! 看過出来ないです!
というわけで、二週間に一度、こうしてあたしが直々にお風呂に入れて、綺麗に綺麗に洗ってあげるです。
これは長女として当然の責務なのです。
「おねーちゃん、お湯足りる~?」
「この後妹たちも入れるですから、じゃんじゃん沸かしといてです!」
「「あいあいあ~い!」」
「中途半端に間違ってるですよ!?」
アイアイサーとかアイアイマムとか、そんな感じだったはずです。よく知らないですけど。
年長の妹たちの手によって、大きな樽にお湯がなみなみと注がれていくです。
樽の数は全部で三つ。
横にずらりと並んでいるです。
樽の横にはスノコを敷いて洗い場を設けているです。洗い場には大きめのタライになみなみのお湯が用意されているです。
「一の樽、二の樽、三の樽、準備完了だよ~!」
「洗い場、スタンバイOKだよ~!」
「弟たち、すっぽんぽ~ん!」
「「「いや~ん、えっち~!」」」
「余計なこと覚えなくていいですよ、あんたたち!?」
「「「お兄ちゃんが喜ぶかと思ってー!」」」
「お兄ちゃんはそんなことでは喜ばないです!」
「「「ほんとーにー?」」」
「…………絶対の自信はないですけど」
はてさて、お兄ちゃんは弟たちのサービスシーンで喜ぶでしょうか?
子供が好きですから、ちょっとは笑ってくれるかもしれないです。
……あ、ハビエルさんとは違う意味での、『子供が好き』ですからね。ここ重要です。
「それじゃあ、アッスントさん推薦の汗・皮脂汚れをすっきり落とす石鹸と、ウーマロさん推奨の頑固な油汚れが落ちる石鹸と、イメルダさん愛用の髪の毛がさらツヤになるシャンプーをいい感じにブレンドしたスペシャル配合『ヒューイット石鹸』の出番です!」
「「「泡々になーれー!」」」
「「「うひゃひゃ~い!」」」
ヒューイット家特製の石鹸&シャンプーが弟たちに降り注ぐです。
一塊になってわーわー騒ぐ弟たちがみるみる泡々になっていくです。
「寒くないようにお湯を随時かけてあげるですよ!」
「分かってる~!」
最初、数人の弟を年長の妹と一緒にわっしわっし洗ってやって、汚れがしっかり落ちたところで、一人目の弟の泡を軽く流すと――ここからあたしの本領発揮です!
「ほいさー!」
「うははーい!」
一人の弟を持ち上げ、一の樽へジャブ浸けです!
ぶくぶくと沈む弟の爪先から頭の先までを、お湯の中で「わしゃしゃしゃっ!」っと指を立てて撫で回し、洗い兼すすぎを行うです。
これがすごく気持ちいいらしくて、弟たちには大人気です。妹に任せても指使いが違うとかで、弟たちは断然あたしのすすぎテクに心酔しているです。
ふふん。長女の技はそうそう真似出来ないのです。
「ざっぱぁー!」
たっぷりとお湯に潜ったら、今度は二の樽へ放り込みます。
「任せたです」
「任された~!」
十三歳の次女はおっとりした大人しい娘ですが、そこはさすが、たくさんの弟妹を持つヒューイット家の娘です。腕っぷしは強く年少の弟くらい片手でひょいひょい持ち運べるです。
「落ちてない泡はないか~?」
「なーい!」
両手を上げて全身チェックを受けながら仕上げのすすぎを受ける弟。
次女のチェックが終わったらちょっと熱めのお湯が張られた三の樽へ放り込まれます。
「あはぁ~……えぇ湯やー……」
三の樽では、肩まで浸かって百を数えるです。数えたら自分で上がって体を拭くです。
最初の洗いが粗方終わったら、年長の妹が数人タオル係に回ってくれるです。
これを、年少、年中の弟全員にやっていくです。
正直重労働です。
けど、これはあたしたち姉の役目なのです。
年長の弟たちはガサツで扱いが乱暴なので任せられないのです。
それに、年中頃になると、妹たちの中にも男の子に裸を見せたくないって娘がちらほら出てくるです。
「暑ぃ~……お姉ちゃ~ん、脱ぐね~」
「ちょぉぉおおい、次女!? ここ外ですよ!? あと下着どーしたです!? 買ってあげたですよね!?」
「あたしは、放任主義!」
「乳を放り出して胸張らないでです!」
……中には、年頃真っ盛りでも一切気にしない娘もいて若干困っているですけど…………なぜこうも性格が違うのか。
まぁ、こういう事情もあって、年長の弟はお風呂タイムには裏庭立ち入り禁止なのです。
――だというのに。
「ねーちゃ~ん! ちょっと相談があるんだけどさぁ~」
年長の弟が二人、裏庭に入ってきたです。
「ちょーっとあんたたち! 今はお風呂時間ですよ!?」
「いいじゃん。弟だろ?」
「っていうかさ、弟妹の裸なんか見てもなんも思わないよ」
「「ハビエルさんじゃあるまいし」」
う~ん……弟たちにも的確に伝わっているです、ハビエルさんの人となり。
それでいいんでしょうか?
まぁ、知ったこっちゃないですけど。
「おに~ちゃ~ん! やほ~!」
「……なんでお前が脱いでんだよ?」
「暑いの~」
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「おにーちゃんが、好きだから~!」
「「はぁ……ウチの次女が残念だ」」
弟が揃ってため息を吐くです。
長男は十四歳、次男は十三歳です。同年代の娘の半裸も、兄妹ということでなんとも思っていないようです。まぁ、当然ですけど。
「「おっぱい放り出してると、夜中にお兄ちゃんがやって来るぞ」」
「わ~い、お兄ちゃんはもっと大好き~!」
今の『お兄ちゃん』は、あっちのお兄ちゃんです。
陽だまり亭にいる、あたしのお兄ちゃんでもある『お兄ちゃん』です。
本当に、ウチの弟妹はみんなお兄ちゃんが大好き過ぎです。
…………いや、だからって夜中に妹の部屋におっぱい目的で忍び込むのはダメですよ!? あたしがさせないです、長女として!
「というか、ウチの弟妹間でのお兄ちゃんの認識は、それでいいんですかね?」
なんか、ジンクスみたいなの出来ちゃってるですけど。
これ、お兄ちゃんに知られると絶対怒られるヤツです。黙っておくです。
「とにかく、話ならちゃんと聞いたげるですから、あとにしてです」
「あぁ、いや。相談っていうか、もう決めたことなんだけどさ」
「早めに言っておいた方がいいかと思って」
「なんです?」
なんだか、ちょっとだけ嫌な予感がしたです。
「僕たち、家を出ようと思ってんだ」
ざっぼーん!
抱えていた弟を落としたです。
「ちょぉおおおーい! ねーちゃん、何してんだよ!?」
「大丈夫か弟ー!? 浮かんでこーい!」
「ぷかぷか~、どざえもんやー」
「「あぁ、ハム摩呂か」」
「はむまろ?」
次男があたしに変わってハム摩呂を洗っている間に、長男があたしの前に来たです。
「そんな驚くことかよ。落ち着けってねーちゃん」
「……家、出るです?」
「あぁ。たぶん、今週中に」
「………………あたしのせいです?」
「……は?」
「あたっ、あたしが、口煩いから、わずっ、煩わしくて出ていくですか!?」
「なっ!? 違うって!」
「じゃあ嫌いなんですか!? 単純に嫌なんですか!? 生理的に無理なんですか!? 傷付くです!」
「違ぁーう! 落ち着け長女ー!」
だって、だって!
みんな仲良しヒューイット姉弟ですのに!?
なんで、なんで家を出るなんて……
「……はっ!? また増えたです、弟!?」
「いや、最近はようやく落ち着いたみたいだよ」
よかったです。
これ以上無節操に増やすようなら、あの両親に鉄拳制裁が必要かと真剣に考えなければいけない事態です。
「じゃあ、どうして……なにか、不満があるです? 直すですよ、あたし?」
「不満なんかねぇよ……」
ぶっきらぼうに言って、ちょっと照れたように口を尖らせる長男。
そして、チラッチラッとこちらを見つつ、もごもごと呟くように言うです。
「姉ちゃんには、感謝しかねぇって」
「大好きですー!」
「ぅわぁああ! そーゆーとこはちょっと煩わしいかもー!」
「……くすん」
「あぁもう、メンドクサイ! でも、嫌いじゃないから、絶対!」
最近、年長の弟たちがスキンシップを嫌がるようになったです……
昔は一つの布団でこんもり重なるように眠っていたというのに。
「今晩、一緒に寝るです? 次男もいいですよ?」
「「おぉう……どうしよう。ウチの女子、長女も残念だ……」」
なんですかなんですか!?
姉弟なんだから一緒に寝るくらいどーってことないですのに!
姉弟なら普通のことです!
むしろ一緒に寝てしかるべきです!
「けど、許可なく僕らが姉ちゃんの布団に潜り込んだら殴るだろ?」
「蹴り飛ばして簀巻きにしてやるですね」
「「……理不尽だよな、長女って」」
当然です!
あたしはレディなんですよ?
淑女の寝所に忍び込むなんて、たとえ身内でも許されないことです!
「いや、それでさ、昔さ、あの~……」
ほっぺをかきかき、長男が言いにくそうに話を進めるです。
「姉ちゃんがウチを出てた時期があるじゃん? 大通りの方に部屋を借りて」
「あぁ、あれは……」
あたしがスラムの住人だと知られないために家を出ていた時期のことです。
まかり間違って、スラムに帰る姿を目撃されたらすぐにでもクビにされかねないと、苦肉の策で他所に部屋を借りていたです。
「あん時さ、弟妹がすげぇ寂しがっててさ」
「……ごめんです」
「いや、いいんだけど! 必要なことだったし、感謝してるし、本当に!」
「うぅ……いい子だから抱っこしてあげるです」
「いや、それ、自分がしてほしいんじゃ……あぁ、はいはい。よしよし」
弟が頭を撫でてくるです。
なんですか、むぅ! 長女に対してこんな、年下にするような、あの、つまり、……うぅ、気持ちいいです。ちょっと嬉しいです。……嘘です、めっちゃ嬉しいです。
「泣きそうです……」
「いや、めっちゃ泣いてるから」
ぽんぽんと背中を叩く弟。
誰のせいで泣いていると思ってるですか。
まったく……なでなでの追加を要求するです。
「僕らがいなくなると寂しがる弟妹が出てきて迷惑かけるかもしれないからさ、先に許可を取っておこうかなって」
「不許可です」
「権力の振りかざし方がえげつねぇよ、姉ちゃん!?」
だって、なんで、家を出る必要があるですか!?
仲良し姉弟ですのに!
「棟梁がさ、トルベック工務店の寮に住んでもいいって言ってくれたんだよ」
「ウーマロさんが?」
「あぁ。あそこの寮に住めるのは、トルベック工務店の中でも認められた者だけなんだぜ? これ、すごいことなんだから!」
「僕と兄ちゃん、ついに認めてもらえたんだよ!」
長男と次男は、早くからウーマロさんの下で大工の修業を開始し、畑や移動販売などの他の仕事に回されることなく、下水工事や道路整備、街門の建設など大きな事業に参加していたです。
だから、これからもずっとトルベック工務店で働いていきたいと相談されたことがあったです。
お兄ちゃんにもその旨を伝えてあって、お兄ちゃんとウーマロさんの計らいでこの二人の望みは叶っているです。
そうですか。
ウーマロさんに認められて、それで家を出ようと……
「ウーマロさん、向こう一年マグダっちょ禁止です!」
「「待って、棟梁死んじゃう!」」
諸悪の根源を突き止めたです!
お兄ちゃんほどの絶対的な影響力はないですけど、あたしだってマグダっちょの親友という重要ポジションに就いているです。
マグダっちょに言えば、ウーマロさんにマグダっちょ禁止の報復くらい出来るです!
「あたしから弟を引き離す諸悪の根源は、マグダっちょと引き離されればいいのです」
「「やっぱり長女が一番残念だ、ウチの家……」」
長男と次男が顔を見合わせてため息を吐くです。
失敬です。むぅ!
「やっぱりお兄ちゃんに相談した方がいいか」
「だね。姉ちゃんを説得出来るのはお兄ちゃんだけだし」
あたしを見て「残念だわぁ~」とか失礼なことを言う弟二人がお風呂の樽から離れて、裏庭の何もないところを覗き込むようにして立ったです。
「「あれ? これひょっとして、おっぱい生えてない?」」
「そんなんで来ないですよ!?」
お兄ちゃんは世の中の全おっぱいに反応するセンサーを内蔵とかしてないですよ!?
さすがにそこまでくだらない呟きを拾ったりはしないです!
そんなアホなやり取りをしていると、お風呂待ちをしていた年少の妹が『とことことー』って駆けてきたです。
「おね~ちゃ~ん。おにーちゃんが来たー!」
「なんで来てるです!? えっ!? どうやって意思疎通したです!? ちょっとお兄ちゃんの感性が怖いです!」
「わ~い、お兄ちゃん来た~!」
「そのまま出てっちゃダメですよ、次女!? 三女、四女、五女、六女! あの娘を取り押さえて服着せてです!」
「「「「あいあいあ~い!」」」」
「だからそれ、ちょっと間違ってるですよ!」
ぱたぱた駆けていく妹を見送って、本当にお兄ちゃんを召還した弟二人をじろりと睨むです。
「お兄ちゃんを呼ぶためとはいえ、嘘はよくないですよ。軽率な発言は慎むです」
「「あ…………、ごめんなさい」」
姉弟間と言えど、嘘はダメです。
口にしてしまったがために人生が終わる。そんなことすらあり得るですからね。
悪徳地上げ屋ゾルタルとの一件で、骨身に染みたはずです。……あの時、お兄ちゃんがいなかったら、あたしたちは……
「お兄ちゃんがくれた幸せは、何があっても守り抜くですよ」
「「うん、約束する」」
「よし、です」
迂闊な弟二人の頭をぽんっと叩いて、お兄ちゃんを出迎えに行くです。
と、本館に入る入り口を見ると――
「ほぅ、ここが男子禁制のヒューイット浴場か」
「なに普通に入ってきてるです、お兄ちゃん!?」
「いや、妹たちが入れって」
「男子禁制って分かってたですよね!?」
「大丈夫、『俺は』気にしない!」
「妹たちー! 脱ぐのと濡れるの全面禁止ですよー!」
お兄ちゃんに関しては、お兄ちゃんですけども、家族よりも厚い信頼があるですけども、それでもやっぱり年端もいかない妹たちのあられもない姿は見せられないです!
「わ~い、お兄ちゃ~ん!」
「次女は室内待機です!」
「えぇ~!」
最も危険な次女を隔離して、三女から七女に弟たちのお風呂を任せて、あたしと長男次男はお兄ちゃんと話をするです。
「面白い洗い方してんだな」
「お兄ちゃん、お風呂はいいですから、話を……」
「二層式洗濯機みたいだ」
「せんたくき?」
「洗い物を放り込んでな、こうやって渦を巻いて一気に綺麗にしちまう道具だ」
『こうやって』と言いながら、腕を肩口までお湯につけてぐるぐるとかき回すお兄ちゃん。
中に入っていた弟数人が「「「ぅはは~い!」」」と渦にもまれて回っている。
楽しそうです。
「はぁ……ただ、……手でやるのは、かなりしんどい……」
「そんなんで汚れが落ちるですか?」
「ちゃんと作ればな」
ぜーぜーと息を荒らげて、脇腹までびっしょり濡れたお兄ちゃん。
……何やってんですかね、本当に。
お兄ちゃん、ウチの弟妹大好きですね。両想いです。
「それで、お兄ちゃん……ウチの裏庭に、本気でおっぱいが生えてると思ったです?」
「えっ!? お前んとこの裏庭には、そんな素敵なエリアがあるの!?」
「ないですよ!?」
お兄ちゃんが絶妙なタイミングでやって来たから、もしかしてと思っただけです。
「おっぱいなら、さっきまでそこで次女が放り出してただけです」
「おい、弟! 次女はどこ行った!?」
「隔離したですよ!?」
「何やってんだよ、ロレッタ!?」
「長女としての責務を全うしただけです!」
「いいお姉ちゃんか!?」
「いいお姉ちゃんですよ!?」
「くそぅ……」と悔しそうに唇を尖がらせるお兄ちゃん。
とか言って、目の前で次女がそんなことしようとしたら止めるクセにです。
その辺は、あたしも信用はしてるです。
ただ、万が一の事故を未然に防ごうとしているだけです。
「それじゃあ、お兄ちゃんは何をしに来たです?」
「あぁ、いや。ウーマロに話を聞いてな」
ウーマロさん?
「マグダっちょ禁止にするです?」
「やっぱそういう発想になってたか……」
すべてをお見通しだみたいな顔で、苦笑を漏らすお兄ちゃん。
なんですか。まるであたしが単純っ娘みたいに。
「ロレッタ。長男と次男はすごく頼りになるだろ?」
お兄ちゃんが急にそんなことを言うので、あたしは素直に頷いたです。
「はいです。この二人がいれば、ウチは安全です。あのゾルタルからもきちんと弟妹を守ってくれてたですからね」
口は多少悪いけれど、弟妹思いの頼れる弟たちです。
もし、あたしに万が一のことがあってもこの二人がいればヒューイット家は大丈夫。そう思えるくらいに頼りにしているです。
「じゃあ次女はどうだ?」
「あの娘は……ちょっと、のんびり過ぎるです」
「三女四女は? 三男四男は?」
「言うことはよく聞くですけど、頼りになるかと言うと……」
「そういうことだよ」
「どーゆーことです?」
お兄ちゃんと長男次男が肩をすくめて視線を交わすです。
あれ?
あたしだけ理解してないです?
「姉ちゃんはさ、お兄ちゃんに出会うまで一人で全部を背負ってくれただろ?」
「嘘とか冗談抜きでさ、僕らの中じゃ姉ちゃんはヒーローなんだよ」
「ほちょ!?」
そんなこと、言われたのは初めてです!
「けど、同時に無理してることも知ってた」
「姉ちゃん、寂しがりなのに、一人で暮らすのってつらかったろうなって」
それは……
確かに、仕事が終わって真っ暗な部屋に帰るのは寂しくて、苦痛で……ほんのちょっと悪足掻きしてカンタルチカの閉店後もお店で粘ってたらパウラさんに摘み出されたこともあるですけど……
「だから、僕たちがしっかりしようって話し合ったんだ」
「最低でも姉ちゃんがウチの心配で仕事が出来なくなるような事態は避けようって」
「あんたたち……そんなことを……」
知らなかったです……
「まぁ、そのあとお兄ちゃんが現れて、バババーッて全部解決してくれたんだけどさ」
「お兄ちゃんのことも、すっげぇカッコいいと思ってるよ!」
「……俺のことはどーでもいいんだよ、今は」
お兄ちゃんが照れてそっぽを向くです。
むふふ。可愛いです。
「僕らはさ、必死だったから変われた。けど、弟たちはそうじゃない。姉ちゃんや僕たち、それにお兄ちゃんがいる。領主様やシスターが守ってくれる」
「それはありがたいんだけど、それだけじゃ頼りがいのある大人になれないんじゃないかって思うんだ」
頼りがいのある大人に……なれない?
「要するにだ」
長男と次男の間に立って、二人の頭に手を載せるお兄ちゃん。
「よく言ったな」って褒めてるような笑みを向けて、それからあたしへ視線を向けるです。
「自分たちが家を出ることで、下の世代に責任感を持たせたいんだとよ」
「責任、感……」
「困ったことは全部上三人に任せればいいやって安心感があると、やっぱ甘えちゃうだろ? それでもいいやって思えるなら別に構わないが、こいつらはその責任感でトルベック工務店に認められたんだ。たぶん、その差は大きいと思うぞ」
確かに、ウーマロさんがよく言ってるです。
ウチの弟妹は、仕事は丁寧でいい出来だけれど、リーダーになれるような責任感のあるヤツがいないって。
誰かが先頭に立って指示を出さなきゃ仕事が出来ないって。
例外は、この二人だけ……
「こいつらは、弟の将来の選択肢を広げてやりたいんだとよ」
長男次男の頭に置かれていたお兄ちゃんの手が、あたしの頭に載せられるです。
「お前がこいつらにそうしてやったみたいに、な」
じわりと、目の前の景色が滲んだです。
目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとして……声が震えるです。
「いっ、一丁前な、こと、言って……なまっ、……なまいき、です……弟のくせに…………ぐすっ」
「えへへ」
「へへっ」
腕白だけが取り柄だった子供の頃のままの笑顔で、二人が笑うです。
全然言うことを聞かなくて、あたしを困らせてばっかりだった上二人が、そんなことを考えるようになっていたなんて……
そんなことを、考えていてくれたなんて……
「はっ!? じゃ、じゃあ、あたしが真っ先に出ていかなきゃいけないですか!?」
「それはダメだよ!」
「姉ちゃんはずっとここにいなきゃ!」
お兄ちゃんの横をすり抜けて、長男次男があたしの両手をそれぞれ握るです。
「僕たちは、『姉ちゃんを守るぞ!』って頑張ってんだから」
「だから姉ちゃんはウチにいてくれなきゃ」
振り返ると、お湯に浮かぶ弟も、弟の世話をする妹もみんな笑ってあたしを見ていたです。
「あんたたち…………ぐじゅぅ……っ! もう、……もう、もう!」
長男次男の手を振り払って、顔の上を流れる液体を全部拭うです。
涙も鼻水も全部ごっちゃになってても全部拭い去って、満開のロレッタちゃんスマイルで言ってやるです。
「みんな大好きですっ!」
「「「「おねーちゃーん!」」」」
両腕を広げると、弟も妹も関係なく、我先にと飛びついてくるです。
可愛いです!
世界一可愛いです、ウチの弟妹!
わぷっ!? ちょっ、泡っ! 泡が顔に……いたたた! 鼻に入ったです!
「ちょっ、泡は落としてからにするです!」
「やーだー!」
「おねーちゃん、すきー!」
「あわあわー!」
「わぁっ、お姉ちゃん泡だらけ!」
「大変、洗い流さなきゃ!」
「おねーちゃんたちー、お湯ー!」
「「まかせてー!」」
ん?
ちょっと、不穏な会話が聞こえたですよ?
お湯?
慌てて顔にへばり付く泡塗れ弟を引っぺがすと、年中の妹二人が大きめの桶一杯のお湯をこちらに向かって浴びせかけているところでした。
回避は不可能。
数瞬後には、あたしびっちゃびちゃです……
「あんたたち……」
これは、ちょっとやり過ぎです。
大好きですけど、やり過ぎは叱ってやらなければいけないです。
それが、長女の責務!
「ちょっとはしゃぎ過ぎですよー!」
両腕を振り上げると、あたしに張りついていた弟たちが「ぴゅー!」っと逃げ出し、妹たちがきゃっきゃっと逃げていくです。
そして、あたしのすぐそばにいた長男次男が慌てた声を挙げるです。
「ちょっ!? ねーちゃん!?」
「待った! こっち向くな!」
「へ? なにがです?」
何が言いたいのかさっぱり分からず、長男次男を振り返ると、……その真ん中でお兄ちゃんが顔を押さえて思いっきりそっぽを向いていたです。
……おやぁ? この反応…………
背筋を、嫌な汗がだらだら流れていくです。
恐る恐る視線を下げると……真っ白なシャツが濡れて、はっきりくっきり浮かび上がっていたです。
多くは語らないですよ!?
語らないですけれど……次女ほどではないにしても、大量のお湯に囲まれて肉体労働を行う予定だったので、あたしもなるべく楽な服装がいいと思って…………着けてなかったです。いわゆるひとつの、ブラジャーを。
「のぉぉおおおおおおっ!?」
お兄ちゃんを突き飛ばし、ダッシュで本館へ駆け込んだです。
ドアが閉まる直前――
「「やっぱ、長女が一番残念……」」
――なんて長男次男の声が聞こえてきたです。
それから一週間後、長男と次男は実家を出てトルベック工務店の寮へと引っ越したです。
「あの子たちが出て行ったから、寝室が広くなったです」
引っ越しのお手伝いに来てくれていたお兄ちゃんに、広くなった寝室を見せてあげるです。
がらんと開いた寝室。
その一角、部屋の奥の角っこに十六人の弟がこんもりと積み重なってお昼寝しているです。
「……いや、広いのは弟たちの寝方のせいじゃね?」
「今までは、この空いたスペースにあの二人が寝てたですよ」
ウチの弟妹は十歳を過ぎると、徐々に重なって寝ないようになっていくです。
まぁ、あたしはたまに重なって寝てあげてるですけどね。弟妹を甘やかしてあげているです。
「お引越し、早く済んでよかったですね」
「……マグダが手伝いに来たのだから当然」
同じく、お手伝いに来てくれていた店長さんとマグダっちょがすっきりさっぱりした顔をしているです。
確かに早く終わったのはいいんですけど……
「早く終わり過ぎて、無性に寂しいです……もう、この家にあの二人はいないんですねって実感が……」
胸にぽっかりと穴が開いたようです。
あ……寂しくて泣きそうです。
ちょっとくらいなら泣いてもいいでしょうか…………
「いや、ロレッタ。よく見ろ」
お兄ちゃんに頭を掴まれ、強制的に庭の方へと顔を向けられたです。
「トルベック工務店ギルド員寮・ヒューイット館は、お前の実家の離れのすぐ隣じゃねぇか」
「……徒歩三十秒」
「ウーマロさんが、張り切って建ててくださってよかったですね」
みんなが言う通り、トルベック工務店の新しい寮は、ウチの家のすぐ隣に――というか、敷地内に建設されたです。
でも、それがなんだって言うですか!?
「玄関が別々ですよ!?」
「いいだろうが、それくらい!」
「食堂も別です!」
「けど、お二人ともお料理は出来ないそうなので、ご実家でお食事されると言ってましたよ?」
「病気になったらどうすればいいか……心配です!」
「……好きな時に好きなだけ見に行けばいい」
「むぁぁあああ! 誰もあたしの寂しさを分かってくれないです!」
兄妹の巣立ちは喜ばしくも寂しいものなのです!
このままでは、あたしの枕は、今晩ぐっしょり濡れることになるです!
「マグダっちょ! あまりに寂し過ぎるので、今日はウチにお泊まりして一緒に寝てです!」
「……望むところ」
「つか、そもそも、お前の方がちょいちょい陽だまり亭に泊まりに来て結構家を空けてんじゃねぇかよ。それで、どの面下げて寂しいなんて……」
「うふふ。お姉さん特有の感情なのかもしれませんね。わたしも、教会の子供たちが一人立ちする時には同じように寂しくなるかもしれませんね」
「いや、ここまでこじらせるのは勘弁してくれ……面倒くさくて仕方ない」
そんなわけで、その日は長男次男の巣立ち記念&お引っ越し祝い&ロレッタちゃん感謝祭を兼ねて、我が家で盛大なパーティを開催したのです。
分厚いお肉、美味しかったです。
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