第4話 風邪引きミリィ
「けほっ、けほっ」
昨日の午後から、なんだか熱っぽいな~、おかしいな~と思っていたんだけど、どうやらみりぃ、風邪を引いてしまったみたい。
「けほっ、けほっ」
うぅ……喉が痛いよぅ……
申し訳ないけれど、今日はお店を休ませてもらおう。
「でも、ギルド長さんに報告に行かなきゃ……ぁう」
ベッドから起き上がると、途端に足の力が抜けて床にへたり込んじゃった。
ダメだよぅ……世界がくるくる回って、立てない……
「はぁ…………どうしよう」
家の中は静かで、人の気配はない。
みりぃは一人暮らしだから、こういう時、すごく……心細い。
ベッドに寄りかかり俯くみりぃを、温かい光が包んでくれる。
朝陽がガラス窓から差し込んでくる。
よかった、窓ガラスに変えておいて。
木窓のままの暗い部屋だったら、きっと気分がもっと滅入っていたと思う。
あぁ……日光が温かいなぁ。
ノーマさんとデリアさんに勧められて、ウーマロさんがとっても安くしてくれて、あと、街のみんながお花をたくさん買ってくれるようになって、みりぃもお家に窓ガラスを入れることができた。
実は、改装された陽だまり亭を見てずっと憧れてたんだ。窓ガラス。
陽だまり亭の窓ガラスはキラキラで、透き通っていて、とても綺麗だった。
みりぃも、毎日綺麗に掃除してるよ。窓ガラスが綺麗だと、とても楽しい気分になるから。
お部屋の中が明るいと、心まで明るくなる気がする。
けど、どうしよう。
ギルド長さんに会いに行かなきゃ。
でも、ちょっと立てそうにない……かも。
コツン――と、窓に何かが当たった。
なんだろう?
重い頭を持ち上げると、もう一度「コツン」って。
ベッドに手をついて、這うようにしてなんとか窓に近付く。
ふらふらするから、壁に手をついて立ち上がる。……あぅ、眩暈が。
くらっとした頭を押さえて、窓の外へと視線を向けると。
「ミリィ、大丈夫か?」
てんとうむしさんがいた。
……え? なんで?
「どうしたの?」と尋ねたかったけれど、喉が痛くて声が出ない。
ちょっとでも聞こえるようにと思って、窓を開けて、窓枠に手をかけて身を乗り出す。
くらぁ…………
「危ない、ミリィ!?」
「へ……ぃき……」
ちょっと眩暈がして、窓から落ちそうになった。
慌てて体を引いたら、踏ん張りが全然利かなくて、そのまま尻餅をついちゃった。
ぁう……座っちゃったら、もう立てないよぅ……
「ミリィ、緊急事態ってことで間違いないな?」
窓の向こうから、てんとうむしさんの声が聞こえる。
返事をしたくても「そうだよ」の一言が出ない。
「じゃあ、悪いけど勝手に上がらせてもらうからな」
そんな声が聞こえる。
上がる……って、ここに?
あぅっ、ど、どうしよう! お片付け…………あぁ、むりだぁ……動けないぃ……
そもそも、鍵がかかってるから上がってこられないと思うけど……
「ミリィ、大丈夫か?」
「……てんとう、むし……さん?」
鍵がかかっているはずなのに、てんとうむしさんは何事もなかったようにお部屋まで上がってきた。
床にへたり込むみりぃを見て眉間にしわを寄せる。
「酷い声だな。とにかく体を冷やすな。布団に戻ろうな」
小さな声で「お邪魔します」と言って、ミリィの部屋に入ってくる。
あぁ、あの辺とか、机の周りとか、ちょっと散らかり過ぎてる……あんまり見ないでぇ。
……と、思ったら、てんとうむしさんはみりぃだけを見て、お部屋の中をきょろきょろ見回したりはしなかった。
よかった。てんとうむしさんで。
「熱も高いな」
みりぃの前にしゃがんで、みりぃのおでこに手を乗せる。
……ひんやり。きもちぃ。
「ちょっと抱えるぞ」
「ぇ……ぅひゃぁ!?」
すっと、軽々と、てんとうむしさんがみりぃを抱きかかえる。
お姫様抱っこ……うぅ、恥ずかしい、かも…………
「頭、ふらつくならもたれていいぞ。ちょっと、布団直すからな」
「……ぅん」
みりぃを抱えながら、みりぃがベッドからずり落ちたせいでめちゃくちゃになっているお布団を整えてくれる。
ぎゅっと強めに抱きかかえられて、なんだか……守られてるって感じる。
頭がふらふらするから、お言葉に甘えて、ちょっとだけもたれかからせてもらう。
てんとうむしさんの胸に頭をくっつけると、とくん、とくんって、心臓の音が聞こえた。
てんとうむしさんの、音。
とくん、とくん……
「じゃ、ベッドに戻ろうな」
「……ぅん」
本当は、もう少しこのままでいたかった。
けど、てんとうむしさんはしんどい、よね。
風邪も、早く治さなきゃだし。
わかってる、けど。
「ちょっと、……残念、だったかも」
布団をかけてくれるてんとうむしさんを見ていたら、ふいにそんな言葉が口をついて出ていた。
ぎゃっ!?
みりぃ、すごく甘えちゃってる!?
小さい子供みたいで、恥ずかしい……ょぅ。
「んじゃあ、風邪が治ったらお姫様抱っこで散歩でもするか?」
「ぇ…………ぃい、の?」
「いいよ。ミリィは小さくて軽いからな」
「はぅ…………ちぃさく、なぃもん」
むぅ。
これでも、ちょっと大きくなったんだよ。去年より2ミリも身長が伸びたんだから。
……まぐだちゃんは、みりぃよりもっと伸びてるけどね。
「ちょっと待ってろ。たぶんもう少ししたらハム摩呂が戻ってくるから」
「はむまろ、ちゃん?」
「あぁ。あいつ、今日ミリィの手伝いの日だったろ?」
確かにそう。
今日から三日間は、ハム摩呂ちゃんがみりぃのお店を手伝ってくれることになっていた。
ハム摩呂ちゃんは可愛いから、お店の常連客さんにも大人気。きっとお店に立ってくれていたら、お客さんたち喜んだだろうな。
「ハム摩呂がな、時間になってもミリィが出てこないって、俺のところに来たんだ」
そうなんだ。
それで、心配して見に来てくれた、の?
なんだか、迷惑かけちゃったな……
「ただの寝坊かもしれないから大勢で押しかけるのはどうかと思ったんだが、やっぱジネットに来させるべきだったな。男の俺より、気が楽だろう?」
はぅ……
さっきから、てんとうむしさんが気を遣ってお部屋を見ないようにしてくれているのがわかる。
……みりぃが、お部屋のお片付けができない娘だってバレちゃった…………恥ずかしい。
「でも……、お家、カギ……」
仮に、てんとうむしさんじゃなくてジネットさんが来てくれていたとしたら、こうして入ってくることはできなかったと思う。
みりぃが玄関までカギを開けに行かなきゃ入れないし、今のみりぃには、お家の急な階段を上り下りするのはちょっと無理っぽい…………あれ?
「そうぃぇば、てんとうむし、さんは、どうやって、中に……?」
「あぁ、悪いがカギを開けさせてもらった」
え、どうやって?
首をこてんと傾けると、てんとうむしさんはなんでもないことのように言って教えてくれる。
「俺がいつも持ち歩いているこの先端がちょっと加工されている針金を使えば、この街のカギなら大抵どれでも開けられる」
それ、なんかすごくない!?
え、カギがカギの役割果たしてない、ょね?
「大丈夫だ。傷を付けるなんて素人みたいな真似はしない。じっくり調べても開けられたことが一切分からないくらいにスマートに開錠したから、カギを替えなくても普通に使えるぞ」
違うの、違うの。
心配してるのはそういうところじゃなくて。
っていうか、いつも持ち歩いてるって……?
「まぁ、こういう時でなきゃ使うつもりはないから安心してくれ。……って、言っても無理か」
ははっと、笑うてんとうむしさん。
その顔を見たら、不安は一瞬でなくなった。
そうだよね。
てんとうむしさんだもん。
カギが開けられるからって、勝手に誰かのお家に侵入したり、悪いことに使ったりはしないよね。
よかった。
その技術を持っているのがてんとうむしさんで。
「まぁ……エステラには、この『どこでもキー』を使用したら逐一報告するように義務付けられちまったんだけどな……あいつめ、誰のおかげで蔵の金庫が開けられたと思ってんだ……」
てんとうむしさんが不服そうに語ったところによると、以前、エステラさんのお家の蔵にある大きな金庫を開けてあげたことがあるんだって。
なんでも、遠くの町に静養へ行ってしまった前領主様が金庫のカギを一緒に持って行っちゃったらしくて、他区の領主様とのやり取りに必要な書類が取り出せなくなって困っていたって。
そこで、てんとうむしさんがその金庫のカギを開けてあげたんだって。
……領主家の金庫って、たぶん、この街で一番堅牢なカギのはず、だよ、ね?
開けられちゃうんだ……すごいな、てんとうむしさん。
「感謝するどころか、『そのカギを使用した際は逐一、すべて、そのことごとくを詳らかにし報告すると約束したまえ。反故にするとカエルだよ、ス~カスカ!』とか抜かしやがってよぉ」
……うん。絶対『ス~カスカ』は言ってない、ょね?
「だから、明日からも安心してていいからな。エステラに小言言われるのも面倒だし」
やれやれと、そんなことを言って、少しだけみりぃから視線を逸らして、そして――
「ミリィが嫌がるようなことは、絶対しないから」
そう言ってくれた。
「ぅん……信じる」
みりぃは、てんとうむしさんの言うことならなんだって信じられる。
てんとうむしさんは、みりぃを傷付けるようなことは絶対しないって、わかってるもん。
ふわって、てんとうむしさんの顔が柔らかい笑みになって、みりぃの前髪を指先で軽く梳いてくれる。
くすぐったくて、みりぃも笑顔になる。
「見に来たのが俺で悪かったな。落ち着かないよな」
うぅん。 てんとうむしさんでよかった。
「ハム摩呂が戻ってきたら、ジネットと交代してもらうからな」
てんとうむしさんが帰っちゃう。
そう思ったら、自然と、無意識で……てんとうむしさんの手を握ってた。ぎゅって。
「帰、っちゃぅ……の?」
急に寂しくなって、不安があふれてきて、なんだか今てんとうむしさんがいなくなっちゃったら、みりぃ、このまま消えてなくなっちゃいそうな気がして……泣きそうになった。
「……そんな顔をされると、非常に困るんだが……」
うぅ……みりぃ、今、すっごく困った娘になってる、ょね?
けどね、でもね……
そばに、いてほしぃ……な。
「はぁ……ミリィが俺でいいってんなら、看病させてもらうけどさ」
その瞬間、心に圧しかかっていた重苦しい気持ちがぱぁあって晴れていった。
嬉しいな。嬉しいな。
「けど、風邪が治った後、絶対悶絶すると思うぞ。覚悟しておけよ」
はぅ……それは、確かに、そぅ……かも、だけど……
「そしたら……てんとうむしさん、しばらくお店に入店禁止、ね?」
「わぁ、俺、出禁食らったぁ」
恥ずかしくなって、顔が半分隠れるくらいまで布団にもぐる。
てんとうむしさんがおどけてくれて、緊張が少しだけ和らいだ。
……ごめんね、てんとうむしさん。
みりぃ、わがまま言ってるよね。
けど、それを受け止めてくれるてんとうむしさんが、みりぃは、とっても……
「ぁう……っ」
恥ずかしさが急に膨れ上がって、今度は頭をすっぽりと覆うまで布団にもぐる。
……風邪の時は特別。風邪の時は甘えていいってお母さんが言ってたもん。
だから、今日だけは……いい、ょね?
「……ごめん、ね? みりぃ、わがままで……」
「風邪の時は特別だ」
「ぅん……ぇへへ。お母さんもそう言ってた」
「だろ? だから、気にしないで早く風邪治そうな」
「……ぅん」
てんとうむしさんは優しい。
いつも助けてくれるとか、そういうこともだけど、それ以上に……
心の中の重たい物をそっと下ろしてくれる。
「気にしなくていいよ」って、いつも態度で示してくれる。
素直に、甘えさせてくれる。
だから、てんとうむしさんは優しい。間違いなく。
「ミリィちゃん、大丈夫?」
「ギルド長、さん?」
心配そうな顔で、ギルド長さんがミリィの部屋を覗き込んだ。
ベッドのそばに座るてんとうむしさんを見て、みりぃを見て、声を潜めて聞いてくる。
「お二人は、そういうご関係なのかしら?」
「違ぅ、ょ!? ギルド長さん、全然、そんなのじゃ、なぃ……けほっけほっ!」
「あらあら、ダメよ、大きな声を出しちゃ」
「だって……っ」
ギルド長さんが変なこと言うからだもん……
「ハム摩呂は伝言を正しく伝えられなかったのか?」
「それがねぇ」
頬に手を添えて、ギルド長さんがおっとりと答える。
「『ミリリっちょが寝てるから、お兄ちゃんがお部屋に侵入して、一大事だから、今日はたぶんお休みやー』……って」
なにそれ!?
全然伝わってないよ!?
うぅ……言葉自体はそこまで大きく間違ってないけど……でも、意味が全然違って聞こえるよぅ!?
「うん。たぶんね、なにかしらの誤解があって、解釈の違いなんだろうなとは思ったのよ? けどね、ほら、ミリィちゃんもお年頃だし、ねぇ?」
「なぃょ!? そんなこと全然なぃから……けほっけほっ」
「だからダメよ、大きな声を出しちゃ」
だって!
ギルド長さんが!
それから、てんとうむしさんがきちんと事情を話してくれた。
朝、いつまでたってもみりぃがお店を開けないからてんとうむしさんに助けを求めたこと。
そうしたらてんとうむしさんが「無事かもしれないけど、まずはギルド長に報告してくれ。『もしかしたら今日は休むことになるかもしれない』って。なんでもないなら、その時改めて報告すればいいから」って、ハム摩呂ちゃんをギルド長のところへ向かわせてくれたんだって。
事前の報告は大切だし、休むにしても早く連絡がもらえるとギルド長さんも助かるもんね。
さすがだなぁ、てんとうむしさん。
……だからね、もうちょっと頑張ろうね、ハム摩呂ちゃん。
「状況は分かったから、今日はゆっくり休んで頂戴ね。明日以降は報告はいらないから。体調がよくなったら顔を見せて頂戴」
それまではゆっくり静養するようにって、ギルド長さんが言ってくれる。
あと、時間を見つけて覗きに来てくれるって。
ギルド長さんは、一時期みりぃの親代わりもしてくれた人だから、とっても信頼している。合鍵も渡してあるくらいに。
「けど、そうね。てんとうむしさんがいてくれるなら安心ね」
ギルド長さんは、みりぃがそう呼んでいるからって、てんとうむしさんって呼ぶ。
けど、呼ばれたてんとうむしさんはちょっと嫌そうな顔をするけど。
みりぃの時はそんなことないのにね。
「でも驚いたわぁ。てんとうむしさんが、ミリィちゃんから合鍵をもらうほど親密になっていたなんて」
「ち、違ぅよ!? そんなんじゃ……けほっけほっ」
「あら、違うの? だってカギがかかってたら入れないでしょ?」
「俺は勝手にカギを開けて純然たる不法侵入をしただけだから安心しろ」
てんとうむしさん、それ、安心できない、ょ?
「ミリィにはまだ、合鍵を渡すような親密な男はいない。……もしいたら俺が排除してる」
なんで排除するの!?
ぃや、いないんだけど、ね……でも、なんで排除?
「うふふ。てんとうむしさんがそう言うなら、安心ね」
どこで安心したの、ギルド長さん!?
「それじゃあ私は、てんとうむしさんが出来ないお手伝いをしてからお仕事に戻るわね」
「ぁう、そんな、悪ぃよぅ……平気だから、お仕事戻って、ね?」
「あら、いいの?」
頬に手を添えて、おっとりと部屋の一角を指差すギルド長さん。
「脱ぎっぱなしの下着、てんとうむしさんに洗ってもらう?」
「ぃやぁ、言わなぃでぇー!」
みりぃは、お洗濯があまり得意じゃないから、お花のお世話もあるし、毎日いろいろやらなきゃいけないし、お洗濯は週に一回って決めていて、だから、今はたまたま、一番溜まっている時で、だからズボラで溜め込んでいるわけじゃ……うぅ……そんな顏でみりぃを見ないでぇ……
「お洗濯しておくわね。……二週間分くらい溜まってるみたいだから」
「……うぅ……先週は、ちょっと、忙しくて……」
「うふふ。それに、てんとうむしさんも、その方が肩も凝らなくていいでしょ?」
てんとうむしさんは意識してそっちの方を向かないようにしてくれていた。
確かに、アレがなくなった方が、てんとうむしさんも寛げる、かも。
「……ごめんなさい。ぉ願い、します……」
「はいはい。…………あら、可愛いの穿いてるのねぇ」
「言わないで!」
「まぁ、ミリィちゃんが、こんな大人っぽいのを……?」
「言わないでぇ!」
「いつの間にか、大人になったのねぇ」
「ギルド長さんっ!」
ギルド長さんがくすくす笑って、洗濯物を手早くかき集める。
うぅ……ありがたいんだけど……ありがたいんだけどぉ……
「それじゃ、洗ってくるわね」
「よし、手伝おう!」
「ダメだょぅ!?」
立ち上がろうとするてんとうむしさんの服をぎゅっと掴む。
この手は、絶対離しちゃダメ。
てんとうむしさんがみりぃの顔を見てにこにこしている。
もぅ、またイジワルして。
「あ、そうだわ。お洗濯が終わったら、私、陽だまり亭に行ってジネットさんを呼んできますね」
「ハム摩呂はどうした?」
「ウチで別のお仕事をお願いしているわ。ハム摩呂ちゃんだと、ちょっと大袈裟に伝わっちゃうかもしれないでしょ?」
確かに。
それでギルド長さんが大慌てで飛んできたわけだし。
……これ以上変な噂が広がっちゃったら、みりぃ、恥ずかしくてお店に立てなくなっちゃうよぅ。
「ちゃんと風邪だって伝えておくわ」
「じゃあ、薬を持ってきてもらえるように伝言頼めるか? 飯は俺が何か作っておくからって」
「分かったわ。陽だまり亭の置き薬はよく効くものね。ミリィちゃんも置き薬お願いしたら? レジーナさんと仲良しなんでしょ?」
うん。
レジーナさんとはよくおしゃべりしているし、仲良しだと思う。
けど、みりぃはお薬のことよくわからないから、たくさんあってもどれを使えばいいのか迷っちゃって。
レジーナさんに聞けば、適切なお薬をくれるから、それに頼ってばっかりなんだよね。
「……仲良しだから、置き薬してないの、かも」
「まぁ、種類が多いからな。あいつの薬、すっげぇピンポイントで効果を発揮する物とか用意してあるし。気を利かせ過ぎなんだよな。もっとアバウトでもいいのによ」
くっくっくっと、てんとうむしさんは笑う。けど、てんとうむしさんがレジーナさんの薬を誰よりも評価してるって知ってる。
レジーナさんも、てんとうむしさんがいるから存分に腕が振るえるって言ってたし。
レジーナさんとてんとうむしさん、この二人がいてくれるおかげで大きな病気をしても安心だって、怪我をしても適切に処置してくれるって、みんな感謝してる。
あの『湿地帯の大病』の時に二人がいてくれてたら、もっと多くの人が救われたのになぁ。
みりぃが十歳の時、四十二区に記録的な豪雨が降り注いで、湿地帯の泥が川にまで流れ込んだ。
湿地帯の泥は、湿地帯の中にある時は悪影響がなかったのに、外に出た途端悪臭を放ち、悪いバイキンを持った害虫が大量に発生してしまった。
その虫に刺された人は、酷い高熱にうなされて……多くの人が亡くなった。
みりぃの両親も、その病気で……
みりぃの両親だけじゃなくて、でりあさんの両親も、ぱうらさんのお母さんも。
あと、当時の領主様もその病に侵されて危篤状態にまで陥って、ものすごく高いお薬を買って、なんとか一命を取り留めたけれど、もともと体が丈夫じゃなかったこともあってその後遺症がずっと残って、それ以降表舞台に立つことはほとんどなかった。
思えば、あの時からえすてらさんはずっと一人で領主代行をやっていたんだね。
すごいなぁ。
みりぃなんか、ずっと泣いて、落ち込んで、寂しくて……ギルド長さんが親代わりになってくれて、ギルドのみんなが一緒にいてくれて、なんとか生きてこられただけ。
みりぃがえすてらさんの立場だったら、絶対悲しくてつらくて、逃げ出しちゃってた。
「……てんとうむしさん」
「ん?」
「…………ぃてくれて、ぁりがと、ね」
「……、あぁ」
てんとうむしさんの手がみりぃの前髪を撫でる。
過去は変えられないけれど、今は、未来を大きく変えてくれたてんとうむしさんがいる。
寂しい時もあるけれど、みりぃはしっかりと前を向いて生きていける。
「少し眠るといい。その間俺はお洗濯の手伝……もとい、おかゆでも作っておくから」
「……キッチン以外への立ち入り禁止。指切りっ」
「はいはい」
もぅ……てんとうむしさんは。
小指を絡ませて、小さく振る。
てんとうむしさんと、指切り。
「嘘吐いたらベッコのあばらを折~る、指切った♪」
「待って!? べっこさん、かわいそぅ!」
そして、てんとうむしさんに一切のペナルティがない。
くすくす笑う顔を見れば、ちゃんと約束を守ってくれるのはわかるけど……
てんとうむしさんって、大人なのに子供みたいな人だなぁ。
みりぃのことを子供子供って言うくせに。てんとうむしさんの方がよっぽど子供だと思うな、みりぃは。
それから、少しだけ寝て、目が覚めたらレジーナさんがいた。
「れじーな、さん?」
「あ、起きたんかいな、ミリィちゃん」
体を起こすと、おでこに載っていた濡れタオルがぽとりと落ちる。
「起きて平気なんか? 無理したらアカンで?」
「ぅん、平気。随分よくなった、みたぃ」
「さよか。ほなよかったわ」
レジーナさんの手元に『吸い飲み』っていう、寝てる人にお薬を飲ませる道具がある。
寝ている間にお薬飲ませてくれたのかな?
「……てんとうむしさんは?」
「下やで。そろそろ起きるやろう言ぅて、おかゆさん、温めに行ってはるわ」
そんな話をしていると、ちょうどてんとうむしさんが戻ってきた。
お鍋の載ったお盆を持って。
「おっ、起きたか? じゃあ、ちょっと食っとこうな」
てんとうむしさんが作ってくれたおかゆは、キラキラ輝いていて、とてもいい香りがして、すごく美味しそう。
「ジネットには負けるが、そこそこの出来だと思うぞ」
小さなお茶碗に少しだけおかゆを掬って、ふぅふぅって冷ましてくれる。
はぅ……ふぅふぅ……
「キッチンに珍しい魚があったから、使わせてもらったぞ」
「ぁ、空飛ぶお魚?」
でりあさんからお裾分けでもらった、不思議なお魚。
まーしゃさんが持ってきてくれたっていう、空を飛ぶお魚の丸干し。
たしか、トビウオっていうお魚だって言ってた。
「あいつで出汁を取ると美味いんだよなぁ」
「なんやたっけ? 『丸ダシ』?」
「『アゴ出汁』だよ!」
「せやせや、『モロダシ』」
「お前、耳になんか詰まってんじゃねぇの!?」
賑やかに、いつも通りのやり取りをするてんとうむしさんとれじーなさん。
れじーなさんは、てんとうむしさんといると、本当に楽しそうな顔をする。
みりぃと二人きりの時は、もうちょっと落ち着いているのになぁ。
でも、わかる。みりぃもてんとうむしさんといると、ついはしゃいじゃうもん。
「自分で食えるか? なんなら、食べさせてやってもいいけど?」
ぅえっ!?
て、てんとうむしさんに、食べさせてもらうって……
「食べさせるっちゅうんは、ふぅふぅして、一回口ん中入れて、咀嚼して、口移しで?」
「ひな鳥か!?」
「ぁう……ぁの、自分で、食べる、ね」
うぅ……そんなことしないってわかってるのに、そんなこと言われると、恥ずかしくて、食べさせてもらうなんて、無理。
「じゃあ、火傷に気を付けてな。食えるようならおかわりよそうから」
「ぅん」
三口分くらいの、少しの量。
それを掬って、ふぅふぅして、食べる。
「……ぉいしい」
香りがよくて、旨味がぎゅっと詰まっていて、何も入っていないのに具沢山のスープみたいな贅沢な味。
これなら、いっぱい食べられそう。
「てんとうむしさんは、お料理も上手なんだょね、すごぃなぁ」
「ジネットには負けるけどな」
「そういえば店長はん、自分では薬見られへんさかい、ウチに行ったってって言ぅてはってな。お見舞い行かれへんけど、早ぅ元気になってやぁって、心配してはったで」
ご飯は、てんとうむしさんがいれば大丈夫だし、看病なら自分よりもれじーなさんの方が適任だと、じねっとさんは今日は来ないらしい。
大勢で押しかけると、みりぃが休めないからって。
うん。じねっとさんはやっぱり優しい。
元気になったら、真っ先にお礼を言いに行こう。
「そんでウチが来たんや」
「ぁりがとぅね、れじーなさん。てんとうむしさんも」
「かまへんかまへん。ただなぁ……」
にこにこしていたれじーなさんが、急に難しい顔になった。
「家に入る前に、一回裏庭覗きに行ったんやけどな?」
「なんで覗きに行ってんだよ」
「ぎょーさん、プリチーなパンツ、いや、生唾ごっくんもののおパンティが物干しに並んどったんやけど」
「なんでいちいち言い直した?」
「なんでか、どっこにも『ご自由にお取りください』って書いてあらへんかってん」
「ご自由に取れると、なぜ思った?」
「なんでやろ?」
「あれ、聞こえてない、俺の全否定?」
れじーなさんとてんとうむしさんのやり取りに、思わず笑っちゃう。
……内容は、ちょっと、アレだけど。……もう、れじーなさんも、困ったさんだなぁ。
「ご飯食べたら、この薬飲んで、明日までたっぷり寝ぇや。そしたら、明日の朝にはすっかり良ぅなっとるわ」
れじーなさんがみりぃの頬をさらりと撫でる。
柔らかくて、綺麗な指。
ちょっとだけ、お母さんを思い出す。
お薬を飲んで横になると、てんとうむしさんが布団を肩までかけてくれる。
そして、濡れたタオルをおでこに載せて、ついでのように頭をぽんぽんと撫でる。
その仕草が、ちょっとだけお父さんに似ていた。
「ぇへへ……」
病気の時に誰かがそばにいてくれる。
眠る時に誰かの声が聞こえる。
それが、こんなにも幸せなことだったなんて。
てんとうむしさんとれじーなさんは、みりぃとそんなに年齢が違わないのに、安心感が全然違う。
こんなこと言うと、怒られるかもしれないけれど……
「ぁの、ね……てんとうむしさんとれじーなさんがね、こうして優しくしてくれたからね……なんだか、お父さんとお母さんにちょっと似てるな、って……思った、ょ」
たくさん甘えさせてくれて、ありがとう、ね。
布団に顔を半分うずめて二人を見上げると、てんとうむしさんとれじーなさんは互いを見合って、そして二人そろって驚愕の表情をみりぃに向けてきた。
「ミリィの両親、そんなに卑猥な親だったのか!?」
「両親揃ってこんなんとか……大惨事やないかいな!?」
あぅ……そうじゃない。そうじゃないょぅ……
頼りがいとか温かさとか優しさとか包み込んでくれる感じとかの話で……
っていうか、二人とも自覚があるならそーゆー言動を控えればいいのに。
自分で認めちゃうって、相当だよ?
やっぱり、てんとうむしさんもれじーなさんも両親には似ていない。
うん、似てなくていいや。
だって、親子じゃなくて、お友達でいたいもんね。
みりぃのことをいっぱい甘やかしてくれる、優しい優しい、大好きなお友達で。
ねぇ、お父さん、お母さん。
お父さんとお母さんはもういないけど、みりぃには大切な人がいっぱいいるから、全然寂しくないよ。
だから、安心して見守っていてね。
その日、すごく贅沢な多幸感に包まれてたっぷり眠ったら、レジーナさんの言う通り翌朝にはすっかり風邪は治っていた。
さぁ、今日からまたお仕事頑張るぞ!
「ぃらっしゃいませー!」
「ミリリっちょの快気祝いの花束、大特価やー!」
「ぅぇえ!? みりぃへのお花なんていいよぅ!」
お手伝いに来てくれたハム摩呂ちゃんはやっぱり大人気で、みりぃは快気祝いの花束をたくさんもらえました。
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