第7話 マーシャと陸の世界
「ニッカちゃ~ん☆ ちょこ~っと、私のお願い聞いてほしいんだけど~☆」
漁を終え、大量の魚を水揚げしている最中に、私は期待の新人ニッカちゃんを手招きして呼び寄せる。
海漁ギルドの船は、人魚が多いことから甲板が水槽になっている。
陸上生活を送る者も一定数いるため橋を渡して、ある程度足場も設けられている。けれど、甲板を移動するにはどうしても遠回りする必要がある。
その点、アゲハチョウ人族のニッカちゃんは、高度は低いけれど空を飛べるので移動が便利だ。
私が呼べば、「は~いデスヨ」と、チョウチョウの羽をぱたぱた揺らして近付いてくる。
羽を動かし飛ぶ姿はとても可愛い。最近の私の一番のお気に入りちゃんだ。
「あはぁっ! 生足が目の前をスライド移動っ! い、いいっ!」
「勝手に見んなデスヨっ!」
「あはぁ~っ! ありがとうございますー!」
こちらに来る途中で、水面に浮かんでいたキャルビンを無駄のない動作で踏みつける様子を見ても、この先期待出来る。
うんうん。遠慮のない娘は大成する可能性が高いよ。ウチではね。
ただ、キャルビンは踏まれても喜ぶから、そこらへんはもう少し要勉強かなぁ。
「なんのご用デスカ、ギルド長?」
「あのね~、ちょこ~っと、四十二区まで連れてってほしいな~って☆」
「えぇぇ………………長期出張の後は早く帰ってカールに――ウチの亭主に会いたいデスノニ……」
「い~じゃな~い☆ ね? ちょこっと! ちょ~っと連れてってくれるだけでいいからぁ~」
「副ギルド長にお願いすればいいじゃないデスカ」
「ん~……ここ最近可愛い女の子にばっかり水槽押してもらってるからさぁ~、キャルビンに押してもらうのは、まぁなんというか、平たく言って……苦痛?」
「じゃあなんであの人に副ギルド長やらせてるデスカ?」
キャルビンは、見た感じぬめっとしていて気持ち悪いけれど、性格は脚フェチのド変態だから限りなく気持ち悪くて、けれどギルドの仲間として見ればひじょ~ぅに気持ちの悪い存在なの。
……ん? なんで副ギルド長を任せてるんだっけ?
「気持ち悪いけど、仕事は出来るから、かな? 気持ち悪いけど」
「ギルド長は、自分の仕事を押しつけられるからキャルビンさんを副ギルド長に置いているとしか思えないデスヨ……」
まっ、それも一理あるね☆
キャルビンは先祖代々ウチに仕えてくれている家系の子だし、あとどんな無茶を押しつけても一切心が痛まない希少な存在でもあるしね。
うんうん。得難い人材なんだよぉ、アレでも。
「気持ち悪いけどね☆」
「仲がいいのか悪いのか、よく分からないデスネ」
というわけで、是非ともニッカちゃんに連れて行ってもらいたいんだけど……
「他の人じゃダメなんデスカ?」
「ん~……他の乗組員はねぇ……」
ウチの船に乗っているのは、そのほとんどが私と同じ人魚だ。
キャルビンのように陸を移動出来る人魚も多いけれど、彼らは基本的に陸へは上がりたがらない。
好んで陸へ上がりたがるのは脚フェチのキャルビンくらい。
また、ニッカちゃんのように人魚以外の人種もいるけれど、私が彼女たちにお願いをすることを快く思わない人魚も、まだまだ多いんだよねぇ……
過去の凝り固まった思想そのままに現在も生き続けている古株さんとかが、ねぇ。
人魚って、手は出さないけど口は出すからさぁ……
ニッカちゃんは、あんまりそういう周りの視線とか気にしないで漁業に打ち込んでくれているからお願いしやすいんだけど……、その代わり結構な割合で断られるんだよねぇ。きっぱりと。情け容赦なく。ずばーっと。
「もぅ、ニッカちゃん。あなたに漁業のいろはを教えてあげた大恩あるギルド長の私と、旦那さんと、どっちが大切な――」
「カールの方が大切デスネ」
言い終わる前にー!
かぶせるようにー!
きっぱり言い切られたー!
「むぅ! むぅむぅむぅ! ニッカちゃん冷たい!」
「ワタシは冷たい女房じゃないデスカラ、すぐにでも亭主に会いに帰りたいデスネ」
「くぅ……リア充め、爆発しろぉ!」
……あはっ。
ヤシロ君がよく言ってるやつ、実際口にしてみるとすごく共感出来るかも☆
「なんデスカ、ギルド長。カタクチイワシみたいなこと言って」
ヤシロ君、な~んでカタクチイワシって呼ばれてるんだっけ?
あ、ルシア姉の影響か。うんうん、慕われてるんだねぇ、ルシア姉。
……ヤシロ君が蔑ろにされてるのかな?
「誰か別の人にお願いするか、明日まで待ってデスネ」
「むぅ~……」
ニッカちゃんは、帰り支度を始めるためにさっさと船室へ戻っていく。
つれないなぁ。
「お~い、マーシャ~!」
「ん? ん、ん? その声は!?」
甲板の中を泳いで、船べりから顔を出すと、大の仲良しさんがこちらに手を振っていた。
「デリアちゃ~ん! やほ~☆」
「お~! 今日、漁から帰ってくるって聞いたからさぁ~!」
「うんうん! ナイスタイミングだよ~☆ さすが私のデリアちゃん!」
いい時に顔を見せてくれた。
甲板の上から手招きして、デリアちゃんを呼ぶ。
さぁこれで、遠慮なく四十二区へ遊びに行ける☆
今回は何をして遊ぼうかなぁ~☆
そんなわくわくした気持ちでデリアちゃんを出迎えに向かうと――
「呼ばれたからって気安く上がってくるんじゃないわよ、亜人風情が」
――乗組員の一人が、そんなことを言った。
……は?
今、誰に、何を言ったの?
私の拳に力がこもる。
いつまでそんな態度でいるつもりなの?
言っておくけど、私はすでに陸地に無数のコネクションを築き上げているんだよ?
それこそ、海漁ギルドを叩き潰して新しいギルドを立ち上げられるくらいに強固なコネをね。
なにせ、こっちには、あの四十二区との太くて強い人脈があるんだから。
あんまりごちゃごちゃ言うようなら…………海漁ギルドごと追放するよ? 海の彼方に。
二度と陸に上がれないようにしてあげようか?
「ちょっと、そこのあなた――」
私が無礼な人魚に物申そうとした矢先、デリアちゃんがいつもの明け透けな笑顔で腹立たしい言葉を笑い飛ばした。
「おう。悪いな。マーシャを連れてすぐ帰っからさ、そう怒んなよ。な?」
「…………ふん」
デリアちゃんに食ってかかった人魚はそれ以上何も言えずに、負け惜しみ全開で鼻を鳴らして水へと潜った。
わぁ、デリアちゃん、圧勝。
「デリアちゃん」
「おう、マーシャ。水槽はいつものとこか?」
「うん。……あのさ、さっきの……」
「あぁ、いいっていいって。亜人とか言われんの、別にどうでもいいしさ」
謝ろうとしたら、その前に笑い飛ばされた。
デリアちゃんは、本当に気にしていない様子だ。
「ヤシロがさ、あたいらのことみんなまとめて獣人族って名付けただろ? だから、あたいは誰がなんと言おうと獣人族なんだよ。他の誰にどう呼ばれようと、ヤシロや仲のいい連中が獣人族って呼んでくれるしさ、あたいはそれでいいんだ」
よく知らない誰かよりも、仲間の方が大切で比重が重い。
だから、他人の侮辱よりも仲間の言葉の方が大切で価値がある。
大切なものがはっきりしているから、木っ端の言うことなんかどうでもいい。
デリアちゃんって、昔からそうだったよね。
「あたしはね、デリアちゃんが大好きだよ☆」
「なんだよ、急に?」
「デリアちゃんは?」
「あたいか? あたいはあたいのこと、まぁ、そこそこ好きかな?」
「も~ぅ! 違ぅ~う!」
「なんだよぉ、もう。水パシャパシャすんなよなぁ! ほら、早く行こうぜ」
「……うん」
こんなに膨れてみせても、デリアちゃんはこっちの言いたいことを理解してくれない。
デリアちゃんの中では、私のもやもやなんて小さいことなんだろうし。
自分の善意は、これでもかって押しつけてくるのにね。
「わがままだなぁ、相変わらず」
「ん? 何がだ?」
「なんでもな~い」
ザブンと水に潜り、水槽の底にお腹がすれるくらいに深く潜る。
膨れてみたけれど、こうして膨れさせてくれる人がいることを嬉しく感じた。
デリアちゃんの押しつけがましい善意が、私は大好きなのだ。
水の底から空を見上げると、キラキラ輝く水面が見えた。
とても綺麗で、今の私の人生を表しているように思えた。
私がデリアちゃんと出会ったのは、海漁ギルドの船の上だった。
前ギルド長だった母に連れられ、「あなたもいずれ人間と関わることになるだろうから」と、少しずつ人間に慣れる練習をさせられていた。
その頃の私は、母や他の人魚たちから得た知識だけでしか人間という生き物を知らなかった。
要するに、人間とは人魚と同等だと勘違いしている粗野で下品な強欲生物。そんな認識だった。
誇り高い人魚は、決して人間に媚びへつらってはいけない。
だから、人間との会談もこちらから出向くのではなく、人間たちを船へと呼んで行われていた。
船にやって来る人間はそのほとんどが貴族だった。
貴族という、人間たちが勝手に作って勝手に威張り散らしている者たち。一部地域でしか通用しない権力を振りかざす様は、子供心に滑稽に見えた。
そんなある日、人間の貴族とは別に獣の耳や尻尾を持った者たちが乗船してきたことがあった。
彼らは亜人と呼ばれる人間離れした能力の持ち主たちらしく、他の人魚曰く粗暴で浅慮な野蛮人で、その上人間に尻尾を振る負け犬たちなのだそうだ。
誇り高き人魚たるもの、亜人などとは口を利くことも汚らわしく忌避すべきことだと。
けれど私はあの日、初めて出会ったクマ耳の少女に――ふふっ――誘拐されたのだ。
『なんだお前。すっげぇ、つまんなそうな顔してんな。そうだ! あたいと一緒に遊びに行こうぜ!』
人間たちが魚を持って帰るための水槽を台車に乗せて、その水槽の中に私を強引に押し込んで、気の向くまま、わがままに街中を引っ張り回してくれた。
理解が及ばず、なんなんだこの女の子はと警戒しっぱなしだった私だけれど、気が付いたら――
「ねぇ、アレはなに!?」
「あれはアケビっていう果物だ、食うか? 取ってきてやる!」
「デリアちゃん、すごーい! そんな高いところに登れるの!?」
「これくらい余裕だ…………うゎぁあああ!?」
「デリアちゃん!? ……大丈、夫?」
「あ、あぁ……アケビは、潰れてない。食えるぞ」
「そうじゃなくてっ!? デリアちゃんは!?」
「ん? あたいは食えないぞ?」
「違っ、怪我の心配をして…………ふふふ、もう、デリアちゃん、ちょっとおバカ過ぎない?」
「んなことねぇよ! 多少はマシになったって、親父に言われたし」
「あははは!」
「なんだよぉ! もう……ふふ、あはははは!」
――ずっと笑ってた。
あの日から、陸へ行くのが楽しくなった。
けれど、デリアちゃんが会いに来てくれるのは本当に稀で……まぁ今なら、四十二区から三十五区へ子供を連れて当時のギルド長がやって来るなんてことそうそうないって分かるんだけど……寂しかったなぁ。
「ねぇねぇ、デリアちゃん」
「ん? なんだよ」
「私ね、小さいころ、デリアちゃんに嫌われちゃったんじゃないかなぁ~って、しょっちゅう思ってたんだよ?」
「なんだよそれ? そんなことあるわけないだろう。あたい、マーシャを嫌いになったことなんて一回もないぞ?」
「うん。知ってる☆」
周りの大人が亜人をなんと言おうと、私はデリアちゃんの言葉を信じる。信じられる。信じ抜ける。
それだけの絆を、私たちは築き上げたんだから。
「んじゃ、準備はいいか?」
「うん! お土産いっぱい持ったし、いざ、四十二区へ――」
腕を振り上げ前進を促そうとして、そこでふと、冗談を言いたくなった。
「――私を連れ去って☆」
「なんだそりゃ? マーシャを誘拐したら、大事件だろ」
うふふ。
デリアちゃんはもうすでに、その大事件を起こしちゃったことがあるんだよ☆
デリアちゃんが考え出し、私が快適に改良した移動用水槽。
デリアちゃんでもなければ、こんな涼しい顔をして動かせるようなものじゃないんだけど、デリアちゃんがいるからこんな無茶な設計が出来た。
うん。私の人生設計には欠かせない存在だね。デリアちゃん。
「あ、そうだマーシャ。ちょっと寄り道してっていいか?」
「ん? どこいくの?」
「四十区だ。おつかい頼まれててさ」
「うん、いいよ~☆」
そうして、三十五区から続く緩やかな下り坂を、ゆっくりゆっくりと下っていった。
「HI! ないすとぅーみーちゅー! お久しぶりだね、マーメイドさん!」
「HEY! ないすとぅーみーちゅーはミステイクDAZE、ネック!」
「OH~そーりー! 僕としたことがこんなミステイクをするなんて。すまない、あの時の僕はどうかしていたんだ」
「どんとうぉーり~、気にすんな。きちんと言い直せばいいんDAZE!」
「それじゃあ言い直すよ。おひさしぶり~ちゅ~、マーメイドさん!」
「デリアちゃん、若っ干だけどね、イラッてするね☆」
デリアちゃんの寄り道は砂糖大根農場だった。
けど、なんの用事なんだろう? 砂糖が必要なら行商ギルドに頼むか、そうでなくとも砂糖工場へ行くべきだと思うんだけど……
「あのさ、チックとビー」
「「HEYHEY! それはてんとうむしさんと同じミステイクDAYO!」」
……デリアちゃん、ヤシロ君に影響され過ぎ。
乙女なんだから、発言には気を付けてね。
それはそうと、ここではヤシロ君、てんとうむしさんなんだね。ふふ、いろんな名前があるんだねぇ。
私も何か特別な呼び方しちゃおうかな?
何がいいかなぁ~?
いっそ思い切ってダーリンとか?
……あ、メドラママとお揃いはイヤだなぁ。
むぅ……難しいな。
「それで、今日はどんな御用向きだい?」
「ぷりーず、てるみー、ゆあ、ココニヤッテキタりーずぅん」
「……ん?」
あぁ、ダメだ。この組み合わせは物凄く不毛。
全然噛み合ってないよ、デリアちゃん!
……間にヤシロ君が入ったら、スムーズに進むんだろうなぁ。…………え、私がやるの? ヤシロ君の代わりを? えぇ~、荷が重ぉ~い。
「あのね、デリアちゃん。何しに来たのかって聞いてるみたいだよ」
「あぁ。そういうことか。一瞬、何言われてんのか分かんなかった」
うん。私はずっと何言ってんのか分からないけどね、このアリクイさんたちが。
ちょっと距離を置く私を他所に、デリアちゃんは一冊の本を取り出して渡す。
「ミリィが風邪引いて倒れちまってさぁ。だからこれ、代わりに返しておいてくれって」
「WAO! わざわざ持ってきてくれたのかい?」
「そいつぁ~申し訳ない、いや、申し訳ナッシング!」
申し訳ないと思ってないなぁ、この二人。
「気にすんなよ。ついでだったし、それにあたいとミリィは親友だからな」
「えっ!?」
思わず声が出た。
親友?
え? いつの間に?
「親友の幼馴染は、あたいにとっても幼馴染みたいなもんだからな」
「ねぇねぇねぇ! デリアちゃん、私は!?」
「ん? マーシャとアリクイたちは幼馴染じゃないだろう?」
「もう! 違うぅ~う!」
「え、幼馴染なのか?」
「そうじゃなくてぇ~!」
「なんだよ! 水ぱしゃぱしゃすんなって!」
伝わらない歯がゆさがなんとももどかしい。
「抱っこして!」
「なんでだよ!?」
私のこと大切に思ってるなら抱っこくらいしてくれてもいいでしょ!?
……大切に、思ってくれてるのかなぁ…………
親友かぁ…………いいなぁ。
「あれ? 珍しい顔ぶれだね」
「あっ、エステラぁ~!」
聞き慣れた声に振り返ると、そこにはエステラがいて、ちょっと驚いたような顔で近付いてきた。
「なになに~☆ 偶然? 何してるの、こんなところで」
「それはこっちが聞きたいよ。君たちがケアリー兄弟に何の用なんだい?」
「……デリアちゃんが浮気したの」
「は?」
エステラが眉をゆがめる。
聞いてくれる、私の愚痴? 寂しい心の内を。
「あぁ、そうか。ミリィのおつかいか何かってことかな?」
何かを察したらしいエステラがぽんと手を打つ。
え、なに?
状況だけで察しちゃうほど有名なの? デリアちゃんとその親友の関係って。
「……ぷくぅ」
「そう拗ねないの。ミリィはいい娘だよ。君も何度か会ったことあるだろう?」
「うん……運動会の時も同じチームだったし、すごく可愛いよ」
あぁ、そういえばちょっと仲がよさそうだったかも。
……いいなぁ、同じ区に住んでるって。こっちは不利だよ。
「エステラは、私の親友だよね?」
「え……?」
「……違うんだ…………」
「わぁ、親友親友! かけがえのない友人で、幼馴染だよ!」
「ほんと?」
「本当さ。これからも変わらぬ友情を君に誓おう」
「やったぁ! エステラ大好き!」
「ちょっ!? 服が濡れ……あ~ぁ、もう」
嬉しさのあまり抱きつくと、エステラは嫌がった。けど、すぐに諦めて私を受け入れてくれた。
えへへ~、親友~☆
「おい」
エステラに頬をすりすりしていると、デリアちゃんが不機嫌そうな声をあげる。
「あたいは?」
「ん?」
振り返ると、デリアちゃんがほっぺたをぱんぱんに膨らませていた。
なんとも珍しい表情。
こんな顔、見たことないかも。
「エステラ、ズルいぞ! あたいの方が先に友達になったんだからな!」
「いや、先にって……」
「な、マーシャ? あたいの方が先だよな?」
おやおやぁ?
これはひょっとしなくても……私、妬かれてる?
…………うふっ!
「きゃ~、私、今、妬き魚~☆」
「いや、マーシャ。意味が違うよね、それ?」
私とエステラが仲良くしていると、デリアちゃんは面白くないんだ。ふ~ん、そっかそっかぁ。
確かに、初めて出来た友達はデリアちゃんだった。
けど、デリアちゃんは滅多に会いに来てくれなくて、寂しさが募って、そんな時に出会ったのが領主の娘のエステラだった。
エステラは他の貴族と違って、純粋で真っ直ぐでちょっとだけお馬鹿さんで、からかい甲斐があってとっても可愛かった。
そうだなぁ、デリアちゃんはお友達で、エステラのことは可愛らしい妹って感じで見てたかも。
そう考えると、今ではちゃんと肩を並べて友達だなぁって思えるってことは――
「エステラも大きくなったんだねぇ」
「え、そうかぁ?」
「……デリア。どこを見て首を傾げているのかな?」
「やっぱ大きくなってないぞ?」
「ぺたぺた触らないでくれるかい、人の胸を」
デリアちゃ~ん……ヤシロ君に影響され過ぎだってば。
「とにかく、エステラ! あたいの方がマーシャともっと親友だからな!」
はっきりと言われて、ちょっときゅんとした。
あはは。デリアちゃんが男の子だったら、今の一言でもしかしたらもしかしちゃったかもよ?
けど、それ以上に、ちょっと捻くれた私の心がイジワルを仕掛けたいってうずき始めた。
「じゃあ、ミリィと私と、どっちが一番の親友?」
「へ?」
驚いて、素っ頓狂な声を出して、面白いポーズで固まるデリアちゃん。
デリアちゃんは素直で真っ直ぐでちょっとお馬鹿さんだから、自分が好きなものには全力なんだよね。
自分が大切に思っている人の一番に、なりたいんだよね。分かるよ。
分かるからさ、……相手も同じような気持ちを持ってるってこと、分かってほし~ぃなぁ~。
「『親友」っていうのはすっげぇ大事って意味だから、一番も二番もないんだよ」
「じゃ~私も、エステラとデリアちゃんと、おんなじくらい~☆」
「ん~っ! でも、あたいの方が先だった!」
デリアちゃんの負けず嫌い~。
んべっ。
「あのさ、……ボク二番でもいいけど?」
「ひどぉ~い! エステラが私の愛を拒絶する~!」
「重い、重い! ほんと、マーシャはこういうことを面白がって引っ掻き回すんだから」
面白がってるんじゃないもん。
……ちょっと、不安なだけだもん。
…………まぁ、面白がってもいるんだけど。
「あ~ぁ。なんかさぁ、ヤシロならこういう時にさ、全員がもやもやしないようなことをズバーって言ってくれるんだろうけどなぁ」
「あ、それ分かる☆ ヤシロ君、そういう配慮得意だよねぇ」
「口だけは達者だからねぇ、彼は」
くつくつとエステラが笑って、私とデリアちゃんも笑う。
すごい信頼だねぇ、ヤシロ君。
こ~んな美女たちの心を鷲掴みにしちゃってさ。
「さすがてんとうむしさん! 美女のハートを鷲掴みDANE!」
「YES! ぐらぶ、ざ、ばすと!」
それ、おっぱい掴んじゃってるから。
「面白い子たちだね☆」
「マーシャ……その、『お前がなんとかしろよ』みたいな目でこっち見るの、やめてくれるかい? ボク、四十二区の変わり者たちだけで手一杯だからさ」
エステラもお手上げみたい。
そういう時、割とすぐ人に振るよね、エステラは。
きっとここにヤシロ君がいたら、さりげなく対応を丸投げしていたに違いない。
……ヤシロ君の知り合いって、変わり者しかいないのかな?
砂糖大根農場を後にして、私たちは一緒に歩いていた。
気前がよ過ぎるアリクイさんたちから、大量のお砂糖をもらった。すごく荷物になるくらいに。
「なぁ、マーシャ。この砂糖、多過ぎて持つのが大変だからさぁ、水槽に入れていいか?」
「私がシロップ漬けになっちゃうぞ☆」
私は海水でも淡水でも大丈夫だけど、砂糖水はお断りかな。
「砂糖はボクの馬車で運ばせるよ」
「馬車で来てるの? 珍しいねぇ☆」
「ヤシロがボクの愛馬を馬鹿にするんだ。貧相だとか、名前が変だとか」
確かに、エステラの家の馬は名前が変だ。
なんとかかんとかなんちゃら~みたいな、長くて覚えにくい名前で、実際覚えていない。
貧相だから、馬車を引く練習をさせているのだそうだ。
「ただ、これだけの砂糖を積み込んだ上にボクが乗っちゃうと動けなくなっちゃうだろうから、ボクは君たちと歩いて帰ることにするよ」
貧相な馬~☆
ヤシロ君の指摘、全部当たってるじゃない。
とはいえ、それは建前かもしれない。
一緒に歩いて帰るための口実作り、かもね。
エステラは、私を見かけたら極力一緒にいてくれようとする。
それは知り合ったばかりの幼い頃から。
最初は、海漁ギルドっていう大きな組織とのつながりが欲しいのだと思っていたけれど、そうじゃなかった。
「なんか危なっかしくて放っておけないんだよね」って、エステラは言ってくれた。
それから、「マーシャは笑ってる方が可愛いから、ボクが面白いものをたくさん見せてあげるよ」とも。
デリアちゃんみたいに強引にではないけれど、エステラも私にたくさんの楽しいことを教えてくれた。
二人とも、とっても大切な存在。
自分の命よりも大切だと思える、数少ないうちの一つ。あ、二つか。
好きだなぁ~、二人とも。
四十二区って、本当に楽しい。
そして、もう一人……ね。
「ねぇ。エステラも今日一緒にお泊まりしようよ☆」
「え、今日泊まってくつもりだったのか、マーシャ?」
「もっちろ~ん☆ お布団で一緒に寝よ~ね~」
「マーシャと寝ると、布団濡れるんだよなぁ……」
「むぅ! その代わり私は干からびるじゃない!」
「それも困ってんだよ。朝起きたらかっさかさだもんな」
「えっと……ボクはそのカオスなところで一泊しなきゃいけないのかい?」
「でも楽し~よ~☆」
「エステラも来るなら、布団用意しとくぞ」
「そう? ……じゃあ、折角だし、お邪魔しようかな」
「おう! じゃあ、準備しとくから、仕事終わったらあたいの家な」
「分かった。夕飯前に行くよ。みんなでご飯を食べよう」
「さんせ~い☆」
楽しい予定が次々決まっていく。
私のわがままをぽんぽん叶えてくれるデリアちゃんのアグレッシブさと、エステラの寛容さが、私は好きだ。心地よい。
あ~ぁ、私も四十二区の子になりたいなぁ。
「寝る前、恋バナしよ~ね☆」
「え……このメンバーでかい? ボクはちょっと遠慮したいかなぁ」
「そうだぞ、マーシャ。コイよりシャケの方が美味いから、鮭バナの方がいいぞ。な、エステラ?」
「「違う。そうじゃないよ、デリア」ちゃん」
「んぁ?」
私とエステラだけが笑って、デリアちゃんが困惑したような顔をしている。
なぁに、その顔? 可愛い☆
わいわいおしゃべりしながら歩いていたら、あっという間に四十二区にたどり着いた。
街道沿いにデリアちゃんの家へ向かおうとしていたら、領主の館の前にヤシロ君がいた。
「よう、珍しい顔ぶれだな、HFA」
「こらこら~☆ カップ数で呼ばないように」
「あぁ、そういうことか。よく分かったなぁ、マーシャ」
「いや、ヤシロが考えそうなことを思い浮かべれば比較的すぐ分かることだよ」
一番胸の大きなデリアちゃんが一番無防備だ。
けど、無防備過ぎるからこそ、ヤシロ君はあまりデリアちゃんの胸を見ない。罪悪感でもあるのかな?
なら、こっちの谷間に突き刺さってくる視線をもう少し減らしてほしいんだけどな☆
「ねぇねぇ、ヤシロ君。私、今日は四十二区にお泊まりなんだよ☆」
「デリアのところか?」
「うん☆ 夕飯、一緒に食べない?」
「おぉ、いいな。じゃあ、今日は炉辺焼きでもしてみるかな」
「なぁ~に、炉辺焼きって? 興味深~い☆」
「素材を提供してくれたら教えてやろう」
「するする~、提供する~☆」
そのつもりでたくさんお土産持ってきたしね。
聞いたこともない料理に心が躍る。
それだけじゃない。
そうして一緒に過ごす時間は、きっと素晴らしく、一生心に残る思い出になるのだ。
経験から、私はそれを知っている。
古いしきたりや、排他的な思想から何百年も変わらない生活を続けている人魚たちには分からない世界がここにはある。
人魚たちが知らない楽しさが、感動が、ここにはある。
そして、くすぐったくなるような喜びも、ここでならすぐに見つかる。
たとえばそう、こんな質問をするだけで――
「さっきみんなで話してたんだけどねぇ~☆ 私と、デリアちゃんと、エステラと――ヤシロ君は、誰が一番好き?」」
「「「ふぁっ!?」」」
私以外の三人が、揃っておかしな声を上げる。
くすくす。面白い顔~☆
さぁ、ヤシロ君。
なんて答える?
なんて言ってくれる?
期待をこめてヤシロ君を見つめると、ほんのちょっとだけ頬を赤く染めて、たじろぐ。
うふふ、困ってる困ってる。
ヤシロ君は察しがいいもんね。
私がそういうことを言い出したってことは、私に気を遣ってくれなきゃ拗ねちゃうよってメッセージなのだ。
だから、いつもみたいに「おっぱいの大きい順」なんて逃げ方は出来ないよ。私、拗ねちゃうよ?
かといって、「みんな同じくらい」なんて言える?
分かりやすいくらいに顔を赤く染めて、期待のこもった目で君を見ているデリアちゃんや、「どうせしょうもないことを言う気だろ」なんてそっけない振りして聴力に全神経を集中させているエステラを相手に、落胆させるような面白くない回答は出来ないよね?
さぁ、なんて答えるの、ヤシロ君?
期待のこもった瞳に見つめられ、ヤシロ君は難しい顔をして……私を見て、笑った。
……え? 今の視線、なに?
そう思っていると、ヤシロ君がゆっくりと私に近付いてきて、そして――人差し指で鼻の頭を「つん」っと押した。
「ヒ・ミ・ツ☆」
私、デリアちゃん、エステラの順で、みんなの鼻の頭を「つん、つん、つん」って。
…………ぅぇぇぇえええ!? なに、なに、今の!?
思わぬ反応に顔が急激に熱くなる。
こっちに近付いてきた時に、指先が自分に向かった時に、鼻先に優しく触れられた時に、ほんのわずかな時間にぶわぁっていろんな想像が脳内を駆け巡って……羞恥心に殺されそうになった。
他の二人を見ると、二人とも同じように「ぷしゅ~」ってつむじから湯気が噴き出しそうな顔をしていた。
……今のは、ズルいよね?
何がズルいって、最初に私を見て笑ったことだ。
こういうのは、私がよくやるはぐらかし方で、私に視線を向けたってことは、「これで納得しなきゃ、この次はぐらかした時に俺も追及するからな?」って脅しなのだろう。
他の二人は「ヒミツじゃ分かんない、教えて」なんて、言いそうにないもんね。
一番ひねくれてる私の頭をしっかりと押さえ込んだってワケだ。……もう、ズルいなぁ、ヤシロ君は。
「ふふ……ヒミツじゃ、しょうがないねぇ☆」
あぁ、くすぐったい。
あぁ、心地よい。
海の中に閉じこもっていた私は、陸に上がって空の高さと、太陽の眩しさと、風の心地よさを知った。
そして、人の温もりを知った。
やめられないよねぇ、なくせないよねぇ。
だって、今、こんなに楽しいんだもん。
大切な人がいっぱい増えて、誰が一番かが分からなくなるくらいにみんなが大切で。
その『みんな』の大切な人の中に私が混ざっていられることが嬉しい。
ただ、たま~に思っちゃうんだよね。
「それじゃあ炉辺焼き、楽しみにしてるからね☆」
――独占出来たら、どんなに幸せなんだろう、って。
まぁ、今はそんなことしないけどね。
「デリアちゃん、夕飯まで川で泳ごう」
「おう! 競争するか?」
「うん。でも、すっぽんぽんで泳いじゃダメだよ?」
「子供の頃の話だろう、それ!? も、もうしてないからな、ヤシロ!? 本当だぞ!」
だって、『みんなと一緒にいられる』っていう贅沢を、もっと満喫していたいから。
======
あとがき
前回で終了予定でしたが
ちょこっとだけ延長しちゃいました☆
……今回のお話、『お家にいようSS』なのに
一切家にいませんでしたけどね!
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