第6話 ナタリアさんのお宝

「もう、信じられないよ、ナタリア! もし手遅れだったら、絶対許さないからね!」


 私を指差して、エステラ様が半泣きの顔で執務室を飛び出して行かれました。

 顔が真っ赤です。


 ウチの主、可愛ぇ~なぁ~。


「給仕長」


 執務室から廊下を覗き込み、遠ざかるエステラ様の背中を見送っていると、背後から声がかけられました。

 振り返ると、エステラ様付きの給仕係のシェイラが執務室前の廊下に立っていました。

 この時間はエステラ様の寝室の掃除をしているはずなので、終えて戻ってきたところなのでしょう。

 戻ってきてすぐだというのに、顔が怒っています。


「二つ、申し上げたいことがございます」


 少し太めの眉をきりりと吊り上げて、私を睨み上げてきます。

 後ろで一つに束ねた髪が、気の強い彼女の性格をよく表しています。

 年齢はエステラ様と同じで、幼少の頃よりエステラ様を慕い、誠心誠意お仕えするという使命に燃え、またその生き方を誇りに思えるような彼女は、エステラ様の身の回りのお世話を任せるのにうってつけの相手でした。


 オシャレに無頓着だったエステラ様に、女の子らしい趣味や服装をあれこれ教えたのが彼女です。

 私は、いささか他の者とは感性が異なるようで、そういうのには向いていませんでしたから。

 貴族としての振る舞いに関しては、問題なく指導出来るのですが。


 そんなわけで、このシェイラはエステラ様のことをいつも第一に考え、行動し、間違ったことがあれば遠慮なく指摘してきてくれます。

 そのせいで、エステラ様には「口煩い」という評価を受けてしまっているのですが。


「火急の用でなければ、先に執務室を整えるので手伝いなさい」

「火急の用です! 今すぐに申し上げなければいけないことです!」


 エステラ様の前では一歩控えていることが出来るシェイラなのですが、エステラ様がいなくなればこの通り……ちょっと我が強い娘なのです。


「分かりました。手を動かしながら聞きましょう」


 おそらく、エステラ様に関する要望と、私に対する不満の二つでしょう。

 エステラ様がひっくり返したままにした書類を集めながら、私は小さく息を吐きました。

 私が動き始めると、シェイラも行動を開始します。

 けれど、喉元まで出かかっていたのであろうクレームが引っ込むことはありませんでした。……やれやれ。


「まず第一に、エステラ様には、もっと淑女たる言動を心がけていただけるよう、給仕長からも注意をなさってください」

「分かりました。語尾に『なんだぷぅっ!』を付けるよう進言しておきましょう」

「違います! なんですか、それは!?」


 だって、エステラ様が「ナタリア、絶対許さないんだぷぅっ!」って言ったら可愛いじゃないですか。秒で抱きしめる自信がありますよ、私は。


「大きな声を出したり、部屋から飛び出して行ったり、廊下を走るようなことがないように注意してくださいと言っているんです!」

「分かりました。お戻りになられたら進言しておきましょう」


 まぁ、言ったところで直るとは思いませんけれど。


「それから、もう一つは給仕長にです!」


 ……ほら来た。


 シェイラが束ねた書類を抱きかかえて私の前へずずずいっと迫ってきます。

 太い眉が垂直になるんじゃないかというくらいに吊り上がっています。


「エステラ様をからかうのも大概にしてください。どうせ今日もまた給仕長がエステラ様をからかって怒らせたのでしょう? 給仕長が変なことを言うから、エステラ様が執務を放り出して外へ向かわれるのですよ?」

「いいではありませんか、それくらい」


 からかうと、とても可愛いのですし。


「よくありません! どうされるんですか、残った執務は!?」

「よく御覧なさい」


 私は、シェイラが抱える書類の束を奪い取り、シェイラの目の前に広げてみせます。


「残っているのは財務関連の計算と、開発企画立案です」


 エステラ様が直接目を通さなければいけない書類や、エステラ様自らが書かなければいけない手紙などの仕事はすでに終わっています。

 後へ回せるものは後へ回し、エステラ様でなければ出来ないものから取り掛かっていただいたのです。


「こちらは私が処理しておきます。ご帰宅後、目を通していただき承認印をいただければ問題ありません」


 領主の仕事は多い。

 文官を多数雇う余裕もない当家では、そのすべてがエステラ様に圧し掛かるのです。上手く仕事を分散させないとエステラ様が倒れてしまいます。


「そろそろ、息抜きにはいい頃合いです。ここ数日、碌に羽を伸ばす時間もありませんでしたしね」


 それに、怒って飛び出せばすんなりと甘えに行くことも出来るでしょう。

「聞いてよ、ヤシロ! ナタリアがこんなひどいことをしたんだよ!」――と。


「ですが……」

「貴族らしく、淑女らしく、領主らしく……。確かに、エステラ様には身に付けていただかなければいけないことはたくさんあります」


 一歩領地の外へ出れば、そこは甘えが許されない世界。

「知りませんでした」「出来ません」は通用しません。

 だからこそ、まだ年若いエステラ様を我々給仕が一丸となって支え、育てていかなければいけないのです。


「ですが、それ以上に私は、エステラ様には『エステラ様らしく』生きていただきたいと願っています」


 四十二区は特殊だと、よく言われます。

 おかしいと。変だと。奇妙だと。

 そして、貴族らしからぬと。


 そんな土地柄だからこそ、領地の中だけでくらい自由に生きていただきたい。

 そう思います。切実に。


「我々が押しつけてしまっていたのですから、これまで、ずっと」


 前領主様が病に伏されて以降、エステラ様はお一人で領地を守ってこられました。

 まだ幼い女の子が、不安と恐怖と、あからさまな悪意に晒されて、すべての矢面に立たなければいけなかったのです。



 そして、それを、私たちも望み、押しつけてしまったのです。



 四十二区を守るためには、エステラ様が領主代行として立たなければいけない。

 足りない部分は私たちが補い支えなければいけない。――と、私は随分と強硬に事を運び過ぎていました。


 給仕たちにも、そして他ならぬエステラ様にも、相当な無理を強いていました。

 よく折れなかったと、よくぞ耐えてくださったと思います。……今思い返せばぞっとします。あんな生き方、普通の女の子には不可能です。


 当時は、私にも余裕がなかったのでしょうね。

 まだまだ未熟です。不甲斐ない。


「子供の頃に、好きなように遊び回れなかったのです。今くらいは――そうですね、せめてご婚約が決まるまでは、好きにさせてあげたいじゃないですか」


 私が言うと、シェイラは言葉に詰まり、「ですが……ご縁談が遠のくような言動が散見されるから困っているのですが……」とぶつぶつと不満を漏らします。

 けれど、その顔を見る限り、エステラ様の境遇を考えればあまり強くは言えないなと思っているのでしょう。


 ひとしきりぶつぶつと文句を言った後、「はぁ……」と大きなため息を吐くシェイラ。

 そんな大きなため息は褒められたものではありませんが、まぁ、エステラ様がいない場所でのことです。咎めるのはやめておきましょう。


「きっと、エステラ様はお気付きになられていないのでしょうね、給仕長の取り計らいに」

「気付かせないように細心の注意を払うのが給仕長の務めです」

「やっぱりすごいですね、給仕長は。……私なんか、ついつい押しつけがましくなってしまって、いつも『お節介焼き』と言われてしまいますから」


 よかれと思っての行動も、押しつけがましくなればお節介と捉えられてしまいます。

 かといって口を出さないわけにもいきませんし、まぁ、そこのさじ加減は追々身に付けていけばいいことだと思います。


「大切なのは、エステラ様にとって最良の結果となるよう考え行動することです」

「はい。もっと勉強します!」


 シェイラがキラキラした目で私に頭を下げます。

 この娘は本当にエステラ様が好きですね。


 まぁ、私も負けていませんけれど。


「それで、給仕長。今回はなんと言ってエステラ様を外へ?」

「なに、たいしたことではありませんよ」


 少々難しい病が流行っているそうなので、陽だまり亭へ置き薬の件でお手紙を書き、それをハムっ子さんに届けていただいただけなのです。

 その際、いつもお世話になっている陽だまり亭の皆様へ感謝の気持ちを込めてささやかな贈り物を添えたのです。


「そのお話をしたところ、血相を変えて飛び出していかれました」

「……ということは、その贈り物が原因ですね? まさか、エステラ様が大切にされているナイフを差し上げようとしたのですか?」


 まさか。

 ナイフをもらって喜ばれるのはエステラ様くらいです。

 日頃の感謝の気持ちなのに喜んでもらえない物など贈るはずがありません。

 それに、エステラ様が必要とされているものを無断で他人に差し上げるなど、するはずがありません。


「私がエステラ様にと贈った品物なのですが、お気に召さなかったようで……だったら有効利用しようと思ったまでです」

「……ちなみに、その贈り物とは?」

「お尻に大きく『えすてら(はぁ~と)』と書かれた前面部がすっけすけの紐パンです」

「何を贈っているんですか!?」

「お尻に大きく『えすてら(はぁ~と)』と書かれた前面部がすっけすけの紐パンです」

「二回も説明しないでください!」


 二回聞かれたから二回答えただけですのに。

 理不尽な。


「エステラ様がいらないとおっしゃったので、この街で一番有効活用してくれそうな方のもとへお届けしようと」

「縁談が遠退きますよ!? もうもうもう! ヤシロ様ー! 中身を見ずに焼却してくださいませー!」


 無駄だと分かりつつも、窓を開けて陽だまり亭方面へ向かって叫ぶシェイラ。

 まったく、この娘は……


「淑女たるもの、そんな大声を出すものではありませんよ」

「誰のせいですか!?」


 誰のせい?

 …………ヤシロ様?


 うん、たぶんそうでしょう。

 そういうことに、しておきましょう。




 おそらく、陽だまり亭で存分に愚痴を言って、甘やかされて、嬉し恥ずかしときめいて、リフレッシュされてきたのでしょう。

 エステラ様がお戻りになられたのは、すっかり夜も更けたころでした。






 その夜。

 館での仕事を終え、自宅へ戻った私は、珍しい来訪者に目を丸くしました。


「やぁ、ナタリア。夜分遅くに失礼するよ」

「エステラ様?」


 ベッドに入るのを確認して館を出たというのに、どうやら抜け出してきたようです。


「シェイラに見つかるとうるさいですよ?」

「う……まぁ、見つからなければ問題ないよ」


 どうしてこういう不良娘みたいな思考に育ってしまわれたのか…………身に覚えがあり過ぎてとても口外出来ません。

 責任の所在を追求するような真似はやめるべきだと思います。

 仮に私が悪くとも「私は悪くない」ということにしておきたいですから。


「少し、上がらせてもらってもいいかな?」

「少々お待ちください。まだ全裸になっておりませんので」

「脱がなくていいよ!? っていうか、主が訪ねてきたんだから『脱ぐ』って選択肢はなくなるよね、普通!?」

「私は両親から『平凡に収まるな、特別になれ』と教育されておりましたので」

「言葉の解釈を間違えていると思うよ、それ!?」


 もちろん分かっています。

 けれど、エステラ様にも最近指摘されるように、私はヤシロ様と出会ってから少々変わったようです。

 そして、その変化を、私自身は心地いいと感じています。


 何より私が変わったことで、エステラ様がよく笑ってくださるようになりました。

 私を見てくださる時間が、以前よりはるかに増えました。

 以前は、共にいなくても仕事を任せられる存在として接していただいておりましたが、最近では共に行動する信頼のおける者として接していただいています。


 それが、どんなに嬉しいことか。

 ですから、エステラ様。


「私は、あなたのためにならいくらでも脱げます!」

「ボクのためにも脱がないでくれるかい!?」

「それは出来かねます!」

「領主命令、脱ぐな!」


 ふふふ。

 なんと楽しいのでしょう。

 こんな主、きっとどこの世界にもいないでしょうね。


「分かりました。何もありませんが、お上がりください」

「うん。お邪魔するよ」

「邪魔するなら帰ってください」

「ナタリア、早く椅子を勧めてお茶を出してくれるかな?」


 最近、エステラ様はツッコミを面倒くさがる傾向にあります。

 よろしくないです。


「エステラ様。演者が飽きてしまってはいけません。たとえ定番でも、見飽きられていたとしても、『お約束』というのは大切にするべきなんです。ベタを大切に出来ないと笑いというものの基礎が――」

「椅子とお茶ぁー!」


 もう、わがままなんですから。


 エステラ様にソファを勧めて、ジンジャーの利いたハーブティーをお出しすると、エステラ様はおもむろに懐から小さな黒い布を取り出し、テーブルへと置きました。

 くるっと丸まったそれは、お尻に『えすてら(はぁ~と)』と書かれたすけすけの紐パンでした。


「斬新なお茶請けですね」

「食べると思った!? 食べないよ!」

「では愛でると?」

「愛でられないよ、こんなもん!」


 そうでしょうか?

 私は全然いけますけれどね。

 これをエステラ様が身に着けたら………………


「おぉう、モーレツゥ~」

「ちょっと、君の精神状態について、真剣に話し合いたいんだけれども?」

「至って正常です」

「……そうか、気付いてすらいないのか…………深刻だね」


 苦々しく言って、ハーブティーに口を付けるエステラ様。


 …………よしっ!

 お気に召したようです。

 驚いたように目を見開いて、カップの中を覗き込んで、香りを堪能し、二口目を飲まれました。

 エステラ様が気に入った時の反応です。

 この茶葉は、今後本館でも出すようにしましょう。


「いいね、これ。すごく美味しい」

「えっと…………ハーブティー、の話、ですか?」

「他に何がある!?」

「お茶請けが……」

「お茶請けじゃないから、これ!」


 指で「ぺぃっ!」と弾かれる紐パン。

 ふわころっと、私の前に転がってきます。


 ……では、折角なので。


「なぜ懐にしまった!?」

「主より下賜していただいた物はありがたく頂戴しなければ」

「下賜してない! むしろ突き返してるだけ!」

「では、本当に必要とされている方に……」

「あぁ、やっぱり没収しようかなぁ!?」


 私の懐に手を突っ込んでパンツを強奪していくエステラ様。

 字面で見るとすごいことをされているような気がしますね、私。


「ボクが陽だまり亭に駆け込んだ時、ヤシロがコレを広げて見ていたよ……」

「……で、ご感想は?」

「聞いてきてないよ!? 速攻で奪い返して懐にしまったからね!」

「ということは、『その慌てよう……まさか、こいつマジでこんなの穿いてんのか!? ここまであからさまな狙ったパンツだからナタリアのおふざけだと思ったのに!』……と、思われていそうですね」

「むゎぁああ、しまったぁ!? 今から説明してくる!」

「エステラ様、お時間を考えてください」

「けど……!」

「パンツの件で殿方の寝所に忍び込むなんて……『お前、今日何回パンツの話をしに来るんだよ?』と思われますよ?」

「くそぉお! ヤシロなら分かってくれるとは思うけど……分かった上でからかってきそうですごくヤダ!」


 おそらく、エステラ様が想像したとおりになるでしょうね。

 よかったですね、また明日からかまってもらえますよ。


「エステラ様の日常が楽しそうで何よりです」

「君のせいでボクの日常は常に非日常になってるよ!」

「そんな、感謝の言葉なんてもったいないです」

「どこをどう解釈したら感謝に聞こえるのかな!?」


 ぷくっと頬を膨らませて怒るその顔、プライスレス。

 きっとみなさんはご存じないのでしょうね、こんな子供のような怒り方をするエステラ様を。

 ……ヤシロ様なら、ご存じかもしれませんが。

 もしそうなら、少々妬けますね。


「まぁ、私は何度もエステラ様のヌードを見ていますけどね!」

「どしたのさ、急に!?」

「いえ、負けて堪るかと思いまして」

「誰に!? そしてどんな勝負!? なんかもうそれ完全に負けてるような気がするんだけど、その思考回路!?」


 いえいえ。

 彼が望んでも到達出来ない高みに私は君臨しているわけですから。

 それこそ、生まれて間もないころから何度も一緒に湯あみをしたり、直近では三日前に背中をお流ししましたしね。


 ふふん!

 羨ましいでしょう?


「ぷっくりしていたお腹もいつのまにかしなやかなくびれを作って、小ぶりなお尻も女性らしい丸みを帯び、手足はすらっとしなやかに伸びて――以下略」

「悪かったね、ある一部分に成長が見られない体で! 少しは大きくなってるから!」

「あっはっはっ、誤差、誤差」

「腹立つなぁ、その爽やかさ!?」


 本当に……

 ほんの少し前までなら、こんな無礼は許されないと思っていました。

 変われば変わるものですね。

 エステラ様も……私も……


「ヤシロ様に感謝をしなければいけませんね」

「その前にボクに感謝してよ」

「していますとも。言葉では尽くせないほどに」

「ホントかなぁ……?」


 本当ですよ。

 あなたは、私の生きる意味、そのものですから。

 その証拠もあるのですが……まぁ、それは秘密にしておきましょう。


「私は、自分でも驚くほどにエステラ様をお慕いしていますので、こういう風にふざけ合える仲になれたことがとても嬉しいんですよ」

「へ……?」

「ヤシロ様に出会って、エステラ様と一緒にいろいろなことに巻き込まれて、気が付けばこんな関係になっていて……自分でもなぜそうなったのか分からないのですけれど、それでも、私は……、今のエステラ様との関係が、とても心地よいのです」


 それは偽らざる真実。

 この頼りなくも愛おしい我が主とかけがえのない時間を共有出来ること。

 それだけで、私がヤシロ様に誠心誠意尽くす理由になるほどです。



 ……もっとも、彼自身にも、少々興味はありますけれどね。



「な、なんかさ、そういうことを急に言われると……照れるね。いや、嬉しいんだけど」


 私の思いを聞いて頬を染めるエステラ様。

 その照れた表情はなんとも可愛らしく……


「押し倒していいですか?」

「もちろんNOだよ!」


 そうですか、ダメですか。

 残念です。


「それで、エステラ様。ご自分のパンツを私に見せつけにいらしたんですか?」

「ボクのパンツじゃないよ!? 受け取りを拒否したからね!」

「では返してください」

「君に渡すと碌なことに使わないから没収したの!」

「つまり、こんな夜中に家に押し入って私のパンツを奪い去りにいらしたわけですね?」

「君の発想は日に日にレジーナに似てきているね!? 接触禁止令を出すよ!?」


 流行り病が発覚したこのタイミングで!?

 給仕長としての職務に支障をきたしそうなんですが……


「とにかく! こういった物は二度とヤシロに渡さないように!」

「分かりました。色違いの方にしておきます」

「色違いもあるのかい!?」

「はい。それと同じデザインで、白が」

「それも没収! 速やかに提出したまえ!」

「えぇ……どうしてもですか?」

「どうしてもだよ!」

「分かりました」


 そう言って、くるりと反転してエステラ様に背を向ける。

 さすがに、お顔を見ながらでは恥ずかしいので……


「って!? なんでパンツを脱ごうとしてるんだい!?」

「いえ、だって、提出しろと……?」

「なんで穿いてるのさ!?」

「可愛かったので?」

「君が『えすてら(はぁ~と)』って書かれたパンツを穿いてるのはおかしいだろう!?」

「エステラ様、これが、私なりの忠誠の証です」

「もっと違うところで見せてくれるかな、忠誠の証!?」


 とりあえず、脱がなくていいということになったので着衣のまま着席します。

 エステラ様の前で椅子に座すのは、実は結構緊張するのですが……


「エステラ様と差し向かいで座るというのは、真っ裸で大通りを駆け抜けるより緊張しますね」

「どこいったの、君の羞恥心!?」


 いえ、それほど緊張するということであって、真っ裸で大通りを駆け抜けるのが余裕という意味ではありませんよ?


「それでね、話を戻すけども……。君からの荷物を受け取って、ヤシロも対応に困っていたんだよ」

「じっくりと鑑賞していたくせに?」

「……まるで見てきたみたいに言うね」

「鑑賞していたのでしょう?」

「うん……そりゃあもう、隅々までじっくりとね」


 でしょうね。

 期待を裏切らない方です。


「それで、相談してきたんだよ、ヤシロに」

「『お尻の文字は、(はぁ~と)より(おんぷっ)の方が可愛いかなぁ?』と?」

「どーでもいいよ、そんなこと! そうじゃなくて、君の暴走を止めるにはどうすればいいのか、だよ!」


 暴走、ですか?


「暴走しているつもりは微塵もないのですが?」

「だからこそ困ってるんだよ、ボクは……」


 疲れ切った表情で肩を落とすエステラ様。

 すとーんと落ちましたね、すとーんと。


「すとーん」

「……怒るよ?」


 肩の話ですのに。

 どこの話だと思われたんでしょうね、ぷぷぷー。


「それで、ヤシロが言うにはね」

「『俺は(にこちゃんまーきゅっ!)がいいと思うぜ☆』」

「だからお尻の文字の話はしてないの!」


 むきー! と、歯をむき出しにして怒る様は、四歳の頃から変わりなく、見ているだけで心がぽかぽかしてきます。


「君の宝物をボクが預かってしまえば暴走を止められるんじゃないかと、ヤシロは言うんだよ」

「私の宝物を、ですか?」

「そう。いわば人質のようなものだね」


 私がよからぬことをすると、私の宝物に被害が及ぶ。

 そんな状況を作り上げておくことで、私がよからぬ行動を起こさないように抑止しようと、そういう話のようです。


「というわけで、君のお宝を領主権限で預からせてもらうことにしたから。異論は認めないよ」


 ふふんと、勝ち誇ったように笑みを浮かべるエステラ様。

 本当にこの方は……


「しょーもないことにしか領主権限を使わないんですから」


 ……ということは、思っても口にしないでおきましょう。


「ナタリア……口を押さえるタイミングが遅い。全部口に出てたから」


 おや、そうでしたか?

 まぁ、たいしたことではないでしょう。事実なのですし。


「しかし、困りましたね」


 急に言われても……


「私のむふふなお宝ですか……」

「どうして余計な一言付け加えるのかな!?」

「私のむふっなお宝ですか……」

「一文字削っても結果一緒だったね!」


 そんな冗談を言いながら、脳みそをフル回転させています。

 さて、どうしたものでしょうか。

 本当に大切な物は渡せない……というか、お見せ出来ませんし…………適当な物で誤魔化しますか。


「では、母から譲り受けた年代物のナイフを――」

「――と、最初に出てきた物はフェイクだから、それが置かれていた場所とは違うプライベートな場所を探せ、ってヤシロが言ってたんだよね」


 ちぃっ。

 入れ知恵されていましたか。


 おっしゃる通り、本当に大切な物が見つかることを恐れて、この居間に飾ってあるそれなりに見えそうな物をチョイスしてしまいました。

 ……寝室を探されるとマズいですね。


「よし、じゃあ君の寝室へ行こう!」

「待ってください。寝室にあるお宝なんて、それこそむふふなお宝くらいしか――」

「――と、必死に止めてきたらビンゴ。そこに絶対あるから家探しへレッツゴー、だって」


 おのれ、ヤシロ様め。

 本当に人様にはお見せ出来ないようなむふふなパンツでも送りつけてやりましょうか…………むむ、それでは罰にならないじゃないですか。手強いですね。


 私を置いて、エステラ様はずんずんと寝室へ向かって歩いていかれます。

 勝手に扉を開けて中を覗き込むエステラ様。

 こうなっては仕方がありませんね……

 とにかく、本物を悟られないよう気を付けつつ、それっぽい別の物を差し出して――


「なるほど、そこに隠してあるのか」

「え……」


 寝室に入ってすぐ、私は本物の隠し場所を無意識のうちに背に庇っていたようです。


「本当に大切な物がある部屋へ行く前に最低二回、相手の図星をついておくと、いざ部屋に入った時に自然と体がその場所を隠そうとしてしまう。それを見逃すなってアドバイスをもらってたんだよね」

「ヤシロ様にあるまじきその親身なアドバイス、『エステラ紐パン』を鑑賞させてもらったお礼が含まれていませんか!?」

「奇妙な名前を付けないように!」


 あの紐パンは私の功績ですのに!


「さぁ、ナタリア。そのいかにも怪しい戸棚の前から退くんだ」

「お断りします」

「退きなさい」

「後悔しますよ?」

「君が、だろう?」

「……泣きますよ?」

「『精霊の審判』に引っかかりそうな発言はよしたまえ。今の発言を大目に見てあげるから退きなさい」


 まったく……

 これは、あなたのためでもあるというのに……


「……どうなっても、知りませんからね?」


 それだけ忠告すると、私は観念して場所を空けました。

 仕方ありません。もう夜も更けています。これ以上エステラ様を夜更かしさせるわけにもいきませんから。


 何より、エステラ様のバックにヤシロ様がついていると分かった以上、早々に白旗を上げるべきでしょう。

 この街のツートップに単身で挑むほど、私は無鉄砲ではありませんので。


「では、ナタリアのお宝を拝見しようか」


 きちりと閉められた戸棚の蓋が開かれる。

 中を覗き込んだエステラ様が、「え……」と、目を丸くされました。


「これ……」

「懐かしいでしょう?」


 そこにしまわれているのは、エステラ様からいただいた数々の思い出の品。


 戸棚を開けて真っ先に目に飛び込んでくるのは、エステラ様が四歳の頃に下さった勲章。

 転んで泣いているエステラ様を助け起こし、傷の手当てをして差し上げたところ、「ナタリアはとっても優しいから、好き!」というお言葉をいただき、後日、羊皮紙を丸く切って作ったお手製の勲章を授与していただいたのです。



『ナタリアは、一生わたしの一番そばにいる人ね』



 まだご自身を『ボク』と呼ばれるようになる前の、ただの女の子だったころのエステラ様にいただいた、この世で最も価値のある勲章。

 それが、私の一番の宝物です。


 羊皮紙は保管に気を遣わないとカビが生えたり文字が消えたり、インクの箇所に穴が開いたりするので、毎日毎日丁寧に掃除と防腐処理を施しています。

 その時間が、私の至福の時なのです。



 エステラ様が初めて書いたお手紙は、ご両親のどちらでもなく、私宛でした。

 エステラ様が初めて描いた絵は、私とお庭で遊ぶ絵でした。

 エステラ様が初めてされた職務は、私を給仕長へ任命することでした。



 ここには、エステラ様の初めてがたくさんしまわれています。

 そのたくさんの初めてに、私が多く関わっているのです。


 なんと幸せなことでしょう。

 こんなにも恵まれた給仕長は他のどの区を探しても決して見つかりはしないでしょう。


「ナタリア……これって……」


 歪な円形の羊皮紙を手に、エステラ様がこちらへ顔を向けます。


「それは、『名誉えすてら勲章』――私の、一番の宝物です」

「ナタリア……っ!?」


 こちらを見たエステラ様が驚いた顔をされました。

 そんな顔をさせてはいけないと、私は目尻にうっすら浮かんだ涙を拭いました。


 ……言ったじゃないですか、「そこを開けたら泣きますよ」と。

 あぁ、もう……恥ずかしいったらないですよ。まったくもう。


「エステラ様。私にとって一番大切な『宝物』というのなら、ここにある物がそうです」


 世界中のどこを探しても、どんな豪商でも、王族であっても手に入れることが出来ない唯一無二の品々。

 かけがえのない大切な物たち。


「ですが、私にとって最も大切な『宝』は何かと問われたら、それは――」


 それは、迷うことなく答えられます。


「それは、あなたです。エステラ様」



 あなたの存在が、私の生きる意味ですから。



「ぅ……っく、……ぐすっ」


 くるっと背を向けて、袖で目元を拭うエステラ様。

 ふふ。ほらほら、そんなことをすると、またシェイラに怒られますよ。「ちゃんとハンカチを使ってくださいませ」と。


「没収、されますか? お手入れが大変なので、そこだけはしっかりとしていただきたいのですが」

「いや……」


 ぐずぐずと鼻を鳴らして、エステラ様が勲章を返してくださいました。


「やはり、宝はそれを持つに相応しい者が持っているべきだよ」


 そして、私に勲章を授けてくださった時と同じような笑顔で――



「これからも、ナタリアには一生ボクの一番そばにいてもらわないと困るしね」



 そうおっしゃってくださいました。


「はい。仰せのままに」


 きっとこれで、エステラ様はゆっくりとお休みになれるでしょう。

 私は、悶絶して寝不足になりそうですが。


 …………そう考えると、なんだか不公平な気がしてきましたね。

 なぜ私だけ……


 ……ならば。


「こちらの『宝物』はお渡し出来ませんが、私の『宝』はエステラ様ですので、それの証明になるものを差し上げましょう」

「証明?」

「はい」


 私がエステラ様を大切に思っている証明。証拠となる物です。

 私は勲章を丁寧に元の場所へしまうと、エステラ様に背を向け、前かがみになり、お尻を突き出して――スカートをまくり上げました。


「この『えすてら(はぁ~と)』と書かれたパンツを脱いで差し上げま――」

「脱ぐなって言ってるだろう!?」



 ぺちーん!



 ――と、深夜の室内に私のお尻が叩かれた音が鳴り響きました。






======


あとがき


以上でお家にいようSSはおしまいです。

……まさか、ラストがナタリアさんのお尻ペチーンだとは。

終わりよければすべてよしと言いますが、

終わりがお尻だった場合は、すべてお尻だということに!?


ともあれ、

GWの間お付き合いくださりありがとうございました!

今回出てこなかったパウラ、ネフェリー、デリア、イメルダさんたちは、

またいずれどこかで。


みなさまに素敵な日々が訪れますように☆


宮地拓海

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