第26話 私はそれを認めない

「なに!? これは、どういうことなんですか!?」


 悲鳴が聞こえる。

 

「私、何を見てるの!? こんなの知らない……見たことない!」


 サクラさんだ。


「二階堂ゆみ、あなた――なんなの? 何を信じてるの!?」


 何を言っているか、頭がぼんやりしてわからない。


     *


 夢を見ていた。

 黒い渦が巻く夜の海。そこに浮かんでは消える青白い海蛍。光が瞬く度に海面は姿を変えて、まるで何かに語りかけているかのよう。

 なつかしい。

 とてもなつかしいものだった。

 私はこれをどこから見ているのだろう。

 いや、そもそも、私は、二階堂ゆみは、なんだったのだろう。

 

「ゆみって言ったんだ」


 声が聞こえた。

 さざめく波の音に乗せて、私の内側からポコポコと泡立つような声が聞こえた。


「そうだ、ゆみって名付けたんだわ」

「お母さん?」


 返事はない。けど、。そこにいる。


「私、会いたかっ――」

「横恋慕って良くないと思うわよ」

「は?」


 その瞬間、私は自分の肉体が海に向けて落下していることを認識した。

 ぶつかると思って目を閉じたら、頭には柔らかい感触。

 お母さんの膝枕だ。

 大人になった時の私によく似ているけど、髪が白い。それに目の色、目が人間の目ではない。それがなにか、分からない。見えている筈なのに、色も、瞳孔の形も、認識できない。怖い。怖い。


「ゆみ、お兄ちゃんとあなたに血の繋がりが無くて倫理的に何一つ問題なくとも……横恋慕は良くないと思うの。お兄ちゃんにはもう大切な人が居るんだから、ね?」

「そういうこと言う? 私の味方ゼロか?」

「あなたの味方しか居ないじゃない」


 こいつアホか? みたいな顔を死んだ筈の母親からされると非常に複雑な気持ちになる。しかも私に似た顔なのが困る。


「愛する娘が道ならぬ恋に身を焦がしてたなら心配されるのは道理よ?」

「そうだけど……」

「そうだけどじゃないわよ」

「こんな荘厳に登場しておいてそれ?」

「まあ、そうね。今まで何もしてあげられなかったし、知らない女に頭の中を覗かれるピンチみたいだったから助けに来たけど、まあ、台無しね」


 助けに来た。

 これは私のこれまでの経験から理解しているが、私に遺伝子を色濃く残している以上、この女は私と比べ物にならない行きあたりばったり女だろう。

 助けに来たと言って、確実に私にとってろくでもないことをしている可能性が高い。

 私が! お兄ちゃんに! 仕掛けた時みたいに!


「ねえ、あなたがお母様で私を助けたなら、お願いをしたいことがあるの」

「一つだけよ」

「誰も傷つけないで、この館の皆を家に帰して」


 それを聞くと、目の前の女は嬉しそうにニタァっと笑う。


「あら、ついでに邪魔ものを消してあげようかと思ったのに」

「要らない」

「お父さんはお願いしたわよ」

「私は貴方に頼らずに目指す場所にたどり着けるわ。だからあなたはもうこれ以上の事はしなくていい。ありがとう。感謝してる」

「あらあら、恋に恋する女の子がどこに行けるっていうのよ。それはいつか失うものでしょう。良いのよ、失わぬように願っても、人間のお父さんと違って、あなたはそういう権利があるんだから」


 やはり、私によく似て性格が悪い。

 けど、弱点も私に似ていることだろう。

 だから私はお兄ちゃんの言葉を思い出す。


「分かりきっていても行くから、意味があるらしいよ」


 お母さんは私によく似た笑みを浮かべ、私の頭を撫でる。

 

「あら? ふうん……まあ、人間ってそういうところあるものね。そう、そうなの。そういうことなら……うん」


 悪くないわ、と呟いて、私によく似た大人の彼女の姿は消えた。


     *


 目を覚ますと私とお姉ちゃんは重なり合うように倒れていた。


「……こ、こんばんは」

「お互い生きてるようで何よりですね」

「あ、あの、お姉ちゃん、休戦協定で……」

「良いでしょう。あなたに助けられたみたいだし、サトルさんの敵ではない。でも条件があります。お互いに手の内を明かしましょう。私はカルトの運営にあたって心理操作の技術と簡単な魔術について手ほどきを受けました。あなたがこっそり使っているわけの分からない道具と似ていて違う技術です。あんなメチャクチャな性能は出せません」

「でもダイナマイト盗んで爆発させてたじゃん!」

「あんな使が有って良いわけないでしょう!? この土地の霊脈がめちゃくちゃ……一応我が家の財産なのに!」

「そういうものなんだ……わ、わたしは家族から貰って使ってるだけだから……」


 お姉ちゃんは長い溜息をつく。


「……そう」

「そうなの。そういうあなたこそお兄ちゃんに下心が有って近づいてるんでしょ! なんか悪い事の為に!」

「いえ、自分のためです。私、先輩のこと大好きだから……」


 お姉ちゃんは頬を赤らめる。私にのしかかりながら。

 ケーッ。見せつけやがって。


「まあ今は負けを認めてあげるわ。だからどきなさい」

「お姉ちゃんとして一つ教えて差し上げましょう」

「なによ」

「負けてもいないのに負けたとか言うと負けたことになりますよ。特に今回……とか」


 それだけ言うと、お姉ちゃんの限界が来たらしい。

 佐々木サクラは眠そうな顔をして、また私に覆いかぶさるようにして意識を失ってしまった。

 ところで、熱い。火の手が傍まで迫っている気がする。

 そんな時だ。


「サクラ! ゆみ!」


 ドアを蹴り開く音と叫び声。お兄ちゃんだ!


「お兄ちゃん! ここよ! お姉ちゃんが助けに来てくれたの!」

「なんだって、サクラ……まさか本当に自力で脱出を!? ゆみ、お前は!?」


 マジカル☆ダイナマイトで火を付けたのはこの女っぽいのだが、黙っておいてやろう。貸し一つだ。それにしてもこいつ……身長の割に体重軽くてむかつくわね。

 ボロボロのお兄ちゃんと救助隊っぽい人たちがドタドタと部屋に入ってきた。


「私は大丈夫! さ、サクラお姉ちゃんが私を庇って! 何か落ちてきた時に頭打っちゃったの!」


 救助隊らしい人たちがまだ気絶しているサクラお姉ちゃんを担架に乗せて丁寧に移動させ始める。

 お兄ちゃんは意外なことに、私を抱き上げて、救助隊の人たちの後ろをついていく。


「お兄ちゃんさ。お姉ちゃんの傍に居なくて良い訳?」

「俺ができる最善をしているだけだが? こういう時はプロにおまかせするのが一番だろう。ゆみこそ、本当に大丈夫なのか?」

「私は大丈夫よ」


 なんならお姉ちゃんも大丈夫だろう。きっと。

 とは、そういう約束をした。

 また目が覚めたら、仲直りをしよう。

 敵だけど嫌いじゃない。


「なら良いんだけど……」

「あのね、お兄ちゃん」

「どうした。こんな時に」


 分かりきっていても。


「お兄ちゃん、私に乗り換えたら? きっとこれから先も大変だよ?」

「素敵なお誘いだけど遠慮しておくよ。そう言われるのは嬉しいけどな。ゆみの“これから先”を大変にさせたくないからな」

「あらお兄ちゃん、何か秘密でもあるの?」

「え? んー、まあ、秘密だ。それはな」

「ふふっ、じゃあ聞かないであげる」

「助かった」


 私たちは微笑み合う。

 きっと佐々木サクラはそれを聞いたのだろう。だから必死に頑張っているのだろう。その生き方はなるほど、お兄ちゃんに相応しい気がする。

 どうにも私は勝てないらしい。

 だからといってハイそうですかと言って、新しい恋に向かえるほど、合理的な人間にもなれないだろう。

 

「上手く言えないけどさ。なんだか良かったなって感じがするのよ」

「こんなトラブルに巻き込まれたのにか?」

「うん、よく分かんないけど、私の知っている人たちは無事で、安心してる」

「まあサークルのみんなも地下室に捕まってただけで、生きてたしな」


 勝てないけど、いつもの負けたような感じはない。

 むしろ爽やかで、明日が来るのが待ち遠しいような、新しい世界が見えてきたような感じだった。今、私が持っている力で何ができるのか知りたい。お兄ちゃんの気を引くのには不向きな力だけど、この力でできることはきっと多い筈なんだ。


「よし!」


 気合を入れて声をあげる。

 もしかしたら、私がまだ知らないものを、私は勝ち取ったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘密兵器《チートツール》でヒロインレース大勝利! 敗北妹ヒロインはそれでもお兄ちゃんを諦めない! 海野しぃる @hibiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ