第25話 窮地を切り抜けてこそ真のヒロインって訳ね……
私は憑依したお姉ちゃんを無事オービットさんに引き渡した。
あとはこの館から脱出するだけ。パパが錬金術で用意してくれたマジカル☆ダイナマイトだって既にカバンの中にある。マジカルってつければ通ると思ってるよあの人は。
「ゆみ、随分機嫌が良さそうだな?」
「ちょっと、ドキドキしちゃって……非日常って感じしない?」
あの女を消してやったからなあ~!
機嫌が良くなるのも当たり前だろ~!
あとはこの館のどこかをダイナマイトで吹き飛ばして帰宅すれば無事に
地脈ごと吹き飛ばせばオービットの空間を分断する術も持続しないし、そこから外部の人間を大量に呼べば意識誘導で館に誰も気づかないようにする術も崩壊する。完璧。完璧な戦術よ!
……ってパパが言ってた! あたしそんなコワイこと知らなかったもん! 言われたとおりにやっただけだもん! 私は悪くない!
「あのな……ゆみ。そんな馬鹿な事を言っている場合じゃないんだ。サクラが帰ってこない以上、探しにいかないといけないだろ?」
「待って、お兄ちゃん」
「どうした?」
「この館、様子がおかしいし、警察呼ばない?」
「電話が通じないんだぞ?」
「外に出れば案外通じるかも……そしたらサクラお姉ちゃんだって探せると思うの。一人でどうこうしようとするのは無謀よ?」
お兄ちゃんは腕を組んで考え込んでいる。
「……だがな。俺が置いていっちゃ駄目だろ。俺はサクラの彼氏だからな……」
「けど、助ける為なら……」
「助ける為とか、そういうことじゃないんだ。そういうのを横にして行かなくちゃダメなの。そういうものなの」
「……分かりきってるのに、自分から危ない目に遭いに行くの?」
馬鹿じゃないだろうか。格好いいけど、そういうのは良くない。私にとっても、お姉ちゃんにとっても、良くない。自分を犠牲にしたってなんの意味もない状況であるかもわからない可能性に賭けないで欲しい。
「分かりきっていても行くから、意味があるんだよ」
やつには関わらないほうが良いんだけど、そんな格好いい顔で言われるとこちらも言い返しにくい。惚れた弱みね。
「ゆみ、途中までは送るよ。お前なら大丈夫だろう? 俺に構わず逃げるんだ。できれば助けを呼んでくれると嬉しい」
「……要らない、行って」
「ゆみ?」
「私は私でなんとかするよ。ちゃんと助けに戻ってくるから、サクラお姉ちゃんの安全は確保しておいてね」
「良いのか? ゆみ」
「私ね……実はすごいんだよ、なにせなんでもできる魔法使いだからね」
お兄ちゃんはそれを聞くとクスリと笑う。
「火事の時に使う非常用スロープがあるから、それで逃げてくれ」
お兄ちゃんはそう言って部屋から駆け出した。
まあこの後すぐに
「って、あれ?」
カバンの中からマジカル☆ダイナマイトだけがなくなっていた。
慌てて部屋の中を探していると館の一角から轟音と火柱が立ち上がった。
窓からも見えた。明らかにマジカル☆ダイナマイトの効果だ。
「だ、だ、だれよ私の秘密道具奪ったヤツ~~~~~~!」
私の悲鳴は爆音でかき消された。
そして、同時に。
バキ、と良い音がして、私の居る部屋の扉に斧が食い込んだ。
*
「はぁい、ゆみちゃん。大丈夫でしたか?」
佐々木サクラだ。
割れた扉の向こうから笑顔を覗かせている。
凍りついた私の表情を見て、何かに気づいてしまったらしい。
「ゆみちゃんったら『あ~ど~しよ~?』って……顔しましたね」
あの女はドアにもう一発斧を叩きつける。
「どうもしなくて良いんですよ」
ど、ど、ど、どうしよ~!?
「この館はもう安全ですから」
ドアの裂け目がドンドン大きくなっていく。
「どういうこと!?」
「私がこの館に居るよく分からないやつを倒してきましたから……ゆみちゃんのお陰です。あの物騒な道具、何時から持っていたんですか?」
「はぁ!?」
「生き残っていたサークルの方々が今外に助けを求めに行っていますし、もうすぐ警察も来ることでしょう」
ドアに決定的な亀裂が走り、腕一つ通せる大きさの穴ができる。
「先輩は今頃、爆発の起きた方へと走っている筈です。なのでそれまでの間、お姉ちゃんと少しおしゃべりしましょうか」
佐々木サクラが部屋の鍵を開けた。
*
「こ、こ、来ないでぇ~!?」
悲鳴を上げるより先に入ってきたサクラが私の口を塞ぐ。
「お静かに」
私はコクコクと頷く。
私は口を閉じていればたおやかなインドア派美少女だ。成人女性に暴力では勝てない。秘密道具も奪われてしまった。つまりやばい。
「今回の騒動を巻き起こしたのはゆみちゃんですか?」
必死で首を横に振る。
「あのオービットって変なお化けにそそのかされたの! 君には特別な力がある。それを使うならばお兄ちゃんを助けてやろうって脅されたから……うう、ぐすっ、ごめんなさい……」
嘘はついてない。成人男性からの言葉は概ね子供の私にとっては暴力に等しい恐怖と重みがあるので実質脅されたと言っても良いだろう。か弱い美少女の言うことなのでこれは十全に正しい。
そしてこんな逃げ方を打って恥ずかしくないのかと言われれば恥ずかしくない訳は無いのだが、ここを切り抜ける為ならプライドは捨てる。だって私は子供だから。子供の持つ無限の未来をプライドで捨てるほど愚かではない。お兄ちゃんとは違うのだ。そして。
「そうでしたか。それは大変でしたね」
この女とも違うのだ。
「……」
「そう言われて不思議そうな顔をしてしまうのが、子供っぽくて可愛いですね」
「な、なんのことでしょう」
「あなたは良いのです。私が許しましょう。すくなくとも、サトルさんにとって害のあるものではないのですから。さ、そろそろサトルさんを迎えに行きましょう」
佐々木サクラは私の手を取る。
この女、分かっていて私を見逃している。
なんで?
「まあそれはそれとして、少し頭の中を探りましょうか。まだ武器を持っていたら困りますから」
ポツリと呟いて、彼女は私に腕を伸ばす。
油断していた。完全に反応が遅れた。
額に手が触れた瞬間に、意識が消えていく。
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