第5話 小さな丸太の遊歩道とバナナブランコ。
眠る前のひと時、私は自分でもよく分からないけれど何かに思いを馳せる。
それがその日のことだったりもすれば、全然違うありもしない事だったりすることもある。
大体ありもしなかった事を思い浮かべる時は、その思いに包まれながら眠りたくて布団を抱きしめて瞼を閉じていた。
すると、次の瞬間には蝋燭を持った私が君に会うために地下へと続く階段を降りている。
アーチ型の扉を開くと、そこにはセーラー服を着た女の子がいた。
よく見ると、それは中学生の頃の私だった。
「どうも…」
彼女(中学生の私)は遠慮がちにそう言いながらも、私のことを頭の先からつま先まで全身をじっと見ていた。そこに遠慮は無かった。
「あまり身長は変わっていないんですね」
「うん…なんか、ごめんね」
「いえ、今の私のせいでもあるんで」
私達は(お互いに私なんだけれど)どうしていいか分からないまま、突き当たりのドアを開いた。
そこは中学生の頃の私も、そして今の私にとっても大好きな遊歩道だった。
道沿いに小さな丸太が連なっている長い長い遊歩道。
「わー、ここに来れるとは思わなかった!!」
彼女は嬉しそうにして、真っ先にバナナの形をしたベンチ型のゆりブランコに乗った。
「ほら、大人の方の私も」
「あ、うん」
ここに来ると元気になれる。
やっぱり彼女は私なんだと改めて思った。
「あのー、色々聞いてもいいですか?」
それはそうだ。
未来の自分に会ったら訊きたいことは山ほどあるに違いない。
あの頃の私だったら、今の私に何を訊くのだろう。
「さっきから薬指の指輪がチラチラ気になるんですけど…結婚してるってことですか?」
「うん、してるよ」
「あー、良かった〜。一生独身って可能性も考えていたから」
とても嬉しそうに微笑む彼女は、まだ愛されたくて愛されたくて仕方がなかった頃の私だ。
「今って誰が好きなんだっけ?」
「えー?大人の私なら知ってるはずじゃないですか?」
「そうなんだけど、もうあんまり覚えていなくて」
彼女はすっごく驚いて私を見た。
「覚えてない!?え?それって覚えていないほど些細な出来事っていうこと?」
「うん、まぁ…。いやでもね、今のあなたにとっては何もかもが重大だったってことは分かってるんだよ?」
中学生の自分に私は一生懸命言い訳をしている。
「そうなんだ〜。でもちょっと安心しました」
「安心?どういう意味?」
「だって、今私が悩んでることも苦しんでいることもぜーんぶ未来には何でもないことになってるってことですもんね、ホッとする…」
私は彼女を抱きしめずにはいられなかった。
「え?何ですか?!」
「抱きしめてもらうなんてなかったもんね」
「……」
「大丈夫。これから大変なこともあるかもしれないけれど、全部大丈夫なの。1週間!大体1週間もすれば大丈夫なタイプだから私!!」
「結構立ち直り早いですね…」
「あはは。そうなの」
ただ、1週間じゃどうにもならないくらい大きな波が来ることも私は既に知っている。
でも、それでも大丈夫だった。
この彼女の為にも私は私を大切にしようと思った。
でも、彼女はまだ何も知らない。
抱きしめている私の手をほどいて、真剣な顔で訊いたきた。
「じゃあ、大人の私は幸せってことですね?」
「…うん、まあ。大丈夫よ」
「え?幸せじゃないの?」
「もーう!幸せだってば!!」
「良かった〜。ちなみにどんな人と結婚したんですか?今の私の知ってる人?」
私は少し悩んだ。
未来の人が何かを話してしまうと変わってしまう…というお決まりをよく映画で観る。
既に色々話してしまった気もするけれど。
「あんまり詳しいことは言えないけれど、あなたを好いてくれる人も近々現れるし、ちゃんと愛されてる。それだけは忘れないでね」
彼女は急に黙った。
「そっか。私なんですもんね。心の内は丸わかりですよね」
「そう。だから自分をあんまりいじめないでね?」
「……はい」
「大人のあなたは私が守るから。だから今のあなたはあなたが守ってね」
あー、これがこのまま歌詞になっている曲を彼女に教えたい。どうしたらいいんだろう。
私はスマホも持っていなかった。
…でも、言いたいことはとりあえず言えた気がする。
「ありがとう」
私がちまちま考えている間に彼女が言った。
私達は同じ人間だけれど、それぞれの場所でこれからも暮らしていくのだ。
あの頃の私を思うと少し胸が痛む。
だからこそ、私も言わずにはいられなかった。
あの頃の自分に。
「ありがとう」
明日もあなたにとって
ゆるく優しく楽しい一日に
なりますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。