第4話 白い街と青い海。
今日も瞼を閉じて君を思う。
蝋燭の灯りの中でアーチ型のドアをゆっくりと開けると、そこには誰もいなかった。
約束をしている訳でもなく、いつも私が思い浮かべるだけ。それだけでいつもならこの秘密の通路で君に会えていた。
でも、今日はいない。
私はしばらくそこにしゃがみこんで君を待った。
けれど、君が来る気配は無かった。
迷ったけれど、私は立ち上がりそのまま突き当たりまで歩き1人でドアを開いた。
「白い街…」
そこは右を見上げると白い街、左側には真っ青な海があった。
私はその美しさに息を飲んだ。
それから少し砂浜を歩き、君の不在を残念に思った。
「ここは君と一緒に来たかった…」
せめて、次に会えた時に君に渡せるようにと綺麗な貝殻を子供みたいに探した。
けれど、すぐに私は疲れてしまって砂浜に座り込んだ。すると、途端に心細くなった。
膝を抱えておでこも膝にくっつけて丸くなった。
「遅くなってごめん!」
顔を上げると息を切らした君が立っている。
「今日はもう会えないかと思った…、もう二度と会えない様な気さえした」
「ごめん、ごめん。今日は君の為に持ってきたいものがあって」
「持ってきたいもの?」
君はバスケットから、
甘い香りのする箱を取り出した。
「開けてみて?」
君に言われるがまま箱を開くと、
その中にはまだほんのりと温かいマドレーヌがいくつも入っていた。
「これを焼いてたら時間がかかっちゃったの」
さっきまで泣き出しそうな程、寂しかったのに君が来てくれた途端にこんなにも安心できる。
「そうだ、これ見て?」
私はさっきまで拾い集めていた貝殻を君の前に並べた。
マドレーヌとそっくりな形をした貝殻。
「ふふっ。変なの。全然別なことをしていたのに、どこか繋がっているみたい」
「本当だね」
君も私の横に座った。
「それにしても、もう会えないなんて大袈裟過ぎない?」
「そうなんだけど…」
「例え今日会えなくても明日もあるし明後日もあるじゃない」
「うん…」
でも、私にはそんな風には思えなかった。
ここは不思議な場所、そしていつかは消えてしまう場所。
そんな風に思っていた。
「で?君は今日はどんな風に過ごしていたの?」
「今日は……仕事はサボっちゃってね、少し買い出しに出て、その位かな。君は?」
「私もね、同じようなものだよ。少し散歩に出てあとは部屋で何をするでもなく過ごしていたから」
君はさっきのマドレーヌを私に1つくれた。
更に持ってきてくれた紅茶も注いで2人の間に置いた。
私はお礼を言ってからマドレーヌを1口食べた。
すると、ふんわりとバターの香りが口いっぱいに広がって、優しい甘さは一気に幸せな気分にしてくれた。
「美味しい!!」
「でしょう?これを君にどうしても食べてもらいたかったの。美味しいものを食べて笑顔にならない人はいないから。遅刻はこれでチャラでいい?」
「チャラになるにはあと最低2つは必要」
「ふふっ。2つどころかいくらでも!」
君は箱ごとマドレーヌを私の膝の上に置いた。
「冗談だよ。君が来てくれたならそれでいいの。それだけで充分」
「……君ってさ、楽しい時もどこかで寂しいことを考えてる様に見えるのは何故?」
私はマドレーヌをはむっとして黙った。
「まぁ、いいんだけどね。私は君と楽しくこうしていられたらいいなと思ってる。それだけ」
「私も。私もそれだけだよ」
「そう?ならいいんだけど」
君の言ったことは当たっていた。
当たっているから何も言えなくなってしまった。
それでも、君と楽しくこうしていられたらいい。
それだけでいい、というのも決して嘘ではなかった。
「ねぇ、チョコレートケーキとモンブランだったらどっちが好き?」
「じゃあ、おしゃべりな人と口数の少ない人は?」
「それから…」
私達のお喋りはいつまでも続いた。
白い街は朝の光に照らされると浮かび上がるみたいにキレイに見えたし、海は真っ青からキラキラとした水色になっていった。
明日も君にとって
ゆるく優しく楽しい一日に
なりますように。
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