待ち合わせは秘密の通路で繋がったあの場所で

切り株ねむこ

第1話 林檎の並木道。

今日も私はベッドの中で眠れずにいた。

それでも、目を閉じて思い浮かべる。


こうするのも久しぶりのことだった。


暗闇の地下へと続く階段を蝋燭の灯りだけを頼りに壁づたいに進んでいく。


階段が終わると、そこには木製の古びたアーチ型の扉があって、その扉を開けるとまた暗い通路が続いている。


けれど、よーく目を凝らすと遠くに仄かな明かりが見える。


「遅かったね」


突然の声に私は心臓が止まりそうなほど驚いた。


「待ち合わせはここだったよね?」


……そうだ。

私は君に会いたくってここまで来たんだった。


「今日はどこに行く?君の好きな夜の浜辺を歩く?」


「……」

私は考え込んだ。

久しぶりに君と一緒に歩くなら……


「どうしたの?」


「……今日は林檎の並木道を歩きたいな」


「素敵だね。じゃあすぐに行こう!」



私達は気がつけば通路の突き当たりまで走っていて、重い重い鉄の扉を2人で押し開けた。



扉を開けるとそこは、満点の星空の下に広がる林檎並木の一本道があった。


どこまでもどこまでも続いていて終わりの見えない並木道。林檎の甘酸っぱい香りも広がっている。


夜空の下の緑の木々になる真っ赤な林檎が鮮やかでとても美しい。


「君は最近どうしてたの?」


「え?私?」


「君が呼んでくれないと会えない」


「そうだよね、ごめんね。私はすぐに自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって。…怒ってる…よね?」


「まぁ、怒ってた、かな」


「本当にごめんなさい」


私が謝ると君は笑って林檎を一つもいだ。

その表情や仕草に私はホッとした。


「君の話を聞かせて欲しいな」


「私の話……」


君は一つだけもいだ林檎を私の手を取って、手のひらの上にポンと優しく乗せてくれた。


「ありがとう。…私は自分は武士なんだって思って過ごしていたの」


君は私の言葉に吹き出した。


「何それ」


君が笑うと私は安心する。

そして、私も1番赤く綺麗な林檎を1つ選んでもいだ。


「とにかくそう思って引越しの準備をしてた」


私も君がしてくれた様に林檎を君の手のひらに乗せた。


「とにかく武士?武士ってどこに引っ越すの?」


「引越し先は特に決めてなかったけど」


「武士に対する見方、間違ってそうね?」


「ふふふ。完全に間違ってるよね」


「君らしい。でも引っ越しはやめたんだね?」


「…そう。引っ越さないことが私なりの…何かなの」


「何かって?」


「武士は余計なことは言わない」



そう言うと私達は笑いあって林檎をひと口同じタイミングで齧った。


「何これ。びっくりするくらい美味しい!」


「林檎、そんなに好きじゃないって言ってなかったっけ?」


「うん。でも何だろう初めて食べるみたいな味がする」


「大袈裟」


「君だってそう思わない?」


「そりゃ君といたら何だって美味しいよ」


「そんな嬉しいこと言ってくれるんだ」


私は嬉しくてつい顔がほころぶ。


「君の顔、デレデレ」


「だって嬉しいから。そう言う君も今相当にこにこしてるよ?」


「そっか。嬉しい時は嬉しい、楽しい時は楽しいって顔になるんだね。でも、悲しい時も悲しいって顔になる。それも自然なこと。そこは見せないつもりだった?」


「……」


「君はすぐに黙る。何に遠慮してるの?ここで嬉しいとか悲しいとか出さないで、君はどこで本当の君になれるの?どこに行くつもりだったの?」


「……」


君はため息をついた。


「じゃあ今、君の前で悲しい顔を見せたら、それって嫌だったりする?」


「そんな訳ない。むしろ誰よりも私が君に出来ることを考えたい」


「その言葉はそのまま返す」


……私は誰と話しているんだろう。

……君は誰なんだろう。

でも、ずっと会いたかった。


温かい気持ちと林檎の美味しさに涙が溢れた。


「大丈夫」


「大丈夫」


私達はそう言い合うと、たわいも無いことを話し始めた。私がラジオ体操をしたこととか、君が最近読んだ本の話とか。


そんな風に君といつまでも話しながら林檎の並木道をどこまでも歩いた。



「次はどこに行く?」



君にとって

今日がゆるく優しく楽しい1日に

なりますように。


その思いだけはずっと変わらないし、変わらなかったよ。


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