第2話 特別な森。
今日も1日最低限のやるべきことはやって、私はベッドの中に入った。
目を瞑ると君に会える。
そう思って瞼を閉じた。
そして、また蝋燭の灯りだけを頼りに壁づたいに地下へと続く階段を降りている途中、足を滑らせて1番下のドアの前まで落ちてしまった。
「あー、痛たたた…」
あまりの痛さに半泣きになりながらも、蝋燭だけは離さなかった自分に驚きつつ立ち上がって、アーチ型のドアを開いた。
すると、君はドアのすぐ前に立っていて
「大丈夫ですか?」
と心配しつつも笑いを堪えていた。
「……笑ってますね」
「いや、すみません。すごい音と叫び声がしたもので…でも、心配はしましたよ?そこは本当です」
丁寧な君の語り口調と真面目な表情に逆に私の方が笑ってしまった。
そして、君は私が持っている蝋燭を自然と代わるように持ってくれてから、訊ねた。
「さて、今日はどこに行くつもりですか?」
「うーん。あの森を一緒に歩きませんか?」
「それはいいですね。行きましょう」
今度は暗い通路の行き止まりにあるドアを君が開いてくれた。
そこは、まさしくあの森だった。
木々が揺れる音が聞こえる。
月明かりの下、私達は歩き出した。
「ここはいつまでも変わらない気がする。いつも私の心の中にあって、苦しくて悲しくて…だけど抜け出したくない…そんなところ」
「今もですか?」
「今はたまにしかページは開かないんだけど、時折思い浮かべることで私はここに来ている気がします。森っていうのは私の中のイメージに過ぎないんですけどね」
足取りが軽く弾むように歩いていると、君は言った。
「あんまりそっち側に行くと井戸があるかもしれませんよ?」
私は嬉しくなって微笑んだ。
「それは危ないですね」
真っ暗なはずの森の中は月明かりと蝋燭の灯りだけで充分だった。
「ごめんなさい。つい持たせちゃってましたけど蝋燭、私が持ちますよ?」
「両手が空いてた方が転んだ時に安全です」
「もう転びません!!」
私の言葉に君は笑った。
やっぱり君が笑うと安心する。
「で、今日はどんな1日を過ごしていたんですか?」
「んー。今日は仕事も終わったので家事をゆっくりと済ませてから漫画を読んでいました」
「なんの漫画?」
「息子のね、鬼滅の刃です。息子がアニメを観ていたので一緒になって観ていたら、話を全然覚えていないことに気がついて…最初から読み直しです」
「ははは。何だか君らしい気がします」
「覚えてないってところが?」
君は私のその言葉をはぐらかす様に切り株を指さした。
「少し疲れたんじゃないですか?良かったら座りませんか?」
覚えてないってところが?をもう一度言おうかと思ったけれど、君があまりにも華麗にスルーしたので
私は君に従って切り株に腰をかけた。
「こうして座ってたら井戸に落ちる心配もありませんよ?」
「……ですね」
何だか上手く丸め込まれた気がして、私は少しだけむくれたフリをして君の顔をじっと見たけれど、君は何でもない事のように目線を逸らした。
「まぁ、いいや。君には話したいことが沢山あるんです」
「例えば?」
「例えば…じゃあ、2つお願いを聞いてくれますか?」
「あはは。みっつ聞きますよ」
そこから私は君に色々な話をした。
私の今思っていることや、君への感想や、共通の話題がいくつもある話だとか。
君は主にそれを優しく聞いてくれていた。
「君は?君は私に話したいことって無いんですか?」
その言葉と共に私たちの間には風が通り抜けた。
「何もありません」
私の呆気にとられた顔に君は笑っていた。
私はそんな君を見つめながら、ちょっぴりチクッとした痛みも感じつつ…それでもやっぱり思うことは1つだった。
今日も君にとって
ゆるく優しく楽しい1日に
なりますように。
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