第9話 メロンソーダのゼリーの上で。
今日もアーチ型の扉を開けるといつもの待ち合わせ通り、君と会うことが出来た。
そして、既に私たちはバカンスを楽しんでいる。
ぷるぷるとした大きな大きなメロンソーダのゼリーの上にパラソルを立てて、まるでプールサイドにいるみたいにデッキチェアに横たわる君と私。
私はたまにデッキチェアから腕をたらし、しゅわしゅわとしたゼリーに手を浸す。
「今日は少し暑かったから気持ちいいね」
横たわっている君は真っ白なワンピースに大きなサングラスをして大きな女優帽を被り、日焼け対策も万全にしている。
私は黒地に鮮やかなアネモネ柄のワンピースで、
今度は足をしゅわしゅわに浸しながら君に訊いた。
「ねぇ、今日って何曜日だっけ?」
「うーん……何曜日だっけね」
もはや曜日感覚は無かった。
「ゴミ収集が行っちゃったって時にだけ思い出すの、何曜日だったかを。それが本当に不思議」
「確かに。あの時だけはピンと来るんだよね。しかも行っちゃった後に」
こんなに現実離れした素敵なバカンスの最中だというのに、私たちの話題はいつもと同じだった。
けれど、それが私にはとても愛しい。
「昔観たドラマでね、坂本龍馬が死ぬ間際に中岡慎太郎と食べ物の話で揉めてるの。本当にどうでもいいことで。確か鶏肉の皮が嫌いだとかそんなこと。だってミカンの皮は食べないだろとか。大の男が細かいことで〜って本人達は笑うんだけどね。その後で龍馬が言うの。『こんな馬鹿話だけして一生を送りたいぜよ』って。それを観て、私すっごくいいなぁと思ったんだよね」
しゅわしゅわとしたゼリーを足でパタパタさせ、ジュレの様にしながら私は話した。
「わかる気がする。そういう身にもならない話ほど幸せを感じるよね。メロンソーダよりグレープソーダが良かった〜!!とか」
「そうそう」
大きなニュースなんてなくていい。
私たちはいつも似たような話をして
似たようなことをして笑って
飽きてしまいそうな毎日の中にいたい。
あくびが沢山出るような昼下がり、
そんな事を私は思った。
「ねぇ、もしここに誰か呼んで何してもいいよって事になったら、君ならどうする?誰にする?あ、勿論好きな人限定ね。私なら……髪は黒髪か日が当たると自然な茶色で…」
「それって単に好みの話だったりする?」
「うん。好きでしょ?こういうの」
「大好き」
すぐに真剣になって黙って考え込んだ。
どんな人がいいだろう。
どんなシチュエーションでどんな言葉を交わして
どんな風に……。
爽やかな風が吹いた時、メロンソーダの香りがした。
その香りを感じた時、私たちは目を合わせて思わず微笑んだ。
「ずっとずっとこうしていられたらいいね」
君が帽子を押さえながら言った。
私たちはいつだって、
どんな時だって
こんな風に身にもならないような話をして
一緒にいたい。
それはいつまでも変わらない私の…私たちの、
願いだった。
これからもずっとずっと
私は君に会う為に瞼を閉じる。
そして、地下へと続く階段を蝋燭の灯りで照らしながら、アーチ型の扉を開ける。
笑いが止まらないような楽しい日も、
とび上がりたくなるほど嬉しい日も、
泣きたくなるほど悲しい日も。
私は君に会いに行くね。
おしまい。
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