その7

 狭い店の前の駐車場に数台のパトカーが停まり、店の中には腕章をつけた私服や、いかめしい制服警官で一杯になっていた。


 奴らはいつもの通り探偵に対する如く、1ダースほどの嫌味を並べ立て、終わりには”所轄に報告書を提出しろ”というありきたりな殺し文句をつけ加えることも忘れなかった。


 小泉早苗は武器の密売、売春の仲介など、幾つかの悪事に手を染めていたという。


”女狐みたいな女さ。まあ叩けば埃は幾らでも出て来るだろう”一人の刑事がそんな言葉を吐いていた。


 


 早苗は警察官おまわり達に囲まれて事情を聞かれ、手錠をかけられる瞬間にも背筋を伸ばし、少しも表情を変えようとしない。むしろ毅然きぜんとしている。


 涼太は治療の為、救急車に載せられ警官同行で病院に運ばれて行った。

 しかしそれほど大した傷ではないので、命に別状はないだろうとのことだった。



 戸川夫妻・・・・特に妻の澄子の方は、もう疲れ果てたといったような表情で、夫の肩に頭を寄せて立ち尽くしている。



 その前を刑事に両脇を固められた手錠姿の早苗が通り過ぎた。


『早苗さん・・・・』


 澄子が声をかけようとする。しかし彼女はまっすぐ前を凝視みつめ、無言のまま振り向いてみようともせず、そのままパトカーに載せられ、走り去った。


『どうしますか?』


 俺は二人に声を掛けた。

『もしよければ、警察まで連れて行ってくれませんか?息子たちのことが心配なので』


 澄子もハンカチを握りしめた手を震わせて頷いた。


『それから、これを・・・・』


 ワゴン車に乗り込むと、戸川氏が俺に小切手を切って渡した。


『30万あります。足りませんか?』


『いや、結構、十分です』


 俺はそれだけ言って、小切手を受け取り、ウィンドを開けて煙草を喫っていたジョージに、

『出してくれ』と声を掛けた。


『オーケィ』


 煙草をもみ消したジョージは、そのままキーを回し、車を発進させた。


『分かって頂けないでしょうけれど』澄子は小さな声で、誰に言うともなく、口を開いた。


『彼を愛してしまったんです。前の主人にも、子供たちにも済まないと思っていました。でも私には止めようがなかったんです。自分の気持ちを・・・・』


『分かりたくねぇな!要するに新しい男とデキちまったから、亭主と子供を棄てたんだろうが?!手前ぇだけ気持ちよくなれりゃそれでいいってか!』

 ハンドルを握りながらミラー越しに鋭い声を立てたのはジョージだった。

 彼女は怒声を聞いて、はっとしたように顔を上げたが、直ぐ俯き、肩を震わせた。

 俺の仕事に干渉しない彼にしちゃ、珍しい事である。

『落ちつけ、ジョージ、事故るぞ』

 柄にもなく、俺は彼をたしなめた。

 ジョージは憮然とした表情で押し黙り、視線を前に戻す。

『妻だけを責めないでください。一番の原因は私なんです。』

 彼女の肩を抱き、庇うような口調で言ったのは戸川氏だった。

 

 俺は何も答えなかった。


 結局、警察署に着くまで、車内には沈黙が支配した。



 俺達はパトカーのケツを追っかけて所轄署に着き、二人を降ろした。二人は車の中の俺達に、何度も頭を下げ、そのまま署の建物の中に入っていった。


『すまねぇ、ダンナ』帰りの車の中で、ジョージがぼそりと呟く。

『俺もお袋に棄てられたんだ。親父が死んだあと、新しい男を作ってよ・・・・』

『気にするな、誰にだって嫌な思い出って奴はあるもんさ』

 俺はシナモンスティックを咥え、まだ肌寒い外の景色に目をやった。

『・・・・愛なんて、誰かを不幸にしねぇと成立しないもんなのかねぇ?』

 またジョージがぼそりと口を開く。

 俺は答えを返さず、スティックを齧った。


”それからどうなった?”って?

 どうもなりはしないさ。

 後で報告書を提出しに行った刑事課の馴染みにそれとなく聞いたところ、息子は軽傷で、拳銃の不法所持で聴取を受けたが、悪事に加担していたといっても、それほど大したこともしていなかったので、執行猶予くらいで終るだろうとの事だった。


 早苗に関しては、何しろ余罪だらけだからな。と言葉を濁した。


 ただ、どうやら戸川夫妻は彼女の為に高名な刑事弁護士をつけるよう手配をしたという。 

 上手くやればそれほど大した罪にはならないかもしれん。ただ、早苗がそれを受けたかどうか・・・・その点は定かではない。


 どっちにしろ、俺には関係のないことだ。

 

                                 終り

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。

 




 

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母に復讐(うらみ)の花束を 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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