母に復讐(うらみ)の花束を

冷門 風之助 

その1

◎女は非常に完成された悪魔である・・・・ヴィクトル・ユゴー◎




”やけに歳の離れた夫婦だな”


 それが二人に対して抱いた最初の印象だった。


 マスク姿で俺の事務所オフィスに入ってくると、こっちが勧めたソファに身を寄せ合うようにして腰を下ろし、夫が妻の手をそっと握りしめ、それから片手でポケットから取り出したハンカチで額を拭った。


『渡辺弁護士からはお話がいっていると思いますが・・・・』夫の方はハンカチをしまい、それから次に名刺を取り出して卓子テーブルに置いた。


 そこには、

『株式会社トガワ・取締役社長・戸川俊一』

 とあった。

 彼、戸川俊一は年齢38歳、都内でIT関連の会社を経営している。規模はそれほど大きくはないが、かなりの利益を上げており、暮らし向きも中の上程度と言ったところらしい。

 身長は中背、ブルーグレーのスーツに身を包んだ細身の体と、銀縁眼鏡をかけた面長の顔は、30代後半だというのにどこかしら少年のような面影を残している。


 隣に座ったレモン色のプルオーバーに同色のカーディガン、クリーム色のパンツという軽快な服装をしているのが彼の妻で、名前を澄子。年齢は61歳、つまり夫よりふた回り以上は離れている計算になる。

 特別美人というわけではないが、心持ちふっくらした顔立ちには皺も少なく、余分な脂肪が余りないスリムな体形は、年齢としより幾らか若く見える。

弁護士せんせいは何とおっしゃったか知りませんが、私は法律で禁止された以外では、個人的信条として、結婚と離婚に関わる依頼は原則として引き受けないようにしているんです。その点はご存知ですか?』


 俺の念押しに、夫の方は、掛けていた眼鏡を指で押し上げ、何も言わずに黙って大きく頷いた。


 俺が『まあ、コーヒーでも』と、目の前に置いたカップを勧めると、二人はちょっとだけ顔を見合わせて、握りあっていた手を離し、揃ってマスクを外してコーヒーをすする。


『とりあえずお話だけでも先に伺いましょう。その上で引き受けるかどうかお返事します。いいですか?』


 俺の言葉に、夫婦は殆ど同時に頷いた。


 夫婦には息子が一人いる。

 

 名前は涼太りょうたといい、今年都内の私立高校を卒業して、大学を受験したが失敗し、現在は浪人中だという。

 名刺と並べるようにして、戸川氏が写真を置いた。


 卒業式の写真らしい。


 ブレザー姿で手に卒業証書を持って、母親と並んで桜の大木の下に立っている。

 どこと言って何の変哲もない、今時の若者と言った顔立ちだ。

 一浪くらい、今時大して珍しいことではないのだが、その『妨げ』になるようなことが起こった。


 いや、実際はその『妨げ』は、まだ彼が高校在学中から始まっていたと言える。


 部活をやっている訳でもないのに、妙に帰宅が遅い。


 学校の帰りに予備校の進学コースに通っていたのは事実だが、とうに時間が過ぎているのに、帰ってくるのはいつも午後9時半を廻っていたり、時には10時を過ぎることもあったという。


 本人を問い詰めても『自習室で勉強していた』というだけで、それ以上問い詰めると、面倒くさそうに押し黙って、部屋に入ってしまう。


 そんなことが続いた挙句、息子は受験した都内の一流私立大学はことごとく落ち、卒業後も続けて同じ予備校に通っているという。


 ある時、高校の同級生で、やはり浪人生となった一人の若者が、

『渋谷の街で涼太君を見かけた』

 という。

 図書館のすぐ近くの公園だった。

 そこのベンチに腰を掛けて、一人の女性と話し込んでいたという。

 いや、正確には”話し込んでいた”などという穏やかなものではない。

 堂々とディープキスをし、しかもお互いの身体をまさぐりあっていたというのである。

 

 しかし俺は敢えて平然として返した。

『それが何か?まあ確かに受験生や浪人生が女の子と付き合うのはあまりめられたことじゃありませんがね。18~9歳の少年に恋人の一人や二人いたところで、そんなに目くじらを立てるほどでも・・・・』


『その女性が、息子より遥かに年上の女性だとしても、ですか?』

 父親がやや気色ばんで俺に言った。

『年齢に恋愛は関係ありませんよ・・・・失礼しました。先をお続け下さい』



 

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