第2話

引っ越してきてから早数か月、母は相変わらず朝から働きに出ていた。


一方俺はと言うと、中々こちらの学校に馴染む事が出来ず一人で過ごす毎日。


理由はそんなに難しい事ではなく、最初の印象があまり良くなかったのだろう。


始めこそ新しいクラスメイト達が積極的に話し掛けてくれたが、元々話す事自体あまり得意でなかった俺は、普段の話にさえ笑いやオチを求められる環境に適応出来なかった。


「お前、おもんないな。」


話し掛けてくれた殆どの人達がそう言って離れていき、結果、つまらない奴という印象のままその後を過ごす事になった。


幸いにして虐められたりという事は無かったので、ある意味平和ではあったかもしれない。


それから暫くしての事、食卓で母がある話題を口にした。


「そう言えばあんた、友達連れてきた事無いな。まさか、虐められとるん?」


確かにそう思われるのも仕方が無いという生活を送っていた自覚はある。


だが、余計な心配をかけるのも悪いので、今の現状を包み隠さず話した。


「確かにそやな。誠司はおもんないかもしれへんな。…ほな、お母ちゃんと特訓しよか。」


横で静かに聞いていた祖父も乗り気で加わる事になり、次の日から家に帰っては関西弁の特訓をするというおかしな毎日を過ごす事になるのだが、これが思いのほか難しい。


どんなに言葉を真似した所で思考がそれに合っていない為、考えながらの会話になりテンポが遅くなってしまうのだ。


「あかんあかん。ええか誠司、おもろい話ちゅうんは、もっと大袈裟に盛った方がええんや。」


帰宅した後、祖父が今日あった事を話してみろと言ってきたので、ありのままに話した。


だがそれでは駄目だったらしく、手本として祖父が聞かせてくれた話は、まるでテレビで見る芸人の様な完成度の、しっかりとオチのある話だった。


その後帰宅した母も混ざっていつも通り賑やかな食卓を囲んだ。


「ええか誠司、笑いちゅうもんは取ったもん勝ちや。少し嘘が混ざろうが皆笑えたらそれでええねん。」


母もまた今日あった事を面白おかしく話しながら、まるで教訓めいた事を語っていた。


そんな不思議な生活を送っている内にいつの間にやら話せる様になっていたが、それが何時からかは覚えていない。


そのお陰か中学に上がるとそれなりには友達が出来る様になった。


「オカン、日曜に友達連れて来るから。」


「やったやん誠司!ついに友達出来たんか。後は彼女やな、一体どんな子連れて来るんやろ。今から楽しみやなぁ。」


母はたかが友達を連れてくるくらいで、大袈裟なほど喜んでいた。


だが人生良い事もあれば悪い事もある。


中学三年の秋、祖父が他界し賑やかだった家が急に静かになり、何とも言えない空しさが心を満たしていった。


葬儀に集まった親戚達はみんな賑やかな人達ばかりで、あまり暗い雰囲気は感じなかったのがせめてもの救いか。


「良かったなオトン。介護させるの嫌や言うてたからな。ポックリ逝けて幸せやったと思うで。」


葬儀から少し経って落ち着いた頃、遺影に手を合わせ母は涙声でそう語っていた。


母の横顔を眺めながら、家がやけに広く感じたのを覚えている。


嬉しい事も悲しい事もあった中学生活を終え、俺は地元の高校に進学した。

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