第3話
高校では色々な部活を転々とした。
最初は野球部、それからサッカー部に剣道部。
そのどれもがあまり長続きせず自分はダメな奴だと気持ちが沈んだが、母はそんな俺を叱る事もせず、それ所か肯定さえしてくれていた。
「別にええんちゃう?色々やって自分がやりたいもん見つけたらええがな。」
何度も自分はダメな奴だと思い挫けそうになった時、いつもその言葉に救われてきた。
高校二年も終わりの時期になり、三者面談において特にやりたい事も無い俺は就職を希望したが、
「先生、この子が行ける大学あります?それなりに成績も良いですし、結構あるんちゃいますか?」
母は俺の希望を無視し大学に行かせようとしているらしい。
不必要な負担を掛けたくない為、何度も説得を試みるが納得してはくれなかった。
「お金ならあるで。心配せんでもええ。あんたはやりたい事やったらええんや。」
そう語る母を納得させる為にはどうするべきかと悩んでいる時、友達の一人にある誘いを受けた。
「誠司、俺ボクシングやろうかと思うんやけど、最初だけちょっと付き合ってくれへん?」
時間は有り余っていたので、放課後近くのジムに同行してやる事にした。
やってきたのは家からほど近い場所にある、この辺ではそれなりに名の知れたボクシングジム。
どっちが戸を叩くかで譲り合いながら、ゆっくりと屋内へ入っていくと、
「ん?入門希望か?そんなとこ立っとらんで、ほれ、こっち来い。」
上下ジャージ姿の、恐らく四十位かと思われる男性に声を掛けられる。
「二人共学生か、若くてええな。取り敢えずちょっと体験していこか。」
かなり強引な人で、断るタイミングを与えられず言われるがまま体を動かした。
そして入門届だけをもらい、この日は帰路に着く事に。
この時、俺はある事に思い至っていた。
(月謝一万は高いけど、大学行く費用に比べたら雲泥の差や。これは使えるかもしれへん。)
そう考えて、帰宅してきた母に早速この事を話してみた。
「オカン、俺ボクシングやるから大学は行けへん。もう決めたから。」
「ボクシング!?…あんた、それ本気なんやな?………分かった、母ちゃんも応援するから頑張るんやで。」
嘘をついている事に少し胸が痛んだが、仕方がないと自分に言い聞かせて納得させた。
そして既成事実を作る為、さっそく次の日からジムへと足を運ぶ。
昨日一緒に来た友達はいないが、トレーナーに書類とお金を渡した後、さっそく練習に入っていった。
因みにこの人は岡田さんという名らしい。
「足は肩幅くらい開いてな、そうそう、ええやんええやん、取り敢えずそれ繰り返しといてな。」
そう伝えた後、他の選手の指導に回ったまま、ただ鏡の前で左を突いているだけでこの日は終わった。
正直退屈この上なかったが、片手間でやるには丁度良かったかもしれない。
(まあ、就職決まるまでの暇潰しやからな。)
そんな風に考えながら、何だかんだと日曜以外の日は毎日通う様になっていた。
一方俺を誘った友達はと言うと、親の許可が出なかったらしく結局あれ以来ジムには顔を出さなかった。
「谷口君やったよな。君、中々ええで。素質あるわ。本気でやった方がええて、マジで。」
このトレーナー、人を煽てるのが上手いというか、乗せるのが上手いというか、この人の指導を受けていると本当に自分は才能がある様な気がしてくる。
「よ~し、ええぞ谷口。お前リーチあるんやから、それ活かしたやり方せなあかんぞ。」
半年ほどが経った頃、嘘が誠にというべきか、いつの間にかのめり込んでいる自分に気が付く。
「プロになる気はあらへんのか?お前なら良いとこまで行けそうやけどな。」
今の所は考えておくというだけに留めたが、卒業して落ち着いたらそれもいいかもしれない。
幸い就職活動も順調に進み、地元のスーパーから内定をもらう事も出来た。
「おめでとう誠司。今日はすき焼きや、腹一杯食べるんやで。」
その日はパーティーという程では無い、ささやかだが豪勢な食卓だった。
そして秋が過ぎ冬が終わり、俺の高校生活はあっという間に過ぎ去っていく。
卒業式の日、散り散りになっていく友達と別れの挨拶を交わした後で校門へ足を向けると、恥ずかしいほど号泣している母がいたので、並んで学生最後の写真を撮った。
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