第4話
春になり、社会人になってからは慣れない経験ばかりで大変な毎日だったが、それも二か月程過ぎれば慣れていき、色々な事を考える余裕が生まれてきた。
その一つは、同期入社の女性に思いを寄せているという事。
そしてもう一つは、ボクシングをこの先どういう形で続けていくかという事だ。
「岡田トレーナー、俺プロテスト受けてみようかと思います。」
一念発起しそう申告した次の月、無事にライセンスを手にする事が出来た。
家に帰ってから母にそのライセンスを見せようと玄関から声を掛けたが、何故か反応が無い。
心配になり急いで台所へ行くと、
「ゴホッゴホッ、あぁ……帰って来てたんか誠司。」
倒れたりしていた訳では無さそうなので一安心だが、あまり具合が良い訳ではなさそうだ。
「心配せんでもええって、ちょっと疲れてるだけや。お母ちゃんももう年かなぁ。それプロライセンスやろ。良かったな誠司。おめでとうな。」
「そんな事よりオカン、時間ある時病院行かなあかんぞ。約束やからな。絶対やぞ。」
「分かったって、ホンマに心配症やな誠司は。」
母はそう言いながら、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
デビュー戦はそれから三か月後に決まり、それに応じて練習も日々激しさを増していく。
初めての減量は母が気を使ってくれたお陰もあり、それ程きついとは感じないで済んだ。
会場は地元からほど近い県営体育館、勿論母にもチケットを渡し試合当日を迎えた。
「誠司、しっかり頑張るんやで。お母ちゃん応援してるからな。」
その声に力強く答えた後、気合を入れて会場に向かった。
「大丈夫や谷口。お前は強い。自分を疑ったらあかんぞ。」
岡田トレーナーの言葉を心の中で反芻しながら、初めてのリングへと駆け上がる。
「頑張れ~。せいじ~。」
俺の名前がコールされると、まばらな拍手の中で母の声が恥ずかしいほど響き、観客の笑いを誘った。
だが、それで良い感じに緊張が解けた気がする。
試合は両者一歩も譲らぬバチバチの打ち合い。
トレーナーからは距離を取って戦えと言われたが、どうしても弱気な所を見せたくなかったのだ。
結果は二対一、僅差の判定で俺の敗北。
努力が報われなかった現実に、項垂れたまま帰路に着いた。
「お帰り誠司、ええ試合やったで。お母ちゃん涙出たわ。」
次は勝つからと強がったが、堪えきれずぽたぽたと涙が零れ落ちた。
数日後、岡田トレーナーから西日本新人王トーナメントへの出場を勧められ、少し迷ったが挑戦の意志を固める。
新人王戦とはその名の通り、新人選手が東西の地区に分かれて行うトーナメントだ。
各地区勝ち上がった選手が、全日本新人王を賭けてぶつかり、勝てば十位という国内ランキングが与えられる。
どこまで行けるかは分からないが、挑戦する価値はあるだろう。
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