第7話
殆ど互角の展開で迎えた第二ラウンド。
二分を超えた辺りだろうか、運が悪い事に相手の頭が当たり瞼をカットしてしまった。
(かまへん…こんなもん最初から覚悟の上や!)
そして更に激しい打ち合いを始めると、案の定、後から後から血が滲んでくる。
それを見たレフェリーが一旦試合を止め、リングドクターを呼んだ。
こんなもので試合を止められてはたまらないと、戦う意思を目で表明し続ける。
(まだまだ余裕やっ。止めんなやおっさん。)
若干のどよめきが会場を包む中、リングドクターが頷きレフェリーも頷き返す。
「ボックス!」
再開の合図を待っていたかの様にお互い駆け寄り、拳をぶつけ合った所でゴングが鳴った。
その瞬間、観客の割れんばかりの歓声に身を震わせる。
その中には、母の声も混じっていた事をしっかりとこの耳が捉えていた。
「谷口、このままじゃ出血で試合が止められかねへん。引くかそれが嫌なら次で決めるんやな。」
俺が選んだのは、勿論後者だ。
そしてゴングが鳴った瞬間、この後のラウンドなど一切考えずラッシュを浴びせていく。
(後先の事なんぞもう関係あらへんっ!潰れるまで殴るだけやっ!)
それでもやがて限界は来る。
瞼の出血が視界を染め上げ、顔には酸欠の色が浮かび始めた。
(まだや……、あほんだらっ。ここで踏ん張らなあかんやろっ!)
だが遂には押され始め、ロープを背負う位置まで追い詰められてしまう。
そして当然攻守交替、今度は相手のラッシュを浴びる。
(クリンチなんぞ…せえへんぞ。耐えてから…一発でかいの…ぶち込んで……)
何とかガードを固めて耐えていると、レフェリーが割って入って来た。
「ストップ!ダウンだ!コーナーに戻って!」
今度は出血ではなく、どうやらダウンを取られてしまったらしい。
今まで耐えてきたダメージが一気に噴き出し、自分でも気づかぬうちにガックリと膝を着いてしまった様だ。
朦朧とする意識の中、自陣から飛んだ檄が鼓膜を揺さぶる。
「誠司っ!母ちゃん見てんぞっ!」
いつもは俺を谷口というトレーナーが名前を呼び叫んだ瞬間、
(そうや…最後かもしれへんのや…負けられへんのやぁぁぁぁっ!)
力が入らない膝に拳を添えながら、腕の力も総動員して立ち上がった。
しかし、俺の表情を覗いたレフェリーはまたもリングドクターを呼んでいる。
「はぁっ…はぁっ…お願いします。……最後かもしれへんのです…。」
意識が朦朧としている為、呂律が上手く回らなかったが通じていると信じたい。
「ボックスッ!」
そしてすぐ後、祈りが通じたかレフェリーの再開の合図が響いた。
やはり真っ直ぐに相手は突っ込んでくるが、そんな事は承知している。
相手のパンチをガードで受け止めると、全身の力を総動員した相打ち覚悟の一撃を放つ。
「……シィィッ!!」
ガードの上だったが相手の体勢を崩す事は出来た為、それ以上の追撃は続かずラウンド終了。
だが余韻を噛み締めているのか、暫く互いが睨み合う様にして固まっていた。
そして会場の大歓声で両者同時に我に返り、身を翻して背を向け合う。
自陣に帰り様、車椅子観覧席に目を向けるとその視線がはっきりと合った。
「頑張れっ、誠司!」
母はもう大きな声を出す事も出来なくなっていたが、俺だけにははっきりとそう聞こえた。
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