第9話

意識を取り戻すと、視界に入ってきたのは目にライトを当てるリングドクターと、心配そうな岡田トレーナー。


「負けたんですね。俺………。」


「ようやった!聞こえるかこの大歓声!全部お前のや!お前のもんやで!」


興奮しながら捲し立てるその目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


暫し歓声に耳を澄ませていると、


「有り難うございましたっ!」


そう言いながら駆け寄ってきたのは、今まで命を削り合う様に殴り合っていた相手選手。


確か名前は遠宮統一郎、だったはずだ。


「こっちこそや、付き合ってくれてホンマありがとな。」


負けてしまったが、こんな素晴らしい試合が出来たのは彼のお陰だ。


自分の足でリングを降りようとするが、どうにも覚束ないでいると、トレーナーが肩を貸してくれた。


引き上げる際に母へ視線を送ると、紀子さんと一緒に泣きながら拍手を送ってくれている。


少しは誇らしいと思ってもらえただろうか。





医務室で検診を終え控室に戻ると、岡田トレーナーが精一杯の空元気で迎えてくれる。


「結果なんてどうでもええくらい素晴らしい試合やった!」


今まで知らなかっただけで岡田さんはかなり涙脆い性格らしく、嗚咽を漏らし泣きじゃくっていた。


この後は母達と一緒に帰る予定になっているので、今日のお礼を伝えた後はその場で即解散となった。







勝利をプレゼントしてあげられなかった事に多少の後ろめたさを感じつつ項垂れ会場を出ると、二人はそこで待ってくれており相対すればどうしても込み上げてくる。


「ごめんっオカン!勝てへんかったっ!」


俺は人目も憚らず、足に縋りつく様にして泣いてしまった。


「ええ試合やったで。皆さん凄い歓声やったもん。お母ちゃんホンマに鼻高うてな。」


それから、痛む体など気にする事無く母を背に乗せ大都会観光と勤しんだ。


「凄いなぁ、高い建物ばっかりやで、誠司のお陰でこんな所まで連れてきてもろてホンマ有難いな。」


笑っていようと思ったが、弱い俺にはとても無理で、涙を流しながらの道中だ。


両手が塞がっている為、横を歩く紀子さんがハンカチで涙を拭ってくれる。


それほど長い時間では無かったが、母と共に首都を満喫した後、三人揃って新幹線で帰路に着いた。

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